162話
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相手があの十字路のオニだとすると、どうしたもんかねぇ? さっきはつい勢いに任せて伊周にはああ言っちゃったんだけど、今更やっぱ無しとかダメだよなぁ。
今も自転車の盾に身を寄せている訳だが、出るに出られてない。
凄い勢いで飛んできた警光灯と言い、あんな風に符で補強までした自転車を、拉げるほどぶっ壊すもんがぶち当たれば、生身の俺や箱根崎はただじゃ済まん。
俺のした質問から相手の事を予想できたようだが、横に居る男は俺を威嚇していた時よりも更に険しい顔付になっている。
ちょっと処じゃ無くヤバイ相手と分かり、やれセオリーだの二流だとか言って軽口を叩いていたけど、一応プロの助手でも直ぐには対処法は思い付かないか?
それに、俺が聞いていた相手の強さが、予想外に色んなモノがミックスされ強化されている事も分かり、ハッキリ言って打つ手が見つからず困っているのだ。
「だいたい俺はこの手のモノについて、ド素人って断言しても良いくらい全く知識が無いんだ……どうすっかなぁ」
「オイオイ、手前は今更泣き言なんてほざいている場合か? 流石に最初のは分かり易かったし予想は着いたけどなぁ。話通り相手があの十字路のオニとなりゃ、次に何が来るか……俺の知っている奴の力は『引寄せ』と『惑わし』の二つ、でよぉ? ちょっとばかし俺に、現役高校生の足の速さって奴を見せてくれや!」
そう言って箱根崎は持っていた符を、何枚か俺に貼り付けて来たと思ったら、自転車の盾から俺を蹴り出しやがった!!
ばっ!? 何しやがる!! と声に出す前に、俺達に向かって先程自転車とぶつかって砕けた警光灯の破片が再度飛んで来る。
「ぎゃああああ! 死ぬ! 今度こそ死んで……たまるかぁーーー!!」
少しだけ普段よりも体が軽く感じ、秋山の拳を目で追えても体が毎回裏切り、良いパンチを貰うパターンの多い俺だが、火事場の何とかって言う様にギリちょんでそれを躱し、何とか命を繋ぐ。
ひいぃ! 箱根崎ぃ貴様は後でぜってぇ殴る!
「よぉしっ! やれば出来んじゃねぇか高校生。良い囮っぷりだぜ! お情けで《身体活性》の符を貼ってやったから、その調子で避けまくって注意を引きつけてろ。俺がその間に相手の位置を探ってやっからよ。まぁ精々死なない様に足掻け」
有益な情報ゲットだぜ! 何て考えていたらこの様だよ!
早口で知っている情報を告げられたが、如何せん『惑わし』は昨日赤信号が青に“見間違わされた”事と、何故か“急がなきゃならない”と思わされた事を考えれば“あれか”と納得できた。
しかし、『引寄せ』って何ぞ? と思っていたら、己の身で体験させられる破目になるとは……。
これ絶対『引寄せ』なんて生易しいもんじゃねえよ! 当たれば死ぬかもって、何て罰ゲーム!? ってもう思考する間もねぇ!
結局ペタペタと貼られた符の効果も分かったのに、スタミナの無い俺には不向きで、生存本能がフル回転で稼働し、纏った風で無理矢理体を流動させながら、かなりの速度で飛来する物体を何とか避け易くしていた。
けど、こんな無茶な動きは持って二~三分が限界。
悔しいが感知は俺には無理そうなので、癪でも箱根崎を信じて粘るしかない。
今朝は昨日よりも幾分涼しく、天気予報だと午前中に一度天気が崩れ、雨も降ると言っていた。
朝食を摂りながら見ていたお蔭で、鞄には忘れずに折り畳み傘を入れ持ってきてある。
ただ、この傘では使っても体が全部隠れないので余り意味は無いが、気分的には賭けに勝っているので問題ない。
そう思うと勝率は、天気予報の予測確率と比べて若干低い。
しかし、だからこそ勝った時により喜びがある。
「おい、安永の奴が石田も居ないのに一人で笑っているぞ! これは今日雨でも降るんじゃないか?」
「ああ、違いない。せめて槍じゃないのが救いだけど、俺、傘を持ってこなかったんだ。帰りに……その、俺も一緒に入れてくれるか?」
何やら向こうでも天気の話をしているようだが、他にも雨が降ると思っている奴は多いらしい、それにしても俺が笑っている?
ふむ、どうも考え事をしながら、顔が自然と笑みになっていたようで、顎を摩る振りで確かめ表情を改めた。
どうでも良いと俺は思うのだが、我がクラスメイトは皆仲間の様子が気になるらしく、よく俺や明人の事が話題に上る仲間思いの良い奴らだ。
昨日の放課後は稽古が在った。
だから明人や秋山達と一緒には行動しなかったが、代わりに星龍と話しをしてそれなりに有益な事を聞き、メールでも伝えてある。
今朝はその話をしようと、朝から待っていたのにまだ来る様子が無い。
珍しく秋山も登校していない様なので、仕方なくコンビニで買った週刊誌を読むが、邪魔しに来る奴が後ろにいないので、集中できるかと思えば逆らしく、そんな自分に首を傾げる。
「おい、今度は何か不自然な動きだ。誰か何かしたんじゃないか? どうして今日に限って石田はまだ来てないんだよ!」
「不味いぜ、きっと何か在るに違いない。この前も石田がサボって遅れて来た時、安永に体育館裏で伸された三年が、六人居たらしい……」
む? そう言えばあの時預かったライターは、まだ返していなかったな。
近いうちに一度あの三年へ渡しに行くべきか? だが三年なのは分かってもどのクラスかは知らんな。
明人はまだ来ないが、こんなに心配されているとは本人は知らんだろう。
奥ゆかしいのも美徳だが、もっと分かる様に言えば明人も喜ぶだろうに。
そんな風にして、色々と考えつつ時間を潰しながら到着を待つ。
暫くして予鈴が鳴る少し前に、やっと秋山が教室へ入って来た。
……どうやら明人は遅刻らしい。
念の為、今日は出席するのか聞いてみようと電話を掛ける。
呼び出し音はするが出ないので一端切り、まだ寝ている……筈は無いだろうから、今はこちらへ向かい走っているに違いないと判断。
例え天が許そうとも、あの明人の母親が仮病や寝坊を許す筈がないのだから。
何気なく右に視線を送ると、秋山も電話を触っていた。
たぶん同じ事を考え、明人に繋がるか確認しているのだろうと予測する。
ふむ、あの様子だと秋山も着信はしていても、明人は電話に出ないらしい。
そう予想立てていると、担任が教室に入るなりこう告げた。
「え~最近妙に車の事故が多く、今朝も駅の向こうに在る国道で車同士の接触が起き、近くを歩いていた生徒にも被害が在った。皆も登下校時は特に車には十分に注意する様に! 向こうが突っ込んでくる場合もありえるからな? じゃあ日直……」
担任の話を聞いて、弾かれたように秋山は物凄い速さで手に持った電話を操作した後、顔を上げて不安そうに俺の方を見て来る。
そんな顔をされても、今俺に出来る事は無い。
だが、今直ぐ分かる事もある。
「先生」
ふむ、何故か俺が手を挙げて声を発すると、ざわついていた教室が一気に静まり皆が俺に注目をする。
流石にこうも見られると、恥ずかしい物を感じる。
思わず顔が強張るが、それも仕方がない事だろう。
「な、なんだ安永? まだHRの途中なんだ……手を上げてそんな怖い顔してもダメだぞ? せ、先生には女房と小学生の娘が居るんだから、先ずは話し合おうな? 先生ぼ、暴力は反対だ」
「事故に遭ったのは、誰だ?」
……どうも落ち着きのない担任の話しで分かった事は、被害に遭った生徒と言うのは明人では無かったようで、今日は特に連絡は来てないそうで一安心だ。
しかし、ならば何故明人は学校へ来ていないのか? そんな疑問を吹き飛ばすべく、朝のHRが終わった時点で秋山が俺の席へ寄って来てこう告げる。
「安永君、落ち着いて聞いて、あの馬鹿の事だけど今電話を掛け直したら、さっきは呼び出し音を出していたのに、今度はウンともスンとも反応無くて、この間瀬里沢先輩の家で話していた時と似ているのよ! これって不味いんじゃない!?」
最近の明人の奴は、常に厄介な事に巻き込まれている。
傍に居て、本当に飽きない奴だと改めて思い。
俺は席から立ち上がると、秋山に恭也さんへ連絡を取らせ笑みを深めた。
つづく