132話 ヴィアネルにアヴライル
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シャワーを浴びて、多少リラックスした気分になる。
熱い湯船に浸かると、つい「あ゛~」って声が出るの何でだろうね。
風呂に入って頭を空っぽにしたつもりだが、どうやら空っぽにし過ぎていたようだ。
部屋に戻って頭をタオルで拭いていると、スマホに着信とメールが一件ずつ届いていたのに気が付いて、慌てて内容を確認して思わず「あちゃ~」と呟く。
星ノ宮から届いたメールには、自分の代わりに恭也さんの事務所に残った宇隆さんに、無事借りられたコンテナの説明をするよう言伝を頼んでいた筈が、俺にその話をする事を忘れていたと謝罪の内容だったが、寧ろ俺の方が謝りたい。
すっかり件の幽霊騒ぎで頭がいっぱいになり、命名式を迎えた村の子供達のお祝いで振舞う物を、一時的に保管する為にあの場へ行った事を忘れていたのだ。
……最後追伸で『戻ってこない私の下着の事を考えると、ご満足頂けてるのかしら? 返信は要らないから、明日元気な顔を見せるのね』と書かれていて、スマホに向かってその場で土下座する。
明日は何があろうとも必ず星ノ宮へ下着を返却しようと、固く心に誓った。
結局俺は折角連れて行って貰ったのに、碌に説明の会話に参加もせずに早々にぶっ倒れ、ほぼ星ノ宮に押し付けた形になるのだから。
キッチリと星ノ宮には手助けして貰ったから、俺もこの借りを返すべく動かなきゃならん。
借りばかりが増えお蔭でやる事満載で、頭が一気に許容量一杯になりそうだ。
先ずは師匠に、明恵が貰った『魂の石』の事でも確認するとしよう。
例の如く冷蔵庫を開けると、師匠が椅子に座っていた。
何かいつものような好々爺な風では無く、微妙に空気が硬い気がする。
「ふむ、やっときおったか。お主が早い時間に会えそうだと言うから、ワシ昨日も結構待ったんじゃぞ?」
「あ~、それにはちょっと訳があって、遅れた事には謝るよ。ごめんなさい」
祝いの準備もあって、色々忙しいだろう師匠を待たせたのは不味いよな。
まだ若干納得してないのか、少々唇がとんがり気味で髭を扱いている。
それにしても、今日は人の拗ねた顔をよく見る日だ。
冷蔵庫を介さずに、何か連絡を取る手段でもあれば良いのだけど、何か良い手は無いかな? 明恵の方が先に家に帰っている訳だし、何かあった場合伝言を頼む? ……微妙だな。
「一度家に帰ってこないと、こうして顔を会わせるのが無理だし、師匠は何か良い考えは無いかな?」
良い案も無いのでそう素直に聞いてみたら、拗ね気味だった師匠のは苦笑いに代わり、その長い髭を撫ぜる。
「やれやれ、アキートは意外に抜けとるの。遅れるならワシに手紙でも送ればよかろう?」
「いや、遅れるから送るって何か変な言い回しだな。えっと、手紙をそっちにどう送るのさ? 郵便配達なんて届けられる人なんか居ないし、仮に届くにしてもおそ……あ、そっか。本当に送ればいいのか!」
どうもまだ、物の転送を出来る事に慣れていなくて、師匠の言う様に抜けていると言われても仕方がない。
手紙を送るなんて、ここ何年も年賀状や懸賞位しかした事無いぞ。
……スマホのメールでさえ、あまり送る事もしないから(届いたら返事を返すくらいなので)余計に思い付かなかった。
「咄嗟に手紙何て書けそうもない事も在りそうだし、適当に何か近くにある物を送るわ。何か届いたら遅れると思って貰えれば良いかな?」
「うむ、それで良いじゃろ。割符は常に持ち歩く事にしておるしの。これでお主からだけにはなるが、連絡はすぐさま届く訳じゃ」
師匠は俺の考えに満足したらしく、良い笑顔に変わり頷いた。
と言う事で俺は話を進めようと祝いの品の内、食べ物と飲み物は確保したと伝える。
師匠からは追加で、大人達に出す為の酒類を用意できないかと頼まれ、これに関しては高校生の俺に用意できるか微妙だったので、購入出来たらと言う条件で返事をした。
問題は、風呂に入る前に明恵が貰った『魂の石』についてだ。
流石に“こっち側”で、物に命を与えるなんて石が世間に知れたら、どんな事になるか分かったもんじゃない。
シャハが、何故明恵にそんな大層な代物を渡したのか聞いてみた。
「ん? 『魂の石』か? シャハがアキエに貰った『ぷりん』と言うものが、殊の外気に入ったらしくての、何か対価を持って交換して欲しいと頼まれたのでな。ワシが仲買に立ち、シャハの持ち物と交換したのじゃが、……何か不味かったかの?」
「えっ!? あの石ってプリン一つで交換した物なのか!?」
「いや、一つでは無く三つと欠片一つじゃよ。あのような甘い菓子は此方ではかなりの御馳走に当たるし、ワシの天秤にも釣り合ったから問題なしじゃ」
……三つって、もしかして俺が明恵に頼むお手伝い様に買ってくる、お徳用の一パック三個入り九十八円のプリンの事か!?
あんなに凄い石なのに、“あっち側”じゃそんな価値なのか?
「……何じゃ? 何か残念そうな顔をしとるが、あの石じゃと大した事は出来んぞ? 精々物を少しの間動かしたり、たいした力になりゃせんよ。使った後の要素を溜めるのにも、自分で要素を込める必要があるしの」
「物を動かすって事は動力だ……つまりあの石って、電池の代わりみたいなもんか!」
「でんち? それを何が指すか良く分からんが、あれは一定の事を繰り返す時に使うの。あの大きさの欠片じゃと、値段で言えば中銀貨一枚くらいかの? 割れたりせねば何度でも使える。手に入れるにはシャハ程度の腕は必要じゃし、そこそこ骨が折れるがな」
師匠は髭を弄りながら、軽く上を見上げてそう答える。
なるほど、あの石が単三電池だと思えばプリンと交換できても違和感は……いや、違和感ありまくりだ!!
シャハ程度の腕が必要って、あの石は明恵の前でパッと見でしか調べられなかったけど、割と物騒な事をしないと手に入らないのか? 一応価値的な意味では“あっち側”なら問題ないのだろうけど、“こっち側”じゃ異質過ぎてヤバいし、先ず手に入りはしないだろう。
人が生み出せる動力って、何なのそのクリーンで環境に優しいエネルギーは? いったいどれくらいの力があるのか分からないけど、ぬいぐるみをあんな風に動かすって結構凄くね?
もっと良く調べるのに、明恵に頼んで借りてくればよかった。
「物を動かすか、師匠も同じ様な石は持っているんだろ? 普段どういう風に使ったりしているんだ?」
「そうさの、たいした使い方はしておらん。ワシの家だと、日中の暑い部屋の中で扇を扇ぐ道具を繰り返し動かす時や、井戸の水汲みの部分に仕掛けがあって、それに使うと水を汲む桶がスルスルと上ってきて、腰に負担が掛からず便利じゃよ」
他にも生活の便利道具として活用されているらしいが、『清涼の腕輪』の様な特定の属性を持った道具とは、その需要と希少性から価値が異なるそうだ。
大きな街の寺院では、時の流れを知らしめる有難い道具に使われ、街で暮らす民へもその恩恵を振りまいている……要は時計の様な物もあるらしい。
まさに此方で言うところの、電力に近い使われ方をしている。
「師匠の話を聞くと、他にも色々使い方が出来ると思うけど、大きい物は見つかり難いのか? 物を動かす力が強ければもっと便利な物を作れるだろ?」
「そうさの、ワシの知る中で大きな物と言えば、城の門や街の門を開ける為の物。つまり大掛かりな仕掛けが必要な場所ばかりじゃな。特に大きな石となると、大抵は国が買い上げ管理しておる」
「ところで、その石ってどこで手に入れるんだ? さっきシャハの腕がどうとか言っていたけど……」
俺は気になっていた事を聞いてみた、そんな国が買い上げる様な物なら誰だって手に入れようとする筈だ。
ただ師匠の口ぶりだと、それなりに流通はしているようだが、ただの便利な道具から脱却してないのが不思議だった。
今の“こっち側”じゃ物を動かす力と言えば、代表的なのは電気の力で、生きるのに必要な物として水や空気にも匹敵しえる。
現代社会からそれが消えれば、大変な事になるだろう。
比べる事が間違いかもしれないが、人の欲を刺激するには十分に違いない。
「割と運が良ければ、手に入れるのは容易なんじゃがな。前に風邪精の話はしたじゃろ? あれと同じように落ちているのを拾う事も在れば、街を出て砂漠や野山に居る獣や、邪獣が死ぬと手に入る事がある」
「それでシャハの腕ならとか言ってたのか。それなら徒党を組んでその獣なり邪獣なりを狩れば、いっぱい手に入って大儲けだろ?」
師匠は俺の話を聞いて、困った様な顔になる。
師匠は狩人じゃなく、商人だからこう言った話は好きじゃないのかも?
「じゃが数人がかりで倒したところで、石の手に入る数は微々たるもの。怪我や人死にがでれば儲けても割に合わん。人を多くすれば頭数が増える分儲けも減る。しかも無為に殺すと“念”が残り、風邪精の様な“呪い”が生まれ地が穢れれば獣は邪獣に成り、邪獣はより強い魔獣へと変化を遂げる」
そう言って話し終えた師匠は、手の平で疲れた表情の顔全体を揉む様に撫でた後、テーブルの上に乗っていた水差しからコップに中身を注ぎ、飲み込む。
その時の師匠の顔は、何か苦い物でも口含んだように見えた。
つづく