126話 消えない鎖、見えない鎖
ご覧頂ありがとうございます。
周りが何処なのか、よくわからない。
だけど、両手に繋ぐ相手の手をにぎった感触と温かさ。
それに耳に届く大人たちの会話から、その先へと続く歌詞が思い浮かんだ。
か~ごめ かごめ か~ごのな~かのと~りぃわ
い~つ~ い~つ~ で~やぁる よあけのば~んに~
■■■、■■る、■■■■■わる。
■■ちゃんと、■■■があ■■■■■■。
■■■■■わり■■■■■?
つ~る つ~るつっぱいた~
■■、やめて、■■■■■■■■。
う■■■■■て、■■■いない。
■■■■■ゃ■■。
うしろのしょうめん だ~あれ~……
「――川、黒川! ……起きたか? お前、酷く魘されていたようだったぞ? よくもまあ、この暑い日差しの中で寝ていられるな。先ずはその汗を拭け」
「汗?……宇隆さん? 私……ここは、教室?」
心臓がドクドクと早鐘を打って、先程の事を思い出そうとした。
場所どころか周りは全てあやふやで、誰かと遊んでいた様な気もする。
けど、いったい誰と? ……覚えがない。
暑すぎたのか、すっかり喉が渇き出した声も掠れていた。
「大丈夫か? 秋山からメールは来ているな? 奴は参加しないそうだが、そろそろ石田と安永が下で待っている筈だぞ」
「真琴、黒川さんは起きたかしら? ……貴女酷い汗よ、これを使うといいわ」
廊下側の席に座る星ノ宮さんが、眩しそうに手を翳しながら窓際にある私の席に近寄り、心配そうな表情でポケットから仄かに甘い香りのする白いハンカチを取り出した。
唇を舌で湿らせると、少しだけ口を動かすのが滑らかになる。
「……ありがとう」
ここは二年D組の窓際の前から二番目の席で、いつの間にか私は本を読みながら居眠りをしていたみたいだ。
星ノ宮さんがハンカチを差し出してくれたので、変に遠慮するよりそのまま受け取り額の汗を拭う。
起きている時は両手で持っていた筈の、瀬里沢先輩から借りた撮影用器具とカメラのカタログは、頭と腕に潰されたせいで織り目がついていた。
折角借りたのに……後で返す時に謝らなきゃ。
「洗って返す。ありがとう」
「別に構わないけど、貴女がそう言うなら任せるわ。……そう言えば石田君には、アレをまだ返却して貰ってないわね。もう忘れているのかしら?」
私の返事にニコッと笑った後、「ん?」と呟き星ノ宮さんらしくない仕草で米神に人差し指を当て、思い出したように言ったのは“あの時の物”に違いないと、直ぐに浮かんだ。
石田君はどうしてまだ返してないんだろう? やっぱり彼女の言う様に忘れてしまっているのかな?
「全くあの男は……。やはりあの後奴の家まで着いて行き、取り上げるべきだったな。奴の事だ、変な事に使ってはいないと思うが、待つのにも限度と言うものがありましょう! そうと決まれば早速」
「あら? 真琴、貴女の言う“変な事”ってなにかしら? 私には良く分からないから説明して頂戴。黒川さんもそう思うわよね?」
そう言った星ノ宮さんの獲物が掛かったと言わんばかりに、口の端をニィッとつり上げるのを見て、最近少しだけ彼女の性格が分かって来た気がする。
返された宇隆さんは、口をパクパクさせて両手を前に突き出し否定するけど、薄らと頬が赤くなってきているのが分かる。
……そんな所が余計に星ノ宮さんを喜ばせるのに。
「秘密」
「フフフ、そう。良かったわね真琴。貴女が何を思ったか分からないけど、黒川さんは秘密だそうよ。そうだ、良い事を思い付いたわ。黒川さんの言うその秘密、私達も共有したいとは思わない?」
星ノ宮さんは、兎に角気に入った人を困らせるのが好きだ。
困らせると言っても、それだけでその先は求めて無い。
普段は絶対そんな事をしないので、私もだいぶ慣れたのかも。
主に犠牲になるのは宇隆さん、それと秋山さんか偶に私。
後は石田君だけ、安永君と瀬里沢先輩が対象になった所は見た覚えが無い。
「奏様! 黒川も困っています。その様に我等をからかうのは止して下さい!」
「どうして困るのかしら? 本当におかしな真琴。ね、黒川さん」
「……宇隆さんは可愛い」
「わっ私が、かっかわ、可愛いだと!? 黒川、お前まで私を弄ぶ気か!?」
益々赤くなり、動揺する宇隆さんのその姿が可愛らしくて、星ノ宮さんと顔を見あわせ少しの間笑い合う。
あの事件が起きてから、普段私に話しかけてくる人は稀だったのに、こうして最近はこの三人で昼休みはお弁当を食べ、放課後の予定を話す。
更に言えば、隣の席の浅野さんとは朝の挨拶を交わせるようにもなって、これも全部、あの時助けてくれた石田君のお蔭だと思っている。
あの日、兼成さんに偶然会い、公園で言われた事は残念ながらほぼ当たっていて、否定する要素が見つからなかった。
依然として私個人に用のない人以外、他の誰からも視線を貰う事はない。
だけど、あの事件の犯人が私で無いと分かった次の日、クラスの皆が集まって私を疑っていた全員が頭を下げて謝ってくれた。
その事を許す許さないよりも、私のこの変な体質のせいで用がないと見向きもされない筈なのに、その時だけでも“私に謝る気持ち”を持っていた事が分かって、十分だと感じたのだ。
それ以来、待つのではなく私から話かければ良いと、少しだけ勇気が湧いた。
「黒川さん、貴女今とっても良い笑顔よ。心から笑えている、そんな表情をしていたわ。さて、真琴で遊ぶのはこの辺までね。殿方を待たせてやきもきさせるのも良いけど、彼はたぶんそんなタイプじゃないから、きっと今頃“遅いっ!”て、ぼやいている頃ね」
「……そうですね、もういいですからさっさと掲示板前へ行きましょう」
ふくれっ面になって、少しぶっきら棒に答える宇隆さん。
そんな所が……ダメ、今湧き上がってきた気持ちは危険。
宇隆さんその仕草は態となの? 狙ってる?
「もう、真琴はすっかり拗ねちゃって、けどそんな所も好きよ」
「はぁ~、黒川、お前はこのような風になってはいかんぞ?」
「私は私、星ノ宮さんみたいになりたくても、なれない」
「……そうだな、お前はお前だ。他の誰でもなく、また他の誰かの代わりにも甘んじてはいかん。黒川は黒川なのだからな」
――は、代わりにも成れないのだからな
「っ!?」
「どうした黒川? 急に立ち上がって頭を押さえるなど、まるで瀬里沢のような動きだったぞ」
「……真琴、それは言ってはダメよ。窓際で日にあたり過ぎたのかしら? ……熱は無いようね。黒川さん貴女、本当に大丈夫なの? 今日の散策は止めた方が――」
「大丈夫、耳鳴り」
「耳鳴りって、お前頭を押さえて無かったか? やっぱり帰るか?」
さっきの“声”は……。
「貴女が大丈夫なら構わないけど、少しでも変だと思ったら途中でも今日は帰りましょうね。真琴、田神には何時でも出られるように伝えなさい」
「分かりました。黒川、無理はするなよ?」
――放課後、昼休みに予定を聞いたりしたのだが、あの後秋山は本格的に拗ねてしまって話を聞けず、静雄は水曜以外基本的にフリーなので、そのまま着いてくるようだった。
瀬里沢は昨日恭也さんの事務所へ行けなかったので、聞きたい事も在るから一人で行くとか言っていたけど、D組の三人は秋山と一緒では無く俺達について来ると、待ち合わせ場所は玄関の掲示板前でと言ってきたのだが……。
「来ねえな。静雄、あいつら遅いから置いて先に行っちまうか? 俺も最近割と忙しいんだよ」
「ふむ、先に行くとお前が決めたのなら止めはしない。が、その後について俺は知らんぞ」
「えっ? そこで引いちゃうの? ……仕方ないな。暇潰しに何かする? しない? あそう」
静雄の言う通り、俺だけ先に行って後で煩く言われるのが予想され諦める。
余りに暇なので、掲示板に張られているクラブ活動案内やその部員の募集、更に校内新聞へと流しながら目を移していく。
「ふ~ん、貼り出した日付は昨日か。静雄はこれ読んだか? 夕方頃に三年のカップルが下校中に誰かに襲われたってよ、物騒だよな~」
「ふむ、確かに。だが俺は、このオカルト研究部が本当に在った事に驚いている」
そう言われて静雄の指す場所を見ると、本当に小さく紙が張り出され、部員の募集と活動案内が、とても小さく丁寧な字で書いてあった。
既に貼るスペースが無かったのかも知れないが、これじゃあ見てくれる人もあまり居ないだろう。
だが、今はそれより、さっきの校内新聞の記事が気になる。
「え~と何々、被害者は先日の土曜部活帰りの午後八時過ぎ二人で帰宅途中、突然横から飛び出してきた何者かに突き飛ばされ、そのまま転倒。その際にカッターの様な刃物で制服を斬られる……か、土曜なら俺らには関係ないな」
俺達が襲われたのは金曜で、土曜の夜八時と言えば既に方が付いて伊周も俺の『窓』の中に入っていたしな。
単なる愉快犯か大方このカップルのどちらかへの嫉妬か報復じゃね?
「それによ、下校時間が夜八時ってありえねぇ。その間このカップルの二人はドコでナニしてたんだよ? こりゃ天誅だな天誅!」
「うむ。それよりこちらの“自動販売機突然の解体ショー!?” こっちの方が見出し的に大きいし、話題性がある。昨日の朝はその事で教室が騒がしかったしな」
確かにあれはインパクトのデカい出来事だったな、俺は直で見て無いけど一応メーカーが被害届を出したそうだが、まあ犯人は捕まらないだろうな。
なんせその犯人、俺達で既に御縄な訳だし。
そんな会話をしながら、俺と静雄は三人が来るのを待っていた。
つづく