128話 悲しき瞳
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『どう話せば納得させられるだろうか?』
そんな風に考えていた事が表情に出ていたのか、静雄や星ノ宮に宇隆さんは顔を見合わせると俺から視線を外し、再度静雄の持っていたコロッケを攻略すべく食べながら、「このコロッケを二百二十人分って、随分中途半端な数よね? そんな数から連想する物ってなにかしら?」なんて呑気に相談をし始めている。
どうやら俺に少し考える時間をくれるらしいけど、下手な言い訳なんて効かないだろうし、この後も理由を話さず買い物を続けるのなら、最初からこの人数で買いに来たのがそもそも間違いだった。
買った物の個数の問題を解決する方法は、こうして買う前に思い付かなかった時点で破綻していたし、どこかまだ浮ついた気分が抜けていなかったに違いない。
幾ら頭を捻って考えた所で、予約した惣菜やこれから買いに行く予定の物を“どうやって持って帰るのか”更に言うなら、そんな数を必要とする説明を三人に誤魔化してするなんて、今の俺には到底無理だ。
もう嘘を吐くよりも、ここは素直に師匠に頼まれたと話すのがベストか。
溜息が自然と出てそれが合図となったのか、それまで俺がどう答えるのかを予想して話していた星ノ宮達は、お喋りを止め俺に向き会う。
「石田君、貴方が何を心配しているのか良く分からないけど、私達は別に貴方を困らせようとしている訳じゃ無いのは分かって欲しい。ただ、誰だってどうしても話せない事も在るだろうし、聞いて欲しくないのなら私は何も聞かないし、気にはなるけど黙って付き合うわ」
「まあ石田にも事情がある、どうするかはお前が決めるがいい。私も手助けをすると言った手前、これ以上は何も言うつもりは無いぞ」
何ともまあ……確かに結構濃い時間を共有はしたが、こうも俺の気持ちを優先してくれるとは~って、宇隆さんは“仕方がない奴だ”的な顔で頷いているけど、星ノ宮は妙に楽しげに俺の事を見つめ、何か企んでいるのでは? と思わず勘ぐってしまう。
「……お腹、空いた?」
「流石にあの数を聞いて俺も少々驚いたが、何事も挑戦するのは良い事だ。限界を超え食うのに困ったら、俺も少しは協力しよう」
黒川、いくらなんでも食いかけのコロッケを差し出すのは止めてくれ、それに腹が空いたからって、あの数を普段は頼んだりしないぞ?
静雄よ、お前は何か凄い勘違いをしているし、どれだけ食う気満々なんだ!?
二人のかなりずれた台詞に、何て言われるか気張っていた俺が、何だかバカバカしく思えてきた。
「ハァ、今更お前らに隠し事をする必要なんて無かったな。実は師匠から頼まれて用意する事になったんだが、数が多くて運ぶ方法とか頭からすっぽり抜けててさ、考えたのが一時的にでも保管できる場所を借りて、そこに運び込むのが最良なんだけど、悪いけど手伝ってくれるか?」
こうして黙っていた事を話せて、どこか胸のつかえが下りた気分だ。
話したところで返って来た答えは『YES』だった。
それよりも「そんな単純な事でお前は悩んでいたのか?」と、宇隆さんにまで呆れられてしまう始末。
きっと秋山もこの場に居れば「バカね~」とか言われ、例の如く“案ずるより産むがやすし”と諺の一つも垂れていた事だろう。
悩みも一つ片付き、俺達五人はそのまま小売店の『スーパーミラクル』へ向かったが、ここでも同じ問題にぶつかった。
果物に関してはそのまま箱で何種類か選び、飲み物も念の為に多めが良いと考えて、昨日相談に乗ってくれた店長を捉まえ、購入したいと頼んだ。
個人でそんな数を買っていく人はほぼいないので、かなり驚かれたが二日後までには問題なく揃えられると、あっさり話は終わった。
しかし、飲み物を冷蔵庫等で冷やす事は流石に出来ないと言われ(倉庫は外よりは熱くないとは言えそのまま箱で積んであり、店内の冷蔵庫等で全て冷やすにはスペースが無い)、持ち帰りの際店の外までは運んでくれるけど、やはりここでも車が必要となる。
これらの悩みを一挙に解決してくれる事になったのは、少しの間別行動をしていた星ノ宮の「石田君、先程から色々と買い込んでいるけど、貴方が危惧していた倉庫も搬送の問題も手配が付いたわ。先ずは倉庫の方を確認しに行きましょ」といった鶴の一声で、いつも校門まで迎えに来ているあの車に乗り、目的地の星ノ宮が『押さえた』と言う倉庫へ向かっている。
滑るように静かな走行で進む車に乗り、俺達五人は快適な座席で寛いでいたが、まさか買い物が済んだと思ったら、とんとん拍子に次は倉庫まで借りる事になるとわ……。
改めて、麓谷市での星ノ宮家って奴の結構な影響力を認識させられた。
あれから十五分ほどして、少し街外れにある建物の前に着く。
まだ夕方って言うには暗くないが、時間的には十六時を半ば過ぎていた。
この辺は住宅街から少し離れ、視線をずらせば山も見え奥の方は森と呼べるかもしれない。
ただ、他に建物が無いせいかポツンとしていて、妙に寂しい印象を受ける。
道路の舗装も少し先に行けばアスファルトからただの剥き出しの地面へと変わり、街灯などもかなり疎らにしかなく、夜はかなり暗そうだ。
「着いたわね。ここの倉庫の一つを借りられる事になったから、先ずは受付に行きましょ。田神、先導を任せるわ。お願いね」
運転席から先に降りてドアを開け、俺達が降りるのを待っていた田神さんは星ノ宮にそう言われ、ドアを閉めて頭を下げると先頭になって中へ入っていく。
先程まで元気の無かった黒川も、外に出て自然の空気に触れ少しはリフレッシュしたのか、例の如くデジカメを取り出し建物やその奥に見える森を撮影していた。
建物自体もそれほど新しい訳では無いようで、門から敷地を囲う様にある塀などかなり草臥れてみえる。元は白い塀だったのが、罅割れに雨や汚れが浸透してくすみ、それが余計にこの建物を古臭く感じさせる原因になっているに違いない。
そんな風に辺りを見回していると、置いて行かれそうになり慌てて皆を追いかける。
受付に行く途中、数台のトラックと倉庫から荷物をトレーに乗せフォークリフトで運んでいるのが見え、それなりに人の出入りはあるようだ。
先に進む星ノ宮達に追いつくと、どうやらここの会社の人らしき若い男性が名刺を渡しているのが見えた。
「お待ちしておりました。この度は我が社をご利用下さりありがとうございます。ご希望の冷蔵倉庫までご案内しますので、どうぞこちらへ」
大凡の話はついているらしく、既に冷蔵倉庫まで借りる算段も終えている。
……今更だが、金額を聞くのが怖い。
案内の男性の後に続いて、田神さんを先頭に俺達も着いて行く。
建物内を歩いて倉庫へ行くと思ったら、どうやら違ったようで俺達が入って来た入り口を出て、トラックが止まっていた場所を横切り建物の正面からは視えない位置に、細長いコンテナ倉庫が並んでいた。
俺が昔小学生の頃社会科見学で見たような、広い部屋の中に沢山の棚があり、部屋全体が冷蔵や冷凍に出来る大掛かりな施設を思い浮かべていたが、どうやら勘違いだったらしい。
このコンテナ基地とでも呼べそうな場所は、一般にも貸し出ししているレンタル倉庫で、料金も日割りから月極めと自由に選んで支払えるシステムだそうだ。
この場所は水捌けが悪いのか、大きな側溝が周りを囲っている。
物珍しく俺はそのコンテナが並ぶ周りを見回し、黒川は相変わらずデジカメを覗きながら周りを撮影し、隣に居た静雄は「ふむ」とか言いながら、コンテナの壁面を叩いたりしていた。
「静雄、叩いて何か分かるのか?」
「ん? どのくらいの頑丈さなのかと思ってな。特に深い意味は無い」
「お前らは何を遊んでいる? 保管場所が必要だと言ったのは、石田、お前のはずだが、説明を聞かずに大丈夫なのか?」
右手を腰に当てながら、そう言って俺に確認する様に話す宇隆さん。
星ノ宮は先程からずっとニコニコと笑顔で、案内の男性の話を聞き対応していて偶に「そうですの」とか「分かり易いですわ」等と、二人の話し声が聞こえてくる。
それに田神さんから視線を偶に俺に向けられるのだが、気付いた途端スッと自然な動作で元の視線に戻っていて、星ノ宮の後ろに控えているのだ。
ちょっとアレに加わるのは気が重い。
「いや、何と言うか視線が……」
「視線? お前は偶に変な事に気を使うな。視線がどうした? そんな事より今必要なのはお前も一緒に説明を聞き、確認する事だろう? ウダウダ言わず行け!」
そう宇隆さんに言われ、隣でフッと笑った静雄の肩に軽くパンチを食らわせ、説明を聞きに行こうと少し離れた途端、不意に視線を感じた。
また田神さんか、俺に何か言いたい事でもあるのかな?
そう思って視線を感じた方へ頭を向けると……目が合った。
年の頃は明恵より少し小さい位だろうか? 少し前の魔女っ娘のキャラがプリントされたTシャツに、短めのスカートを履いた女の子。
コンテナと建物のほんの隙間から、此方をじーっと見ている。
場所が悪くコンテナと建物の間の陰に居るせいで、それ以外一緒に誰が他に居るのか分からない。
こんな場所に、子供を連れてきている家族でも居るのだろうか?
妙に青白い顔をしていて、まるで真冬に見かけた人の様。
ただ、あの子の瞳だけが印象的で何故か目を逸らせない。
もう少し先、後一歩進んで奥が見えれば様子が分かるかも……。
と、その時肩を強い力で掴まれ後ろへ勢いよく引っ張られる。
突然そんな事をされ吃驚して振り返ると、俺の肩を掴んでいたのは宇隆さんだった。
「石田、どうかしたのか? あまりそこから身を乗り出し過ぎると、側溝の下へ落ちて怪我をするし危ないぞ?」
「あ、いや。そこに女の子が居て……」
「女の子だと? 何を寝ぼけた事言っているのだ? ……誰も居らんではないか。そもそもそっちはコンテナが邪魔で人は入れんぞ?」
「え?」
「だから、そこへは誰も入れんと言っている。そうだな、コンテナの上にあがって反対側へ下りれば可能だが、そんな薄暗い場所足元も定かではないから、下手をすれば着地で怪我をするし、そのまま側溝にまで落ちれば大怪我だぞ」
そうは言ってもあの子はいた筈、振り返ってもう一度確かめると、其処にはただコンテナと建物の影が重なる様にして濃い闇を作っていた。
つづく