122話 引っ越しました
ご覧頂ありがとうございます。
さっきの実験から『物質転送』で物を送る先が確定し分かったのは良いが、未だに師匠は椅子から立ち上がり、テーブルの上に忽然と現れたジュースに目をぱちくりさせて見つめている。
「師匠? おーい? う~ん、しかしこれじゃあ一方的にこっちから何か物を送り付ける事にしか使えないか……それに、『窓』に入れないとダメだから、学校の俺の席に割符を置いても一瞬で登校とかは無理っぽいな」
ちょっとばかり星の旅的なSF物のお話に出て来る様に、パッと行きたい所へ一瞬で移動出来たら便利で楽が出来ると考えたけど、当てが外れて少し残念に思う。
これで毎朝ギリギリまでベッドでゴロゴロする夢は潰えたか。
「……これは本当に魂消たの。手も触れず足も使わず、時間もかけずに物を送れるなど前代未聞じゃぞ! ワシの様な商人には、まさに“砂漠で見つけた水源じゃな”。それがあれば遠く離れた村へも手紙で欲しい物を頼まれれば、直ぐに必要な物を送れるからの」
「あ、やっぱり手紙の方が直接自分で行くより早いの?」
「そりゃそうじゃろ、ワシがこうして行商に出ている間も店には向こうからやってくる訳じゃし。一応手紙なら“羽持ち”が飛んで配達してくれるからの、便利じゃがその分普通に行き来する者に頼むより、少々料金は割高になるがな」
「“羽持ち”?」
「この間お主が暴れた時に、ワシを心配して部屋に来たシャハが鱗持ちで、羽持ちは羽をもった者じゃよ。もっとも、あ奴らは砂漠ではあまり長く飛べぬらしいから、物好きな奴に頼むしかなくて余計に割高になるんじゃ。その分早いのは確かじゃぞ」
おおっ!? つまり自力で飛べる人が“あっち側”には居るのか。
羽を持って飛ぶってどんな感覚なんだろ? 飛行機さえ乗った事の無い俺としては、一度は空を飛んでみたい。
こんな思い誰だって夢想した事はある筈だ。
ちょっとワクワクしてきた。
「羽持ちさんか、鳥みたいな容姿なのかな?」
「ん? あ奴らは鳥みたいな翼じゃなく、どちらかと言うと虫かの。体もそれほど大きくなければ、大人でもワシらより半分も足りん背丈で小さいわい」
それって! もしかしなくても妖精って奴じゃね!? すげー!! 俺このまま家に居ながら、師匠と会っていれば今世紀初の妖精目撃者になっちゃう? ……って言っても、精々オマケで明恵も誘えば喜ぶくらいか。
よく考えりゃこの事は、誰にも言えない秘密だしな。
けど写真くらいなら大丈夫かな?
「師匠、是非とも今度羽持ちさんに会えるようなら、俺に絶対紹介してくれよな!! 約束だぜ!」
「お、おお。お主が何をそんなに興奮しているかよく分からんが、そうじゃの……直にワシも一度店に戻らんといかんし、その時に機会があればじゃな」
「いや~良い話が聞けた。今日は良い夢が見られそうだわ~」
「……アキート、まだ話は終わっとらんじゃろ。寝るには早いぞ」
「おっとそうだった。師匠、お祝いで出すのに何が良いか分からなかったから、とりあえず今から食べ物と飲み物を買ってきた中から試して選んで欲しい。それと今回七歳になる子に相応しい贈り物は何があるかな? 俺からも何か用意させて貰うよ」
「ほう、お主が買ってきた食べ物とな? それは興味深いの。それとお主の祝う気持ち心より感謝するぞ。そう言う事ならば、ワシも全力で応えねばならんな」
すっかり妖精の事で肝心な事を一瞬忘れかけていた。
やはり主役の子供達には喜んで貰いたいし、師匠もかなり乗り気だ。
この勢いで早速開始しよう!
――結果から言うと、『どれも美味い、とても選び切れん!』との事だった。
俺の用意した二種類のジュース(炭酸とそうで無い物)や、カットフルーツの各種詰め合わせ、他色々。
やはり甘い物はどれも喜ばれるらしいが、割と酸味のある果物の方が口には合うらしく、ジュースは冷たさと炭酸のシュワシュワに驚いていた。
他に鳥、豚、牛、と三種類のカツを用意したのだけど、調理法として揚げ物自体を初めて見る物らしく、どれも珍しそうに口に運ぶ。
味もさることながら、かかっていたソースと付け合わせのサラダのマヨネーズに、口を動かし頷きながら師匠はその美味しさに笑みをこぼしていた。
次はコロッケも用意してみようと思う。
念の為食べられない肉類は無いのか聞いてみた所、特に無いそうだ。
宗教上の理由で食べられない物とか在るのかと思って聞いたが、蛇だけは食わないとの答えで、どうもアカフ(神)に仕える眷族やその対になる悪神の象徴が蛇らしく、それらに似た蛇だけは食う事はあまりしないとか、けど“全持ち”と呼ばれる人には関係ないらしい。
その“全持ち”って、いったいどんな人なんだ?
次に子供に送る物として喜ばれる物だが、話によるとこれからも大きく育つ事を祈って服を作る布や大きめの靴、他に裕福な家だと銅や銀で出来た装飾の施された食器を贈るとか、……銀食器なんて俺だって持ってないよ。
贈るとすれば精々現代の技術で作られた、壊れにくい磁器とかか?
落としたくらいじゃ割れない軽い奴、何て名前だったか忘れたけど。
他にも候補に挙がった物は出てきたが結局子供が喜ぶ様な物ではなく、どちらかと言うと親達が喜ぶ物の方が多かった。
絨毯とか鉄鍋みたいな生活用品に酒類、はては牛みたいな家畜とか言われても俺の方が困るわ。
牛や家畜に関しては、子供の代わりの労働力としても使えるそうなので、一概に違うとは言わないけど諦めて欲しい。
家畜とか生き物って『窓』に入るか実際確かめて無いしな。
伊周(刀の付喪神)は意思と魂は持ち合わせているらしいけど、奴は厳密には生き物とは違うと思うし、仮に比べでもしたら斬られそうだ。
最後に聞いたお祝いに集まる人数だが、この村は泉と井戸があって水が十分確保できるそうで、割と人口が多いらしいけど二百二十人は祝いに集まるとか……。
それだけ厳しい環境に住んでいるって事なんだろうけど、他の村からも来る割には人数が少なく感じる。
序に師匠には、村でも料理は出るので追加で塩が欲しいと頼まれた。
今回の行商では量をそんなに持ち込めなかったので、出来れば村に贈るのに多めに欲しいそうだ。
代金として大銀貨一枚と、この前の薬代二十五人からの支払いが大銀貨八枚と中銀貨一枚を受け取る。
これで俺が持っている“あっち側”のお金は、大銀貨が十三枚と中銀貨が一枚になり、なかなかの大金になった。
一つ問題なのが、ジュースの入っているペットボトルだ。
これは軽くて丈夫な入れ物として使えるが、“あっち側”には存在しない未知の物なので、下手に流出させると不味いと師匠に言われた。
炭酸系の飲み物って、当然ながら紙パック入りが無いので悩む。
計算として、一ケース六本入りで四十ケースを送ると考えれば二百四十本の空ペットボトルが、“あっち側”に流れる事になるけど世界の広さがどのくらいか分からないが、小さな村の人口全部にも満たない数じゃ影響は少ないと思う。
飲んだ後も活用してくれるなら、逆に良い事じゃね?
「とりあえず、こんな所かの? ここ最近夜中も起きていたせいで流石に体に堪えるわい。昼間も暑さが厳しくての、そう言えばお主に渡した『清涼の腕輪』は役立っておるか?」
「あっ! そうだ、あの腕輪母さんに取り上げられたままだった。ごめん師匠、取り返したら必ずそっちに送るわ」
「ふむ、別に急がないから何時でも良いぞ。言い忘れかけたが命名式の日取りは四日後になる、それまでに用意を頼むが大丈夫かの?」
「四日後か、分かった。何とか頼まれた物は集めてみるよ」
「うむ、お主には苦労をかけるが頼りにさせて貰うぞ。それと、命名式が終わったら……いや、先ずは終わってからじゃな」
「ああ、先ずはそれを終わらせないと気になって仕方がないからな。それじゃ師匠お休みまた明日~って、そうそう俺も言い忘れていたけど、実は冷蔵庫を俺の部屋に持ってきたから、明日は夕方でも大丈夫だと思う」
「ほほ~! それではもう親御さんに気兼ねなく、こうして相談できそうじゃな。あいわかった、明日はもう少し早い時間にあうとしようかの。それでは、また明日じゃ」
そう椅子から言って立ち上がると、師匠は絵の上に布を掛けると席を外したようだった。
今日はこの辺にして、俺も明日の用意をしたら寝よう。
つづく