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134話 皆で渡ろうとも

ご覧頂ありがとうございます。


3/13 描写に不自然な部分が在った為、加筆致しました。

「まあ、寺院は聖職者を志す者が集まるとは言え、それも夢や希望と色々な想いを持っての事ではあろうが、結局はその者が抱く欲と変わらん。頭の固い者は否定するじゃろうが、いつの間にかその事にかまけ過ぎ、初志を忘れてしまう者も居る。ワシから言わせれば欲を認められる器が無ければ、それも無理な話しじゃな」


「う~ん、要は欲に走る者も居るって事だな。けどそんな事をしていたら、祝福とかを出来なくなったりしないの? 神様が資格無しとか判断したりしてさ」


 本当に神と言う存在なのかは分からないけど、確かに“あっち側”に居る人達は、師匠が持っているような『等価交換』の様な力を授かって、その恩恵を受けている。

 ……そうなると、俺ってどうなるんだろ? 俺もその恩恵を受けた事になるのか? どっちにしても与える事も在るなら、奪う事も在るんじゃないのかな?


「資格と言うか、本当の意味での聖職者になってしまえば、肉体からソウルの器が抜け出し、それまでに高みへと昇った列席された方々と一つになるんじゃよ。そうして寺院に聖職者として祭られる事になるし、そこで修練を重ねる者の精神的な支えとなるのじゃ。そして寺院を維持する者も必要なれば、その辺は曖昧じゃな」


「そっか、実際の寺院の運営には維持費も必要だし、そこで暮らす人は食わないと生きていけなもんな……って、肉体からソウルの器が抜けるって事は、死んじゃった幽霊と一緒じゃね?」


 肉体からソウルが抜けるって、詳しくは知らんけど坊さんと似たような存在だし、確か『入寂』って奴だっけ? けど、空の肉体とソウルの器も残るならちょっと違うのか? それに抜け出たソウルが一つになるって、どういう意味だろう。


「何を言いだすかと思えば、失礼な事を言うでない! ……と、お主は分からんのじゃったな。死とはソウルが天に還り肉体が滅ぶ事で、幽霊はその残滓じゃ。聖職者となった者は肉体から抜け出したソウルが、新たな道を自ら開いた証となるのじゃ。そうしたソウルはより大きな存在になり、村や街を獣や邪獣から祈りで守る有難い存在になるんじゃよ」


 そう言って、また水を一杯飲み干しながら「例外もあるがの」と呟いた後、師匠は一息ついて気力が戻ったらしく、イキイキとしている。


 どうでも良いが、年寄りは早寝早起きが普通だろ? 師匠は実にタフな爺様だ。

 話しはまだまだ続く様で……死後に地に留まり守護聖人(マ・オルーグヴァル)となる者も居るそうだが、寺院に存在する列席された聖職者のソウル達とは違うらしい~と言うか、何ともややこしい話でそろそろ眠気がピークに達し、気が付くと目を瞑っていて寝落ちしそう。

 と思っていたら、いつの間にか眠っていた。





 ――ベッドの上の目覚まし時計の騒がしい音で、意識が戻ると冷蔵庫に凭れ掛かったまま寝ていたせいで、首が変に曲がり微妙に痛い。

 冷蔵庫が閉まっている所を見ると、半分寝ながらでも閉めたに違いない。

 うっかり眠っちまったけど、師匠が怒ってない事を祈ろう。

 睡眠時間が足りて無く、まだ寝足りないが支度を済ませ学校へ向かう事にする。


 一応家を出る前に、昨日の石の事で釘を刺そうと思っていたら、玄関で先に靴を履いて出ようとしていた明恵は、俺の顔を見るなり焦った様に逃げようとしたので、ランドセルを掴んで即逮捕。

 案の定、一番仲の良い子にだけ『魂の石』を見せてあげるつもりだったらしく、仲の良い子となるとダメと言っても説得は難しいと思い、仕方なく俺は頭を捻った。


「じゃあその石を見せた後で、その仲の良い子が私も欲しいって言ったら、明恵はどうするんだ? その子に石をあげられるか?」


 そう意地悪な質問で訊ねると、流石に困ったようで明恵は唇を尖らせ俯く。

 俺も昔、明恵とは意味合いが全然違うが、買ってもらったばかりの玩具を自慢したくて、小学校に持って行って先生に取り上げられた口だ。

 あの石はなくしても困るが、他に知られるのはもっと不味い。


「皆に分けてあげられるものなら構わないけど、一つしかないそれは分けるのは無理だろ? だから諦めて部屋に戻してきな」


 と言って頭を撫でてやると、納得したのか俯いていた顔を上げ靴を脱いで部屋へ戻って行った。

 やれやれ、シャハもプリン欲しさに随分とヤバい物を対価に寄越したもんだ。

 確かに子供の玩具には、どう使うか脳を刺激するし最適とも言える代物だが、出所が不明の未知のエネルギーを秘めた鉱物なんて、本当なら個人が持つには危険すぎる。

 念の為確認しておいて助かった。仮にそのまま家を出ていたかと思うと、その厄介さ加減の大きさに思わず溜息がでる。

 朝一から冷汗を掻いて、今日一日が波乱に満ちた日でない事を祈るばかりだ。





 何時もより少し時間を食ったけど、その分を補う訳じゃ無いが普段通る道を使わず、今日は国道の歩道を歩く。

 日差しもそこそこ、昼からは更に暑くなりそうだ。

 そんな風に歩きながら何気なく国道の反対側を見ると、通学中の学生に交じって黒川が歩いているのが見えたので、手を振ってみる。

 驚いた風な表情をしていたので、黒川は俺に気が付いたようだ。


 通学時間が被る事は珍しいと思って、向こう側に着いた時一緒に行けるように少し早歩きになったけど、その時反対側のガードレールの傍に居た人も、誰かに手を振っているらしいのが目に入る。

 こちら側に誰か知り合いでも居るのだろうけど、こんな夏の日に挙げた手は黒の手袋をして服装は肌を一切見えない長袖にロングスカート、反対の手には日傘を差した女性のようで、黒一色なのが妙に気になった。

 どんな人なのか顔は見えなかったけど、信号が赤から青へ変わったので横断歩道を急いで渡る。


「危ない! 止まって!」


 突然、黒川の叫び声が耳に入り慌てて止まると、たった今俺が通過しようとしていた所を、大型のトラックが連続してクラクションを鳴らしながら通り過ぎ、体に加速のついた風圧を感じた。

 黒川以外にも周りから悲鳴に近い声等も聞こえたが、もう少しその声に反応するのが遅れれば、俺は今頃頭からトラックの車体に吹き飛ばされるか、跳ね飛ばされて大怪我をしていたかも知れないし、最悪死んでいた可能性も否定できない。


 俺が青に変わったと思った信号は、まだ赤だったのだと改めて気付き血の気が引いた。

 バクバクと跳ねる心臓の音と、緊張で荒くなった呼吸が煩い。

 そのまま何とか国道を渡り切った所でヘナヘナと尻餅をつき、近くに居た黒川が青い顔で駆け寄って来るのと、周りで今の場面を目撃した人が驚きのあまり、俺の心境を語る様に「うわ~」とか「あと一歩だった」等口にし、動きを止めている同じ高校の学生も目に入る。



「あ、危ねぇ。マジで死ぬかと思った。黒川、お前のお蔭で本当助かったわ」


「別にいい、だけど何故赤信号で渡ったの?」


「それは、俺が黒川に手を振った時に同じように手を振る奴がいてさ、何故かちょっと気になって余所見をして、信号が変わったと思ったらこの有様って訳だ」


 ゆっくりと深呼吸をして、呼吸を整えると手を借りて起き上がる。

 何処にも怪我などは負ってなく、俺が無事だと分かると立ち止まっていた見物人も、朝の忙しい時間を思い出したように通学や通勤へ戻って行った。

 流石にまだあの位置に先程の女性が居るとは思わないが、何となく腹立たしい物を感じて歩道側から確かめてみる。


 ……誰も居なかったどころか、そこは人が立つような場所では無かった。


 この前俺が、気味が悪いと思って早々に立ち去った『交通事故注意』と書かれた看板と、『スピード落とせ』や『死亡事故発生現場』があり、もういつ誰が置いたのか分からない、萎れた花や傷んだお供え物が傍に置いて在り、とてもじゃないが、こんな場所に立つなんて普通じゃない。

 額に掻いた汗が頬を伝って、顎の先から落ちて行った。



 確かにあの時俺は、手を振る……いや、今考えてみると、あれは誰かに向かって合図を送ると言うよりは、左右じゃなく手前に“おいでおいで”と、“誰かを手招き”していたように思う。

 日傘に隠れた顔の見えていた下半分が、笑みを浮かべていた気がして余計に寒気がした。


「……なあ、黒川、さっき俺がお前に手を振った時、向こう側に居た俺の近くに他の誰かが居なかったか? 俺以外なら誰でも良い。頼む思い出してくれ!」


 黒川は必死になって焦る俺にそう言われて、何か思案する様に右上を見た後、ゆっくりと首を振る。

 俺以外の他の誰かに対して合図をしていた、少々変わった人がこの場に居たのだと思いたかったが、残念ながら希望は呆気なく打ち砕かれた。


「石田君以外は、誰も居なかった。こちら側で見ていた人は居たけど、来るとき他に誰か一緒だった?」


「いや、そうか。じゃあアレは他の誰でもなく、やっぱり俺に対してだったのか……」


 瀬里沢の伊周に始まり、昨日は女の子、今日は謎の女ってか?

 俺の日常が、どんどんおかしな風に煮詰まって壊れ始めている。

 朝からこんな具合で、本当に無事に今日を終える事が出来るのか、物凄い不安を覚えるのだった。


つづく

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