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149話 酷い贔屓を見た

ご覧頂ありがとうございます。


4/10 言い回しが変だった箇所の修正と、最後の方の文章に加筆を致しました。

 向こうから届く明かりの眩しさのせいで、相手が誰かは良く見えないけど、宇隆さん達では無いだろう。

 いっそこちらから声を掛けようかと思ったが、俺みたいな目的以外にこんな狭く暗い場所に、態々人が潜る必要性を感じないのでどうするか迷っていた。

 何より足音が一人分しか聞こえないし、仮に全然知らない第三者だとしたら、自分が言うのもなんだが、それはそれで十分怪しい。


 更に相手が氷を踏む音が響き、そのまま無言で近寄って来るので警戒心が募る。

 伊周の言った台詞が頭に甦るが、流石にただ怪しいからと此方から仕掛ける訳にも行かず、仕方なく声を掛けようとした所で相手を認識できる距離になり、明かりをさし向けた人が誰なのか分かると、肩の力と一緒に知らず溜めた息も抜けた。

 だけど、俺の方から近寄ろうとは思わずに、この位置を保ったままで話しかけて反応を見ようと思う。

 理由? 星ノ宮達の内、誰一人その人の後ろに居なかったからだ。


「……何だ。やっぱり田神さんだったのか、余り驚かせないでくださいよ。一人だけ見たいだったから、他にもこんな所に潜るような物好きで、変わった人が居るのかと思った」


「石田様だけ、ですか? ……では、その台詞は貴方にそっくりそのままお返し致します。それにしてもこの中の風変わりな事に加え、貴方の今の恰好を見ると何が起きたのか御伺いしたい所ですが、きっと真面に答えを仰りはしないでしょうね。一応お訊ねします。ここで何があったのですか?」


 田神さんも俺の姿を確認できた所で、一瞬だけ「おや?」と不思議そうな顔付きになっていた。きっと、制服が焦げて上半身が所々見えているからだろう。

 仕方がなかったとはいえ、火炎に化けたネズ公を抱っこしたのは、少し失敗だったかもと後悔する。

 さて、何て答えるのがベストか実に悩み処だし、今は頭が余り働いてない。

 流石にそう何度もこの人を口先だけで煙に巻けるとは思えないが、無理やりにでも無い知恵を絞ってみるとするか。


「あ~えっとですね、実はこの穴の中に潜ってから、急にスマホの調子が悪くなって電源が落ちて、周りが暗くてよく見えないもんだから、身動きもとれなくなって、仕方なく火を起こそうとしたら制服に燃え移ったんで、この有様って訳……なんて如何でしょう?」


 元からあの子の手がかり以外、これと言った理由を考えずに中へ来たため、我ながら上手い説明が全然思い付かなく、こんな苦しい言い訳しかできずに終わる。

 俺の苦し紛れな話を聞いている途中から、田神さんはその表情を変え能面のような顔になり、その変貌を見て母さんが家で俺を待ち構え、怒り出す一歩手前の事を連想させて、最後の方は顔が引きつり気味になり尻窄みしてしまう。


「そうですね、マイナス三十点って所でしょうか。残念ですが、私を多少でも納得させられるような御説明になっていません」


「はっ? マイナス三十点!? 何点満点で? 最高零点じゃないよね? 何をどう計算したら零点を突き抜けてマイナスに!?」


 田神さんは俺の出した返事に、とても良い笑顔に変わって頷き、赤点どころか落第点以下だと、厳しい採点結果を突き付けて来た。


 どうすれば零点より低いマイナス何て評価になるんだ? この辺りはだいぶ溶けたけど、この先の壁面はまだ所々冷たく水滴状に凍っているせいか?

 まさに今の点数を表しているかのようだが、流石に氷点下三十度も無い筈だし、どちらかと言えば、田神さんのスマイルの方が氷点下だろう。

 冷血スマイルとでもいうべきか、言うなれば鉄壁の笑みだ。

 俺の答えも酷いとは思うけど、せめて五点くらいはあって欲しい。


「……では、ご自分の中でも自己採点は終わった頃でしょうし、私の採点内容を決めた事柄をお答えします。私語を挟まず良く聞いて下さいね」


 一応俺にも採点内容を教えてくれるらしい、田神さんは割とフェアな精神を持っているようで、少しホッとして話を聞く事にする。

 けど私語を挟まずとか、何か学校の先生を前に試験結果を直に伝えられている様で、余り気分は良くない。

 折角収まった吐き気が、また戻ってきそうだ。


「先ず一つ目、石田様がこの中へ入った目的が説明されてない事、二つ目は奏様に心配させた事、三つ目は予期せぬ事態は仕方ありませんが、いくら暗かろうがここは一本道です、壁伝いでも戻れるでしょう? 嘘はいけません。四つ目は最近奏様に笑顔が増えた事、これはプラスですよ? そして五つ目、貴方を無事な姿で連れて戻ると、奏様に約束した私の仕事を邪魔した事でしょうね」


「さ、採点内容に異議あり! 点数内容が伝えられていません!」


 流石に今の説明では、俺の方が納得できない。

 だから妙な迫力を感じさせてはいるが、そんな田神さんにさえ思わず反論してしまい、更に俺に対する声音が硬くなった気がする。


「……一つ目マイナス十点、二つ目マイナス百五十点、三つ目マイナス十点、四つ目プラス百五十点、五つ目マイナス十点。どこもおかしくありません。依って被告の異議を却下。さ、大人しくして下さい。その怪我の手当てもしないといけませんし、これ以上奏様を悲しませる事は私が許しません!」


 そう言った途端、笑顔で閉じていた田神さんの眼がカッと開き、鋭い眼光が俺を捉えた。

 ザリッ、ザリッと眼だけが笑ってない田神さんが、再び足元の氷を踏み砕きながら近寄って来る。

 田神さんは背が高いので頭を軽く下げて、前屈み気味に歩いて来るせいか表情が隠れ、余計に威圧感と不気味さを感じさせた。


 アレ? 何処で間違えた? 今の採点内容だと、俺の返答からは一つも点数取れて無くね? 全部田神さんの主観で点けた点数のみで、しかも唯一のプラスが星ノ宮の笑顔だし、心配させただけでプラマイゼロに打消しじゃねーか!

 どう考えてもおかしいよ、俺の答えを真面に聞いてないよこの人!?

 それに、まだあの子に繋がる手がかりを、何一つ見つけて無いのに戻るなんて、情けなくて出来るかよ!!

 そんな俺の心の内を覗いたかのように、更に田神さんがダメ押ししてくる。


「やはり私の言い分では納得して貰えないようですが、これ以上ここに留まらせる事は認められません。何よりその恰好では探索を続けるにも体が冷えすぎて、体を壊してしまいます。ご不満でしたら、誰もが頷くような説得力のあるご説明をどうぞ。……それでも尚我儘を言うようでしたら、私の全力をもって対処させて頂きます。ええ、石田様は既に怪我をしているようですし、これ以上多少傷が増えてもそれは、誤差ですよね?」


 田神さんの握り締めた両拳から、バキボキと聞こえてはならない音が響いた。





 ――結局渋々とだが、田神さんのその言葉と滲み出る凄みに折れ、すごすごと一緒に穴を出た。

 途中の通路で躓いたりふらついて転びそうになったり、足に来ている事を思い知らされ、尚且つ外に向かう程穴の中の気温が下がっていたので、思ったよりも体力も消耗していた俺は、あれ以上中に居たら本当に体調を崩して、下手をすれば師匠に送る商品の受け取りさえ出来なくなっていたかも知れないと、粘り処を間違えていたなと反省する。

 この側溝も横穴も逃げれはしない、まだ機会はあるのだから。


 それまでじっと身動きをしなかった火鼠のネズ公が、そっとポケットから頭を出し俺の右手に、そのちっちゃな前足で励ますようにピタピタと触れて来た。

 ネズ公の気持ちを嬉しく思い、少しだけ気持ちが楽になった気がして、お返しに頭を撫でる。


 そうして横穴を出た時点で、俺の薄汚れた格好を見た星ノ宮と宇隆さんは揃って驚いた顔をしたが、苦笑いを交え一応戻って来たことを喜んでくれた。

 まあ、俺のボロボロの様子を見て、深い溜息を吐いていたのも御愛嬌だ。


 田神さんは俺を外へ連れ出すと、そのまま駐車場に止めていた車へ戻って行き、その間に瀬里沢が恭也さんを連れ戻してきていて、丹念に辺りを調べ側溝周りの惨状を見た後、チラッとポケットの膨らみに目をやったが、あえてそれは無視したのか俺にこう呟く。


「キミの力は十分だと分かってはいたけれど、もっと根本的な制御の仕方を学ばないと、いつか周りの者を、そこの鼠のようにしてしまうだろうね。もう一度聞くけどキミの師匠と仰ぐ人は、国内には居ないのかい? どういった修行をしていたのか根本的な事を聞いてみたくなったよ」


 と、口角を吊り上げ薄い笑みを浮かべながら、軽く俺の頬に触れた。

 急にそんな事を言われ、しかも今の恭也さんは妙な色気を感じ返事に詰まる。


 ただ何度聞かれても、師匠が国内に居ないのは本当で嘘は言ってないし、まさか俺の部屋の冷蔵庫を開ければ、実は直ぐに会えます……何て、まだ教える気には全くならない。

 話せば信用はしてくれると思う。でも俺はまだ恭也さんや、特にあの兼成さんを心からは信頼してないのだ。


 色々と便宜を図って貰っていながら、酷い奴と思われるかもしれないけど、今の所お互いに利害が在ってやっている事だし、高校一年から一緒に居た静雄にだって話していないのだから、順番を跨いで教えるなど到底出来ない。

 それに、あっちはあっちで後継者候補と言う厄介事が全然解決してないのだ。

 黙り込んだ俺をどう思ったかは分からないが、傍で俺の手や足の手当てを宇隆さんに手伝わせ、指示をしながらこの聞いていた田神さんは、慌てて星ノ宮を俺から遠ざけた。


 田神さんはそれでも素早く傷口を洗う水と包帯、あとは消毒薬と飲む抗生物質を持って手当てをしていたけど、俺の噛まれた痕を見ながら手当てが済み次第、病院へ行かないとダメだと強く言われる。

 どうやらこの手当てをしたくらいじゃ、鼠に噛まれた傷の対処には足りず、このままの状態だとヤバイらしい。


 確かに結構噛まれた痕があって痛むし、熱を持ってきて腫れてきていたので、服を先に新調と思っていたが、車に乗り込み慌てて病院に行く事に変更。

 恭也さんは途中で下車し留守番をしている黒川と、まだ寝ているらしい秋山が心配だからと事務所へ戻り、俺はそのまま星ノ宮お抱えの医師の診察を受け、痛い注射を打つことに事になって、散々な時間となった。


 この時点でプラスの収穫と言えるのは、あの子の素性が分かった事と色々在ったけど、伊周に続き火鼠のネズ公が、新たに契約者として加わった二点だろう。

 横穴内での力の暴走に関しては、マイナス要因に近いので別と考える。

 あとはこの襤褸切れとなった制服を、どうにかして母さんに気付かれずに誤魔化せられれば、無事に師匠へと会う事が出来る筈だと思いながら、病院を後にした。

つづく

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