161話
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周りには俺と箱根崎、後はこのミニパトに残されたねーちゃんだけのこの状況。 辺りには人っ子一人、車一台猫一匹すら見当たらず、なのに近づいて来るこの音が不吉な前兆を告げる警笛の様に聞こえ、背筋がゾクゾクとし暗い闇の中で味わった、あの嫌ぁな気配だと分かり溜息を吐きながら、箱根崎へと顔を向ける。
「なあ箱根「黙ってろ……それと聞こえている音に騙されんな。たぶん近くにもう来てんぞ!」……えっ!?」」
俺はこの音が、こいつにもちゃんと聞こえているのか確かめたくて声を掛けようとしたのだが、箱根崎の言う様に気配は嘘を吐かないらしく、遠くから近寄って聞こえているのはフェイクで、既に“居る”ようだ。
一人状況に着いて行けなく、視線が俺と箱根崎を行ったり来たりしながら軽くパニックを起こしかけている婦警のねーちゃん。
どうやらこの異常さにやっと気が付いたらしく「ど、どどうして、ま、周りに誰も居ないの!?」とキョロキョロしだし、車内に搭載されている無線機を手に取り呼びかけているが、当然だが何処からも全く反応が無く、泣きながら「何で? 何でなのっ!? 誰かお願いだから答えて! 返事してよ!」と、頻りに助けを求めていた。
残念ながら応答など返って来る筈も無く、聞いていて可哀想になる。
だが箱根崎にはそれが気に障るようで、軽く頭を掻きむしり見るからにイライラとしていて、何を仕出かすか気が気じゃ無い。
柄じゃないけど、箱根崎がキレて暴れる前にこの人と話をする事にした。
「なあ、こんな時になんだけど、俺は石田って言うんだ。良く分からない状況だと思うけど、大丈夫。きっと何とかなる……筈だから」
「適当な事言わないでよ! だいたいあの……蛇顔のお化けはなんなの!? 私はただ車道を塞いでいたから注意しただけなのに、それがそんなに悪い事だったの? あのお化けと話していたあなたも、仲間何じゃないの?」
……箱根崎ぃ、お前のせいで俺もお化け扱いじゃねえか! つかこの人にはアレが蛇の頭に見えるって事は、“そう言う事”なんだろうな。
でも、さっき奴が呟いていた“名前を知ってれば解ける”って他の人でも有効なのか? ついでだし試してみっか。
「もう一度言うよ? 俺の名前は石田だ。んで、ねーちゃんが言う蛇顔のお化けって本当にそう見えるの? あいつは箱根崎って言うちょっとワイルド系な顔はしてるけど、俺には蛇に見えないな~どっちかと言うと、猿似だし髭が似合ってないと思う」
「えっ? 蛇じゃなくてあなた……石田、くん? には猿に見、え? あれ? 本当だわ……。どうしてあの人が蛇なんかに見えてたの!? 私大っ嫌いな筈なのに……?」
おお、実験は成功だ! 名前と注意を逸らせれば、割かし簡易に解ける『こけおどし』的技っぽいな。
お蔭で今の奴からはモザイクが外れ、毎週某アニメに現れる真っ黒な犯人像(笑)姿だ。
それにどうやら箱根崎に対し、俺の言った猿顔って意見にはこの人も同意らしい。
それが聞こえたかどうだかは微妙だが、何やら目を瞑り集中していたらしい箱根崎が、一度コッチに向かって舌打ちする。
「わ、私は杉浦です。も、もう平気……だけど、どうして、わ、私達三人以外誰も居ないの?」
「それは俺もさっぱり、なんか感知してるっぽいのはあそこで何かしてるし、今聞いても教えてくれ……無いよなぁ」
今の箱根崎は、俺達に話しかける程の余裕は無いだろう。
例え文句だろうが、今のこの場所に漂う雰囲気を吹き飛ばせるならバッチ来いなんだが、直ぐに無視されたしな。
ライダースーツの何処に仕舞っていたか分からない札の束を取り出し、……そう言えば瀬里沢の家に在ったあの《結界符》は、外見は恭也さんの符にそっくりだったけど、中身はコイツの自作だったっけ。
この状況下でもあの符の効果を保って使えるのなら、このミニパト内に貼って欲しいな~と言っても、今は無理っぽいな。
「私、ど、どうしたらいい? し、市民の安全を守るのは~……わ、私も市民の内よね? ね、ね、いっそじゅ、銃を出した方が良い?」
「いやいやいや、それはアカン! 銃は不味いっしょ!?」
俺もどうしていいか分からんが、銃を出しても何も解決しない事は分かる。
寧ろ危ないし、このねー……杉浦さんが怯えるかも知れないけど、いっそ伊周を呼んじまうか? けどなぁ、今呼んだりしたら変なトラウマ植えつけたりしないかな?
最悪銃刀法がどうたら言われそうだけど、運ぶだけなら許可要らんで通すか。
俺は『窓』を呼び出し、音声だけで操作する。
「はぁ、気は乗らんけど今真にピンチなのは変わらんしな。出ろ、伊周」
《クカカカカ、約束の酒は用意でき……何だここは? 主よ、酒屋は何処じゃ?》
「……ちょっとだけ頼りになると思ったら、この子も十分変な子だったー!! 刀なんて取り出して独り言呟いてる! お父さん助けて~!!」
うん、なんかもう混沌過ぎる。
取りあえず手の中に呼んだわけだが、直ぐに手を離し自由にした。
そう言えば、伊周に約束の酒を渡すのすっかり忘れて寝ちゃってたんだ。
「あ~、酒はたぶん最高峰の物を手に入れた、と思う。けど家に置いて来たスマン。それとだな、今俺達は気配からして“閉じ込められた”んだと思うけど、何とか出来ないか?」
《むっ、用意はしておるのだな? ならば良し。してこの場だが……儂が契約していた瀬里沢の家ならば、己の領域として出来る事は在るが、昨日力を使いすぎたからのぅ。暫し待たねば今直ぐには無理と言うものよ》
「マジか~、ネズ公みたいに俺から力を吸い出すってのはどうよ? 少しは出来るんじゃないのか?」
「ヒッ!? か、刀が浮いて、こ、声を出して喋ってるぅ!?」
《無論、出来なくは無いが……主は今本調子では無かろう? 弱った所を襲うのも一興だが、ちとつまらん。主の中で久々に力を解放した余韻を楽しんでおったのだが、どうせならじっくり力を溜め、本気の儂で対峙したいからの》
そう言って楽しそうにクルクルと回り出す伊周、杉浦さんはそれっきり押し黙って此方を窺うようにして、首を竦めて伊周の事をジッと見ている。
……やっぱり呼ぶんじゃ無かったかも、もう杉浦さんは伊周に任せて、箱根崎の奴がどんな符を使っているのか気になるし、少し窓で見てみるか……。
って、あいつ俺の自転車どうする気だ!? 何やら仕込んでいた札を何枚か纏めて貼ってスタンドを立てると、箱根崎は次にミニパトへ同じ符をどんどん貼り出す。
それが終わると、音が近づいて来る方向とは反対側へ箱根崎は移動し、自転車をミニパトから少し間を空けて設置し直し、その陰に入った。
「何で手前まで来るんだよ! ここは一人用だ出てけ!」
「一人用って、この自転車は俺んだよ! だいたいこれとミニパトに何をしたんだ?」
よく分からんが俺も釣られて箱根崎の横に移動し、この符の意味を聞こうと声を掛けた途端、直ぐ傍に救急車が見えてもおかしくない程のサイレンが耳に届き、つい前方に視線を向ける……でも、何も来てない?
と思った瞬間、ミニパト後部に激しい衝突音がしてガラスの砕ける様な音と共に、ミニパトが右斜め前に押される様にズレて移動し、車内に乗っていた杉浦さんの甲高い悲鳴が上がる。
やっべ! 伊周と一緒に置いて来ちまった!?
「お前、案外悪だなぁ。あの女を一度安心させておいて、その後にまた精神を揺さぶり追いつめてよぉ、次は何をする気だぁ? エロ餓鬼」
「んな事してねえよ! って、そんな事より何であっちから襲ってくると思ったんだ?」
箱根崎の動きはどう見ても最初から、あちらから来ると分かって取っていた行動にしか見えなかったので、疑問に思って聞いてみる。
ミニパトに札を貼ったり距離を取って隠れたり、まるで決められた手順を踏んでいるかのようだったしな。
「セオリーだよ、セオリー。態々音を出して寄って来るだなんて演出過剰もイイ所だぜ。それで驚かそうと思ったんだろうが、手口としちゃぁ二流だな」
箱根崎におちょくる様にそう言われイラッとしたが、説明を聞いてそれなりに場数は踏んでいると感じて少しだけ感心した。
だがそれよりも、ミニパト内に居た杉浦さんを助けなきゃと思ったところで、ミニパトの上に乗っていた赤色警光灯が「ゴォッ」と唸りを上げ、こちらに向かって飛んできた。
思わず目を瞑り隠れるように頭も下げた瞬間、真横で盾にした自転車とそれの衝突が起こり、振動が伝わる。
更に鈍い音に混じって、細かい破片が辺りに散らばる音を響かせた。
「チッ、最初で大分力を削いだつもりだが、上のアレまでは符を張り忘れたぜ」
「焦った~……って俺の自転車がー!! ちくしょー! ぜってぇ倍返しだかんな! 何処のどいつだよ!」
俺はそう叫び『窓』を開いて、まだ盾として使えるのかどうか不安が湧いた自転車と、箱根崎の貼った符の状態を直ぐに調べる。
どうやら自転車とミニパトに貼っていた札は、《不動符》単純に貼った物体を術者以外に動かなくさせる物らしいが、効果は薄い為数でカバーしているようだ。
お蔭で自転車は立てた位置から全く倒れる様子も見せず、警光灯は粉々になったが俺達の身を確り守りきった。
……ただし、もう二度と乗れそうにも無いけどな! サドルが曲がるってどんな威力だよ! この分だと同じ力に自転車……《不動符》が耐えられるのは、精々持ってあと二回が限度だろう。
ミニパトの方も気にはなるが、迂闊にここから出る訳にも行かず、仕方なく声で伊周に指示を出す。
「いいかよく聞け、主として命じる。伊周! 何としてもそこにいる杉浦さんを守れ! こっちはこっちで何とかする。これぐらい出来なきゃお前の主にゃ相応しくないだろ!」
《クカカカカ! よくぞ吠えたわ。仕様がない主だが、この小娘の身は儂が引き受けてやろうぞ。まあ、貰ってる分は働いてやろう。主は存分に血を流すが良い!》
杉浦さんの悲鳴と一緒に返事が返って来たけど、勝手に血を流すとか言うな! 俺はただでさえ本調子じゃないんだからな!
……引き受けるとか言っていたが、本当に大丈夫、だよな?
「お前本気か? あの刀の化物に任せりゃイイのに。あんな女放って置けよ、アレが生き残った後絶対面倒な事になるぜ?」
「そう言うあんたは、確りミニパトにも符を張っていた。何だかんだ悪態突くけど、見放したら恭也さんにどう思われるか~なんてね?」
「……イイぜ。コレが済んだら次はお前をぶちのめす! それまでにくたばるくらいなら、真っ先に俺が止め刺してヤルヨ、マザコン野郎」
この至近距離で、凄みの増した顔に歯を剥き出しにして笑われると、流石に鬱陶しい。だいたい誰がマザコンだっつーの!
どうせ間近で笑みを貰うなら、可愛い女性で野郎はノーサンキューだ。
散々大口叩いちまったけど、勝算どころか相手の正体も分かってない今どう動くにしても、この自転車と言う名のスクラップの盾を、上手く有効活用しなくちゃ俺の命は風前の灯火の如くヤバい。
チラッと箱根崎の様子を窺うが、他にも何か用意してあるのかスーツの懐を探って残りの使える符を確認しているようだ。
少しくらい分けて欲しいけど、使い方が分からなくちゃ宝の持ち腐れか。
そんな風に箱根崎の手元を見ていたら、不意に呟いて来る。
「しかし分からねぇな。何故こんな朝っぱらから狙われなきゃならねぇんだ? 俺はつい数時間前高速に乗って、麓迫に入ったばかりの筈だ。襲われる様なヘマはした覚えがない……となると、さっきの女かお前くらいしか原因が思いつかねぇ」
一瞬ジッと、手元から目を離した箱根崎に見つめられる。
濁った感じの目じゃ無く、普通に探る様な風だったので俺も数瞬考えてみた。
箱根崎に言われて気付いたけど、誰かに襲われる原因と言っても……いや、でもまさか……急に在る事を思い出したが、場所も違えば距離もある。
関係ないと思いたいのに、確信を付いた様な何かを感じた。
顔の頬が引き攣る感じを覚えつつ、確かめるように質問する。
「えっと、箱根崎は駅を挟んだ向こうに在る、国道の例の十字路の悪霊に関しては何か知っているか? 名称は恭也さんから聞いたんだけど」
「十字路のオニか、ありゃぁ確か事故死した奴や、周りの噂話で引寄せたモノまで吸収し出して出来た集合体だろ? 偶に引っ掛かる奴が居るが、今それがどう関け……手前まさか!?」
偶に引っ掛かるで事故に在っちゃえらい迷惑な話だけど、そんなヤバそうなモノだったのか!? もっと恭也さんに詳しく聞いておけばよかったな。
そうすりゃ対処法とか、直ぐに思い付いた可能性も在る。
だけど今更すぎて、もう笑うしかない。
「あっはははは、……はぁ。そのまさかじゃね? 俺、昨日そいつに目を付けられたらしくてさ、避けていたつもりが余計に煽った?」
「この馬っ鹿野郎がぁ! 手前あんな風に駄々漏れの癖に、活きが良さそうに力使って自転車を転がしてりゃぁ。そりゃ餌を前にした飢えた犬っころみたいに、鎖を引き千切りやがったに違いねぇ……やってくれたなクソが!」
今の話しぶりからするに、コイツもだからあんな風に俺に気付いて、丁度乗ってたバイクで煽って来たんじゃなかろうか?
ちょいと箱根崎には悪いがこれも自業自得、こうなっては一蓮托生だ。
相手が何か分かった訳だし、少しは打開策を考え付くとイイな。
つづく