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124話 取らぬ狸は元気です

ご覧頂ありがとうございます。

 シャハと会ったあの後、明恵を学校に行く用意をするように促し、俺も制服に着替え「冷蔵庫の事は秘密だぞ」と明恵と確り約束して家をでる。

 そうして準備を整え登校し、教室に入った所で珍しく秋山と鉢合わせ、あいさつの後HRの後でこう質問した。


「なあ秋山、銀ってどの位の価値があるか知っているか?」


 昨日師匠から貰った銀貨の事を考えて通学していて、何気なく朝の一限の授業が始まる前に、秋山に聞いたのが切っ掛けだったのだが……。





「――と言う訳で、石田、あんたが知りたがっていた銀の相場だけど、基本的に金やプラチナとかに比べたら価値は相当低いわよ?」


「金とプラチナって、そんな物どこで手に入れるんだよ? どこかの怪盗の三代目よろしく、銀行でも襲えって言うのか?」


「あのねぇ石田、あんた商人になるって宣言していたけど、撤回して銀行強盗にでもなる気? まさか貴金属を取り扱って儲けようだなんて思っちゃいないわよね? “一粒万倍とは言うけど”、あんたの場合“馬を得て鞭を失う”どころか、その馬にまで逃げられるのがオチよ」


 そう言って呆れた様な顔で肩を竦める秋山、物の例えで聞いたのにそんな冗談は倍のツッコミになって帰って来た。倍になるのは銀行に預けた預金の利子と、何の歌か忘れたがポケットに入れたビスケットで十分だ。

 折角の昼飯が秋山の説教で不味くなるので、話半分に聞き流す。


「ふむ、銀を購入し相場の差額で儲けるつもりが失敗して、元手の資金と銀まで失う。秋山はそう言いたいのだな?」


 今俺達三人は毎度の如く、授業中とは異なり活気づいた教室の中で昼の休み時間に弁当を持って集まり、件の事で盛り上がっていた……主に秋山が。

 俺はやっと復活した母さんと、新品の冷蔵庫のお蔭で弁当を手にしている。

 昨日の昼は弁当で無く、購買で買ったパンだったしな。

 そうして黙々と弁当を制覇するべく、秋山が忙しく口を動かし話す説明を聞きながら、静雄に迫る勢いでおかずと白米を詰め込み、負けじと咀嚼を繰り返していた。


「流石安永君、私の言いたい事を良く分かっているわ。だからそんな安直な発想で、素人が儲けようだなんて考えは止めるのね。株の取引きだって必要なのは情報とコネよ! 儲けてる人にしか儲からない様にできてるんだから!」


「んぐ。……そ、そうなのか? 良く知らんけどお前のお金に対する熱意は分かったし、俺も別に銀で一儲けしようとか思って無いって」


 やたらと熱弁を振るい始めた秋山の、妙に具体的な答えを聞いて“株の失敗談を語る女子高校生の図”と思い浮かんだが、当たった場合の報復が怖いので、黙って再度弁当のおかずを口に運ぶ。


「えっ? そうなの? じゃあ何で突然銀の値段なんて聞いてくるのよ! 私、授業中の時間まで使って、序にうちの父さんにお願いしてまで……」


 何だか俺の何気ない言葉で、色々と手を打ってくれていたらしい。

 と言うか、授業中にお前は何やってんだよ? それに父さんって、良く怒られ……いや、怒られたから尻すぼみになっているのか? みるみる表情を曇らしていく秋山に、何だか悪いことしちまったなと思う。


「えっと、その何かスマン。お前がそこまで頑張ってくれるとは……だけど授業中は止めとけ、成績下がるぞ?」


「だ・れ・の、せいよ! 父さんと同じこと言ってんじゃないわよ!」


 そんな元気を落とした秋山にフォローしたつもりが、しょぼんとしていた筈の奴は俺の話を聞くなり、頭を上げたかと思うと箸を握り締め聞くに堪えない唸り声を上げる。

 こりゃ不味いと慌てて俺は弁当を持ち上げ、椅子から立ち上がり一歩遠ざかった。その途端、たった今俺の座っていた辺りを秋山の拳が通り抜け、静雄がポフッと柔らかく受け止めながらその動きを受け流した。


「む、気配を読んだか。やるな明人、だが不用意に相手を怒らすのは得策では無いな」


 静雄はそう言いながら平然と食事を続け、もう直ぐ完食だ。

 まあ、どうせ弁当以外にも何か取り出して食べるんだろうけど、怒らせる気があって言ったわけじゃないが、短気な秋山には悪い事をしたな。


「読んだと言うか、最近パターンになってたしな。俺が悪かった。秋山、こうして謝るから機嫌を直してくれよ」


「本当に悪いと思って私の機嫌を直したかったら、罰金を払いなさい! 精神的苦痛を受けたわ……あ、後この間の水鏡神社で買った浄めの塩の代金も合わせてよね!」


 俺も悪いことしたとは思うけど、精神的苦痛って……そう言えば、瀬里沢の屋敷の騒動の時に塩がどうのこうの言って、伊周に撒いて燃やしてたっけ。

 確かにあれは役に立ってたし、塩は必要経費として払ってやっても良いな。

 懐のポケットに手を突っ込み、財布から一万円札を抜き出す。


「分かった、確か一万とか言ってたよな? じゃあこれで済みだな」


「えっ、あ、うん。ありがとう……じゃなくて! ……はあ、もういいわ」


 何か納得いかないと顔に書いている秋山だったが、何を言いたいのか良く分からなかったのでスルー、深く突っ込むと藪蛇だしな。

 そんな俺と秋山を交互に見た後、静雄は鞄から新たに菓子パンを取り出し食べ始めるが、静雄はデザートは別腹とか言ってたけど、それはデザートとは呼ばないと思う。


「ふむ。でだ、突然明人が銀の事を尋ねた意味は何処にある? 理由も無くそんな事を聞くお前では無い。違うか?」


「そう! それよ! 私が聞きたかった事は! もう安永君は、私の考えていた事もお見通しなのね。あんたもこれくらい分かって欲しいわ」


 静雄にそう言われ秋山は喜んだが、俺はエスパーじゃないし無茶言うな。

 コイツも疑問があるなら聞けばいいのに、今更何を遠慮してるんだか。


「いや、言わんと分からんし。お前は何の為に口と耳が在るんだよ」


「あんたの場合、言った所で馬耳東風でしょ! 碌な返事を返した事ないし」


 私は不満ですと、今なら言わなくても分かるくらい口を尖らせている秋山。

 そんな風に思われていたとは、一応返事を返していたつもりの俺としては何ともコメントに困る。

 それに最初にあんな事を言ったのには、静雄の言う通り理由があった。


 物の値段を知りたければいつもの様に『窓』を開けば直ぐに分かる筈だったが、昨日銀貨を不思議に思って調べた時の評価額は、驚いた事に『―』と横線が一本引かれ、全く分からなかったのだ。

 今まで値段の分からなかった物なんて無かったのに、何故か値段の表示がされないので、「バグッた?」と思った俺は持ち物を片っ端から調べた結果、どうやら“あっち側”から持ち込んだ物は、一つ残らず『―』と値段が分からなかった。


 その事から一つの仮定として浮かんだのは、“こっち側”に同じ物が二つと無いので、今の社会では“値段の着けようがないのでは?”と言う推測だった。

 ちなみに全くの余談だが、全然売る気は無いけど伊周の刀としてのお値段は結構高い。良く考えなくても日本の刀は美術品と同じだもんな。


 つまりあの硬貨の価値が分からなかった為、今朝秋山にあんな風に聞いてしまったのが理由と言えば答えになるが、静雄や秋山にそんな事は言えないので、諦めて持ってきていた大銀貨の中から一枚を、二人の前に取り出して見せる。


「コレが理由だ。偶々貰ったこの銀貨を買い取って貰うとしたら、どれくらいかなって思ってさ。銀としての価値が低いのなら、珍しい物だし骨董品として見て貰う方が良いかな?」


「ふむ、骨董品にしては随分と綺麗だな。表面が随分滑らかだ……」


「今度は骨董品? あんたって何を商売のタネにしたいのか分からない奴よね。安永君、私にもそれ貸して良く見せてちょうだい。玩具かと思ったのに……安永君の言う様に、本当に骨董品と言う割に随分綺麗だわ。それに何語かしら? 変わった文字ね。表には顔が彫られて、裏は、これって木に絡み合う蛇?」


 静雄に手渡した銀貨は、直ぐに秋山の手に渡りこねくり回すようにして触りまくると、徐に取り出したスマホで表、裏と撮影し何やら操作していた。

 ……何か秋山の手馴れたその動きを見て、急に不安になる。


「なあ、もういいだろ? 返してくれよ。別に今直ぐ手放す気なんてないし、唯ちょっと気になって聞いただけだから」


「何かこれ、妙に触り心地良い銀貨よね。ねえ提案なんだけど、さっきの一万円やっぱり返すから、代わりにこれ頂戴!」


 さも名案が浮かんだみたいな陽気な雰囲気で、そう持ちかけて来る秋山だったが、俺の気持ちとしては一言「冗談では無い!」だ。

 材質は銀らしいけど“こっち側”にたったの十三枚しかない貴重な硬貨でもある。それに十三枚の内一枚は、師匠から頼まれた塩を買うのに預かったお金だ。

 兎に角今は一枚も譲る気が無いので、秋山には悪いが却下する。


「ダメだ、それにさっき済んだと言った筈だろ」


「何さケチ! 親切で言ってあげたのに、今の相場じゃ銀なんて大した値段しないんだからね」


「秋山、例えお前の言う通りでも無理強いは良くない。親切心だとは言え仮に無理に買い上げて、明人も俺も今までの様にお前と付き合えると思うか?」


 答えられない秋山と、そんな風に諭すように話す静雄の雰囲気に、俺は気まずくなり話題を変えるべく、放課後の予定をどう過ごすか話し出す。


 師匠から頼まれた塩もだが、村一つと考えると少ないとは言え、予想で集まる人数は二百二十人前後。

 お祝いに必要な飲み物や食べ物の個数は、結構な量になる筈だ。

 スーパーミラクルで飲み物と果物を選び、肉の丸の内でカツやコロッケの数を人数から相談し、交渉をするつもりだったので早い方が良いだろう。

 七人の子供のお祝いに贈る布と食器に関しては、丈夫な物を用意しようと決めてあったし、数も少ないので時間はそう掛からないと考えていたからだった。


つづく


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