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154話

ご覧頂ありがとうございます。

「ん、母さんおかわり」


「あ、ズルい! 明恵も!」


「はいはい、今日は二人とも随分急いで食べるのね? そんなに慌てなくてもおかずもご飯も逃げないわよ? それと、明恵はお兄ちゃんと競わないの。もう、困った子ね服を離しなさい」


 居間ではテーブルに乗ったおかずから、揚げたての芳ばしい香りと熱気が立ち上がり、それにつける各自好みの調味料である中濃ソースや醤油、果てはケチャップが参戦し、この三種類が放つ独自の強い匂いが混ざり合い、この場は混沌と化していた。


 ちなみに俺は醤油派、母さんはソース党、明恵は最近お気に入りのケチャップを小皿に垂らし、三人とも好きに食べる。因みに親父は塩にレモン。

 この時ばかりは皆喋るよりも、美味しい物を味わう事に口が忙しく会話は少なめである。


 俺と明恵は夕飯に出た鳥のささみのから揚げを廻り、熾烈な攻防を繰り広げ箸と茶碗を使い火花を散らす……と言うのは冗談で、単に早く食べて二階に戻ろうとしているだけであった。

 単純に美味いおかずに箸が進み、いち早く茶碗を空けおかわりを要求した事に、明恵も負けじと続いただけの話で、それが分かっているから母さんも、俺の二杯目のおかわりをよそうのを邪魔し、茶碗片手に自分の服を引っ張る明恵に注意をする。


 正直、茶碗の大きさからして差があるので、勝ち負けを比べる物では無いのだけど、我が妹はそれが何であれ負けるのが悔しいらしい。

 今に始まった事では無いので、ご飯窯の蓋が開き茶碗に白い炊き立ての米が盛られる様を、母さんへ不満顔を見せる明恵をスルーして、二杯目を受け取り攻略に精を出す。


 あの横穴の中で、空っ欠近くまで力を放出したせいか、夕飯を一口食べた瞬間から異様に腹が空いている事を自覚すると、もう止まらなかったのだ。

 どおりでネズ公もあの小さな体で、自分よりも大きなナッツ類の入った袋を空にしていた訳だと思う。


 それと星ノ宮の言ったように、明日ネズ公に会ったらあの場所の事と、仮にあの奥を調べて貰う事は出来ないか聞いてみよう。

 あの子の手掛りを見つけて、警察には今は伝えられなくても早めに確保しておくに越したことは無い筈だ。

 どうせなら早く見つけてあげたいし、倒れた秋山も喜ぶに違いない。

 しかし、黒川が傍に付いていたが大丈夫だっただろうか? 他にもあの交差点に現れる『十字路の悪霊(オニ)』の事も気になる……後は、恭也さん達の後継者問題とか、妙な噂の流れる例の『坂内組』の話とか、改めて考えてみると俺の周りって厄介事で満載だな。


「どうしたの明人? 勢いよく食べ出したと思ったら今度は何か悩み事なの? 考えるのは良いけど、先ずは食べてからにしたら? あと明恵は少~しご飯を零し過ぎ、お兄ちゃんは逃げないのよ? もっときちんとよく噛んで食べなさい」


 そう母さんは俺と明恵にご飯をよそった後に、二人の食べる姿をおかしそうに眺めながら、テーブルに零れたご飯粒を拾い注意する。

 俺達二人はなんだかばつが悪くなり、チラッとお互いを見て俺は苦笑い。

 明恵も照れくさそうに「エへへ」と笑い返し、ゆっくりとした食事を再開させた。

 母さんの言う様に、思い悩んだり別に急いで食事をしていたところで、冷蔵庫が逃げ出したりはしないのだ。

 気持ちがつい焦り母さんから見れば、まるでクリスマスプレゼントを前にした子供の様だったに違いない。


 ……これじゃあ、俺当てに届いていた箱の中身が気になっているんだと、勘違いさせてもおかしくなかっただろう。

 案の定、食事が終わった後明恵と食器を台所へ持っていき、水に浸けたところで母さんに捕まる。

 早速二階へ上がろうとしたのだが、そう簡単にはいかないようだ。


「それで、あの箱の中身は何だったのかした? 明恵は勿論お兄ちゃんと一緒に中を見たのよね~? 母さんにも教えて欲しいな~。……ねえ明人、あなた明恵を脅したりしてないでしょうね?」


「ちょっと! 明恵が黙り込んだら全部俺のせいかよ!」


「だってそれしか考えられないじゃない。今だって明恵、両手で口を押えて首を横に振るだけだし、あなたは父さんに似て詰めが甘いわよ?」


 だぁーっ! 確かに明恵には黙っていろと言ったけど、母さんに聞かれた時に誤魔化す答えを教えて無かった!

 今も明恵はチラッと俺の顔を窺った後に、フルフルと左右に首を振っている。

 食った後直ぐに二階に戻れば大丈夫と、高を括っていたか……。


「ん~さっき何か悩み事、いえ考え事かしら? それに何か関係する物だったの? 別に何を買ったところで、いつも父さんが言っていたでしょう? お小遣いのやりくりは自分の責任だって、だから母さんだって余程の事じゃないと怒ったりはしないわよ」


「別にさっきの事も箱の中身も関係ないよ。俺の同級生でさ、一年くらい前になるらしいんだけど、行方不明になった近所の子のビラを撒いて回ったり、今もその手掛りを探していた事を聞いて、普段の姿からは想像できないけど、色々在るんだなって……」


「そう、明恵が保育園に通っているとき、母さんもそのビラ商店街で貰った覚えがあるわ。居なくなった子はまだ小学生の女の子で、明恵とは直接関係する訳じゃないけど、もし、もしもよ? あなたや明恵が同じ様に居なくなったらって、怖く思った事が在るわ」


 どうやら俺が高校に入って、新しい生活にまだ慣れて無い頃に母さんはあの子の事を、ビラを見て既に知っていたらしい。

 母さんに『もし』ではあるが、明恵がと言われた時その考えを俺は知らず知らずのうち、避けていた事に気が付き横で不思議そうに「明恵はここに居るよ?」と言って、首を傾げるのを見て母さんが感じた怖さを思い知った。

 同時に、秋山が一年近く思い詰め情報を探していた気持ちも、似たような物だったのかと思うと胸が詰まる。


 普段は頭の隅に追いやって、考えもしない日常に存在する生と死。

 この相反する不条理で、切り離したくても切れない祝福と呪い。

 それが、大切な家族の誰かだったり、とても仲の良い親友だったり、偶々知り合って挨拶する間柄だけの子であってさえ、失ってから始めて実感する掛け替えのない『当たり前』。

 少し前なら、こんな事を考えたりはしなかっただろうけど、今の俺には心当たりが在り過ぎて、最近如何に危ない橋を渡って来たのかと身震いする。

 あの子の事と明恵が重なり、兼成さんから届く予定の勾玉以外にも、何か俺に出来る事は無いかと悩ませるには十分だった。


 だが三人が黙り込んだ事で、カチ、コチ、カチ、コチ、と部屋の中にある時計の秒針が、俺の耳に自己主張を始めた時、そんな重くなった空気を母さんが思いもよらぬ話で簡単にぶち壊してくれる。


「難しい話はそこまで! それでその子は家の前に居た二人の内どっちだったの? 母さんにパパッと教えなさい! どっちが本命? 何時紹介してくれるの? それとも、まさかまさかの……二股?」


「おーい!! さっきまでの重い雰囲気は何処に行った!? 真面目に話していたのに数秒後にはこれかよ! 我家のシリアスさんは何処に消えたんだ!」


「そんな尻だか穴だかは知らないわ! で明人、どっちが本妻? 日本じゃ重婚は犯罪よ? 嫁同志が揉めない様に、確りあなたが管理なさい。私は嫁にも明人にも煩く言わないから、孫は可愛がらせて貰うわよ」


 どっちなのとか紹介とか、本命とか本妻とか際限なく放って置いたら、どんどんグレードが上がってるじゃねえか! こんちくしょー!

 最近知り合ったばかりで、やっと友人になったと言って良いくらいには仲良くなったとは思うが、そんな風に考える余裕なんて全く無かったわ!


「お尻? あ「明恵、そんな事口に出すんじゃありません! お前、母さんの様になっちまうぞ!」


「お兄? 明恵、母みたいになれるの? やったー!」


 無邪気に母さんの様になれると聞いて、喜ぶこの姿に目頭が熱くなる。

 母さんは母さんで、勝ち誇ったように口元をひん曲げ、星ノ宮や宇隆さんの様に胸を持ち上げる様に腕を組み、顎を逸らす姿が妙に似合うのでとても嫌だ。

 黙っていれば可愛いと言える容姿だが、今のポーズでやられると非常に腹が立つ。

 明恵をこんな風にしてはいけないと、俺の心の奥底から沸々と湧き上がる想いが在る。


「母さん、俺をおちょくって楽しいか?」


「ええ、とっても楽しいわよ。我家には暗い雰囲気とか似合わないし、私の柄じゃないの。ほら明人も何だかんだ言って、さっきの苦しそうな顔全っ然似合いそうもないから、そんなモノは空の彼方へポイよ? 良い? 父さんだって家じゃ愚痴は零すけど、あなたたちや私に当たり散らす? 無いでしょ? そう言った事を話した後は、引き摺っちゃダメ。ぶち壊すのよ!」


 うん、母さんは母さんなりの考えで、この家を守っているんだもんな。

 それが他の人とちょっと違っているだけで、心は上を向いている。

 父さんが母さんに惚れたのは、こんな所が好きになってなのかもしれない。


「あ~もう! 母さんにはこの先何年経っても俺は勝てそうにないわ。明恵、母さんに似るにはいいけど、全く一緒はダメだぞ? きっと苦労する」


「お兄より、母のが強い! 明恵も頑張る!」


「ほほほ、ほら見なさい。常に勝者は誰かが目指す目標に成れるのよ? 明人もいつか私に勝ってね。でね、実際あの子達ってどういう関係なの? 母さん知りたいな~、明恵もそうよね~?」


 ダメだ、家の女性陣は我家のヒエラルキーの中では常にトップ。

 俺はカースト制度で例えれば辛うじてヴィシャだと思いたいが、父さんは母さんというクシャトリヤに奉仕する、スードラなのは間違いないだろう。

 何だかんだ言って、母さんの尻に敷かれているのだから。

 俺はこの後、母さんをどう納得させようかと頭を悩ませるが、先程とは違って胸に感じた重みは、綺麗さっぱりと消えていた。


つづく

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