146話 昔かぐやが選んだ素敵な物
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手を動かすのも億劫だが、目の前に展開している『トレード窓』に何とか指を這わせ、枠内に収まる伊周を呼び出す。
《主よいったい何用ぞ? 今はちと張り切り過ぎて、もう少し英気を養いたいのじゃが、儂に合うような酒でも用意したのか? 本当に刀使いの荒い……うん? 貴様、あれ程何かあれば呼べと言ったばかりなのにもう忘れたのか!? まったく儂の主は随分と鳥頭のようじゃな》
「そう、言うなよ……。俺も自分で、呆れている所なんだから、豆腐メンタルな主人を、もっと労わってくれ。今は、お前の軽口に、付き合えるほど、余裕が無いんだ」
呼んだのは良いけど、開口一番不満を言われた上に鳥頭認定された。
どれ位の時間倒れていたか分からないが、確かに伊周の言う様に少し前に言われたばかりなのに、すっかりこの場に漂っていた雰囲気に呑まれ半分以上混乱していたのは否定できない。
手足の痛みもそうだが、辺りの気温の下がり具合のせいで冗談抜きに寒さで凍え、体の震えが収まらなくて喋るのも一苦労だ。
《労われじゃと? 儂の方がよっぽど疲れておるわ! ……しかし、ここは何処なんじゃ? 主とは単なる言葉での契約のみじゃから魂から紡いだ糸は細いし、儂はあの中に居る間は外が知覚できんからの。強いて言えば主の周りは氷結して、近くには鼠の死骸に……なんぞこ奴? 氷ってはいるがまだ生きておるわ》
「鼠の、死骸? 氷結? ……生きているって、何の事だ?」
《儂が分かるのは主の周りに、地面に氷で固まる鼠の死骸とその奥におる火鼠の物の怪じゃ。主も随分とえげつない業で封じたものじゃな、この辺り一帯主を中心に広範囲に氷らされ、元は洞穴じゃろうが氷穴に様変わりしておるな》
俺を中心に広範囲に氷るって……あっ! そうだ! 初めて師匠から借りた『清涼の腕輪』を嵌めた時、風の要素の力に酔って暴走した時と同じだ!
伊周の見ている光景は(目が無いのにどう見ているかは謎だが)あの時の台所の惨状を二乗倍くらいにしたと考えれば、一応の納得はできる……かな?
通りで寒さだけにしては、少しばかり怠さが酷いと思った。
鼠共に囲まれ怯んだ時に噛まれ過ぎて、出血過多のせいかとも考えたけど、よく考えたら数回の痛みを感じた後、悔しさとそれ以上の怒りに加え死にたくないと願った強い気持ちが溢れてから先、全然何も覚えてない。
多分それが原因で、また勝手に暴走した結果この現状になった訳だ。
「……何か、分かったわ。ハァ~、もう自己嫌悪だ~ちくしょう」
《まあ結果はどうあれ、主は儂とは違う形になるが火鼠自身と反する属性の氷に封じた訳じゃ。ただ、主の今の姿を見ると辛勝と言ったところ。気になるのはどうして主は、瀬里沢の屋敷で儂を何度か退けた風の刃を使ってないのだ? 態々そこな奴を生きたままにしたのは、主の温情か?》
うがああぁぁぁ!? そうだよ! 俺! 伊周云々よりも暗くて相手が見えなくたって、適当に範囲で風の要素をぶっ放せば済んだ筈、もうマジで周りどころか、自分の出来る事を忘れるくらいにパニクッてたんだな。
最近は風の要素も散々部屋の中で練習したから(主に暑さ対策で)、もう今じゃ単なるクーラー代わりの生活便利用品扱いしていたし、それ以外日常で攻撃に使うなんて発想を忘れていた。
恭也さんの事務所でも符を空調管理に使っていたし、微風程度なら意識しないで操れるようになったせいで、余計に身の回りに特化させた使い方へ、認識が偏る結果に繋がっている。
《主よ、何を黙っておる? 何か言う事は無いのか? そこな火鼠も氷に封じられはしても、周りの声は聞こえておるのじゃぞ?》
……待てよ、冷えた風を出せるなら師匠が前に言っていた、アフ=ラ(火)を混ぜれば暖かいのも出せるんじゃね? もうこの寒さを凌ぐのにはこれをやるしかない筈、俺は痛む手をなるべく使わない様に身を起こし、集中を始める。
怠さなんて関係ねぇ! うおおぉぉぉぉ燃え上がれ! そして熱く成れ! 俺の中にあるソウルの器を廻る風の要素よ!!
《な、何じゃ! この力のうねりは!? 主よいったい何をする気ぞ!? 儂の辛勝と語った事に怒ったのか? 待て落ち着くんじゃ話せば分かる! や、やめよ! ま、まだ儂死にとうない!》
「大丈夫だ! きっとイケる! アフ=ラ・カ・マアーフ!!」
俺が自分の考えに没頭し有頂天で叫んだその瞬間、温風どころか熱風が放射状に噴き出すのが“分かり”ヤバイと感じて、慌ててその放出を吸い込んだ息を止めるように手の内へ留めようと念じる。
何とか抑える事には成功したが、右手の中へ収束したそれは熱を生み出し辺りを照らし、この場を見回せるようになった。
「……何か思ったのと違ったけど、一応暖かいし明かりにもなるから結果オーライか? ただコレ、結構維持するのキツイな。何と言うか十キロの米袋を手首だけで持ち上げて、そのままの位置に固定する感じ?」
《主よ、手に出した『それ』儂にも何処にも絶対に放つでないぞ? 良いな? 儂は言ったからな? 全く主が何をしたいのか、とんと分からなくなったぞ。焦って損したわ。で、結局どうしたいのじゃ?》
「あ~これ冷えた体が暖まるわ~って、どうって聞かれても……封じるとか、別に襲われなきゃする気なんて全然無かったぞ。うわっ、伊周の言う様に結構齧られていたんだな」
明かりが出来たので、座り込み暖を取りつつ怪我の具合を確かめる。
指先の噛み傷は拳を握っていたお蔭で余り無いが、それよりも腕と脚あとは靴に着いた噛み跡や、制服の汚れと傷み具合が酷く、このまま家に帰れば怒る母さんに、どんな技を掛けられるかと思うと頭痛がしそうだ。
……時間があれば、星ノ宮に頼んで車に乗せて貰って制服を新調するか?
《ほう、主はそれだけ痛めつけられ、そこな火鼠への怒りは無いのか? 今ならそれを使えば、まだ大して力のないそ奴くらいならば、たちどころに彼岸へと送れるぞ》
「あ゛あ? 怒りが無いかだと? お前は馬鹿か? 今もあちこち痛いし怒りが無い訳ないだろ! 制服はボロボロだし、お前俺の母さんが怒るとどれだけ怖いか知らんだろ! 意識失う程の技を食らうしマジで怖いんだからな!」
《そ、そうなのか? 主が怖がるような母御がこの世に居るとは……案外と現世は広いようで狭いの》
「まあな、だけど彼岸と言っても俺に噛みついた鼠共は全部先に送っちまったみたいだし、何で襲って来たのか分からんけど、こいつらもさっきまでは生きていたんだ。結果は俺が生き残ったがボロっちくされたし痛み分けだろ? 残ったこいつを態々殺る必要なんて在るのか?」
腹は立つがこうして伊周と話していると、火鼠なんて正直言ってどうでもいい。
俺の目的はこのネズ公には無いし、見つけたスマホも氷り付いていたから、時間がどれくらい経っているか分からん。
静雄なら腹具合で時間を分かりそうだが、早く見つけて戻らないと怪しんで中へ入ってくるくらい、あの星ノ宮達はフットワークは軽いに違いない。
《儂が必要、と言ったら主はそれを聞きいれ、この弱った小さき火鼠へ止めを刺すのか?》
「阿呆臭い。俺は無駄な殺生はしない主義だし、そんな事より早く戻って傷口を洗って消毒しなきゃな。そもそも此処に潜ったのだって、この中に流れ込んだ筈の女の子の、遺品か遺骨でも見つかれば御の字だと思って来ただけだし」
伊周はきっと今後、この火鼠が俺達へ復讐に来た時の事を考えたのだろうけど、そんなもん次こそ返り討ちだ。
かなり酷い目に遭ったけど、お蔭でそれなりに気配の感じ方も分かった。
痛くなくては覚えないとは、母さんの言う通りだがスパルタ過ぎる。
もっと穏便に色々と知識を師匠や、恭也さんに早く教わる事を考えよう。
改めて俺は知識以外にも、経験が全然足りないと深く感じた。
《む? 主よ何やらそこな火鼠、主の持つ熱で封じた氷が解け出したせいか、今言った事に間違い無いか聞いてきておるぞ》
「へっ? 伊周、お前この火鼠の言葉なんて分かるのか? 動物の言語が分かるなんて、一時期流行ったワンニャン翻訳機を思い出させる奴だな」
ちょっと感心してそう答えると、伊周は呆れたように返事をする。
《儂はこ奴を動物などとは、一言も言った覚えは無いぞ。儂はこ奴を“火鼠の物の怪”と呼んだ筈じゃ、ただの獣の言葉などよう分からぬわ》
「え? こいつ俺の言っている事も分かるんだ? へえ~頭の出来具合は良いんだ……って、じゃあなんでこいつら俺を襲ったりなんてしたんだ? ちっこいしその辺の隙間にでも隠れてりゃ、争わないで済んだろ?」
《うむむ。それは……どうやら儂と、主のその駄々漏れな力のせいじゃと言っておる。先ず巣の近くで、儂がちょっと皆の前で意気が溢れただけなんじゃが、それを端に警戒を強めた所に、こ奴の縄張りの入口へと主が入り込んだ。と言う訳じゃ、何ともまあ不運な廻り合わせよのう》
しみじみとした風に伊周は語るが、何の解決にも繋がらないし、寧ろ全ての元凶が明らかになった。
「……つまり、襲われたと言うより俺達が巣の前で威嚇した上に、その縄張りへと威圧しながら堂々と進入してきた事になる訳だ? それなんて侵略者?」
《うむ、そうとも言えるのじゃ。クカカカ、こ奴らの難儀な事、まさに窮鼠猫を噛むではないか》
「あのな伊周、そうとも言えるじゃねーよ! こうなった切っ掛けの原因は全部お前のせいだろうが!! この馬鹿、阿保、頓馬! ハア……何かもう疲れたな。熱を抑え込んで維持すんの大変だし、この塊お前にぶつけても良いか?」
そっと右手に維持していた熱で輝く塊を、伊周の前に押しやる。
最初に抑え込んだ時よりも色が変わり、既に赤から青に移り今は真っ白な綺麗な白熱球のように光り輝いていた。
《や、やめい! 何時解除するかと思えば際限なく力を込めおって! もしそれを放てば儂やそこの火鼠だけではもう済まぬ。いくらお主自身が最初は焼かれなくとも、周りに溢れた熱せられた空気の余波でこの洞窟ごと丸焦げになるぞ!?》
「チュッ! チュチュ!?」
「え!? これそんなにヤバイの!? どうしよう。そろそろ保つのも限界なんだけど、なあ伊周お前に何か良い考えとか無いのか?」
俺はそんなに高い威力になっているとは全然思わず、焦って伊周へと策は無いのか訊ねる。
洞窟ごと丸焦げなんて、仮にそうなったら明日のニュースで高校生男子、側溝内部で謎の焼死とか、見出しになって話題にされるのだろうか?
そんな頓珍漢な事を思い浮かべながら、綺麗に白く輝き辺りを照らす右手の塊に禍々しさを感じ冷汗を流す。
《むむむむ、一か八かの賭けになるが儂と主が一応魂に細い繋がりが在るのは知っていよう? どうも今の主は以前よりも、何故かその器から出せる力の量が増加していて、まるで小さな流れの川を堰き止めていた貯水池の、堰を壊した後のように感じる》
「お前の前振りは長いんだよ! いいから先にどうすれば良いか言え! もうヤバいんだよ!」
《ええい! 分からぬ主じゃな。つまりは、主とそこな火鼠が契約を結び魂との繋がりを作り、火鼠の炎への耐火性能を底上げした上で昔語りに聞いた、その火への無限の耐久力で見事その右手の熱をも吸い取って見せよと言う事じゃ!!》
説明を聞き俺はもう迷う時間も無いので、他の鼠とは違った少々細長い火鼠の瞳を見る。
良くは分からんが、先に見たような敵意を今は感じず確りと此方を見返してくるこいつに、賭けに出る事に決めた。
「よし、俺の名前は石田明人だ。お前の言葉は分からんが契約を結ぶぞ? 了承なら頷け。そうしたらお前に俺の器から、俺が死なない程度に“今だけ”力を引っ張っても構わない。いいか? これは俺とお前の命を賭けた約束だぞ?」
「チチュ!」
初めてこの火鼠は俺の声に答え、そして了承の証に頷くと確かにこいつと手を触れずとも、“触れ合った”気がした。
伊周の時とは違い、一瞬全身に熱が駆け抜けた様な感じを受け俺達は繋がる。
死なない程度とは言ったが、本当に遠慮なく吸われているようで気分がどんどん悪くなり、危うく吐きそうになるほどだ。
手の平より少し大きい程度だった姿の火鼠が、それに伴いぐんぐん大きさを変え某国民的に有名な、黄色い電気鼠を彷彿させるような体格までになり、可愛さの欠片も無いが勇ましい顔つきで、俺の右手から件の塊に飛び込みその体に取り込もうと吸収を開始した。
つづく