155話
ご覧頂ありがとうございます。
母さんからの質問には、最近仲良くなった友人で静雄や瀬里沢も一緒だったとだけ話してお茶を濁し、それ以上の追及をされる前に明恵を出汁にして逃げ出す。
時間を見ると二十一時を少し過ぎたくらいで、念の為師匠に『遅れる』と言う事を伝える為の取り決め通り、スーパーで購入したプリンを転送しておいて良かったと思う。
明日が件の命名式の準備ができる最後の日だし、今日も忙しかったに違いない筈だ。冷蔵庫を開けてみて、もし師匠が居ない場合は適当に何か送れば顔を出しに来るかな? そんな事を考えながら明恵を伴って二階の部屋へと戻った。
取りあえずは夕飯前に終わらせるつもりだったプレゼント用の服を、明恵と二人で分けて纏め、程無く済むと冷蔵庫を開ける。
最近見慣れた部屋の中が見えるかと思いきや、布がかけられたままらしくどうやら師匠は今別の場所に居るらしい。
「お爺ちゃんも、シャハもいないね?」
「うん、きっと忙しいから今部屋に居ないんだろう。けど師匠がお爺ちゃんか……」
明恵は祖父の顔を写真でしか知らない。
俺の小さい頃に、両親の二人ともに祖父は亡くなっているからだ。
正直あまり思い出になる様な記憶は俺にも少ないが、祖母は未だに健在で毎年正月は家族で遊びに行く。
それに普段両祖母は何かと馬が合うようで仲が良く、割と頻繁に一緒に国内や海外に旅行へ出かけており、お土産と一緒に旅先で撮った写真を一緒に送って来たりするので、元気な事はそれで確認できるが、祖父となると近所にはイメージに合う人は居ないし、確かにそう言われると違和感がないかも?
「ん、シャハの石をプリンと交換してくれたお爺ちゃん」
「シャハが先に来るのかよ! まあ、あの顔はインパクトあるしな。もしかして俺の居ない時、明恵は結構部屋に来ていたりしたのか?」
もしかしなくとも、実は俺よりも馴染んでたり?
一度受け入れてしまえば、子供の方が柔軟な思考が出来るって聞くし、これも一応異文化交流になるのかな?
いい影響だけなら明恵の成長や経験を促すのだけど、こちら側との差を知って変にかぶれてしまい、明恵まで要素の力を日常で使い始めたりしたら……そう言えば明恵も偶然とはいえ、命名式も独自にやっちまったんだったな。
何より普通にソウル文字も扱えるし、明恵も俺みたいになるのか?
「お兄あのね、明恵、石の使い方教えて貰った」
「お、おう。そうか、確かにあれは使い方を知っておく方が安全だろうし、後でまた何かお礼を考えるか。シャハはプリンがお気に召したみたいだし、何だか明恵とお揃いだな。要素の力の事は……今悩んでも仕方ないか。ん? メールか、今頃誰だろ?」
明恵が偶に部屋に来ては、飲み物やプリンを補充する傍らであちら側と繋がった際に、この様子だと色々と向こうの知識を教えて貰っているらしい……。
その内俺よりもあっち側の事情を詳しくなってそうだ。
何て事を考えながら誰からのメールか確認した所、送信者は……宇隆さん? あの機械に弱い人が、俺にメールを送って来るなんて何があったんだ?
そう思って表示すると、ネズ公を星ノ宮へ預けた事に対する俺への愚痴と、主を奪われた嫉妬が掛かれた内容だった。
もう何というか、痛々しい。
どうも帰ってから、星ノ宮の奴は日課のプールでの泳ぎもせずにべったりらしく、慣れない操作ながらも、きっと頑張って撮ったのであろう画像も一緒に貼りつけられていて、星ノ宮がネズ公に宝飾品や綺麗な布などを宛がって、デコレーションしている姿の写真だが、ネズ公も満更ではないようでちっちゃな前足を器用に使い、気取った仕草をしている辺り宇隆さんの視線には気が付いているのだろう。
こうも容易くあのお嬢様を手玉に取ってしまうとは、ネズ公……何て恐ろしい子。
そんな風にメールを見ていると、横から明恵も気になったのか覗いてきて俺の腕を引っ張り、「あ~! ねずみのお姫様! ね、これ誰?」と一緒に写っている星ノ宮を示すが、その写っている時の表情が普段の顔では無く、まるで明恵の七五三姿を見てデレデレになっていた、うちの親父を彷彿させる閉まらない顔だったので、「うん、誰だろうね。それよりこのネズ公が明日は家に来る予定だぞ!」と、明恵の注意をネズ公に向けて、“謎のお姉さん”の名は伏せておいた。
星ノ宮、俺はお前の名誉を今だけは守ったぞ。だけど、この事がその内バレて宇隆さんが怒られている姿が、何故か鮮明に頭の中で再現できる不思議。
俺も大分あの二人とは、打ち解けてきていているのではなかろうか?
そんな風に感じた自分の考えにおかしさが込み上げる中、横に座る隣の明恵は俺のスマホを掴んで、未だドレスアップされたネズ公の画像を見て、嬉しそうにしていた。
そんな風に冷蔵庫の前で待機していると、あちら側の部屋の扉が開く音が聞こえ、誰かが中へ入って来る。
俺と明恵はそれに気が付き、布で隠された本来は絵である筈の額縁が露わになるのを待つのだが、師匠が誰かと話しながら入ってきてその声が漏れ聞こえた。
「……それにしてものう。シャハよ命名式の当日は少々困った事になりそうじゃな」
それに対し、やはり空気の抜けるような音での会話? が続き「うむ。それはまあ直接聞いてみるしかなかろう」と呟きながら、椅子を引いて座る音が続く。
うん、こりゃ俺達が居る事は二人とも気付いてないな。
そう思って此方から布を開けようとした所で、明恵が「シャハー!」と声をかけさっさとあちら側へ手を差し出して、向こう側が視界に入った。
「おお、アキートもうそこに居ったのか、それに妹のアキエじゃったな? これはうっかりしておったようじゃ」
俺と明恵の姿を見て、いつもの好々爺とした表情に変わった師匠が手を上げて此方へ挨拶してきた。何気に明恵は普通に名を呼んで貰えてズルい。
シャハは明恵の呼びかけに頷き、近くに寄ってくる。
おっと、そう言えばお礼は何が良いか、序に聞いてみるのに丁度良いな。
「師匠、こんばんは。ちょっと聞こえて来たんだけど何か在ったのか? それと、明恵がシャハに世話になったらしいから、何かお礼をしたいんだけど何が良いかな?」
「ふむ、シャハよ。お主何かアキエにしたのかの? お礼と言うておるが心当たりはあるか?」
師匠に訊ねられたシャハは顎をひと擦りした後、思い当たる節が無いとでも言う様に肩を竦めて首を振る。
どうやら石の使い方のレクチャーは、シャハの中では世話に入らないらしい。
きっと、プリンと交換したとは言え、子供に使い方を教えるのは別に特別な事では無いのだろう。
顔に似合わず(失礼だが)イイヤツに違いない。
「ん~、じゃあまたプリンでも「それじゃ! アキートそのプリンが問題なんじゃよ!」……はっ?」
プリンが問題? いったい師匠は何を急に言いだすんだ? プリンの問題なんて言われても、思い付くのは持ち運びに気を使わないと、明恵に形が崩れたとプリプリと怒られるくらいだ。
こちらも思い当たる節が無いので、しばし目をパチクリさせる。
そんな俺と師匠のやり取り何てお構いなしと言うばかりに、明恵とシャハは何処に隠し持っていたのか、あの石を取り出し「見てね」と言って俺が昔使っていた携帯ゲーム機に石をセットして、お馴染のメーカーロゴが起動画面に浮かび、独自の音が流れる……あれ?
確かあのゲーム機は壊れたから、部屋の隅の箱に投げ込んでいた筈なのに何で動いているんだ? しかもバッテリーは抜いてあったのに。
何かとんでもない事が、シャハに楽しそうに「ほら、出来たー」と喜んで伝える明恵の身に起きている気がする。
つづく