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137話 五つの古き名

ご覧頂ありがとうございます。

 星ノ宮の指摘で今更ながら、見たいと思ってもそこに顔が無ければ『見える筈が無かった』事に気が付く。

 だからこそ今まで在った幽霊と違って、顔の無い存在と言うモノの歪な不自然さに、得体のしれなさと嫌悪感を抱いたからこそ悪寒が走り恐怖した。


「たぶん、アレは出会っちゃいけない存在だったんだと思うし、やたらとあそこで事故が多いのも、きっとアイツのせいに違いない。兎に角、俺の手に負えそうもないし事務所に着いたら、この事も含めて恭也さんに相談してみるか……」


「そうね、餅は餅屋って言うしここは専門家に任せるのがベストね。全く本当あんたって立て続けに変なのを引寄せるんだから、恭也さんから確り対策を学んで、私達に被害が来ない様に頼むわよ?」


「あのな秋山、何でお前はそう毎回俺に上から目線なんだ? 普通に応援とか出来ないのかよ。あと瀬里沢、死んだ振りはもういいから起きろ。そろそろ移動するぞ?」


「……うう、死んだ振りじゃ無く本当に今のパンチは酷いよ。あ、ちょっと! そうやって、皆僕を置いて行くのはどうかと思うよ!」


 何時までも動かず、地面に倒れ蹲ったままだった瀬里沢に声かけ歩くように促すが、そんなに力を入れたつもりは無いけど良い所に入ったか? Yシャツを羽織ってだらしなく前を開けた儘で起き上がり、後についてくる。

 そんな格好でも様になって見えて、美形はお得だと思った。


 そもそも自覚症状が無いから分からないが、秋山の言う様に俺はそう言った類のモノを惹きつけて病まないフェロモン擬きを、菅原さん達の説明だと常時垂れ流している様なものらしいし、こりゃ本格的に早めに抑える方法を学ぶか、例の勾玉が送られて来ない事には、割とここでの生活自体ヤバいと感じる。

 今の所明恵にはそんな兆候は見られないと言うか、俺の様に漏れているのか分からないから、いっそ伊周に確認して貰う方が良いか? だけど明恵はホラー系が苦手だから、気付かれない様にコッソリやらんとな。


 それにしても、本当に秋山の奴は毎回偉そうに言うが正論なので反論できん。

 いつかコイツはギャフンと言わせてやりたい。


「大丈夫、あなたは負けてない」


「お、おう。サンキュな黒川、少し元気出たわ」


 それまで黙って聞いていた黒川が、先程まで瀬里沢の居た位置にトトっと寄って来てそう言う。

 最近気が付いたが、何かあった時黒川はこうして励ましてくれている気がする。

 言葉は少ないけれど、お蔭で先程まで強張っていた緊張も解けた。

 こういう所が、偶に明恵に似ているかもと感じる時があって笑みが湧く。

 黒川って背もそんなに高くないし、よく考えると皆の妹ポジって感じだよなと、何気なく思う。


「あらあら黒川さん、あまり石田君を甘やかしちゃダメよ。自分で言うくらいだから、まだまだ余裕があるに違いないわ。だから秋山さんだってああいうのよ。そうよね?」


「……別にそんな風に思ってなんて無いし。けど舞ちゃん、星ノ宮さんの言う通りかもしれないから、偶には厳しくよ! それと石田、あんた勘違いしないでよね。私は単にその変なのに、これ以上何かされるのが嫌なだけよ!」


「ん、分かった厳しく」


 それまで俺達のやり取りを見ていた星ノ宮が、何をとち狂ったのか口元をニヤニヤと綻ばせながら、黒川に俺を甘やかすなと言いだした。

 俺はそんなに甘やかされていたのだろうか? 確かに励まされたりはしているけど、秋山からの鉄拳が飛んでくるのは減ったが、気を抜けばコイツの拳は容赦なく俺の鼻を捉えるだろう。

 だから黒川、秋山の言う事なんて真面目に聞いて、両手を握りしめてやる気を出さないでくれ!


「くっ、何て破壊力だ。これが生のツンデレかっ!? 石田君、君は今のを聞いて何も感じないのかい!? この湧き上がり萌える魂。男なら人生で一度は言われたい台詞だよ!」


「あのな瀬里沢、一人で燃えるのは結構だが、一度しか言わないからよく聞け? お前は病気だ。しかも既に手遅れで手の施しようのない不治の病に違いない。だから介錯が必要なら、今直ぐにでも伊周を呼んでやるぞ? 遠慮はいらないスパッとヤッテヤルゼ」


 やっと皆の歩くペースに追い付き、悶えながらアホな事をほざく瀬里沢にがっしりと組み付いて首をロックし、少々声のトーンを落として耳元で囁いてやると、慌てて頭をブルブルと早回しのように左右に振って、瀬里沢は否定する。

 そんなやり取りをしていると、いつの間にか恭也さんの事務所の前までたどり着いていた。





 ここに来ると、エレベータに乗る前に一階にある不動産会社のオッサンと目が合う。どうせなら、その隣に座るメガネを掛けたちょいキツメのお姉さんにお願いしたい。

 何故かこの前もオッサンが先に気付いて、今もニコっと笑うので愛想笑いを返しているが、あの人が妙な趣味の御仁で無い事を祈る。


 チンと目的の階に着いた事を知らせる独自の音が鳴り響き、ゴトゴトとやや硬い調子で扉が開く。既に慣れたもので、黒川が先頭に立って中へ入る。

 恭也さんがドアを開けて「いらっしゃい」と言ったのも初日だけで、今はテキパキとお茶の用意まで手伝う黒川には脱帽だ。

 そうして、皆がソファーへと座り俺の体験した今朝の出来事と、昼休みまでに分かった女の子の身元の説明をしていくと、恭也さんは偶に痛々しい包帯を巻いた手を摩りながら、深い溜息を吐いた。


「正直なんと言ったらいいのか困るけど、石田君、キミはよくもまあ経ったの二日の間に厄介なモノを惹きつけたものだね。君達の話の通り、あの十字路の交差点の事は気が付いてはいたんだけど、一応駅……と言うか線路側から向こうはボクの管轄外だし、勝手にオニを祓うのは御法度だから手の出しようが“ボク”には無いんだよ」


「恭也先生、それって祓って欲しいって第三者からの依頼が無いと、動けないって事ですか? あと管轄外ってどういう意味でしょう?」


 何故か瀬里沢は今日に限って妙に畏まり、恭也さんを先生だなんて呼んでいる。 腹ならここに来る前に打ったけど、ついでに頭でも打ってたのか? 人を敬う事は大切だと思うけど、急に呼び方を変えると普通驚くぞ。


「瀬里沢君、その先生って言うの止めて貰えないかな? 一応弟子見習(仮)と言っても、先生だなんて呼ばれるのはちょっとボクの趣味じゃないんだ。普通に呼んでくれて構わないよ。それと君の質問の答えはとても簡単、依頼が無いと祓えないのは当然だけど、それ以上にここ麓谷市のそう言った類からの守護は、本来隣町の水鏡神社の家の役目なんだよ」


「はて? 確か話では水鏡神社から来た者は瀬里沢の家で暴れた挙句、折角恭也さんが張った符を剥がし、邪魔までした筈ではないか。そんな者がこの街を守っているなど、……大丈夫なのか?」


 至極単純な疑問を宇隆さんが言うが、確かに難癖つけて符を剥がしたり色々やったらしいけど、水鏡神社が持ってきた札も秋山が伊周に撒いた塩も、確かに効果はこの目でも確認している。

 俺の中じゃ水鏡神社と言えば、毎年盛大な花火と夏の祭りのある日くらいしか足を運んだこと無かったし、湧水が美味いくらいしか記憶にない。


 まさかこの辺一帯の守護? をしているなど、まさに寝耳に水の話だった。

 つまりは黙って事故が増えるのを見ているしかないのか? それ以上にこれからもあの道を使う事のある人は、どうなるのだろう?


「この麓谷の地は古くは水鏡、星ノ宮、守薙、多々良川、賦士原の五つの家が治めていた場所で、今でも水鏡は神社、星ノ宮は企業、守薙と多々良川は鉄鋼業で提携しているし、賦士原も警察や消防他にも公的機関に食い込んで存続している。これは本人を前に説明するまでも無いね? つまりはそう言う事だよ」


「はあ、単に昔からあの神社に氏神が祭られていて、麓谷市全体に氏子が多いからと言う理由では無く、私の家のようにちゃんと“意味が在った”と言う事かしら? この分だとまだ私の知らない事なんて幾らでもありそうだわ。いつから参加しなくなったのかは知らないけれど、最近は五じゃ足りないのに五族会議と言う意味も、そう言う事だったのね」


 恭也さんが指折り口にした五つの名前は、ここ麓谷市では有名どころの名前で麓谷に住んでいる人は誰でも知っている。

 実際その星ノ宮の家のお嬢様も、俺達の目の前に居るしな。

 それと星ノ宮の言う五じゃ足りないって発言から察するに、どんな内容かは想像もつかないけど、他のお偉いさんも混ざった会議なのだろう。

 ……賦士原の名前は、俺も知らんかったけどね。

 今朝の相談とあの女の子の話をしに来た筈なのに、新たに分かった事が出てきたせいで、手を出せないとなると俺は黙って逃げるしかないのだろうか?


つづく

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