145話 冷静な孤独、孤独で焦る
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二年×→三年○
「奏様、今度は何事ですか!?」
夏だと言うのにおかしな事だけど、側溝の先の横穴から吹き荒れた氷混じりの吹雪が止み、転がったままの真琴と瀬里沢さんに、怪我がないか確かめる為私も下へ降りたのだけど、瀬里沢さんがまさに穴から吹き飛ばされ二人が転んだ際、もしくはぶつかり合った時にでも、頭を打ったのか気を失っていた。
外見からは出血などの傷は見当たらないので、一先ず安心した所で上から田神の声が聞こえて来る。
「ええ、私は見ていただけで特に問題はないの。だけど真琴と瀬里沢さんが……あ、真琴痛む所は無い? 大丈夫? それと何があったのか貴女は分かるかしら?」
「……奏様? ……私は、そうだ! 石田は!? 奏様、石田は戻って来たのですか!?」
私と田神の話し声で意識が戻ったのか、真琴はそこまで言って頭をゆっくりと起こしていたのだけれど、周りを見回した後に自分の手足を軽く動かして異常がないか確認し、その場で焦ったように立ち上がろうとして、軽くフラつく。
「真琴、急に立ち上がるのは感心しませんね。ですが……今の焦り様、良くは分かりませんが、またあの少年が何かやったのですか? それに……辺りに転がっている鼠の、死骸? 奏様、それに真琴、二人とも直ぐそこから離れて下さい。気を失っているように見える瀬里沢様は私が対処します。この無数に転がる鼠から見て、妙な病気でも持っていては危険です!」
「そうね、瀬里沢さんは田神に任せるわ。真琴、気持ちは分かるけど、先ずは上にあがって一度話をしない事には、ね」
石田君の事は心配だけど、田神には何て説明して良いか頭が上手く回ってくれない。仕方なく真琴にそう言い聞かせながら、田神をチラリと見て真琴を見て頷くと、心得たように応じてくれる。
中学の半ばまでは別の学校に通っていたとはいえ、流石長年私の傍に居るだけあって直ぐに理解してくれたみたいね。
田神は私達が上にあがるのに手を貸してくれたあと、下に降り瀬里沢さんの怪我の有無を確認すると、軽々と持ち上げ真琴に手伝わせて上に戻った。
「では、奏様ご説明頂けますでしょうか? 流石につい先程あった騒音よりは問題ありませんが、私の位置からも少しは風の鳴る音が聞こえましたよ? 入り口で集まった方達を言い包めるのは、聊か骨が折れましたがね」
「……田神、何故瀬里沢を私が膝枕などせねばならないのだ! 確かに地面に直に寝かせるのは忍びないが、だからと言って私にこんな事をさせるなど……何の嫌がらせだ!」
「なんとなくですよ。それに真琴は話を聞く前にあの横穴へ入りたそうにしている事が、先程からチラチラと視線の先が行くので分かりましたし、瀬里沢様には悪いですけど、まあ重石の代わりですからそのまま大人しくしてなさい。二人が何を企んでいるかは存じませんが、様子から察するにあの少年は奥に入って行ったのに戻らない。……心配で中へ入るつもりだったと、予想としてはこんな所でしょうか?」
この男は! ……涼しい表情でそういってのけ、真琴の動きを牽制し封じる。
私が相手をしている間に、先に中へ真琴に入って貰い石田君の無事を確かめに行ってと、お願いする事を考えていたのに、簡単に私達の邪魔をしてくれる!
一応運転手として私に仕えている形だけど、本来はお爺様とお父様が選んで私につけた運転手兼お目付け役でもあって、真琴のように私の命とは言え自分の判断で拒否する事が出来るから、何度か歯痒い思いをさせられた事は今でも思い出すわ。
三年前のあの時だって、嗤いながら私が何も知らないとでも考え、散々虚仮にしようとした連中に当然の報いを受けさせようとした時も、私の想いも知らずに突然現れて割って入り、邪魔をした事を忘れはしない!
「奏様、……大分お怒りの御様子なのは分かりますが、その眼を一度閉じ少しばかり深呼吸をされた方が宜しいかと。差し出がましいようですが、余りその眼を御友人達にお見せするのは、貴方様御自身も本意では無いでしょう? それに、あの少年が心配でしたら私などに拘るよりも、一刻を争うとでも思うならこそ、余計早く事情を話した方が、安否の知れない方の時間の無駄になりませんよ?」
「田神、お前が奏様の事を思っての諫言だった上、冷静に事実を告げている事は認める。だが、あの時の事を貴様が軽々しく口になど出して言うな!」
私の視線を受けない為に顔を逸らせ、冷や水を浴びせるように坦々と今の状況を田神が告げ、それに対し真琴が怒りを含んだ声で叫んだ。
ハッと真琴の声で我に返り、昂りのあまり田神に指摘されるまで、迂闊にも自分で気付かない間に枷が緩み、開きかけていていたらしい……。
まだまだ完全に意のままに出来ない不完全な自分にイラつき、それ以上に反論のしようも無い説明に、この御目付け役の男に対し更に憤りを覚えるけれど、言われるままに行動する自分を恨めしく思いながら、深く息を吸い込み一度目を瞑って心を鎮めるように努める。
こうしている間にも、あの暗闇の中で石田君は助けを必要としているかもしてないと、気持ちばかりが逸り焦燥感が胸を焼く。
こうした感情に流され自由に制御出来ない自分を、星ノ宮家の出来損ないだと感じながら、現当主たるお爺様や後に続くお父様、それに分家とは言え若い身ながら、次期当主にまで上り詰めた高野宮の叔父……は別として、自分のみならず家の者を統率出来るものだと比べてしまい、少しだけ虚しさを覚えそれに伴い心も冷めて行く。
「田神、私も少々気が急いていたわ。これからも頼むわね。そして真琴、私の為にありがとう。でも、貴女も冷静になって一緒に考えて頂戴、あの中から石田君を助ける手立てを」
そう言って私は、田神が居ない間に起きた事を真琴を補完し合いながら、説明していき所々伏せなくてはいけない事も在って、少々微妙な意味合いになったが、石田君が中へ一人で入って行った理由が上手くできなかったけれど、取りあえずは今冷静に物事を考え、対処が出来る大人である田神が、私と真琴に代わり中へ入る事になった。
でも中が暗いので、明かりに関して問題ないのか問いただすと。
「私は常に、何かが起きても対処できるように色々な物も持ち歩いています。差し詰めこのペンライト一本あれば、全く問題ありません。では奏様、必ず少年は連れ戻してきます。真琴、奏様を任せますので頼みましたよ」
確かに田神は、昔から色々と何処からともなく現れたり、“持っていて当然”とでも言うばかりに、外見からは分からない程器用に物を隠し持っていたりする。それでいて今も側溝の横穴近くに散らばっている鼠の氷漬けを避けながら、散歩でもするように自然に中へ入って行った。
どう見ても普通であれば、鼠の死骸が無数に転がる場所へと並の神経の持ち主なら、見た途端あきらかに不審を覚え間違っても中へ入ろうなど、微塵も思わず回れ右をするに違いない。
冷静になった筈の胸が、余裕を感じさせた田神の後ろ姿に、少しのイラつきと形に成らない昏い感情が再び湧き起こる。
お爺様とお父様が有能だと認めるとは言え、やはりあの男は私とは相容れない相手に違いないと思った。
……痛い。
最初に頭に浮かんだ事は、それだった。
いつの間にか倒れていたらしく、まだ意識があり俺は死んでないと理解したが、同時にこのまま生きたまま鼠共に食われるのかと足や腕から感じる痛みと、悔しさと怒りで、涙が溢れそうになる。
……だが、先程まで聞こえていた筈の、あの無数に蠢く生き物たちの音や気配が消えていた事に気付き、俺の手や指は? それに足もちゃんと“まだそこに在るのか”と恐る恐る手足の指先に力を込め、腕を持ち上げ両手で頬に触れようとした。
俺の手も、指も、爪も肌に触れた事で触感を受け、痛みは伴うがまだ在った事に先程とは違う意味で涙が目尻から零れ、顔の左右に二筋の線を作る。
そうした所で、酷くこの場所が寒く体温が大分失われている事を感じ、更に伝った涙に熱さを覚え、ここでやっといったい何が起きたのかと言う思考へ結びつく。
「スマホ、何処に行っちゃったかな? 暗くて何にも見えねえし、誰か……も居る訳ないし、仕方ない伊周でも呼ぶ……ああっ!?」
地面に寝ころんだまま、最初から伊周を呼び出していればこんな目に遭わずとも済んだのでは? と改めてその考えが脳裏に浮かび、思わず「俺の大馬鹿野郎ーー!」と叫び声を上げそうになった。
だが、怒りを発するにも熱が足りず四肢もすっかり冷え脱力しきっていて、そんな気分も萎えてしまい。
微かな溜息を鼻から噴出させるに済ませ、暗闇とは関係ありませんとばかりに問題なく『トレード窓』を目の前に呼び出せる事で、あれ程怯えたこの場所もすっかり気分が落ち着き、微塵も恐怖を感じなくなり何だか随分と現金な奴だな~と、自分でも思った。
つづく