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147話 出来るネズ公、うっかり田神ん

ご覧頂ありがとうございます。

 勇ましく白く発熱する塊(歪な球体)へとダイブした火鼠は、その大きさに似合わない俊敏さをもっていて驚いたのだが、如何せん右手だけで支えるには重過ぎて、胡坐を掻いた上に乗せ確りと持つ姿勢になる。

 ぱっと見には徐々にではあるが、火鼠が張り付いた塊は減りつつあるように感じるけど、火鼠にもこの威力は負担なようで、苦しそうな鳴き声を上げた。


「ヂュッチュ!」


「俺も維持がマジにヤバイ。頑張れネズ公!! っうおぇ。……余り俺が力むと気合が口からバーストしそうで危険だな。ちょっとは縮んだ気がする、辛いだろうけど耐えてくれ」


《……う~む。火鼠よ、そうやって貼りつくのも良いが、何故お前は火に化けぬ? 確かにその身のままでも貴様の毛皮は火に強いじゃろう。だがの、火に化身すればそのまま体の内へと取り込めて、そう時間も要らん筈じゃ》


「ヂュ、チュチュ?」


《うん? どうすれば化けられるじゃと? そんな事、刀の化身たる儂が知る訳なかろう? 寧ろ火は、お前達火鼠の物の怪の根本たる本質ではないのか? 何故に分からぬのじゃ?》


 えっと、伊周の言う化身って火鼠の場合火に化ける訳だろ? 突然目の前でそんなもんに化けられたら、俺の方が火傷しちまうわ!


「ちょっ! お前らで話を勝手に進めるな! ってうぅ。……今のは違う意味でヤバかった。あ、あのな伊周、今こいつが仮に火に化けたら、俺が燃えね?」


《む? 主とこ奴は契約を結んだのじゃろ? ならば火鼠が火に化身しようと主が燃える事は無かろう。……もっとも、主の身に着けている物までは儂にも責任はもってぬ。なんせ儂も試した事など在りはせんから分からんの》


 ネズ公の火じゃ火傷はしないって、あれか? 俺がさっき全身に感じたあの熱さはその証だっていうのか? でも、俺は一か八かの賭けに残りのチップ(力)を全賭けしちまったし、迷っている暇も躊躇している余裕もねえ。

 吐き気を何とか抑え込み、困っている火鼠に声を掛ける為に気合を入れる。


「お前の契約者たる石田明人が命じる。ネズ公、迷う必要なんかねぇ! 根性だ! 頭で考えるな心で感じろ! お前は火だ! 炎だ! そして、あのお天と様に上る太陽になれ! ……うおっぷ、これ以上もう無理ぃ」


「チュッ! チューー!!」


 そこまで喋って臨界を突破しそうになり、左手で口を押え喉元にまで上がった物を酸っぱく感じる唾液と一緒に飲み下す。

 どうやら俺の応援で何かを得たのか、ネズ公は文字通り魂に火がついたらしく、白い体をしていたその体から火が溢れ出し、体色が赤く変化していきその身を火炎の体へと変化させる。

 ……一瞬ヒヤッとしたが、俺も体の何処も火傷などせず無事変化を遂げ伊周の告げたように、ネズ公はその体内へと球体を取り込んだ。

 だが、残念なことにズボンはまだ多少熱に強いようだけど、徐々に黒く煙を上げだした夏服は焦げ始めていた。





 ……いったいあの少年は、こんな薄気味悪い穴へと一人で潜るなど何を考え、そして気温の高い夏日に、何を思って無数に転がっていた氷りつく鼠の死骸の元凶へと進んだのでしょうか?


 どうやら奏様の話では、この中から鼠達の死骸は出てきたそうですが、霜の降りたこの奥やさっきの地面の爆発と思わしき現象と言い、それら全てに係わっている筈の彼は、本当に何者なのでしょう?

 奏様に聞いても、曖昧な答えしか返って来ず疑問だらけでしたが、今はあえてそれに蓋をし、奏様からの使命を果たすべく私は中へと足を踏み出した。


 思いなおせば私が今こうして動くのも、たった数日前の彼と奏様の出会いが切っ掛けだと考えれば、私が奏様を止める事もせず雇主にも報告を上げずに調べてきた事は、何とも皮肉な廻り合わせとしか言いようがない。

 そんな自分の顔に何とはなしにそっと手をやり気が付けば、何故か不思議な事に知らぬ間に笑みを浮かべていて、そんな自分におかしさが込み上げる。





 ――つい先週、嘆かわしい事に奏様が通う学校で起こってはならない、恥ずべき行為を行った事件が発覚し、しかもその事件の犯人の女子生徒は事も在ろうに、奏様と同じクラスの人間で、護衛として付いていた真琴は何をしていたのかと、問いただしたく思った程です。

 ですが、どうやら奏様の活動する部活が目標として狙われたらしく、同じ部活を共にする仲間が被害に遭ったと、あの方の気概からその事件を自らの手で解決する為一緒に動いていたのだと、だからこそ私に知らせずにいたと言われて……仕方なく私も折れて、矛を収める事にしました。


 問題は、どこの馬の骨かも分からぬあの石田と言う少年が、突然奏様達の前に現れたかと思えば、たちどころに事件の真相を暴き犯人を追いつめ、自らは名を出さずに奏様の手柄として全て解決。

 しかも、真琴から聞きだした話だと、それ以上の被害の拡大や盗撮された映像を表に出さない為に、その全ての画像データを警察にも知られずに密かに破壊するなど、いったいどこの正義の味方や裏の工作員の手法ですか?


 私もそう言った手口や技、他にも様々な訓練を積んではきましたが、学生の頃の私に同じ事が出来たかと聞かれれば、当然無理な話ですね。

 ただの私立高校に通う一学生に過ぎない少年に、出来る仕業かと問われれば、どう考えても出来ないし不審な点ばかりでした。


 そんな事を出来る者が今の今まで全然名など知れて無いのに、奏様の身に問題が起きた途端、都合よく出て来るのが余計に疑わしいですし、まるで奏様に近付く機会を、虎視眈々と狙っていたかのような現れ方ではないでしょうか?


 なので私はこの事を奏様の祖父であり、私の雇主で星ノ宮家当主である亜雅人様にお伝えしようかと思ったのですが、先ずはこの少年の事を調べてからでも遅くは無いと考え直し、色々と学校の教師や以前の失敗を糧に、校内の生徒に紛れ込ませ通っている血族からも、この石田少年の情報を集める事にした。


 私は先に起こった事件も、もしかすると全てこの少年の裏に居る者の仕込みであり、解決を切っ掛けにしてその何者かが、星ノ宮家に近付くための布石だったのではと睨んでいたのですが……。


 たったの二日で私の手元へ集まってきた沢山の情報では、この石田と言う少年普段から、無手を使った捕縛術の大家である安永家の人間と行動を共にしており、かなり有名で少し洗えば直ぐに普段の生活から、成績、家族構成、等々簡単に分かってしまう程度でした。

 余りにも馬鹿らしい報告に、これも全て偽装され表向きに作られた仮面だと思ったので、私自身が行った数時間の調査と比べてみたのですが大差なく、本当に何処にでもいるただの学生でしかなく、警戒していた分肩透かしを食らった気分になったほどです。


 だけど、あの日星ノ宮家主催の、傘下の企業との顔合わせを目的とした立食パーティーの会場で、奏様が御倒れになった原因の瀬里沢家に赴いた時、私の中で少年に対する認識がただの学生から、得体の知れないもしかすると奏様にとって、とても危険な存在なのではと、私の新たに知りえた情報から、その考えを改める事になるには十分な結果でした。


 それなのに、日を跨いで少数の人間が瀬里沢家に集まってからと言うもの、奏様や真琴さえあの者達と好んで行動を共にするようになり、奏様が所属する部活は今の所、頭痛が起きそうな問題として、実は件の事件の犯人が記録係として水泳部に所属していたせいで、学校へ警察が来て以来教師達の働きで活動を自粛し休部。


 そのせいで時間が空き、あろうことか習い事まで休み、彼等と一緒に居ようとするなど、以前の奏様では考えられない事です。

 これで最近学校に行かれる際、私に「田神、貴方最近嬉しそうだけど、何か良い事でも在ったのかしら?」などと声を掛けて下さる様になり、特に奏様が楽しそうな御顔を私達にも見せるようになっていなければ、誰が何と言おうと断固として係わらせないつもりでした。

 ……そう考えてはいたのですが、私がこの中へ入る前に見せた奏様の少年を心配する仕草と表情。

 あの姿はもう子供では無く、まるで大切な者を案ずる一人の大人の女性ではないでしょうか? 私はそう感じ、真琴を踏みとどまらせ自ら中へ入ろうと決心したのです。


 そう、私はあの少年が何者であれ、奏様を悲しませる原因を排除する事を使命として、三年前奏様を一度裏切りあの日以来己に誓ったからには、奏様の憂いを晴らす為に、何が待ち受けようとこの中からきっと彼を助け出すでしょう!





 側溝に続く横穴を潜った所で、先程のペンライトを更に捻り中に仕込んである細くて丈夫なこの暗器を取り出す。

 左手側は一見ただのペンライトですが硬さが違いますし、抜き出した右手の刃もかなりの重さの物でも耐えられる特注品で、多々良川家に発注して作った、攻防一体となった私自慢の武器ですよ。

 何が起きても直ぐに対処できるように、両手利きに訓練を受けていますがこの狭い中で、出会い頭に相手を仕留めるには丁度良い長さで扱い易い。

 ……ですから誤って石田少年を襲ってしまわない様に、一応注意しながら奥へ進むとしましょうか。


「入り口で氷った鼠の死骸を見ましたが、中は更に異様なようですし、これは真琴を留まらせ、私が入って正解だったかもしれませんね」


 中の光景に驚き、思わず浮かんだ考えを口に出して呟いてしまいましたが、潜入のプロはこんな失態は侵さないですねと、自らを戒め口を噤むとこれから先、彼を見つけるまでは決して口を開くなと己に命じた。


 それにしてもここは寒い、吐く息が白く流石にこの上着は夏仕様で防寒性能はないので、今度両方に対応できる物が作れないか意見を上げておこうかと思う。

 どういった理屈でこの中に霜が降り、冷えているかは分からないが歩くたびに、ザクザクと足元から小さな氷が割れる感触と音がして、仮に石田少年以外の何かがこの狭い通路のどこかに息を潜め隠れていれば、こうして慎重に進んではいてもこの音で、私の位置が気取られることに変わりはなく、不快感を覚える。

 そうして足元と道の奥を交互に確認しながら、先へ進み曲がり角にぶつかった所で微かな話し声が聞こえて来た。


 どうやら私の予想通り、石田少年以外にも何者かがここに居て彼と接触しているらしい。

 一瞬、彼が何者かに派遣された工作員だったのでは? と言う過去の懸念が湧き上がりましたが、態々奏様達が居るこんな場所で会う必要性が無いと否定し、過去の職業柄、己の他人に対する疑り深さに少しばかり辟易し溜息が出てしまう。

 微かに耳に届く声の様子からして相手も若いように感じますが、その口調から少し年寄りを演じているようにも聞こえる。


 立ち止まり少し耳を澄ませてみると……特に言い争うような感じでは無く、内容は分からないですが、二人とも普通に会話をしているようなので、既知の間柄らしいと判断して、念の為右手の仕込み武器をペンライトに戻し、私は更に先に歩みを進める事にした。


つづく


田神さんは仕事は出来る方ですが、プライベートな事になればかなりの勘違い屋さんです。

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