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156話

ご覧頂ありがとうございます。

 明恵は石の使い方をシャハから教えて貰ったとは聞いたけど、どう言う訳だか壊れていた筈のゲーム機本体を、電源も無しで起動させる事が『魂の石』には行えるらしい。

 今もそのまま明恵は中にソフトを入れて、問題なく動かしている……もっとも、シャハと師匠はその本体から流れるBGMと、画面の中で武器を振り回し動き回り、大きな火を吐く怪鳥と戦うキャラクターの動きを見て、俺とは違う意味で目を見開いて驚いていた。


「……何じゃこれは!? アキートよ、お前達はアキエの持つ小さな箱の中に、この小人を閉じ込めて邪獣と戦わせ、しかも無理矢理音楽を奏でさせておるのか!?」


 師匠が驚きの声を上げ、それを横で聞いていたシャハは明恵の持つゲーム機の画面の中で、あっさりと画面内でコミカルに動いていた猫の姿の獣人が、怪鳥を倒す姿に口をあんぐりと開けながら、視線を師匠から明恵に戻し、その爬虫類に近い独特の縦の瞳孔を持つ目でギョロリと見つめる。

 感情の読めない表情……頭が爬虫類そのものだし分かり難いが、師匠の言葉を聞いて疑っていると言うよりは、吃驚しすぎて明恵の言葉を待っている感じだ。


「小人さん? お兄?」


「ああ、えっとなんて説明したら分かり易いかな。それは元々音を奏でる機能が付いていて、その表面に写っているちっこい人物は絵が動いているだけで、行ってみれば幻影……で分かるか? 難しいな、明恵ちょっとそれ貸してみろ」


 師匠の驚く姿と言っている話の的外れな事に、勝利のファンファーレが部屋に流れる中、困惑して手を止め俺に向きなおった明恵にしてみれば、師匠が驚くのも言っている事の意味も伝わってないだろうけど、よく考えるとあちら側には、話に聞く限り物語に伝わる様な姿の妖精や、シャハのような蜥蜴人間、それに獅子の頭さえ持つ人間の話を聞いている。

 色んな種族が居るらしいから、きっと師匠は勘違いしたんだろう。


 俺は今本体に入っている……これ、電源普通に落とせるのか? 明恵に頼みソフトを抜いて貰い、別のレースゲームを手渡し入れ替えた後、師匠に本体を手渡し兎に角走らせる方法と、操作キーの説明だけをして実際に触れて貰った。

 ゲーム自体の趣旨は分かってないだろうが、中の物はボタンとキーで動かしているだけの『おもちゃ』と分かってくれたらしい。


「……いやはや、何と言うかもう言葉が出んわい。空の要素を使った道具に遠くの景色を映し出す物があったが、これは更に中に映る物を動かして楽しむ訳じゃな? お主の住む地にはこちらには無い、要素とはまた違う独自の技術が在るのじゃのう。音と景色、更に中の物を動かすなど、そんな三種類の力が備わる道具は、こちらでは凄まじい価値じゃ!」


 師匠はとても興奮して唾を飛ばしながらそう声をあげる。

 今は横に居て師匠の成り行きを見守っていたシャハが、次は自分の番だと、明恵に動かし方を教えて貰いながら、真剣な面持ち(?)で操作しているけど……レース系のゲームを遊んでいる人って、今のシャハみたいに操作と一緒に体を動かす人一人はいるよね?


 しかし流石に四人もいると、いくらこの冷蔵庫が大きい方だとしても、結構狭いな。


「誤解は解けたようだけど、それで最初に言っていたプリンが問題って何で?」


 落ち着きを取り戻し椅子に座りながら、師匠は俺の言葉にうんうんと頷きかけて再び、はっ! と思いだした表情になると椅子から立ち上がり冷蔵庫越しに慌てて俺の手を掴む。


「そう、それじゃよ! アキエがシャハに渡したプリン! あの柔かで甘くそして舌を蕩けさせながら、つるりと喉を滑り落ちて行く食感。シャハからその美味さを聞いてはおったが、今村の中では途轍もない“幻の甘味”プリンについての噂話で、もちきりになってしまっておるんじゃ!」


「え? 何でまたそんな事に? 噂って言ったってシャハ一人が食べ……師匠も食ったのか? それにしたって村の中で噂になるほどとは思えないけどな」


「だああああ! 違うんじゃよ! 確かにシャハもプリンの美味さを話してはいたが、今日ワシと“お主の名”で命名式に提供する物の説明をする為に、南と北の集落の代表との話し合いの席に、あのほどよく冷えたプリンを送ってきたことで、瞬く間に広まってしまったんじゃ!」


 瞬く間って、いやあれは時間が遅くなるって知らせる為に、適当にスーパーで買った物だし、シャハや師匠も知っている物の方が良いと思って選んだだけだったのに……確かに驚かせはしただろう、けどな。


「おかしいだろ! 何で高が三個パックのプリンだけで村中で噂になるんだ! 意味が分かんねえよ!」


「分かってないのはお主の方じゃ! 話し合いは村の主だった者ばかりじゃし、突然懐に湧いた物を隠すなど出来ん! それは何だ? と聞かれるに決まっておろう。仕方なく件のプリンだと言うしかなく、そうなれば食べてみたいと思うのは必然じゃ。その後どうなったかなど分かるじゃろ? 普段あのような甘い物、皆口になど出来んのじゃ!」


「プリンは美味しい!」


「しゃー!」


 横で俺と師匠の話を聞いていた、明恵とシャハがそれに同意する様に言う。

 一通り説明されて、何故出合い頭にプリンが問題だと言ったのかは納得したが、それで俺にどうしろと? プリンを提供すればいいなら別に買って来れば済むし、何がそんなに困るんだ?

 今一要点が掴めない俺には、師匠の呟いていた『困った事』に思い当たる節が分からず、首を捻る。


「アキートはまだ分からんようじゃの。良いか? 今から説明するからよく聞くのじゃぞ、……それとその後でお主にまた頼みたい事がある」


「説明は有難いけど、頼みたい事ってプリンなら何とか出来ると思う……かな?」


 師匠は俺の答えに目を瞑り眉間を抑えながら頭を振る。

 どうやらそれとは違う事らしい。

 余計にこれから聞かされる説明に、不安を覚えた。






 ――そうして、師匠が語った事は確かに俺を困らせるに十分な内容であり、さっきの俺の答えが、如何に的外れな事だったかを思い知る。


 師匠が懇意として、滞在する村には恩があっての事だ。

 それは過去の師匠の体験談を話して貰ったから、何となくわかっていた。

 その為、今回の命名式に必要となる『仮初の石』を中央の寺院からお布施をして預かり、家族には行商の態を繕って来ている。

 それなりの店を構える商人としては、祝いの祭りなどに出資して名声を得るのも当然の事だが、使いの者を出せば良い話で態々師匠が来る必要は無い。


 他から見れば少々異なった視点を持って見られる事も在る訳で、しかも師匠は一度この地域で拠点まで築き、『魂の石』を初めて事業として確立させた場所の近くでもある。

 これは何かあるのでは? と、勘ぐる者も出て来るのも当然で実際この村には滞在中の他所の者は居ないけど、集まりで知った事だが南と北の集落には、外から来ている者も少なからず居るらしい。

 間違いなく他の商人から金を貰い、師匠へ探りを入れに寄越された人間だそうだ。


 そんな面倒な事にならない為に、店の事は一切を息子に託して自分は昔馴染にも顔を出す、一人だけの気楽な行商の旅だった筈に、聊か狂いが生じる。

 勿論それは予定にない、師匠に新たに出来た弟子である俺の存在だ。

 しかも、世界を超えた他に類を見ないとても稀な存在で、まさか借金の代わりに渡された『絵』にそんな力が在ったなんて、師匠も思いもしなかった。


 更に村で起きた奇病の原因を突き止め、その治療の為に披露した知識と薬に変わった道具の数々、終いには村で行われる命名式を迎える子供たちに、服や布それに参加する人に振舞う食事に飲み物の提案。

 そんな事をこの辺境へ即座にできる人物とは、いったいどこの誰なのか?

 大人達だけでなく子供だって不思議がるのも道理で、きっと余程の財力と物資を動かせる力を持つ人だろうと、普通はそう考えて当然なのであった。


 ……こうして言われて気付いたけど、単に俺は色々と沢山貰った物が在るし、困っていた師匠の力に成ろうと思ってやった事だが、感覚の違いや育った環境に差があり過ぎてそんな風に噂されているなど考えもしなかったし、全て師匠が進めていた事に便乗しただけなので、今更説明されても困惑してしまう。


「……話は聞いた。それで、師匠は俺にどうして欲しいんだ? 今の話からすると俺は“やり過ぎた”って事は分かった。さっき俺がプリンを揃えるって言った事で師匠を余計に困らせ、更にとんでもない事態を引き起こすって事も」


「どうやら本格的に勘違いしておる様じゃな……お主のした事はとても良い行いだし、ワシもお主の心遣いには本当に感謝している。流石にこれ以上の物を出して貰うのは困った事になるし不味いのじゃが、それは別にお主次第でどうとでもなるし、子供や村の者も喜んでワシも嬉しいしの。そこで話は戻るのじゃが、アキートよ、お主に頼みたい事とは、件の命名式の場にワシと一緒に出て貰いたいと言う事なんじゃよ!」


「えっ!? 困った事ってそれで解決しちゃうの!? それに、そこは出たらダメじゃね!? 俺が村の皆の前に出て行ったり……って、そもそもこっからそっちに出れねえよ!」


 よく考えなくても、それは前に試して痛い目を見ている。

 いくらあちら側に行こうとしても、無理なものは無理なのだ。


「“だから”じゃよ、お主はそこからは出られん。じゃからワシの弟子としてその場から動けない代わりに、ワシに色々な物を提供し村に助力したのだと仔細を明かせば、それなりに説得力が生まれる。じゃから今回の祝いの為に出す物も、ワシと一緒に名を売り出す為の宣伝も兼ねていると言う寸法じゃ!」


「へっ!? 師匠と一緒に名を売り出す? まって、それは何の話だよ! 俺は聞いてないぞ!」


 師匠と一緒に売り出すって、こちら側の物をあちら側へ持っていき販売するって事だろ? そんな店を出すような沢山の物を集める事なんて俺には……あれ? 資金さえあれば何とか出来るかも?


「はて? ワシは前にアキートに、村の熱が下がらぬ者へ薬を渡した時に、試供品価格として宣伝も兼ねて安く渡すと聞いた筈じゃったが? 一度ワシが本店に戻った時に、本来の価格と称して少しは売らん事には、ワシの方も困った事になるんじゃが……」


 ちょっと態とらしく、「困ったのう」と繰り返し腕を組んでうんうんと唸る師匠。

 ……これはもしかすると、割と結構前からこうして俺を、あちら側の表舞台に引っ張り出そうと思い付いていたに違いない筈だ。

 だから、何かと困ったと言っては問題事を提示して、どう落着させるのか俺を試してみたり、今の惚けた表情を見るにきっと師匠は俺の案とは別に、何か解決策を必ず持っていた様な気がしてならない。

 しかも、俺はそれに気が付かず大変だとホイホイ釣られて、一応の解決をしてきた訳だ。病魔の事が片付くと俺に祝いとして、子供たちに何かしてやりたいと師匠が言ったのも、全てが思惑通りだったのではないだろうか?


 それに、俺も今の話を聞いて魅力を感じたのも嘘では無い。

 どうやら俺は、まんまと師匠の手の平の上で踊っていたようだ。

 だって憧れるじゃないか、こちら側にはない未知が詰まった世界なんだぜ!

 

「くっそー! そう言う事かよ! じゃあ師匠からは今回の分も含めて一杯ふんだくってやるからな!」


 そんな風にやけくそ気味に言い返すと、探る様な視線を送って来た師匠の目と目が合い、まるで俺の感情を読みとったかのように、ゆっくりと先程の惚けた顔から表情を変えて、今度はとても嬉しそうな笑みを返してくる。


 俺はたった今この瞬間、本当に“やられたっ!”と商人としての師匠に思うのだった。


つづく

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