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123話 空腹は平和の証

ご覧頂ありがとうございます。

 寝る前に師匠から貰った大銀貨を手で弄びながら、決まった事を紙に書き忘れない様にメモをする。

 合計十三枚になったこの五百円玉サイズに近い硬貨、銀貨とは言っていたがこうして手で触っていて、数枚纏めて掴むと妙な感じに気付いた。

 普段生活の中で触っているこちらの硬貨よりも、断然に手触りが良い上に仄かに温かく感じる。

 汚れている数枚はそれらを感じないが、指で擦ってみると直ぐにそれも薄れ程無くピカピカになった。

 そう言えば、銀は酸化すると黒くなるって聞いた事があるけど、そのせいかと思い、少し気になって『窓』を開いて調べてみる。





 ――調べて分かった事はこの銀貨、通常の手段では“殆ど傷つかない”事と汚れは酸化していたのではなくて、“病魔”の呪いが表面に張り付いて浸食し祝福と鬩ぎ合っているせいだった。

 ……浸食しようとする呪いの地味に恐ろしい粘り強さと、それと知らずに直に触った事で嫌悪感が湧いてくる。


 今すぐにでも師匠に「あんた良く平気だったな」と突っ込んでやりたい気分になった俺は、おかしくない筈だ。

 どうもこの硬貨は製造過程で“アカフの祝福”と言うモノが施されているらしく、今手元にある銀貨は全て“あっち側”に在る寺院で鋳造されていて、その過程でこの処理が施されて品質を保っているようだった(アカフシオン寺院とかスーハ寺院等の名前がわかった。正確には“アクロアカフシオンファラーム”と、やたら長い)。


 そのお蔭で、祝福が解けない限り欠けず曲がらず形を変えない。

 元はただの銀なのに凄まじい硬度と靭性を持つ物質になっている。

 試しにペンチで曲がるか挟んで捩じったが、どんなに力を入れても表面に傷一つけることは出来ず、寧ろやった手の方が痛い。

 これじゃ改鋳や贋金は作る事も出来ないので、品質を保つって意味ではこれ以上の効果は無いだろう。


 数が揃って気付けた妙な感じは、銀貨に施された祝福のせいだった訳だ。

 と言っても祝福の効果は絶対では無いようで、呪いに浸食されていた数枚は感じる温かみが弱く、既にその効果は薄れている。

 他にもこの祝福は、血や穢れ等に触れると徐々に薄れて最後は消えるらしい事も分かった。

 その際は寺院に効果の薄れた硬貨で“お布施”をする事で回収され、穢れを祓い鋳潰して再度祝福を施し、また鋳造のサイクルを繰り返しているようだ。

 随分と手の込んだ銀貨だったが、“あっち側”じゃ結構な価値はあっても“こっち側”じゃ買い物にも使えないので、どうしたものかと思いながら眠りについた。





 朝、まだ目覚ましが鳴る前に、部屋に誰かが入って来た気配と「ピピッ」と聞き覚えのある特徴の音が、耳に聞こえてきて目が覚める。

 意識ががまだはっきり覚醒して無いけど、重い瞼を何とか開いて目だけで辺りを見回すと、案の定予想していた通り子豚のぬいぐるみを脇に抱えた、妹の明恵の姿が目に入った。

 確かに昨夜寝る前に、朝起きたらプリンとジュースが冷えているぞと言ったが、時計を見るとまだ朝の五時半過ぎ。

 こんなに朝早くから来るとは思ってなかったので、少し驚くと共にもう少し寝かせて欲しかったと溜息を吐く。

 朝食前に甘い物を食べさせるのは不味い、そんな考えが浮かぶ。


「明恵、ご飯前にプリンを食べるのは……明恵?」


 そう思って明恵に声を掛けたのだけど、何故か冷蔵庫を開けたまま動きを止めている。

 何か問題でも在ったのだろうか?


「明恵、どうかしたのか? ……おーい、聞こえているか?」


 返事がない。

 本当にどうしたんだ? 実は明恵もまだ寝惚けている?

 仕方がないのでベッドから身を起こし、明恵の傍へ向かう。


「明恵、冷蔵庫の開けっ放しは止めなさ……あ」


 明恵の傍に立ち冷蔵庫の扉を閉めようと思って近寄ったら、扉の向こうの側に“居た”人物と目が合った。

 瞼が下から閉じ、その肌の色は黄土色で更に罅割れたような鱗であり、何より人の体の上に乗っている顔がトカゲである。

 そりゃ初めて見れば、驚き固まっても仕方がないだろう。

 明恵もよくもまあ叫んだりしなかったな。

 だけど、何故師匠では無くあのトカゲ男『シャハ』が居るのだろうか?

 どうも驚いているのはシャハも同様らしく、明恵を見て固まっていた。


「えっと、確かシャハだったっけ? 師匠は何処だ? 何故あんたがそこに居る?」


「お兄! トカゲ! おっきいトカゲ!!」


 俺が横に来てシャハに声を掛けた事で意識がそれ硬直が解けたらしく、明恵がシャハを指差しトカゲと騒ぐ。

 まあ、明恵が騒ぐのも無理もない事だ。

 俺だって初めて冷蔵庫を開けて師匠に会った時も……あんときは、寝ぼけて夢と思って間抜けな対応をしてたっけ。

 楽しみにしていたプリンを、いざ食べようとして冷蔵庫を開けたら大きなトカゲとご対面、……驚くなと言う方が無理だわな。

 向こうも再起動したのか「しゅるしゅる」「しゃーしゃー」と例の空気が抜けるような言葉を口を開いて話しかけて来るが、全然言葉が分からん。


「明恵、落ち着け。大丈夫、食われたりしないから」


「お兄トカゲ! すごい! おっきいー!」


 ……怖がっていると言うよりは、初めて見るシャハの姿に興奮している方が強そうだ。我が妹ながら、ホラー系は苦手なのに爬虫類系は平気なのか?

 しかし困ったな、こんな時こそ疎通の指輪の出番なんだが……日本語だけなら俺が嵌めていた数時間で、どれだけの言葉を記録したのか分からないが、シャハにあの指輪を嵌めさせれば、こっちの言葉は向こうには分かる筈。

 問題は、嵌めた後やたらと腹が減るが数分なら問題ないと思いたい。

 俺は早速疎通の指輪を机の引き出しから取り出して冷蔵庫を振り向くと、明恵はシャハに向かって「プリン食べれる?」とフタを開けて手渡そうとしていた。


 シャハは首をぎこちなく右、左と動かし、明恵の差し出すプリンと明恵の顔を交互に見て、ゆっくりとプリンを受け取り鼻先を近づけ、その匂いを確かめている。

 プリンを受け取ったシャハを見て、明恵は嬉しかったのか「エへへ~」と言った後、照れているのか俺に引っ付いて顔を隠す。

 まるでふれあい動物園でウサギにニンジンを手ずから食べさせた時のようだ。

 明恵の未知との遭遇は、プリンを渡す事で友好的(?)に済んだらしい。


 匂いを嗅いで問題ないと思ったのか、シャハはその長い舌を器用に使いプリンを食べ、美味いと感じたのか器も舐めている。


「あ~舐めてる最中悪いんだが、この指輪を嵌めて貰えるか?」


 俺の言葉が通じた訳ではないようだが、指輪を嵌めるジェスチャーをすると理解したらしく、一番指の細い小指に何とか嵌り「しゃー」と声を出す。


「え~こっちの言葉が分かるなら右手を上げてくれ。もし分からないなら首を振ってくれ」


「お兄、トカゲさんとお話できるの?」


 シャハは右手を上げた。

 その事で此方の言葉は十分通じていると思ったので続けて話しかけ、何故師匠では無く、シャハが居たのか聞く事にした――





 シャハが居た理由は大した事では無く、単に朝の見回りでこの部屋に顔を出し数日前に行き止まりの筈の部屋の中の先に、更に部屋があり俺が居た事を思い出してふらっと立ち寄ったそうだ。

 そして部屋の位置に在った絵に掛かっている布を除けた際、明恵が冷蔵庫を開けたのとタイミングが重なったようで、割符も無いのにこうして偶然“あっち側”に繋がったらしい。

 実に単純な理由だったが、何故こうも詳しく分かったかと言うと明恵の持っていた子豚に書かれた“ソウル文字”を読めたシャハは「あきえ」と拙い発音でゆっくりとだが名を呼んだのだ。

 それで“ソウル文字”なら言葉よりも確実に伝わると思った俺はノートを取り出し、「ここに返事を書いてくれ」と頼んだのだが……。


 “ソウル文字”は安易に使わず大切な約束事や、契約の際に使う神聖なものらしく、長く書き出す事は本来あまり推奨される事では無いらしい。

 何より“ソウル文字”はそこに『刻まれる』ので消す事は出来ず、書いた内容は命名式を行っている者であれば、誰にでも読め更に“嘘は書けない”ので署名には使われるが、“文章”として書く場合は余程親しい者同士でもなければ交わさないと軽く怒られてしまった。


 もっとも今回は他意も無いので、特別だと書いて貰ったのだがお蔭でまた少し“あっち側”の事を学ぶ機会になったので、シャハと明恵には感謝だ。

 それに第一印象はあまり良くなかったが、思ったよりも文章だと真面な奴だと分かり蟠りも解け、明恵もソウル文字を読んで随分とトカゲのシャハに感心している事がわかる。

 明恵の様子から、トカゲなのにシャハは言葉も分かり、文字も書けて大層頭が良いとでも思ったんだろう。

 一応後でシャハは動物のトカゲでは無く、列記とした人間だと教えねば。


 そうしてシャハに教えてくれてありがとうと感謝を告げていると、“ぐぎゅおー”と物凄い音がシャハから聞こえ、明恵も飛び上がるくらい吃驚してシャハを見つめると、頭を右手で掻きながら照れくさそうに腹を押さえているのが分かり、明恵が「お腹空いたんだね?」と言った途端小さく“くぅ~”とお腹の鳴る音が隣からも聞こえ、シャハと明恵が顔を見合わせ「ぷっ」と吹き出す。

 それを皮切りにシャハが「スッスッス」と空気が漏れるように笑いだし、その口からゾロリと並んだ鋭い牙を覗かせる凄い顔だったが、明恵は怖がりもせずクスクス笑い、そんな二人に俺も釣られ部屋の中に笑いが広がるのだった。


つづく

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