136話 あんなところに全裸の美女が!
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秋山が持ってきた情報はどう考えても『詳し過ぎ』て、俺はどうやって“コレ”を知りえたのか確認しようと、封筒を掴み立ち上がって声を掛けようとした。
だが、それを邪魔するかのように昼休み終了の鐘が鳴り響き、喉元の途中まで出かかった言葉を飲み込む。
その鐘の音で、さっきまでの非日常な雰囲気から醒めたように現実へ戻され、皆が改めて「どうする?」とでも言いたそうに顔を見合わせた所で、星ノ宮が口を開く。
「悪いけど、正当な理由を説明できないのに五時限目に遅れる訳にはいかないわ。真琴、黒川さん、教室へ戻りましょ。まだ聞きたい事もあるし、この話の続きは放課後ね」
「……そう、だな。続きは恭也さんの事務所で話そう」
「ふむ、明人には言ったが今日は参加できん。だが何かあれば連絡をくれ」
「そうと決まれば移動しよう。僕が最後鍵を掛けるから皆は先に出てくれたまえ。忘れ物は無いようにね」
こうして星ノ宮の言を皮切りに一端解散となったが、鍵を掛けた瀬里沢を最後尾に小走りに教室へ戻る最中、ふと視線を感じて振り向くと瀬里沢の知り合いだと言う『オカ研』所属の小野田と言う人が、俺達を見ていた。
不思議に思ったが俺達と同じように鐘が鳴った事で、廊下に出ていたのだろうと思い視線を外す。
それよりも秋山が書類の入った封筒を抱きながら、よく聞こえなかったので分からなかったけど、何か呟いていた事が気になった。
その独り言に気付いた時の秋山の浮かない表情を見れば、その内容は聞こえなくて良かったと何故か思う。
普段のあの大胆不敵で傍若無人なナリが、今の様子からはそれを微塵にも感じる事の無いのが、少し気懸りだった。
本日の全ての授業が終了し、今まで死んでいたのではないかと疑える様な生徒達も、部活動や外へ移動する連中にこの後の予定を楽しそうに話し合う者等、その様は放課後になった事で、まるで水を得た魚のようでもある。
俺もつい最近までは同じような動きをしていた筈なのに、そう感じた事に妙なおかしさが込み上げ、自然と口元が緩み俺も随分変わったもんだとしみじみ思う。
予定通り静雄は稽古の為に残れず、代わりに星龍(磐梯兄)へ昼に分かった『日野倉妃幸』の名前から、警察での今の扱いについて何か新しい情報が掴めないか、出来る範囲で聞いて貰うようにお願いしておく。
流石に突然そんな事を聞いても不審に思われるので、これは出来たらで構わないと予め伝えておいたので、静雄も無茶はしないと思いたい。
かなり難易度は高いとは思うが、直球で聞いたりしない事を願うばかりだ。
そう言う訳で一足先に静雄とは別れ、俺と秋山とD組の三人に瀬里沢を加えた六人で、恭也さんの事務所へと足を運んでいた。
校門を過ぎ周りの生徒の数が減って来たところで、瀬里沢が俺の肩を突いて聞いてくる。
「僕の耳にも入ったんだけど、今朝信号を無視してトラックに轢かれそうになったって噂は本当かい? 君はちょっと変わった事はするけど、意味も無くそんな無謀な事はしない筈。いったい何があったのさ?」
「あ~その話か。俺も正直言って化かされたと言うか一言じゃ答えられんけど、赤信号を青信号に“見間違えらされた”と話せば分かり易いか?」
「ちょっと待って石田。私達が黒川から聞いた話だと、お前が余所見をして信号を見間違えたと聞いた筈だが、今の言い方だとお前は“故意に誰かにそう仕向けられた”と言っているのだぞ?」
俺の話を聞きながら、途中で割り込んできた宇隆さんは自分が聞いた内容との食い違いに、確認する様に俺を見る。
俺も午前中ただボケっと時間を空費した訳では無く、今朝のあの全身真っ黒な女の事を考えて、自分が取った行動の不自然さに違和感を覚えて答えを探していた。
「お前らさ、よく考えてみろよ? 幾らなんでもちょっと赤と青を見間違えただけで、トラック何て大きな物体が迫っていて、それに気が付かないで信号変わったから突撃かます。……なんて、普通するか?」
俺は今朝の自分の動きを確かめるように皆に話す。
宇隆さんも「むっ」と言って、腕を組み考えているようだ。
「黄色で止まらず、赤に変わる前に途中まで減速しないで走っていたら、車がギリで通り抜けて来るなんて予想着くだろ? それなのに俺は“あの一瞬で”わき目も振らずに横断歩道に飛び出た。確かに急ごうとは思っていたが、どう考えてもおかしいんだよ」
「わき見や余所見で飛び出してしまう事は、事故の話を聞いたりした時割と普通に在ると思うのだけれど? その時に限ってどうしてかうっかりとかね。私が気になるのは、その石田君が余所見をしていた原因に何か理由でも在るんじゃないのかしら? 例えば……そうね目の醒めるような凄い美女が、反対側に立っていたとかどう?」
星ノ宮が口元に微笑を湛え少々毒の混じった質問を、先を促すように聞いてくる。本気でそう思って言っている訳じゃ無いだろうが、流石に美人が居るから走り出すなんて真似をするのは漫画の世界だけだ。
俺は答える前に、横に立つ瀬里沢に視線を向けると何を思ったのか立ち止まり、妙なポーズを取って答えだす。
「フフ、石田君、ここは僕が答えてあげよう! 例え見目麗しい星ノ宮さんの様な女性が居たとしても、走り寄ってしまえば驚かせ怖がらせてしまうに違いない。僕は誓ってそんな事はしないね」
「……とまあ、普通の感覚を持って無いコイツでも流石に走って近寄ろうなんて思わん訳だ。仮にだけど、例えばそこの道の電柱の陰から全裸の美女が手を振って誘っていたとしても、先ずは驚いて立ち止まるか、怪しんで周りを見るに違いないだろ?」
「ええ!? 石田君、いったい何処に全裸の美女が居るんだい!? さあ早く僕に教えたまえ! 直ぐに紳士と名高いこの僕が何か着る物を掛けてあげなくては!」
横で聞いていた瀬里沢が俺に掴みかかり、興奮しながらネクタイを解き片手で器用にYシャツのボタンを外しながら素早く脱ぎだしていたのを見て、俺と瀬里沢の二人に女性陣から鋭い八つの視線が突き刺さる。
……いや、全裸の美女にYシャツ一枚ってどう考えても有罪だ。
例えも悪かったが騒ぎ出す瀬里沢を見て呆れてしまう。その発想は流石にアウトだし、今のお前はわき目も振らず本当に走り出すだろ!
さっきのは単純に比較する為の例えでしかなく、星ノ宮の毒に冗談で返しただけなんだが、瀬里沢が何を血迷ったか本気を出した謎な行動力のせいで、俺の折角の話に説得力が無くなってしまった。
Tシャツ一枚になり、ネクタイを腕に巻き付けYシャツを片手に首を左右に振る瀬里沢に、俺は容赦なく腹に拳を捩じり込み落ち着かせる。
「……何だか先を言い難くなったけど、星ノ宮の言ったように反対側で手を振る奴が居たのは確かで、顔は見えなかったが俺の意識を逸らせたのは間違いない。しかも、その後“刷り込まれた”かのように頭に浮かんだのは“信号が青に変わった”と言う事だけで、あの時急いで渡ろうとは思ったけど、歩きだした記憶が無いんだ」
「私もあの時変な事を聞かれた。確かに突然走り出しておかしかった」
「そう、それに俺に手を振った相手が立っていた場所って奴は、今朝は偶々駅前を通る道じゃ無く、線路を跨いだ歩道橋と反対の国道を歩いた訳なんだが、あのやたらと事故が多い十字路で、看板とガードレールが邪魔で無理にでも入らなきゃ立てない所だ」
「えっと、あそこの道って、車線も多くて幅も広く見通しも良いのに何故か事故が減らないのよね。お蔭で最近じゃ『魔の十字路』なんておかしな名前まで着いてるじゃない? スピードの出し過ぎも考えられるけど、……もしかして」
途中まで思い出すように話していた秋山が、訝しむ様に俺を見ながら口籠り、それと同時に星ノ宮も口を挟んできた。
「それって、ついこの間も事故が起きた場所よね。そのせいで待ち合わせに遅れてしまったから、私も真琴も覚えているわ。石田君、貴方はそこでいったい何を見て、……誰に手を振られたと言うのかしら?」
その星ノ宮の言葉で、あの時俺に向かって“おいでおいで”と手招きする、日傘を差し黒づくめのドレス姿の人物を思い出し、周りの音が妙に鮮明に聞こえ気配に敏感になり、ゾクッと悪寒が走る。
あの時見たいと考えても分からなかったあの女性の顔が、実はそこに在ったのは口だけで、それ以外『そこには何も存在し無かった』事を、今になって思い出したからだ。
つづく