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141話 伊周の隠れた一面

ご覧頂ありがとうございます。


4/1 文章に抜けが在ったので修正致しました。

 恭也さんが何をしに行ったか分からないけれど、兎に角あの時考えた事を実行しようと、辺りを見回し他に俺達以外誰も居ないのを確認し、あの大きな側溝へ、水が流れ込むのに丁度良い場所に置いて貰ったミネラルウォーターの箱の前で、『トレード窓』を開き伊周本体を呼び出す。


「さて、早速やってみるとするか。今から“奴”を出すから少し離れていてくれ……出てこい伊周」


《クカカカ! 儂、見参! ようやっと出番の様じゃな。して主よ、この中の誰を斬ればよい? ……うん? 何だここは? 主よ何故かようなみすぼらしい場所へ儂を呼び出した? この者らを葬るにはちと華がないぞ。全く主はつくづく気の利かん奴よのう。もっと儂が楽しめる状況で呼ぶが良い。さっ、分かれば早う儂を主の中へ戻せ》


 折角外に出してやったのに、家賃分(ソウルの器から漏れ出すアレ)の働きもせず、何故俺の仲間を斬る話になるんだ!? 更に言えば全然俺の頼みすら聞く前に、早々に俺の中(枠内)へ戻せと言う偉そうな伊周に腹が立ち、枠内じゃ無くゴミ箱へ入れるぞと脅しをかける。


《ふん、刀使いの荒い奴じゃ。直ぐそうやって恐怖をもって儂を苛めよる。そんなんでは儂以外に家臣をもっても、碌な主に成らぬぞ? よく励む者へは褒美として偶には寝る前に、良い酒の一合くらい寄越しても罰は当たらぬと儂は思うが、我が主はどうじゃ?》


「あのな伊周、お前俺から家賃はぶん取っているくせに、今まで寝てばかりだろうが! 今朝だって危うく死にかけたのに、少しくらい役立てよ!」


《なに? 貴様儂に断りもなく勝手に死にかけたじゃと!? いったい何時の事だこの大馬鹿者が! それならそうと何故儂を呼ばぬ! 流石にあの中に居ては勝手に出歩く事もできねば、外界の事など儂には分からぬわ! この大戯け!》


 戯けって……そう言えば、枠に入れっぱなしだとある意味封印しているのと、同じ様な環境だったっけ。

 一々意識して呼び出さないと手も借りられないのは、よく考えると不便だな。何か良い手が無いかは後で考えるとして、人が来る前に伊周に手伝って貰おうと思ったのに、まさか刀に逆切れをかまされるなんて体験は、日本中何処を探しても俺以外には居ないだろう。

 積み重なったダンボールの前で言い合う俺達の周りで、星ノ宮達は顔を見合わせると、どっと可笑しそうに笑いだした。


「ぷっ、あははは。ダメ、もう貴方本当おかし過ぎるわ。流石は石田君ね。私の考えなんか足元にも及ばない、予想を良い意味で裏切る楽しさだったわよ」


「ぷふっ、確かに。人払いをしたと思ったら、口も無い刀に怒られるなんて、お金を出したって見られる物じゃないよ。石田君はコメディーのセンスもあるんだね」


「ん、うん。ま、まあそう笑う事では無い。少しばかり珍しい物を見れはしたが、それよりも石田は、伊周を呼んで何か行う事があるのだろう? 先ずはそれを済ませた方が良い。お前が伊周と言うか刀の持ち主ならば、真に説き伏せちゃんと使ってやれば例え刀とは言え、伊周もお前に応えてくれる筈だ」


 散々笑われた後で、無理矢理取って付けた様なフォローをされたが、これも全部伊周が悪い! 何をするか聞く前に主人に噛みつきやがって、入れっぱなしで放置していた俺も不味かったかも知れないが、本当に役に立たなきゃ後で御仕置決定だな。


「あ゛~もう分かったよ。酒だな? ちゃんと働いてくれたら考えるから、先ずはこの箱の中の容器から、一気に水を出して側溝へ流したいんだが、伊周ってこれを纏めて全部ぶった切る事って“出来るか?”」


《……ほう、この儂に向かってそのような些末な戯事を、態々“出来るか?”などと主は聞くのか? どうやら儂の事を随分と見くびっておる様じゃ。この前は贄も足りて無い上に久々の強者に嬉戯が過ぎたが、主からは十分な糧を得た。ここは一つ儂の力を示すのも一興か? よかろう貴様ら含め儂の強さ、その眼に焼き付けてやろうぞ!》


 ちょっと刃物の伊周にやらせれば楽かなと、そんな軽い気持ちで呼び出したのだが、何やら俺の頼みのどこかが伊周の心の琴線に触れたらしく、押し殺したような低音でそう答える。

 カチャカチャと金属音を立てながら、手にも持たず宙に浮いている伊周から圧力を感じる程の威光が放たれた。

 その途端目の端に、まさに鬼気迫った様な必死の形相の宇隆さんが、星ノ宮を庇う様に抱き込むのが見える。


《今ここに儂の本体たる魂が宿る刀身に刻まれし名、鬼人大王・波平行安を開示せん。儂の器に連なりし残りが九百九十九本よ。その一部儂の命に従いここに顕現せよ!》


 ほんの一瞬だが、前に見た瀬里沢に似た姿だった筈の伊周が、所謂平安装束に身を包み、長い髪を靡かせ烏帽子の代わりに頭に角を生やす、昔から物語で伝わるような真に鬼の形を取った。

 それと同時に箱の積んであった場所の地面を割り、無数の様々な刀がそこから突き出し、上にあった物全て原型を残さず跡形さえ分からない程、粉微塵に切裂く。

 まるで、道路工事に使われる削岩機を、目の前で動かした様な音が響き容器を失われた大量の水が、側溝へと流れ込み乾ききっていたコンクリに一つの道筋を露わにする。

 だが、力を使い果たしたのか、伊周は宙に浮く事が出来なくなって地面に突き刺さる。

 俺はハッとして、動物的反射で伊周を枠内へ仕舞うが、あまりの衝撃にそれ以上は誰一人その場を動く事は出来なかった。


「奏様は無事ですか!? それに今の大きな音は? 真琴、奏様を守り通したのは見事ですが、いったい何があったのです? この惨状はどうしてできたのか説明しなさい!」


 今の音で、このコンテナ群の入り口へ移動していた田神さんが、血相を変えて戻ってきてしまい、現状に驚き宇隆さんに詰め寄って、衝撃に固まったままだった俺達の時間の流れを戻す。

 しかし、誰一人口を開けないで目だけがギョロリと、唯一まともに動けている大人に視線が集まる。


「この地面の崩れ具合、それにこれはダンボールの切れ端と、ペットボトルの破片の混合物? ……もしや、この場に何かしらの爆発物でも埋まっていたのですか!? 不覚。この田神、下調べも済ませ先程の作業を見ていたのにも関わらず、このような危険物が隠されていた事、全く察知できませんでした。奏様、私は如何様な処分下されようとも辞せません。どうぞお裁きを」


 田神さんは、素早く辺りを見回し手早く何が起きたか調べ、勝手に自分なりの答えを出し、星ノ宮の前で跪き(こうべ)を垂れた。

 ……何で宇隆さんと言い、星ノ宮の身内はこうも時代がかった奴が多いのだろう。恭也さんが教えてくれた様に、古い家柄だと今も主と家臣の図が変わらず続いているのだろうか? どちらにしても未だ現実に立ち戻れてない皆の代わりに、俺が誤魔化すしかなさそうだ。


「あのさ田神さん、あんた凄い誤解をしているみたいだな。爆発物って言っていたけど、箱の積んでいた位置を見ろよ。こんな近くでアレ全部が爆発で吹き飛んだとしたら、俺達全員ずぶ濡れ&衝撃と吹き飛んだ破片で今頃お陀仏だ」


 俺はそこで一端言葉を区切り、乾いたままの制服の端を掴みひらひらさせ、固まったままの瀬里沢の頬を軽くペチリと触れ、どこにも怪我が無い事を示す。


「それに、爆発物って言うなら煙も上がらなきゃ何で火薬の匂いがしない? 俺達どころか周りに焦げ跡の一つも無いのは変だろ? 確かに地面も箱も吹き飛んだように見えるけど、俺の持ち物が消えて派手な音が鳴った。ただそれだけで、み~んな何処にも怪我さえなく、こうしてピンピンしているぞ」


「……石田さ、君。貴方の言う様に怪我も、私の言った様な爆発物さえなかった。確かにそう考える事もできますが、それと奏様に危険が及ぶ可能性を見つけられなかった事は別ですし、貴方と違い私には責任と言うものがあるのです」


 大した事は無かったと分かり易く説明しても、理屈が通じないってのは面倒だな。仕事だからって理由じゃ無く、忠義から仕えるってこういう人の事を言うのかね?

 どうしようかと横目で星ノ宮や宇隆さん、それに瀬里沢を見ると、そのうち二名は複雑な顔をしているけど、若干一名お嬢様だけがニマニマと笑みを湛え、田神さんの視線に入らない位置で、こそっと手合わせ小さく拝むのが見える。

 立ち直ったのは良いけど、俺に全部任す気なのが分かり原因を作ったのが俺のせいだけに、頭を抱えたくなった。


「こういう時は臨機応変が求められるんじゃないか? それなのに、あんたの勝手な判断で態々星ノ宮の手を煩わす必要が何処にある? 大切なお嬢様はお怒りどころか、その忠義に報いる筈だぜ? だから細かい事気にすんな。分かればさっきの立ち位置に戻って、入り口を見張っていたほうが、星ノ宮に対し余計な目と耳を増やさずに済むと思うんだけど、田神さんあんたはどう思う?」


 少しばかり耳を澄ませば、トラックの荷降ろしをしていた方から、人の立てる音が此方へ近づいている事が分かる。

 このまま対処を考えず放置すれば、何かしら詮索される上に余計なトラブルも抱え込むことになるだろう。

 流石にさっきの音だけでは、様子を見に来た人にも何かしらの説明をすれば済むかもしれないが、この地面や細切れになった破片を見れば、最初にここに来た田神さんの様に、コンテナを借りている星ノ宮にも、問題が起きる事は予想するまでも無い。

 俺が直ぐに思い付くくらいなので、田神さんは不満そうだったが頭の切り替えは早く、もう一度星ノ宮へ謝罪をすると入口へと戻って行った。


「あ~マジで疲れた。口が怠いわ~それにしても伊周の奴、あんな隠し玉持っているなんて聞いた事ねえ。瀬里沢の家でアレを食らう前に片が付いて、いや本当あの時の俺達って、運よく助かって良かったよな」


「フザケルナヨ石田? 貴様アレを知らなかった上に、運が良かったの一言で済ませる気か!? もし少しでも掠っていたら、奏様も私も粉々だったのだぞ! さっきの威を感じた時私は死んだと思ったし、本当に怖かったんだからな!」


 俺のさり気ない一言で、それまで緊張していた気が抜けたのか、星ノ宮を抱えたままだった宇隆さんが、半ベソになって俺に食って掛かって来た。

 確かに吃驚はしたけど、こんな風な宇隆さんは初めて見るので思考が上手く働かず、何と言えばいいのか浮かんでこない。

 瀬里沢は「あっはははは」と、箍が外れたように笑いっぱなしになるし、星ノ宮だけは変わらず、嬉しそうに宇隆さんに抱き付いていた。


つづく

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