142話 横穴探索
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伊周がただ古いから魂が宿った訳では無く、実は凄い奴(?)だったらしい事が判明したけど、ちょっと危なすぎて迂闊に使えない。
よくよく考えれば、鉄の塊とも言える自販機を真っ二つに出来る、とんでもない特技を持った刀だった事を思いだす。
今朝の事だって、仮にトラックが眼前に迫っていようとも、伊周なら本当に何とかしそうでヤバイ。
それにさっきは、きなんとか波平とか言っていたけど、この前調べた時はそんな名前は刀身に彫られていなかった筈だ。
調子に乗って張り切り過ぎたのか、直ぐに落ちて一言もしゃべらなかったけど、伊周の奴は、まだ何か隠していそうな気がする……。
素直に話すとは思えないが、後で問いただそうと心にメモを張って置く。
そろそろ笑いが収まり落ち着いて来た瀬里沢は、口を開いたり閉じたりしながら俺を見ていたが、入り口方面から聞こえる騒めきを聞きつけ、何か言いたそうだった素振りを頭を軽く振って消していた。
宇隆さんも、傍に星ノ宮が居て抱き付いている事も在り、だいぶ落ち着いたようだけど、それでも先程の取り乱し具合が恥ずかしかったのか、色をなくしていた顔も元に戻り、今は逆にちょっと耳の先が赤い気がする。
……そんな様子を楽しんでいる星ノ宮は、この中では一番度胸が大きく肝も太いと思う。
「ふぅ。どうやらさっきの音を聞きつけた人は、誰かさんの思惑通り田神が上手くあしらっているようね。それで石田君、貴方の考えた事ってさっきの水が必要だったのは分かったけど、この後どうするのかしら?」
「一応は狙い通りに水が側溝へ流れ込んだから、この水の通った跡の終着点が、何処になるのかを探すつもりだったんだ。多少乾いたところで、さっきの量が一気に流れた訳だし、簡単に跡は消えないと思う。……だからちょっと高さはあるが、側溝に降りてみるさ」
星ノ宮もきっと俺が何をしたいのかは、大凡大概の事は読めているだろうけど、この後ばかりは上手くいくかどうかは、まさに神頼みで運しだい。
願わくば、何某か日野倉妃幸ちゃんに繋がる物が見つかる事を祈るだけだ。
宇隆さんはともかく、瀬里沢はまだ何か言いたそうにしているので、下に降りる前に話を聞いてやる事にした。
「んで瀬里沢、お前は何をそんなにソワソワと落ち着き無いんだ? 言いたい事があるなら今の内に話すと楽になるぞ? 遠慮しないで言ってみろよ」
「う、うん。流石にさっきのは僕も本当に驚いたし、あんな事を出来る存在が気が付かない間に、身近に居た怖さを感じたよ。ただ、味方だから安心出来るけど、今朝の石田君に手を出した相手まで、そんな力を持ったモノだとしたらと少し考えちゃったんだ」
確かに、まだアレについちゃさっぱり情報が無い。
けど伊周みたいな強い存在は、普通なら稀みたいな事を兼成さんも言っていたし、早々そんな奴がぼこぼこ湧いて出てきたりなんて……しない、よな?
瀬里沢が思い付いた懸念を聞いて、そんな考えが浮かんだが今は忘れる事にする。
「あと、野次馬もこっちにまでは来なさそうだから構わないけど、その……石田君は横の側溝に降りるつもりなのも分かった。でもさ、幾ら大きさはあってもあの奥は暗くて先が見えないと思うんだ。手ぶらに見えるけど何か明かりになる物は、持ってきているのかい?」
「あっ! そうか、確かにあの奥は見通し悪いだろうな。明かりなんて普段気にして無いから、すっかり抜けていたわ。あの暗さだとスマホだけの明るさじゃ厳しいし、懐中電灯でも在れば違うんだけど……」
瀬里沢の指摘で、手持ちの中に明かり代わりになりそうな物が無いかあちこち探ってみる。
たいした物は入ってないとは言え、鞄は車の中だしポケットの中にもスマホ以外には、静雄から貰った飴と財布後は枠内に入れている伊周に、呪いの付いた武具二点のみ。
こりゃダメかと思っていたら、瀬里沢が「それなら良い方法があるよ」とスマホの無料アプリから、懐中電灯代わりに使える機能をダウンロードして貰い、無いよりましになる。
「ちょっとバッテリー残量が気になるけど、何とかなるか。瀬里沢、助かったわ。んじゃちょっくら奥へ潜ってみるから、ここに戻って上に登るときだけ手を貸してくれ」
「貴方は何があっても平気そうだけど、少しは気を付けなさいよ。あまり無理をせずに、危険を感じたら戻ってらっしゃい。いくら他より大きいと言っても、そこは狭いし走るのは無理でしょ?」
「流石に二人で進むには、幅が狭くて無理そうだな。避けもできなさそうだし、単純に一人の方が動きやすい筈だ。もし安永が居たとしても、奴は完全に詰まるだろうな」
この側溝、上から見る分には広さもそこそこに感じるが、実際にこうして下へ降りると、天井が無い分左右のコンクリ壁が迫ったように感じ、余計に閉塞感で息苦しさを覚える。
一応後ろに振り向く事もできるが、素早く方向転換するのは厳しい。
更に奥に行くとなると、地面に埋まった筒状の横穴へ潜るのと代わりなく、天井が出来て膝を曲げるか、頭を少し下げる必要がある。
仮に静雄の様な体格の恵まれた奴と争う事になれば、こう言った空間に逃げ込むと良いかもしれん。
「石田君、中の明るさは平気かい? さっきのアプリがあれば奥には進めそう?」
「ん~奥は暗くて何も見えん。まさに闇って感じで目が慣れるまで大変そうだ。瀬里沢が居なかったら、折角来たのにここで中断だったなマジサンキュ!」
とまあ、上から瀬里沢に声を掛けられ軽口を叩いたのだが、うっかり返事をするのに見上げたせいで、近くに寄って俺を見下ろしていた星ノ宮と宇隆さんのスカートの中身が、一瞬視界内に納まり脳裏にくっきりと焼き付く……。
硬直しかけた首の向きを変え、慌てて正面の暗い奥へと目を向けたが、胸にとてもモヤモヤとしたものが湧き上がり、怖さ以外で呼吸が乱れドギマギしてしまう。
くあああ! 星ノ宮、お前はなんてモノを履いて学校に来ているんだ!! 羞恥心は何処に落としてきた!?
どうか、どうか二人にだけは気が付かれていませんように……。
「そ、それじゃまた後で!」
「石田! 中で声を上げれば、多少奥に行っても声が反響するからな。何かあれば叫べ、最悪私がお前を連れ戻しに行ってやる。いいか忘れるなよ?」
宇隆さんの声が背中へと届くが、今声を聞くとさっき見たモノが脳裏をちらつき、暗いうえに他に誰も居ないから良いが、今の俺の頬や耳辺りは毛細血管が開き、血の巡りが普段の二倍増しになっているに違いない。
中は地面に埋まり日が全く差さない為か、ひんやりとした空気で満たされていて、余計に自分自身の暑さを感じる。
こう、何と言うかそういう気分や気持ちで見る訳でなく、突然の出来事だと脳と体の判断が鈍るのは仕方がないよなと、自分に言い訳しながらスマホに加わった新機能を頼りに、今だけは「煩悩退散、煩悩退散」と呟きつつ奥へ進む。
十メートルくらい進んで後ろを振り向けば、眩しいくらいの日が見えるのに全く別世界に感じる。
狭いせいで歩く動作や息遣い、それら全ての音が反響して混ざり合って、不快に感じるくらいに耳触りな音となり、頭の中へ流れ込んできた。
さっき流れた水の量では、中にあった砂や土に枯葉などは多少動かした程度で、足元からは濡れたような感触は全く伝わって来ない。
ここ最近は全く雨が降ってないし、多少緩やかに奥に行くほど道が下がっているから、流れる速さは結構なスピードだろう。
仮にここがいっぱいになる様な量の水が流れ込めば、どんな水泳競技の選手だろうと命は無いに違いない。
こんな中へあの子が投げ込まれたかと思うと、怒りで眩暈がした。
兎に角この構造のせいで余分な水が全く留まらず、お蔭で中を進む分には溝臭さも感じ無いし、かなり乾ききっているようだ。
それでも“冷えている”と感じるのは、ここが地中に在るからかもしれない。
ライトの付いたスマホの電池残量を見ながら、たった少しの地面の中の筈なのに、ここは電波も届かず本当に孤独だと言う事に、改めて気が付いた。
更に五分ほど、狭く進みにくい中を水の流れを追って来たのだが、急に耳鳴りがし出し、空気が硬くなったように感じる。
気圧の変化のせいかと思ったが、それならもっと前に起きないのが不自然だ。
途中で一度道(と言うか土管?)が左に折れ、後ろを見ても既に日の光を視界に入る事は全く無くなり、さっきの曲がり角が明暗を分ける境界だったに違いなく、この先はどう足掻いても闇一色の昏い世界。
上手く言えないが、今俺の肌に伝わる感覚を強いて言葉で語るなら――
「……そうだ。この間、瀬里沢を助けに屋敷の門を抜けて、敷地内へ入った時に感じたような、あれに似た微かな違和感」
あの時覚えた記憶を呼び覚ます様に、言葉に出して“間違いないか”自分に言い聞かせるように呟く。
視界が通るのは、この手に持ったスマホの光のみ。
辛うじて少し奥の足元を照らすが、闇の中にたった一人居る事に違いは無い。
他に誰も居る筈の無いこの空間で、ピリピリとした上手く表現できない気配がこの狭い通路内に漂いだした事に気付き、今更ながら自分の悪運の強さを罵りたくなった。
つづく