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133話 昔一人の若い男が

ご覧頂ありがとうございます。

 何か不味い事でも聞いちまったような気分だ。

 師匠の話した『魂の石』を持つ獣、特に邪獣と魔獣のイメージから伝わった印象で結構ヤバい生き物っぽいけど、あの時聞いた風邪精の“呪い”みたいなモノが関係してくるとなると、かなり厄介な話しになる。

 今は声を掛けられる雰囲気じゃなくて、師匠が口を開くのを待つしかない。

 そうやって五分は過ぎた頃だろうか、深い溜息を吐いて俺を見つめる師匠は、何とも表現し難い表情で語り出した。


「昔、そうワシがまだ今よりもずっと若い頃の話じゃ。こうして一人の商人として大きな街に店を構え、人を雇いながら日々を送る前。先程アキートが話した様に、魂の石は徒党を組んで獣を狩れば手に入る石ころ。そう考え欲に目が眩んだワシは、酒場で飲んだくれる連中に声を掛け、一騒動した事があるのじゃが――」


 あ、これ絶対長い話になる。と俺の直感が告げていた。

 案の定、それから二時間は師匠の若かりし頃を聞く事になる。

 他にも相談したい事が在ったけど、どうやら今日は無理っぽい。


 話の始まりは、火の要素と空の要素を使う事に長けた師匠が、行商途中で邪獣に襲われ返り討ちにし、偶然そこそこの大きさの魂の石を数個手に入れた事が切っ掛けだった。

 魂の石は、天からの授かり物として拾うのが、それまでの常識だったらしい。

 だが師匠はそれを生かし商売へ引き上げ、行商で稼いだ金以上に一儲けしようと思い付き、酒場に居た徒党を組んでいる荒っぽい連中に話を持ち掛け混ざり、軍隊で例えるなら輜重隊の様な役割をして、少しずつ稼ぐ駆け出しの商人へとなる過程の昔話だ。


 途中話に出て来る獅子頭のアシュハームと言う双剣を振う男と、風の要素を使った弓の名手ディバーコと言う犬頭の男が、二人で通常よりも二回りは大きな邪獣に立ち向かい、双剣は頭と首を弓はその両眼を狙い相手の攻撃を、一度も掠らせる事無く倒した活躍に胸が躍り、ローヴァシュと言う鹿頭の陽気な大食漢が、残り少ない食料を全て食べてしまい、代わりに泣きべそをかきながら、水の要素を使って革靴ふやかし齧って、空腹を誤魔化していたと言う話で大笑いした。


 その内、何処で聞きつけたのか上手く儲け始めると更に人数が増え、立ち寄った街や村での食料や水等の必需品の補充に加え、行商と物品交換士で培った経験と人脈が功を奏し、それを運ぶ為の人員を数名雇い終には、狩る部隊の他に商隊と呼べるほどの人数を扱う大きさまでに成ったらしい。

 取引が増えて来ると、似たような事をする者も現れ始めたが、この頃の師匠はまさに一山当てた、それまでにない商人と言えただろう。


 恩恵に預かり部隊の連中は儲けた金を頓着せずに使い、アシュハームは自分の装備に、ディバーコは意外にも狙った獲物は逃さずと気に入った女に貢、ローヴァシュは言うまでも無く美味しい物を食べる為だ。


 欲を存分に満たしたこの三人も含めて、金は一向に貯まる気配が無かったらしい。

 そうした話で物の取引や、金勘定に関しては“持たざる者”である師匠が一人金を貯め続け、同じ人でも師匠や俺の様な人種の方が得意なのだと分かった。


 一年も経つ頃には人と物が十分に揃い、邪獣がほど良く狩れる地域を見つけそこに拠点まで作り、商売も波に乗って獣と邪獣を集め魂の石を円滑に金に換える事に成功し、石以外にも食糧に始まり武器や装備の他に、細々とした生活雑貨と扱う物も規模に応じて増えて行き、間違いは無いと信頼も受け笑いが止まらない状況だ。

 そこで欲をかかず止めておけば、纏まった金を元手に大店を構える事も夢では無かったのに、その頃には皆も調子に乗ってもう歯止めが利かなくなっていたのも、頷ける話だった。


 それから暫くは、拠点に襲撃してくる邪獣達を順調に仕掛けた罠に嵌め、仕留めて魂の石を集めていたのに、徐々に襲撃の頻度も下がり不用意に近寄る獣や邪獣が集まらなくなると、当然石が手に入らなくなって儲けが減り、不満の声が上がり始めるのも道理で、それまで音頭を取っていたアシュハームに問題があると、非難する者まで現れ始める。


 そこで部隊の中の特に欲深な連中の、取分け数多く参加していた羊頭達が額を突き合わせ、在る事を画策しもっと儲ける良い考えがあると皆に宣言した。

 その代わりに、十分に皆を富ませない頭は不要だと、今まで指揮を任せていたアシュハームを下ろせと言って、各種族の代表を集め会議を開催させる。


 この時点で師匠やアシュハーム達は知りもしない事だが、既に金を受け取って羊頭に協力する者が、この会議に紛れ込んでいたのを知るのは後になってからだ。


 此処で頭を決めるのに、以前のように当人同士が一騎打ちでもすれば簡単な話しだったが、数が膨れ上がった拠点では何かを決める際、多数決を取る事が増えていたのが仇となり、アシュハームは一部隊の班長に降格し、羊頭の筆頭アールダカンが全体の指揮を執り、邪獣の住む奥地へ強襲を掛ける作戦の決行を言いだす。


 危険だと反対の声が上がるのも無視し、その数に流されるように今度は更に獣の子を攫い殺しに殺し、襲撃の頻度は以前より上がり儲けが増えると、反対していた声は次第に弱くなる。

 師匠もこの頃には危惧を抱いたそうだが、友となったアシュハームやディバーコ、それにローヴァシュを見捨てる訳にもいかず、拠点に留まりどうにかしなければと悩んでいた。


 だが、師匠の悩みなどお構いもせず、破局は直ぐに訪れたのだ。

 そんな事を繰り返していたお蔭で、地が穢れ沢山の罠や矢に剣さえ物ともしない大きさの魔獣が生まれてしまい、子を奪われた憤怒と怨みの念が凝り固まって暴れ狂うその魔獣に、抵抗もままならず拠点は跡形もなく破壊され、噛まれながら口を裂き牙さえ折ったアシュハーム、両目を矢で射て潰しながらも半身を瞬時に焼かれたディバーコ、前足の一本を道連れに己の角を突き刺し、死んでも離れなかったローヴァシュ。

 多大な犠牲を払い何とか魔獣を倒しはしたが、大切な友人もそれまで一緒に隊を組んでいた者も、殆どは魔獣が放つ火と風の要素で切裂かれ、焼かれ噛み千切られ踏み潰されて地に倒れ、最後はソウルの器を砕かれていった。


 羊頭のアールダカンは魔獣を見て真っ先に逃げ出したそうだが、途中で現れた沢山の邪獣の波に呑まれ消えたと、生き残っていた他の羊頭が語ったそうだ。

 師匠も懸命に戦い命に係わる大怪我をして、今滞在している村まで運び込まれ治療され命を繋げたらしい。

 結局生き残った者は師匠と商隊に居た数名に、後は運よく仕入れの護衛をしていたトカゲ頭のシャハの父親連中だけだったそうだ。


 全てが済んだ後、拠点後へ行き埋まった物や金を掘り出し、それまでに得た伝手を使い、先にソウルを散らし逝った友人に語った夢を諦めず、また商売を続け今に繋がると言う所で締めくくられた。





 俺が大儲け出来ると言いだした事へ、戒めるかのように話してくれたあの時の師匠の表情は、今話してくれた自分の実体験からくる苦さだったのだろう。


「未だに似たような事をする者は後を絶たんが、数年前大きな街で同じような魔獣が現れて暴れての、住民に被害が及び兵士が出る破目になってからは、街や村の周辺で故意に狩り過ぎるのも、また死んだ獣を不用意に辱めるような事は、寺院や王の命でしては成らないと布告され、大分収まったようじゃがな」


「そりゃそうだろうな、いくら金欲しさでも被害が大きすぎれば収拾がつかなくなっちまうし、布告が在ったって事は相当痛い目を見たって事に違いない。最悪捕まって牢屋行きだろ?」


 師匠は俺の話に黙って首を振った。

 もしかして、問答無用に牢屋行きって訳じゃ無く、裁判でもあるのか?


「もし魔獣の現れた原因が、その誰かに在ると分かれば捕まった途端、その者の死刑は免れぬわ。被害に遭った者達や似たような事を防ぐため、見せしめも兼ねて公開処刑じゃろうな。ワシらは自分たちで魔獣を仕留めたから被害も広がる事無く、他の者には恨まれてはおらんじゃろうが、一つ間違えれば末路は変わらんかったじゃろ」


 髭を扱きながら淡々と答える師匠は、その声音と違って死んだ仲間を思い出すのか、悲しそうに見えた。


 ……そうだよな、確かに再犯なんてされたらたまったもんじゃないし、“こっち側”じゃ大勢が居る前での公開処刑なんてとっくに廃れたけど、“あっち側”ではまだ普通に在るんだな。


 兵士が出てくるって事は、師匠の話の通り魔獣って奴は相当凶悪な化物に違いない。

 アシュハームやディバーコにローヴァシュ達が居たから倒せたんであって、きっと普通に勝てる相手ではないんだろう。

 あれ? けど使っている武器や防具に、硬貨に掛かっているような祝福をしたら、超硬くなるし負けないんじゃね? そう思って聞いてみたけど、俺を見る師匠は「こいつ何を言ってるんだ?」的な、変な者を見る様な目をしている。

 

「……アキートは知らんで当然じゃったな。確かに、お主の言う様に祝福があれば強い武具にはなるが、そう言った物は許可制での。普通に買う事は出来んし、何より血や呪いの穢れは祝福の効果を徐々に蝕み、続けて使うには厳しいの」


「じゃあ、硬貨を並べて服や鎧に張り付けたりすれば、案外いけるんじゃないか?」


 そう言って、食い下がった俺の意見に師匠は苦笑いを浮かべた。

 俺は鎧や盾に貼りつけた硬貨を想像してみる。

 確かに不格好と言うか、どこの成金だとは思うが命は大事だ。

 でも見栄えよりも、実用性を考えれば有用だろう。


「ふむ。お主が自分でするなら構わんと思うが、それを街や村の鍛冶を生業とする者に見られたら、二度と関わり合いにはなってくれんわい。鍛冶や製鉄は基本的に寺院の仕事じゃ、神聖な行いでもあり祝福もそれに当たる。小さな辺境の村の鍛冶屋も、寺院で教えを受け許可を貰えば安く材料を送ってくれるしの」


「えと、それってつまり。師匠の住む地域だと寺院が製鉄や鍛冶に加えて、鍛冶の材料まで調達してくれて、硬貨を鋳造もすれば呪いや幽霊も祓ったり、神様にお願いして祝福までするわけ? それ何て超人?」


「別に一人の者が何でもする訳じゃ無いぞ? それぞれ沢山の中から適した場で活躍し、聖職者になる事を目指すのじゃ。この村の様な辺鄙な場所へは滅多に寺院から人は来ないからの」


 話しだけを聞いていると、どこぞの昔の宗教と違って、布教を装って武装勢力を使った多種族の植民地としての支配や、金と権力を巡っての腐敗や闘争等に明け暮れた連中とは比べるのも失礼なくらい、とても縁遠い存在に思える。


 俺の質問に対し師匠は寺院の事を話しながら、妙に含んだ笑みをしているのを見ると、文字通り聖職者を目指す連中(変人)が、集まっているに違いない……表向きは。

 師匠は行商もしているけど街で店を構える商人だ、少しくらい後ろ暗い話も知っているのだろうと、俺は何となく斜に構えた考えが浮かびそう思った。


つづく

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