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121話 冷蔵庫は誰が為に

ご覧頂ありがとうございます。


2/22 誤字修正致しました。

 家に帰って来て、真っ先に母さんからの残念なお知らせ。

 その内容を纏めると、買ったばかりの冷蔵庫の故障は大した事無かったけど、約束通り新しいの買っちゃったから支払よろしくねー! と言う事だった。

 いや、別に支払云々は俺から言いだした事だから構わないんだけど、結構大変な目に遭っただけに、こうあっさり終わってしまうと何か釈然としない。


 それにしても、母さんの浮かれようが凄くて玄関で会った時の前フリとのギャップが激しく、あの神妙な顔が不思議だったので理由を訊ねたら、折角息子にプレゼントして貰った新品の冷蔵庫を、実は些細な断線が故障の原因だと分かって、更に修理費も無料となると後で俺に「返して来い」と言われるのが怖かったそうだ。

 なのでそんなケチくさい事する訳がないと伝えると、夕飯の支度をしている最中や、三人で夕食を囲んでいるときも始終笑みが絶えずニコニコ顔で、この様子だと暫くの間は多少の問題が起きても、目を瞑って貰えそうだと胸を撫で下ろす。


 食事を終えて風呂も済ませた頃に仕事から帰って来た親父も、件の修理費が無料だと聞かされホッとしていた。

 親父曰く「壊れ方によっちゃ、修理保証対象外とか言われる事も在りえたしな」との事だったが、保証期間内でそんな事があるんだろうかと、疑い深い親父に苦笑する。


 今回新たに届いた冷蔵庫は、お値段十七万に十年保証&リサイクル等々合わせて手数料込、占めて二十万の大台に乗るお買い物だった。

 予想金額よりも少々値段がしたが、所持金から考えると最初の報酬額のままだった場合、手元には半分しか残らない上に勾玉の購入金額を考えると、たぶん完全に赤字だったと思われる。

 そう考えてみると、変に兼成さんに借金を負って弱みを握られるよりも、結果的には良かったのか判断に悩む所だ。


 そんな事を考えながら、俺の部屋に押し込められた冷蔵庫をベッドの横の空きスペースへ動かすべく移動させていたのだが、『窓』に収容した後にまた取り出せば済むことに終わった後で気が付き、無駄な体力を使ったとドッと疲れが襲ってきた。

 色々苦労もしたが、母さんと同じ様にこうして冷蔵庫が俺の部屋に来た事で、師匠と気兼ねなく会う事が可能になり、嬉しさのせいか思考が狭くなっていたらしい。


 ……ただ一つ問題な事が、セッティングが終わった俺の部屋に明恵が入ってきて勉強机を占拠し、冷蔵庫に張り付いている事だ。

 下の新しい冷蔵庫で冷やせばいいのに、態々こうして電源を入れたばかりの冷蔵庫が冷えるのを待ちながら、プリンとジュースを両手に持って俺のプライベート空間を侵略しに来るのは、今は勘弁して欲しい。


「お兄もう冷えた? 入れていい?」


「まだだ。そう簡単に冷たくはならないぞ? 入れても良いが、ちゃんと冷えるのは明日以降だな」


「なんで? 冷蔵庫なのに冷えないの?」


 むっ、久々に明恵の“なんで?”攻撃が来たか。

 小学校に通うようになってあまり言わなくなったんだけど、一から十まで説明するのは大変だし、適当に分かり易く端折っても納得してくれると楽なんだが……。


「う~ん、何でって言われても。そうだな~明恵はココアを飲むだろ? 飲むとき熱いとどうする? フーフーって冷やすだろ? それを中の機械がちょっとずつするから、冷えるのにどうしても時間が掛かるんだ」


「そっか~、フーフーじゃしかたないね」


 今の話でココアを冷ます自分を思い浮かべたのか、明恵は机の上にプリンとジュースを置いて、うんうんと頭を縦に振って頷く。

 こういった身近にある事で簡単な説明をしても、想像が追い付かないと理解されず納得しないのが、小さな子に何かを教える際悩む難しさだよな。


「そうだぞ。だからそのジュースとプリンは入れといて良いから、今日の所はもう自分の部屋に戻って寝な。朝起きて直ぐに飲めるぞ」


「わかった! 早く寝る」


 よしよし、“明日の朝起きて直ぐ飲める”と言う利益を持って来ることで、このまま俺の部屋で寝ると言いだす前に、上手く丸め込めた。

 下手に拗れると、母さんがやってきて“別にそれくらい良いじゃない”なんて言われてしまえば、冷蔵庫を境に師匠と話す邪魔になってしまうからな。

 このまま明恵が大人しく、自分の部屋へ戻って寝てくれれば今日の所は安心だろう。


「お兄、プリンとジュースをお願いね」


「はいはい、お休み明恵」


 何とか明恵を部屋から退出させ、やっと落ち着いて“あっち側”と繋ぐことができる。

 本当は電源なんて入れなくても俺的には問題無かったんだが、欲しがっていたのに使わないのは、母さんに気付かれると変に思われるだろうし困ったもんだ。

 そう思いながら、割符を落ちない様に冷蔵庫に貼り付け扉を開く。


 案の定扉の向こう側には既に師匠が待っていたのだが、どうも少々様子がおかしい。……何だろう? 今日俺の周りの連中は皆して何か起こる日なのか?

 とりあえず、師匠の話でも聞こうと声を掛ける。


「師匠、どうかしたのか? 何か今一つって感じがするけど」


「ふむ。アキートよ、少し聞きたい事があるのじゃが……。実はの昼も過ぎ丁度命名式にどのくらいの人が集まるか、村の者と話し合いをしていた最中に起きた事なんじゃが」


「おっ! 師匠、どのくらいの人数が集まるか予想ついたのか?」


「それもあるが、続きを聞いてくれんかの? でじゃ、突然ワシの手元に“変わった意匠”の凝らされた、類稀にみる繊細な縫製技術が使用された“妙な衣装”が二枚、忽然とワシの懐から現れたんじゃよ。アキート、お主に何か心辺りは無いかの?」


「えっ? 忽然とって言われても、俺は冷蔵庫開けたの今が今日初めてだし別に心当たりなんて……まてよ」


 師匠の言う程の類稀な製法技術? 二枚の妙な衣装? 何か引っ掛かる上に嫌な予感までしてきた。


「あの、師匠? その変わった衣装って、今手元に?」


「うむ、村の者はその手触りと精緻な意匠に大層驚いておったわい。この二つなんじゃがな」


 そう言って師匠が、座っていた椅子の横にあるテーブルの上から布で包まれた物を俺に手渡す。

 受け取って広げてみると、中から恭也さんの事務所で『物質転送』を行った筈の“星ノ宮の下着”が出て来た。


「……マジかよ。何でこれが師匠の所に飛んだんだ!? 俺は星ノ宮に返そうと思って転送した筈なのに、これじゃあ俺は下着を他人に送り付ける変態じゃないか!」


「いったいどうしたんじゃアキート!? そんなに取り乱すなどお主らしくもない。先ずは落ち着くんじゃよ」


 これが落ち着いていられるか! 返したつもりの下着を故意ではないと言え、他人の目に晒し渡していたなんてどんな変態だ!? これがあの主従コンビにばれたらどんな目にあわされるか、想像するのも嫌だ!

 師匠に宥められ何とか平静を取り戻したが、『物質転送』はとんだ欠陥を抱えていたらしい。


「その様子じゃと、どのようなやり方でこれをワシの下へ送ったのかは分からぬが、その二つはお主の物で間違い無いようじゃの」


「待ってくれ! それは元々俺の物じゃないと言うか……何て説明すりゃいいんだ!?」


 そもそも良く確かめもせずに使った事が間違いだった。

 何故師匠の手元に飛んだかは分からないが、もう一度試してみればその理屈も判明するかもしれない。

 ただ、下手に借りた物だなんて言って俺の信用下がらんかな……。


「先程お主はそれを“下着”と言うたが、余程高貴な方の持ち物ではないのか? その様な高価な生糸を使って織り上げた物、ワシも商人の端くれ一応は手にした事も無い訳ではないが、お主には出会ってから常に驚かされてばかりじゃな」


「あ~、え~と……暫く預かっていた物なんだけど、返却したつもりが間違って師匠に送られたみたいだ。ちょっともう一度試してみるわ」


 師匠は興味津々に俺と手元にある下着を見て、興奮したようにそう告げる。

 別に師匠は下着に興奮した訳じゃない、さっきの話からして“あっち側”の技術とは差が在る事は薄々感じてたし、師匠もそれに気が付いての事だろう。


「うむ、その様な上等な物は間違いが起こる前に返す方が良かろうな。ワシに遠慮せずに試すが良いぞ」


 俺は『窓』を開きもう一度星ノ宮の下着を枠にセットし、“星ノ宮へ送る”と念じながら物質転送を行った。

 次の瞬間『窓』の枠から消え去るのは最初と同じだったが、それを一緒に見ていた師匠の胸元から、送った筈の下着が転げ落ちてきたのが見えた。

 結果は失敗に終わり、また師匠の下へ転送されてしまったのだ。

 俺は何とも言えない精神的負荷を覚え、米神に手を添える。


「ふおっ!? 何じゃ!? またワシの所へ来よったぞ!?」

 

 いったい何が原因で師匠の所へ転送されるんだ? 俺は確かに星ノ宮の事を思い浮かべ実行した筈、俺と爺さんが師弟の間柄だから?

 いや、そんな事が理由だとは思えない。

 もしかすると俺の方に理由は無くても、師匠に何かしら原因があるのかも知れない。……これは一つ確かめてみるか。


「ちょっと聞きたいんだけど、最初の時もそんな風に出て来たのか? もしそうなら、何か原因になりそうな物を師匠は持ってない?」


「ん? ふ~む、そう言われてものう。ワシの懐にある物と言えば多少中身の入った財布、丹薬、煙草、後はお主と交換した割符……ほっ!」


「割符……そうか! 師匠その割符をそこのテーブルの上に出してくれ。もう一度やってみる!」


 俺は『窓』に試食や試飲して貰おうと思って買ってきていた、炭酸入りのジュースを枠に入れ、こんどは特に何も思い浮かべず『物質転送』を実行する。

 枠から五百ミリリットルのペットボトルに入ったジュースが消え、同時にあちら側の割符を置いたテーブルの上には、元々そこに在った様にペットボトルが立っていた。

 この実験から分かった結果は、俺の物質転送を使って物を送る事が出来る先は、必ず俺と師匠が交換した割符の下になる事である。 




つづく

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