164話
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さっき飛んで行ったバイクは、今朝自転車で走っていたくらいの速さで、途中俺の左腕を引っ掛けながら、正確に箱根崎へ突っ込み俺達の居た車線から、もう一車線奥へと押し飛ばした筈だった。
にも拘らず、箱根崎は更に“何かにぶつかり”吹き飛ばされて再度同じ車線に戻り、今俺の目の前で地面へと横たわっている。
バイクの方は箱根崎を押し出した後、そのままミニパトに衝突したお蔭で同じように倒れ数メートル先へ横滑りして行き、サイドミラーが衝撃で砕け無残な姿を晒し残骸をそこらへ散らしていた。
「箱根崎、確りしろ! 生きてるか? 死んでないよな? おい! 返事しろよ!」
「……だま……れた。なっから、そ……こに……注、意が逸ら……され、ドジ……ぜ」
良かった。箱根崎はまだ死んじゃいなかった。
薄らと目を開け、まだ意識だけは何とか保っているようで、息をするのも苦しそうだけど、掠れた声を出しながら震える手を持ち上げ、ある方向を指差す。
騙された? そこに……ってミニパト!?
どいう事だ? ミニパトには杉浦さんしか乗っていなかった筈だ。
まさかあの十字路の悪霊が、姿を消していたとでも言うのだろうか? だが今は、そんな事よりも急いで箱根崎を安全な……って何処だよ!?
次は何が飛んで来るかも分からず、しかも何故かこの車線の外は“危険らしく”迂闊には動けない。
八方塞がりで逃げ場も見つからず、果ては盾にしていたミニパトに箱根崎は犯人が居る事を示している?
「く、そ……呼吸が、聞け……俺た……閉じ、られてねぇ。……りは、居るんだ。……の中に隠れ」
「聞こえねえよ!! もっと気合入れて喋りやがれ! さっきまでの俺に吐いてた悪態はどこ行ったんだ! ……頼むから……」
絞り出すように喋った後、箱根崎は気を失ったのか体から力が抜け、震えていた腕も力なく落ちた。
あのミニパト中に“隠れている”だと!? あそこには今杉浦さんが居て、伊周だって居るのに何処に隠れられる? 分からねぇ……。
なら、見て分からなけりゃ別の方法で調べるっきゃあるまい。
俺は『窓』を開き、トレード対象をミニパトの乗り手である杉浦さんを選び決定する。
車内に在る物で特に変わった物は……あった! この後部座席に在る『日傘』、伊周と同じく普通の物じゃ無く、初めて俺が十字路の悪霊と出会った時に差していた、あの黒いゴシック調の傘だ!
すっかり箱根崎の言っていた『惑わし』能力で姿を消していると思って辺りを警戒し探していた訳だが、そんな事では見つかる筈も無く“元々見えていたが為に気が付けなかった”訳だった。
どうやらあの十字路で、今朝も事故が在ったらしく現場の手伝いに来ていた杉浦さんが、被害者の持ち物だと思い拾った時点で『惑わし』で“こちらへと誘導されていた”らしい。
しかもこの日傘は十字路の悪霊の本体では無く、今も“遠隔操作中!?”
そこまで分かった所で、ミニパトの上に在った拡声器がONになったのか、ノイズ音混じりのハウリングに近い甲高い雑音が耳に不吉に響く。
慌てて窓から視線を上げ、ミニパトを警戒するが特に何か在る訳でも無く、乗っていた杉浦さんが偶然スイッチを入れた? それとも伊周か?
そう思ったところで、横倒しになっていたバイクが浮き上がり、終に俺に向かって飛んできた!
箱根崎を倒したから、次はマジでメインディッシュの俺をヤリに来るってか? 流石にアレだけ的がデカけりゃ外したりはしねぇ!
視線の先に浮き上がったバイクが、横向きのまま俺に突っ込んで来る。
重さのせいか、速度はそれ程無いが当たらずとも掠り処が悪ければ、箱根崎の様に地面にキスする破目になり、動けなくなるだろう。
多少左腕が痛むが、これくらいなら支障は無い。
俺は右手に風の要素を練り上げ集中させると、一気に解き放つ。
「アフ=カ・アーフ!」
俺の右手から練り込んだ風の要素が、更にイメージで薄く鋭さを増した手加減無しの風の刃となってバイクへと迫り……あっけなく表面で弾けた。
ぎゃあああ! そうだ風の刃には鋭さは在っても重さがあまり無いんだった! その事を今になって思いだし、俺は慌ててバイクの進んで来る軌道から脱し難を逃……ああああ! なんて悪辣な事しやがるんだあの悪霊め!
避けちゃダメだ! でも避けなきゃ俺の人生も終わるかもしれない。
バイクを避けた軌道の先には、まだ箱根崎が意識の戻らないまま倒れており、当然ながら動く事の出来無い今の奴には、攻撃を受ければ避ける術は無いも同然。
種の割れた原因を作った箱根崎を、十字路の悪霊が逃す筈は無く、俺を含めて止めも刺せれば一石二鳥とでも言うつもりだったかは分からないが、今の俺に二百キロ近くは在りそうな、飛来するバイクを受け止める事は出来る筈がなかった。
だから仕方なく無理矢理体の向きを変え、バイクが落ちてくる前に箱根崎を掴んだまでは良いが、咄嗟に考えた様なヒョイと横にズラせるなんて真似が出来る訳も無く、俺の腕力じゃ精々引き摺るのがやっと。
それを実感した時には、表面の塗装に落下以外の傷として先程の風の刃が付けた、一本の太い筋痕が入ったバイクが目前に迫っていた。
「悪い箱根崎、俺もドジったわ」
既に何処にも逃げようも無く、俺は最後にそう呟き自分の馬鹿さ加減に呆れ。
不思議と恐怖感は湧かず、悔しいが泣き喚いて十字路の悪霊を喜ばす事だけはしてやんねーと、腹の底から笑ってやった。
こういう時、人生の走馬灯が見えるって良く言うけど、そんな物は見えずただ何故か後頭部に痛みが走り、耳にキンッと金属が奏でる澄んだ音が聞こえ……俺と箱根崎を押し潰す筈だったバイクが、先程見た切れ込みから綺麗な切断面を見せて真っ二つに裂けて左右に落ちて行く。
そして背後から女性の声が聞こえた。
「ふん、儂に断てぬ物非ず。……儂はこの転がってる小僧を助けただけで、別に主など知らぬからな。その馬鹿笑いを止めて分かったら早う何とかして見せぬか、儂はさっさと帰って酒を飲みたいのじゃ」
「ははっ……えっと、伊周? だよな? 何でお前普通に喋って、つか杉浦さん?」
「黙れ! 儂は言ったはずじゃ。早く帰って酒が飲みたいと! いつまで待たせるのじゃ。いい加減にせぬと主も叩っ斬るぞ!」
じゃあさっき後頭部に感じた痛みはこいつの仕業で、痺れを切らして出てきたって訳か? いや、それも在るだろうがそうじゃ無い。
「……ありがとよ伊周、お前のお蔭で俺も箱根崎も助かったわ。それと今の一撃は凄かったぞ?」
「うるさい! 儂はそこな元凶を見つけた働きに免じ、小僧に手を貸しただけじゃ! それ以上この事について無駄な口を開けば、次は主を二枚に下ろす!」
おお怖い。元凶って事は最初っから伊周はあの日傘に気付いていたのか!?
そう思うとさっきのまでの緊張感が薄れ……あれ? 伊周さん、あなたもしかして……。
「えっと、全く関係ない質問なら良いでしょうか? 少々可及的速やかに解決しなければ成らない案が、悪霊以外に浮かび上がりまして……」
「……なんじゃ、言うてみ」
俺は痛む後頭部を摩りながら、後ろを振り向き顰めっツラを隠そうともしない杉浦さん(IN伊周)に訊ねる。
伊周は、杉浦さんの体で本体である刀を右手で構えたまま、スカートが落ち着かないのか左手でヒラヒラとする端を押さえつつ、渋々俺の質問に許可を出した。
「その、お前が乗っていたミニパト、乗り物な? 何で真っ二つなの? ……シートベルトを外して、ドア開けて降りりゃ良かったんじゃない? 杉浦さんを守れって言ったけど、だからって車をぶった切って良いなんて俺は言ってないからな?」
「しーと、べると? 何の事か分からぬが、この体を動かすのに少々邪魔だったんじゃ。だから面倒だし……言ったであろう? 儂に断てぬ物非ずと……ああああああ! 私のミニパトがあああーーー!! 済まぬ小娘、今は寝てろ」
不思議そうな顔をして、とんでもない事をほざく伊周に眩暈を覚えたが、途中どうやら寝ていた(寝かされてた?)らしい杉浦さんの意識が浮上し、ミニパトの姿を見て新たな涙を流していた。
何だかんだ言って、コイツも人じゃ無く常識の通用しない器物だと言う事を今更ながら思い知ったが、杉浦さんも巡回中にこんな風にミニパトを壊したとバレたら、どうなるんだろ?
つづく