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129話 抱いた感情は誰のモノ

ご覧頂ありがとうございます。


※残酷な描写があります。不快に思われる方は読まない事をお勧めします。

 何もない昏い空間を見て、その得体の知れなさにゾワゾワとした悪寒と不安に駆られ、周り全てに堪え難い『怖い』という感情を覚える。

 今になって、夜道で伊周の操る守弘の幽体に襲われた時よりも、体が震え怯えている自分に驚くが、それを止める事が出来ず体が強張り蹲ってしまう。

 今はただ、誰かに縋りつきたいほどの『恐怖』が俺を支配していた。

 ただ此方をじっと見つめてくるあの顔と、黒い瞳が頭から離れない。


「おい! 石田、お前いったいどうしたと言うんだ!? 確りせぬか!」


「怖いよ……助けて。それにここはとても寒いの」


「っ!? まて、お前は何を言っている!? 馬鹿っ、離せ石田! お前は今正気を失っている。落ち着け!」


 体の自由が利かず、宇隆さんにしがみ付く様に抱き付いた。

 自分で感情の制御ができず、唯怯え翻弄される。

 何故こんなに怖いのか、それに酷い寒さを覚え鳥肌まで立ち訳が分からない。

 宇隆さんは必死に俺を剥がそうとするが、俺の何処にこんな力が在ったのかと思う程に対抗し、まるで誰かに体を乗っ取られたような気分だ。

 湧き上がる感情は怯えと恐怖、それに痛み……助けて……っこれは俺の意思じゃねぇ!

 俺と宇隆さんの異変に気が付いた静雄が、やっと来た。


「むっ? 星ノ宮の所へは行かず抱き合う。お前らいつの間にそんな風に……と言う訳ではなさそうだな」


「何を……馬鹿な事を言っている! 早くお前も……手を、貸さぬか! まるでびくともせん。石田は、いったい何処にこんな力を」


「あ゛ぁぁぁぁぁああああがあああああっ」


「むう。明人、良く分からんが許せ。訳は後で聞こう」


 そんな静雄と宇隆さんの声をどこか他人事のように聞きながら、俺の意識は暗転した。





 ここは、どこだ?

 随分と薄暗いし、もう夜か? それに雨? 今日は一日中晴れじゃ無かったか?

 見えている場所は……あのポストとコンビニは見覚えがある! 確かに駅前通りで間違いないが、絶対に変だ。

 見えている景色がおかしい、まるで俺の体が縮んだみたいに視線が低い。

 しかも、周りの音が聞こえない上に勝手に歩いている。

 ……いつから俺は、紺のスカートを履く変態に!?


 って、トラックが横ギリギリを通り抜けて危なっ!?

 おわっ!? そうか! 持っていた傘が風圧で煽られてってヤバい! 手を離せばっ、転んだ拍子に路上に飛びっ! 向こうからライトが、当たる……!!


 やたら全身が痛い気がするが、誰かが抱き上げ起こしてくれた。

 もしかして、何とか助かったのか?

 まて、まてまてまて、ここ何処だよ? 明らかに病院とかじゃねえし。

 はっ? え? ちょっと待て、まさかその中に投げ込む気か!?

 馬鹿野郎! 俺はまだ生きているのに殺す気か!?

 止め、ちょっマジで止めろって! 誰かいないのか? おい、助けろよ!

 本当に死んじまうって! ダメだ! お願いだから止めてくれーーーーーー!





「はっ!」


 目を開くと、濁流に投げ込まれ溺れた『記憶』を思い出し、鼻と喉を塞がれるような息苦しさを覚えると同時に、胃の辺りから吐き気が込み上げる。

 酸っぱい味を舌に感じながら、考えた事は一つ“俺を殺した奴”は『絶対に許さねぇ』だ。


 ……で、ここは何処なんだ?

 辺りは真っ暗で良く見えんし、一応どこかの部屋のベッドの上だと言うのは分かるが、この部屋の間取りには覚えがない。

 妙に澄んだ空間で空調が効いているのか暑さは全く感じなく、荒んでいた気持ちも少し納まり楽になったくらいだ。

 ただ、起き上がろうとして、体中が寝汗でべっとりとしている事に気が付き、溜息がでる。


「……シャワー浴びたい」


 思わずそんなぼやきを呟くが、上着のポケットにって着ていた制服が脱がされていて、近くには見当たらないので『窓』を開き、所持品欄からスマホを枠に選び手元に呼び出す。

 着信無しメールが三件、時間は二十時十三分、あれから結構な時間が経っていたらしい。

 とりあえず静雄に電話し、今何処に居るのか確認だな。

 静かな部屋の中に、電話のコール音が響く。


「静雄か? 今何処に居る? それと俺は何処に運ばれた?」


「起きたか明人、心配したぞ。今は恭也さんの事務所で、お前も同じだ。部屋を出てみれば分かる筈、皆待っているぞ」


「分かった、直ぐそっちへ行く。迷ったらもう一度連絡するから迎えに来い」


「ふむ……冗談が言えるなら大丈夫だな」


 そう言って静雄は電話を切った。

 ……ここって、恭也さんの事務所だったのか。

 どおりで妙に空気が澄んでいる訳だ、居場所も分かり気も落ち着くと電気をつけて、制服の上着を掴み部屋を出て昨日集まった場所を探す……。

 

 暫くして、皆の集まる所へと着いた。

 俺が寝ていたのは物をあまり置いてない簡素な部屋で、きっと客間か何かだったのだろう。

 そんな事を思いながら、集まっていた皆を見ると星ノ宮の代わりに瀬里沢がいて、軽く右手を上げて挨拶してくる。


「おはよう石田君、漸く眠り姫の御目覚めだね。いや、眠れる王子かな?」


「王子ってガラじゃないからな、それは瀬里沢に譲るわ。それから皆何かスマン。俺の用事に付き合わせていたのに、本人が寝ていちゃ意味ないわな。それと、恭也さん、変な風に押しかけちまって悪い」


「僕は別に構わないよ。それよりも気分は平気かい? 大丈夫なら君からも何が在ったのか詳しく話を聞きたいのだけど、良いかな?」


 本当に何でもないかのようにさらっと受け答え、恭也さんは空いた席を示す。

 どうやら端っこでは無く、そこへ座れとの御達しらしい。

 本当は静雄の隣辺りが良かったが、ここは家主に従って大人しく座るとしよう。


「ふむ、さっきは本当に驚いた。お前が宇隆に抱き付いていた時は、何が起きているのか分からず、自分の目を疑って二度見直したぞ」


「安永! それはもう良い! あれは間違いであって、石田の意思では無かろう。それで今は平気なのか? あの時のお前は酷く怯えていて、普段のふてぶてしさが全く無かったからな」


 ちょっと普段はそんな風にからかって着たりしない静雄が、あの時の痴態を楽しそうにしながら話してくる。

 確かに、思い出せば柔らかかった等思わないでないけど、今話す必要は無いし宇隆さんだって……恥ずかしいだろ!


「いいか良く聞け? 静雄、アレは俺の意思じゃ無くてだな、上手く言えんが誰かに操られたような~その何だあやふやで変な感じだ。たぶん、あの時みた女の子が原因なんだと思う。あまり突っ込むな」


「そう、本当に抱き着いたの……」


「ふーむ、実に興味深いね。石田君が彼女に抱き付くなんて、よっぽどだったに違いな……いや、ごめん。それで、その女の子って言うのは?」


 黒川も瀬里沢も止めて下さい、恭也さんも地味に口元に手をやっているの見えてますからね。全く気を抜くと、こいつらまた話を掘り返されそうで困ったもんだ。





 ――それから俺は、あの時見た女の子の事と夢の中で体験した“俺が殺されるまでの記憶”を語った。


「つまり、その女の子は既に……」


「ああ、胸糞悪い話になっちまうが、きっとそう言う事なんだろうよ。相手を見つけ絶対に許しゃしねぇ」


 再度湧き上がる感情に、俺は握った右拳を左手に打ち付ける。

 こんな気持ちは初めて湧いたが、これがきっと怒りよりも強く相手を憎む思い、殺意って奴に違いない。


「ふむ、だがどうやって見つける? 今聞いた話だけでは相手の顔も分からなければ、証拠も無い。分かっているのは雨の日で、薄暗いと言うなら夕方以降。それも本当に起きた事なのか確認をとれん」


「アレが、あの記憶が間違っている訳がねぇ! 今だって覚えている。あの痛みと冷たさ、喉と鼻に絶えず流れ込んでくる泥水と息を塞がれる苦しさ! それをお前に分かると言うのか!?」


 俺の話を冷静に聞き対処する静雄に、酷く苛立ちと怒りが湧きそう怒鳴る。

 分かって欲しい、あの助けを求めて無残に投げ捨てられ殺された悔しさを。

 誰でも良い、この感情と苦しみから救って欲しい。


「掛かった! 皆良くやってくれた上手くいったよ。随分と深くまで潜り込まれていたから、揺さぶって表層まで誘き出さないと、手出しが出来なかった。だが、ここまでくれば僕でも対処できる。さあ、石田君から離れなさい。そこはとても居心地が良いのだろうけど、キミはもう死んでいるのだからね」


 掛かった? 揺さぶる? 恭也さんはいったい何を言っているんだ!?

 そうして予め部屋に仕掛けていたらしい符を恭也さんが起動させ、それが驚く俺に貼りつき一瞬で動きを封じる。

 これは、瀬里沢の家の庭で伊周を封じた時の緊急束縛符か!?

 そう思い焦って俺に貼りつく符を見るが、あの時の物と若干違ったようだけど、その効果は間違いなく発揮された。

 俺の体の中から、あの時見た女の子が符に守られるように浮かび上がる。


「……何が起きているのか分からんが、符だけが浮いて見えるのは何とも奇妙だな。それと、この臭いは、随分と、キツイものがあるな」


「安永君、これを見てそんな感想しか出てこないのかい? 本当に凄いよ! 僕はこの勾玉を持っているから見えるんだけど、本当に、石田君の中から、女の子が……酷い。ボロボロの姿に、あんな風になれば、苦しい、訳だよ」


 静雄も部屋の中に居た皆は一様に顔を顰め、鼻を押さえていた。

 瀬里沢には俺にも見えている“この子”の姿が分かるらしい。


 出てきた女の子は、恭也さんの『言葉で思い出した』かのように、その姿を徐々に変え、柔らかそうだったその肌をぶよぶよにさせ、膨張し崩れさせていく。

 綺麗に結んでいた髪の毛もみるみるボサボサになり、服も破け泥に塗れ原型が残って無い。

 部屋の中にはその過程から生じる臭いが立ち込め、鼻が直ぐに馬鹿になった。

 既に顔には面影も見えないが、その想いは伝わって来くる。


 この子に在るのは痛みと寒さに苦しさ、一番は寂しさの気持ちがあるだけで、怨みはまだ抱いていない。もしかするとその感情自体分からないのかも知れない。

 この子はただ、助けて欲しいのだと分かった。

 俺が先程まで抱いていた怒りはこの子の気持ちなどではなく、俺の中から湧いてでた感情でしかなかったと気付く。


つづく

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