125話 人生の暇潰し
ご覧頂ありがとうございます。
※今回のお話には人の死が含まれています。
不快に思われる方は読まない事を推奨致します。
ふむ、やはり同情では靡かなかったか、しかしあれ以上の事を可愛い娘にするには理由がない。
苦肉の策だったが、まだ始まったばかりだ。
焦る事も無いし既に種は撒いた後、どう芽吹くかは楽しみに待っていれば良い。
「そうか、石田君は良い返事はくれなかったか……。まあその辺はある程度予想通りだから、別に構わないんだけどね。それで他に何か言っていたかい?」
「そうですね、黒川さんがとても父様の仕打ちに対して憤慨していましたけど、あの子にいったい何をしたんですか? 最初の反応からすると僕の話を信じたくないと表情が語っていました」
舞ちゃんか、あの子も他の人間とは変わった数奇な人生を送っている筈だ。
何故あの子とあそこで会ったのか、少々驚いたくらいだった。
そうあれは遡る事――
当時、高野宮の次期当主候補にまで上り詰めた友人に頼まれて、本家のある麓谷市の事を探っていた頃、あの地を霊的に守護していた血筋である水鏡の先代が、謎の死を遂げてその死に関わっていたらしい人物を、序に洗っていた。
そこで挙がって来た数人の名前の中にあった一つが黒川だ。
写真でも顔を確認し、押さえようとしていた矢先。
更に言えば態々人を雇うまでも無く朝刊の新聞で、その男も直ぐに水鏡の先代の後を追う様に“事故”で亡くなっていたのを知る事になる。
名前の挙がっていた者は例外なく、皆、死から逃れられはしなかった。
他の者の死も特に不審な点や不自然さは無く、日付も時間も死因さえも全てばらばら、共通点は深夜の事故での死亡と言う事だが、別段珍しくも無い。
これでは偶々麓谷市で数人の市民が亡くなっただけで、誰もその繋がりを探したりなどしないだろう。
あまりにもタイミングが良すぎたので、友人に「やったのかい?」と聞いてみたが、返って来た返事は「今回は本当に偶然だし、まだ無理だよ」との事だったので、別の“何かの”仕業だと思うが、こちらに害は無かったから肩透かしを食らった分、あっけなく済んだ。
仮にその“犯人”を追うにも、余程この亡くなった数人と親しくなければ、変に思う者も出ないくらいの小さな繋がりしかなく、やがて諦めそれも時間と共に風化するに違いないと放って置いた。
結局人伝ではそれ以上の収穫は得られず、件の守護に関しては一応隠居していた先々代水鏡当主が復帰し、維持されたようで落着。
全く楽しみは無かったが気晴らしにはなった。
それ以上の騒動が起こるもなく麓谷市の追加調査は一端打ち切り、年に一度定期報告のみを継続する手配を済ませ、唯一事故後に生存していた黒川の妻子の事は、念の為一度直に会ったくらいだ。
だけど、あの人集りの中で一目見ただけなのに“ああ、あの時の彼女だ”と直感が囁いていた。
「……これも、あの時直ぐに動かず“助けなかった”因縁なのかねぇ。ついつい余計なお節介をしたら、恭也にも繋がっていたとは僕も驚いたものさ。偶然、いや麓谷だった時点で必然だった?」
「父様は、あの子と以前に会っていたのですか?」
「覚えて無いだろうがね。なんせ彼女はベッドの上で意識は戻らず、生死の境を彷徨い今にも死にかけていた。……随分と痛々しい姿だったよ」
「……そう、ですか。それでそちらはどうなったのですか?」
僕の話を聞いていた恭也は何故か返事に詰まり、こちらの現状を確認してくる。
まあ、こちらの事は序でしかなく、本当に知りたいのは“彼の事”だろうけど、それには気が付かないふりのままで話を進めるとしよう。
「こちらは気にするまでもないね、相変わらずだよ。皆で足の引っ張り合いさ。石田君には少々悪いとは思うけど、対抗する術と物は与えるつもりだし、折角お給料も出て悪い取引じゃ無かったのに蹴っちゃうんだもんね。残念だけど彼がそう決めたのなら無理強いはしないさ」
「はあ……恨まれますよ、確実に。僕は“止めて”と父様に頼みましたからね」
「まだ抑えは効くけど、その内また誰かしらちょっかいを掛けに行くと思うから、そんな余裕はないかも知れないけどね」
先ず恭也に接触がある筈だが、その時に傍に一緒に居る石田君を見たら連中はどう考えるか、今のままで対決する事になっても面白いけど、どうせなら隠す術を学んだ後の方が楽しめるに違いない。
「危険すぎます! 試合を見たから分かりますが、技術は満点でも実際の争いでは何が起きるか分かりません。今のままで襲われたらひとたまりも無い筈です」
「その方が都合もいいかな? 一度くらい負けて貰った方が、死にさえしなければ励みになると思うしね。それと平時に会ってみての彼の感想はどうだった?」
「……至って普通の少年でしょうか。相変わらず自覚は薄いようですが、かなり見た目と中身に差があると思います。陳腐な例えですけど“紙飛行機にジェットエンジンを積んで歩道を歩いている”と」
普段でアレでは、全力では予想が出来ないからこその感想だと分かるが……。
でも我が娘ながらその評価はどうだろう? それだと点火したが最後、破けて燃え上がり灰になるか、世界最速の紙飛行機が出来上がるか……普通に考えるなら前者なのに、彼の場合は器が大きいと言うか、何故かそれで安定している。
確かに言われてみれば、そう間違いでは無いのかも知れない。
彼は“ありえない”と“理不尽”が手を繋いで街を歩き回り、真っ向からその意味を蹴飛ばしながら進んでいるような“常識の破壊者”だ。
だからこそ彼の言動と行動のちぐはぐさに、分かる者はきっと振り回される。
「フフ、見ていて楽しいだろう? できれば僕もそっちに行って、彼が何を仕出かすか見ていたいくらいだよ」
「父様、僕から言わせて貰えば、出来れば近くに居たくは無い存在ですね。いつ感情に任せて暴走するか分からないですし、そう言う意味も含め、彼の師匠は余程優れた方なのでしょう」
そう、そこだ。彼の術の完成度と言い、二つ同時に別々の効果の術まで使いこなしてしまう、凄まじいセンス。
符を使えばそんな事は簡単だが、あれは術式の構築を先に済ませ、発動を待つだけにまでした物で、使い終わってしまえばそれで終わりだ。
だから、込める力と維持できる才能さえあれば何枚でも同時に使える。
ただしその場で符を使わずに術式を構築、発動、維持、の三つ全てを行うには、相当な期間の修練と使い慣れる必要がある筈。
それを二つ同時にするのだから、脳へ掛かる負担は物凄いだろう。
術式で基本効果と対象の二つ式を構築するとして、倍の四つ。
更に維持と元々の基準の威力を下げる式の追加で八つ。
一度に計八つの術式を同時構築させ発動など、あの時は何でもない様に話していたが、普通はやらないし出来ないのだ。
彼にそれを教え導いた件の師匠は、歴代の菅原宗主をも凌ぐ天才かもしれない。
また箱根崎君の場合、元々生まれ持った能力を高め補助として術式を構築する事で、イメージを増幅しより使いやすくした技術だから、ああした接近戦でも有効に活用出来たし、これもかなり稀有な才能と言える。
替わって石田君は距離を取り、発生が何処かは分からないが一応呪を唱え、式自体の構築は短縮しているとは言え、あの動きでは接近戦は得意では無い筈だ。
術者は基本的に前に出て戦う必要はないので、試合では敢えて挑戦を受けたのだと考えられるだろう。
普通力のある術者なら、使鬼か使役霊にでも任せれば済む話だが、彼はそれをフェアじゃないと思ったのか、刀の付喪神の使役霊……いやあれは既に式神か、元は悪霊とは言えそれを攻撃に参加させはしなかった。
魂魄を宿し八百万の神の末端の一柱とは言え、名と力を持つ者を服従させているのだから、そう言った意味でも既存とは異なる規格外としか言いようがない。
試合で箱根崎君を見た時、面白いとは思ったが彼はそれ以上だった。
よくも今まで表に出ず、隠れられていたものだと呆れるほどだ。
「――様、父様聞いていますか? それで“箱根崎君は無事”なんですよね?」
少々思考が飛んでいたらしい、何度目かは分からないが呼びかけられていた。
電話口の向こうから、恭也の緊張した声が伝わる。
そんなに心配しなくても、彼も十分才能のある若者だ。
そう簡単に壊したりなんてしないのに、まだまだ考えが甘いな。
「大丈夫だよ、きっと前より“一皮剥けて別人の様に”なっているさ。僕が思うに、彼はより一層修練に磨きをかけるようになるんじゃないかな? 雇用主と雇用者の立場をよく言い聞かせたけど、恭也にとっては良い事だろう? それでも足りない様なら、もう一度こちらで修行させる事も視野に入れておくんだよ?」
「っ!! 父様! それはどういう意味ですか!?」
恭也の切羽詰まった様な声で、その焦りと恐怖が直に伝わってくるような感覚を覚え、少しばかり口の端が持ち上がり唇を歪ませる。
聞いていてとても心地よい時間だ。
「聞いているのですか! 答えて下さい!」
「勿論聞いているよ。そうだねぇ……」
あの日帰りの車の中で“約束”した通り、余計な事は話さず言いつけは守ったみたいだし、彼の話も聞けて“躾”も終わったから、治療が済んだらそろそろ返してあげようか。
随分と面白い力を持っていたけど、まだ足りない。
恨んだろうか? あの性格だ、きっと憎んだだろう。
だが、それで良い。
それを糧にもっと力をつけて、僕の下に来て倒されるのも一興。
逆に力に怯え、このまま去るのも自由。
菅原の宗主なんて退屈な日々だったが、何だかとても楽しくなってきた。
つづく
事故死と言っても、車の衝突事故による失血死、ガス漏れ事故による爆死
転落事故による焼死、火災事故による中毒死、等々の事故の末の死です。