138話 探していたモノ、見つけたモノ
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「まあボクから言えることは、君達の内の誰かがボクに依頼をして祓うのも一つの手でわあるね。でも、一応他にもどうにかする抜け道は在るんだけど、石田君、君はこの話聞いてみたくはないかな?」
若干含みのある笑みを浮かべて話す仕草と、メガネの奥に見える瞳はどこか楽し気で、彼女の親であり師匠でもある兼成さんを少しばかり彷彿させ、背中に氷を落とされた様な気分になる。
余り外見は似てない親子だと思っていたが、変な所で似通っている部分を見つけ奇妙な血の繋がりを感じ、眩暈を覚えた。
「私達複数では無く石田を名指しすると言う事は、あの十字路に立つと言う霊をコイツに祓わせると言う意味だと考えたが、先程聞いた約定からすれば違反しているのではないか?」
「フフ。そう、全く持って宇隆さんの言う通りだ。だけど抜け道はそこに在ってさ、『襲われた本人が祓う』分には了承を得る必要は無い。普通の人ならそんなモノに襲われてしまえば、運が良ければ怪我をするだけだろうけど生き残れる。そうなれば、襲ってきた相手に報復するのは当然の権利だよね?」
嬉しそうに宇隆さんの指摘に答えつつ、恭也さんはゆっくりとした動作でカップを持ち上げ、その際手に痛みを感じたのか少し顔を顰めながらも、口元にはまだ微笑を湛え美味しそうに紅茶に口をつける。
このまま放って置くと、俺があの幽霊と対峙する事になるのか? 何の対策も無く、未知のモノを相手取るのはちょっと勘弁して欲しい。
俺は空調が整った涼やかな空間なのに、熱い日中の日差しの中外に居るかのように、額や背中と脇から出て来る嫌な汗で、不快指数がじわりと跳ね上がっていく。
幾らなんでもド素人の俺なんかよりも、恭也さん(プロ)にやって貰った方が当然ながら良いに決まっているし、伊周の時は本体と言うか正体が刀の付喪神だったお蔭で、奴が本気を出す前に物品交換士の反則的な技を使い、閉じ込められたからこそ無事だった訳で、ハッキリ言って今回の相手は対処の仕方を思い付かなかった。
一縷の望みをかけて話を聞く他の皆に視線を向けるが、黒川と瀬里沢は何故か目をキラキラさせながら俺を見てくるし、星ノ宮は恭也さんの言った事を反芻しているのか何やら考えている様子で、唯一秋山だけは何処か上の空と言う風に、偶にスマホを弄っては画面を覗き込んでいる。
どうやら誰も、俺が困っている事に気付いてない……。
「さて、他に意見も無いようだし、幸い事故に遭いそうになった目撃証言も多数あるらしい。これなら報復と言うか石田君が反撃に出て祓っても、言い訳は立つし問題ないよ。それに丁度良い機会だから、箱根崎君と試合した時のような手加減は幽霊に必要ない。だからボクの父が語っていた本気のキミも見てみたいね」
このままだと済し崩し的に、あの十字路に立つ幽霊との対決は免れない。
確かに俺も少しはそっちを気になるが、対策を練る間くらいは通学路を選べば襲われずに済む話だし、それよりあの女の子『日野倉妃幸』の事を、どうにかしてあげたい気持ちの方が強かった。
例え疑似的な体験だったとは言え、車に撥ねられた挙句水に投げ込まれ、溺れ死ぬなんて苦しみを味わった怨みもある。
それにまだ捜索願を出している家族にも、あの子を帰してあげたい。
あの子の抱いていた想いは、家族に会わせ『寂しさ』を払拭させられれば、恭也さんの言う力で無理矢理祓ったりなどしなくても、自然に成仏出来るかも知れないと考えて、皆に話す事にしたのだが……秋山が此方へ顔を向ける。
「その事だけど、石田、あんたどうやって家族に会わせる心算なの? まさか行方不明だったあなた方の娘さんは、実は既に死んでいて、その幽霊を見つけて保護しました。何て言う訳じゃ無いでしょうね?」
「いや、そうか普通は見えないんだもんな……そうだ! 瀬里沢の内の庭で試合した時に使ったって言っていた、幽霊が見える道具があればイケル筈。あれなら見えるし、あの子に会わせるって事に間違いは無いだろ?」
途中まで俺の話を聞いていた秋山はどんどん不機嫌そうな顔になり、語り終わった所で噛みついて来た。確かにちょっと考えが足りなかったかもしれないが、そこはアイデアで補完出来た訳だし、問題なくあの子を家族と対面させられる筈だ。
それなのに、秋山は最初よりも不機嫌を通り越し、今ではとてもイラついた様子で、まるで俺を親の仇みたいに睨む。
「あのね、警察だって行方不明になって直ぐは、妃幸ちゃんの捜索に力を注いでたし、私も街頭であの子の服装や特徴、それに顔写真の載ったビラを配って手伝いもした事があるの! 昨日電話であんたの話を聞いた時は、半ば諦めてはいたけど、信じたくなかった私でも愕然としたわ。ああ、やっぱりもう死んでいたんだってね!」
「秋山、お前もしかして……」
「そうよ、私はあの子を知っていたの! 直接在った事は数えられるくらいでしか無いわ。町内会の催しや、御神輿担ぎのお手伝いや衣装の着替えとかでね。偶に道で会ったら挨拶するくらいだったけど、それでもいつも私の事を『お姉ちゃん』って呼んで笑顔をくれたわ。そんな私でさえ星ノ宮さんから話を聞いた時、どう思ったか、あんたに、想像は……つく?」
秋山は自分で気が付いているか分からないが、声を震わせ怒りながら涙をボロボロ零して、最後は掠れて無理矢理言葉を絞り出すようだった。
俺はあの子を、早く両親に会わせてやりたいと思っていたけど、それは一方的で傲慢な、浅はかな考えだったのだろうか? 今の秋山の姿を見ると何も言う事もできず、口に重怠さを感じ息苦しく、まるで喉を押さえつけられているようだ。
「妃幸ちゃんの姿を見えさえすれば分かる? あんたの考えは分かるわ。それはとても『善い事』だってね。だけど、妃幸ちゃんだけの気持ちしか考えられないあんたなんかじゃ、妃幸ちゃんの御両親に在った所で今以上余計に悲しませるか、怒らせるだ「茜ちゃん、それ以上はダメ」っ!」
「……今日は、もう解散かしらね。それと昼に見せて貰った資料だけど、秋山さんって“あの秋山”でいいのかしら? どこかで見た書式だと思ったけど、もしそうなら気になっていた事も腑に落ちるし、納得できるのよね。偶にだけど星ノ宮家から仕事を受けて貰っているのも、きっとご存じよね? それとあの封筒、勝手に持ち出したのなら、お父様に叱られるわよ?」
黒川が秋山にしがみ付き、感情の溢れ出すままに動いていた口を閉ざさせ、ハンカチを取り出して、まだ頬を伝い流れ落ちる涙をそれ以上零れ落ちない様に押さえている。
秋山はそんな黒川に縋りつくように抱きつき、ただ悲しみ泣いていた。
今日一日で、沢山の秋山の表情を見た気がする。
いつも余計なくらい元気な女で、こんな風に泣く奴だとは思わなかったけど、その原因は俺にあって酷い罪悪感を覚えてしまい、何も言えず眺めるだけだ。
そんな中、星ノ宮は仕方がないとでも言うかのように、今日は解散とあっさり口にした。
だがその後の言葉の意味が俺には分からず、“あの秋山”と言われても他にどんな秋山があるのかと混乱したが、昼に疑問を感じたあの資料は、どうやら秋山の父親の私物で、昨日からの短い時間で調べた情報じゃなく、今まで集めた物らしいと分かる。
だからこそ、今朝から普段とは違い秋山が暗い表情をしていた理由も、日野倉妃幸と少なからず係わりのある人間だったからだと、やっと全てが繋がった。
問題はこれから日野倉妃幸の両親に、あの子の事を何て説明をして分かってもらうかだ。
あの子の姿を見せるのは本当の最後の手段で、先ずはあの子が死んだと分かる証拠か、遺品でも見つければ話は変わって来るのだろうけど、まだ警察だって見つけて無いであろう物を、ただの学生の俺達が仮に見つけたとすれば、傍から見ればどう思われるだろう? 単なる偶然? ……下手をすれば犯人扱いされかねない?
どうすれば上手く行くだろうと思った所で、ポケットに入れていたスマホが振動し、着信を知らせてくれた。
いったい誰だろうと思ってディスプレイの表示名を見たが、電話帳登録された番号では無く、相手に全然思い当たる節が無い。
こんな時にと、若干筋違いのイラつきを感じながら皆に目と手で合図し、部屋の外へと無かって、着信が切れる前に電話に出る。
「はい、もしもし。……え? あっ!」
そこで俺は連日続いた出来事ですっかり忘れていた物を思い出し、ついでにある事を思い付いたのだった。
つづく