140話 再びあの場所へ
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暫く車の窓から見える景色を眺めていたが、相変わらず街から少し離れた此処は周りには森と山しかなく、舗装された道路も古臭く寂しさを感じさせる場所で、街灯以外自販機すら見当たらず、建物は薄汚れ草臥れた感じが抜けない。
ただ、荷降ろしの為のトラックや忙しそうに動く人の出入りだけは変わらないらしく、今日もそれなりに活況のようだ。
ロビーの中を歩いた時やコンテナ群を見た時は、割と設備自体は新しい風だったのに、どうして見た目を綺麗にしないのか少しだけ疑問に思ったが、経営者のお金を掛ける部分の意識が違うのだろうと、先程の話を思い出す――
街中にある倉庫とは規模が全然違うが、今現在他企業との取引だけではなく、
人目を憚る様な家には置けない物も、倉庫へと収納し己の好むままのプライベートな空間作りを楽しんでもらう為、物の仲介や中の倉庫内の改装も受注していると、初めてあの場所へ向かう瀬里沢と恭也さんに、車の中で田神さんが運転しつつ教えてくれていた。
……今の話俺も初耳なんですけど、もしかして聞き逃していたのか? と首を傾げながら思っていたら、俺があの子に憑かれ倒れていた時に、施設の説明の為に一緒に付いて来ていた社員さんが、その近辺には近寄らない様にと話していたぞと、同じ列に座る宇隆さんが囁く。
折角お膳立てして貰ったのに、あの日は全くダメダメだったなと頭を掻いた。
俺が星ノ宮のツテで借りているこのコンテナ倉庫に関しては、一般向けの倉庫だったけど、先程聞いた件の変わったサービスを始めたのは、今から遡って十年程前かららしいが、これがその当時意外にヒットして、そこそこの値段で趣味を満喫できると、知る人ぞ知るある種妙なステータスになっていたとか……。
金持ちの気持ちはよく分からんけど、想像としては子供がよく作る隠れ家的楽しみ方なのかも知れない。
あくまでもそこは、『お得意様』の紹介でしか借りられない場所として、完全な“私的”個人向けサービスの一環として、細心の注意を払って守られている事も同時に聞けた。
後ろの座席では星ノ宮と恭也さんが、今の話を聞きながら何か喋っていたけど、田神さんの様によく通る声では無く、小さく囁く様な小声の会話をしているので、何を話しているかまでは分からない。
田神さんから聞けた内容は普通の一般人は知らない事で、俺らに話して良い事なのか疑問に思ったけど、星ノ宮と瀬里沢は元々知ってそうだし、よく考えてみれば恭也さんは、そもそも普通の一般人では無かった事に気が付く。
あれ? ……ちょっと待てよ!? 俺も一緒に聞かされていると言う事は、田神さんの中ではそのカテゴリー内に入っちゃっているのか!?
いつの間にか外見は全然変わらんのに、中身をフル改造されていた気分になったが、師匠からあの『命名の石』を受け取り、ソウルの器の覚醒をさせられていた事を思い出して、ある意味既に改造後だったと改めて自覚し、腰のベルトの風車の回転力だけで変身する、外見まで変えられた省エネ改造人間の悲哀を感じ、まだましかと悩むのを即効で諦めた。
隣に座っていた瀬里沢が、そんな俺の心境を知らず実に良い笑顔で話しかけて来る。
「石田君、もしかして車酔いかい? さっきから何か顔色悪いけど。頼むから吐くなら外に出てからにしてくれたまえ! 僕はちょっとそう言う物に耐性が無いから、うっかり目に入れて貰いゲ「それ以上は言わせんぞ! 瀬里沢、口を開き何事を話すかと思えば、貴様奏様の前で変な事をほざくな!」
星ノ宮が後ろの席でゆったりする為に、宇隆さんは瀬里沢と俺の三人で座席に着いていたのだが、瀬里沢の話を途中まで聞いてそれ以上喋らせない様に、手の平でその口を閉ざす。
更に哀れな残念美形は鼻まで塞がれ片手を後ろに捻り上げ、生半可な振り解きは無理な風にガッチリ固定されているので、意思を伝えるべく暴れる事もできず、そろそろ赤から青みがかった土色にチェンジしそうだった。
俺は慌てて両手で引き剥がそうとし、宇隆さんの手を確り掴む。
「えっと、宇隆さん流石にそれ以上呼吸を止めると、幾ら瀬里沢が妙な頑丈さを見せても、そろそろヤバい色に顔が変わってきているから、せめて鼻で呼吸する許可を……」
「うん? ……あ、すまん。私は捕縛術が少々苦手でなうっかり落とすどころか、永眠させるところだったな。軽めにしたつもりが、妙に力を込め抵抗すると思ったら、息が出来なかったからか」
「俺に謝らず、瀬里沢に言ってやってくれ。こいつは悪気があった訳じゃ無く、心配して声を掛けてくれたんだ。ちょっと内容はアレだったけどな」
「……フ、ススー! フスース!(し、死ぬ! 死んでしまう!)」
この人は一見実直冷静そうに見えるが、実は割と熱血&猪突な所があるから、やり過ぎて気が付いてない事が見受けられる。瀬里沢は尊い犠牲になったのだ。
今のやり取りを見たせいではないけど、さらっと永眠とか物騒な単語を出しながら、照れくさそうに笑う彼女は、鼻だけで荒い呼吸をする瀬里沢と何故か似た者同士に思えた。
……まあ、最後この場所とは余り関係ない事まで思い出したが、前に案内されたコンテナの前までトラックを誘導し、今は師匠に送る予定の物とは別に追加で注文した物だけは中に入れず、ここに出したままにして貰う。
台車を使い黙々と手際よく搬入をし、選んだ箱を倉庫へ入れ終わった所でトラックに乗って来たおっちゃん二人に俺は礼を言い、チェックを済ませた田神さんは「ご苦労様です」と、バインダーに挟んだ紙へサインして渡し二人を見送った。
「石田様、こちらは仕舞わなくて良いとの事でしたが、どうなさるのですか?」
「あの、田神さん、その石田様ってのは止めて貰えます? どうも様なんて付けて言われると、落ち着かないからせめて君か、そのまま呼び捨てで頼んます」
この人に様付けなんてされると、非常に居心地が悪く落ち着かない気分になるのだ。例えるならうちの学校の校長が廊下で会った際に「おはようございます。石田様、今日もお勤めご苦労様です」とでも他の人とは別に、毎日校内で迎えられ通学時に言われる事を想像してみて欲しい。そんな学校生活は胃に穴が開きそうで絶対嫌だ。
ラフに制服を着崩す俺はピシッとネクタイを締め、糊の効いたスーツを自然に着こなすこの大人な田神さんを前にすると、瀬里沢とは違った爽やかな風なのだが、とても息苦しい圧迫感を感じ萎縮してしまう。
今も単に不思議に思って聞いただけなのだろうけど、俺には尋問か詰問でもされているように感じてしまっている。詰まる所俺はこの人が苦手なのだ。
「分かりました。今仰られた様にさせて頂きます。ではもう一度お尋ねしますが、こちらの“ミネラルウォーターの箱”はどうされますか? 作業員は帰しましたので、もし気が変わり中へ仕舞うのでしたら、ここでも人を借りてくることもできます」
「それは今から“使うから”気にしないで。ちょっとばかり目立つと不味いんで、田神さんには入り口辺りで、他に人が来ないか見ていて貰えると有難いんだけど、ダメかな?」
俺がそうお願いすると、田神さんは俺から視線を外し星ノ宮へ確認するかのように顔を向ける。
田神さんを疑う訳じゃ無いけど、これからする事を見られるのはどうなのか、まだ判断が出来ないので、見張りに立って欲しいと思ったのだ。
星ノ宮は一度恭也さんへ視線を向け、頷いたのを見て「田神、頼むわね」と言い、それを受けた田神さんは「畏まりました」と、それ以上何も言わず俺達に背を向けコンテナ倉庫群の設置してある、この場所の入口の方へと歩いて行くのを見届け、悪意で無理に追いやった訳じゃ無いけど、ほんの少し後ろめたさも感じる。
「さてさて~石田君、結構な数の箱だけど、ミネラルウォーターなんて何に使うんだい? まさかここで飲む訳じゃ無いだろ? 僕は手伝えても一本が限界だよ?」
「フフフ、もしこの量の水を飲めと言われたら、流石の田神も困った顔を見せるかも知れないわね。人払いもやってくれるでしょうから、これからいったい何を見せてくれるのか楽しみにさせて貰うわ。石田君が私の細やかな期待を裏切らない事を祈るかしら」
「ならば私は、田神から何かしらあった際に連絡を受け取れるように、あちらへ立っていよう。石田、奏様をガッカリさせるなよ? それとお前なら思い付いた事を上手く生かせると思うが、怪我には気を付けろ。お前は見ていないと割と危なっかしいからな」
「どうやら各自する事が決まったようだし、ボクは少々離れるよ。念の為清めの水を瀬里沢君へ渡しておく。彼は勾玉があるし、早々幽霊に気取られることは無い筈だからね。もっとも、気を揺らぐとあっさり見つかるから注意だ」
そう言って恭也さんはメガネを外して懐に仕舞い、代わりに手袋を取り出して嵌め、商店街を歩いていた時から被った帽子を脱いで、中に入れていた髪をばさりと掻き流して、詳しい説明は無いまま恭也さんは一人、そのままロビーの方へ消えて行った。
つづく