表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

121/213

120話 甘い物に罪無し

ご覧頂ありがとうございます。

 帰る方向の違いから静雄と秋山はそのまま駅前通りで分かれ、元々星ノ宮と同じ車で通学している宇隆さんは迎えが来るまで暇らしく、黒川も家の方向が俺と変わらないせいか二人して一緒になって着いて来た。

 俺としてはこの後商店街に用事があるから、駅前通りに出た所で解散でも良かったのだが、無理に別れるのも不自然だし気にしない事にする。


「この間奏様が仰っていたのはこの辺りの事か、それで石田、随分と疲れた顔をしていたのに、態々ここに連れて来たのは何か思惑があっての事か?」


「いや、思惑なんて大層なものは無い。そう言う宇隆さんこそ疲れて無いの? ……黒川、お前も家に帰らなくて良いのか?」


「大丈夫、今家に誰も居ないから平気」


「そ、そうか。それなら宇隆さんの迎えが来るまで商店街でもぶらぶらするか。 じゃあついでだし黒川、お前はその調子で色々教えてやるといいぞ」


「分かった。この前は四人で来た……この先の天海屋で、ケーキセットが美味しい――」





 何だか普段の静雄と秋山のポジションに、宇隆さんと黒川が代わりに居る事に違和感が半端ないと言うか、どうも落ち着かん。

 別に二人に思う事は何も無いのだが、第三者視点で見れば両手に花と言えなくもないけど、的確に今の俺達を表すのなら女性を侍らす色男と言うよりは、姉、弟、妹みたいな雰囲気しかしない。


 こうして三人で歩き横一列になると、宇隆さんは俺並に背が高くすらっとした格好良い女性と言える姉で、代りに仲間内で一番背の低い黒川がこの場合妹だろう。

 言うまでも無く、二人の真ん中に居る俺は弟であり、兄でもある中間管理職だな。


 姉と表現した宇隆さんを体育の合同授業で見かけた時は、ふわふわな猫っ毛頭と引き締まった体に若干逞しい二の腕が特徴で、名前は知らなかったが星ノ宮の傍に必ずと言ってよいほど一緒に居た事を覚えている。

 始めて会話した切っ掛けは、あの下着消失事件が原因だった為に随分と喧嘩腰な話し方に加え、変わった口調からどこの侍かと思ったもんな。

 そんな出会い方をしたのに、一時的とは言え対立する事になった宇隆さんと黒川の二人が、今揃って俺の隣に居るのはちょっと新鮮だった。


 そう考えると黒川も、あの事件から結構変わったと俺は認識している。

 最近はいつもデジカメを持ち歩き、学校でも昼休みに中庭で被写体を探しているのを見かけた俺としては、元気になったもんだと思う。

 クラスが違うので名前も知らなかった時の黒川は、かなり印象が薄く色白で不健康そうだった気がする。

 宇隆さんと同じく何度か見かけてはいた筈なのに、それ以上の事はあまり記憶に残って無い。


 しっかし、行動的になった反動か元からなのか俺には比べようもないが、黒川の奴は宇隆さんに先日ここに来た事を今も横で語っている。

 さき程から聞こえて来る内容から推測すると、最後の方の発言で食い気が駄々漏れしていたし……黒川は空腹に違いないと直ぐに予想できた。

 と言っても、ここの商店街は食い物関係の店が割と多いので芳しい匂いに刺激され、途中口にした茶菓子くらいじゃそうなるのも必然と言える。


「はあ、そうだな。宇隆さんの言う様に少し疲れているから、座りながら美味い物でも食って英気を養うか」


「私は構わんが……良いのか?」


 苦笑を浮かべ遠慮気味にそう聞いてくる宇隆さん。

 ここに静雄が居たならば、既に無言で店の入り口をくぐっている筈。

 勿論秋山も、有無を言わせずその後に続き右に倣えに違いない。


「ん~今はやたら懐が潤っている状態だしな、だけど夕飯が食えなくなるほどの量は勘弁してくれよ?」


「大丈夫、問題ない」


「いや、黒川、その台詞は逆に不安になるからな?」


 黒川は既に何を食べるか決まっているのか妙に張り切り、やたらと俺の右腕を引っ張って、黒川お気に入りの店『天海屋』の前に連れて来られた。

 ……黒川、お前キャラが崩壊しているぞ。

 それに、出来ればしょっぱい物が食いたかったよ。


 宇隆さんもそんな黒川の行動に驚いてはいるけど、よほどツボに入ったのか普段見ない、とても楽しそうな軽やかな笑い声を上げていた。





「ご注文はお決まりでしたか?」


「私は宇治抹茶三点セットで」


「ケーキセット、季節のお勧めタルト、ダージリン」


「……お前ら歪みねえな。俺はみたらしセットで、お茶はホット、それと持ち帰りで抹茶プリンを二つ、以上で」


 メニューを見てせめてもの抵抗とばかりに“みたらしセット”にしたのだが、注文する食べ物でも、各人性格がでるよな。

 本当なら明恵のプリンと、お祝いに買う物の調査に商店街へ来たつもりだったのに、何故かまたあの時の様に『天海屋』に居る俺……まあ美味いから良いけどさ。

 結局一時間ほどそれぞれテーブルに届いた甘味を味わい、今後の事を話していると宇隆さんの迎えが来て(何故か磐梯が乗っていた)、黒川もそれに便乗して帰ったので、やっと本来の目的を果たすべく商店街をうろつく。


 お祝に出すのに丁度良い物って何だろう? そんな事を考えながら惣菜屋『肉の丸の内』に顔を出して「いつもの兄ちゃんは居ないのかい? あの子が来ると良い宣伝になるんだけどねぇ」と言われ、静雄のオマケとして覚えられていた事が分かり、ちょっぴりガッカリした。

 次に『スーパーミラクル』でジュース各種一ケースやカットパインに果物系、他にも数点扱っている食品の値段を調べ、偶々通りかかった店長さんを捉まえる事に成功。

 どれ位までの個数なら纏め買い購入可能か聞いてみた(理由を聞かれ“買い物を頼まれた”と言うと、割と真面に相手をしてくれた)。


 今回のぶらり商店街で分かった事は、大まかな個数と必要とされている物の種類が決まらないと、お祝いに物を用意する事は無理って事だ。


 俺のあまり要領を得ない質問に答えてくれた店長さんも「つまり、買い物を頼まれたのに何が欲しいのか分からない。おまけに個数も曖昧じゃねぇ……こっちも商売だから一応商品を勧めて買わせる事は出来ても、次からは二度とお客さんに物なんて買って貰えないし、信用されないだろ? だからこれ以上は答えようがないぞ?」と説明してくれた。

 よくもまあ俺の話を真面に聞いて付き合ってくれたと、頭が下がる思いだ。


 師匠に頼まれた事も相まって浮かれていたが、俺は“あっち側”の人を全然知らない事に気が付いた。

 そんな俺の考えだけで物を押し付けても、きっと意味が無い。

 やっぱりお祝いなんだから、喜んで貰える物を用意しないとな。

 何より“必要とされる物を、必要としている人に用意出来てこそ売り手と買い手に信頼関係ができ、商売は成り立つ。一方的な考えには信頼も信用も生まれない”と、俺の話を聞いて答えてくれた『スーパーミラクル』の店長に気付かされた。


 だから今晩また師匠に会って、もっと話を聞こう。


 そう決意した俺は、手にぶら下げた袋の中の『スーパーミラクル』で買った品物と明恵のお土産のプリンを『窓』に仕舞うと、足早に家へと足を向けた。





「ただいま~。明恵、お前の大好きなお兄ちゃんがプリンを持って帰ったぞ」


「おかえりなさい。明人、母さんにはお土産無いの? まあ良いわ。それよりも、あなたには残念なお知らせがあるのよ」


 玄関の扉を開け中へ入って一番、明恵が出て来ると思ったのに待ち構えていたのは我が妹では無く、母さんだった。

 ……俺に残念なお知らせ? 行き成りどういう意味だろう?


「えっと、残念って何が残念なの母さん?」


「今日のお昼に、お父さんが言っていた電気屋さんが冷蔵庫の修理に来たのよ」


「それの何処が残念なんだ? 寧ろ来なかったから残念なのかと思った」


 何か様子が変だな? あの冷蔵庫もしかして修理不可能なくらいぶっ壊れてたとか? 確かにそうなると残念と思って不思議じゃない。

 それに心なしか、母さんがソワソワしている様に感じる。

 もしかして、廃品回収として既に持っていかれた!?


「そうじゃなくて、良く聞いてね。実はあの冷蔵庫、単に電源コードが内側で断線したせいで、他は特に異常なかったそうなの。それで修理代もコードを取り換えただけで保証期間内だったから、作業と“設置代金”を含めて全部無料だったのよ」


 つまり、あれだけ母さんが不機嫌になって俺に“トライアングル・スリーパー・ホールド”を掛けた意味は、母さんの機嫌を治す以外に意味は無かった訳だ……。


「ま、まあ、修理代も無料だったなら良かったって事だし、もう済んだ過去の事は忘れて、今まで通りだと思えば――」


「えっと、そこが一番の重要な事なの。実は昨日寝る前に同じ電気屋さんへ新しい冷蔵庫を注文していたら、在庫が在ったそうで修理と合わせて持ってきちゃって、対応も丁寧でちょっと断り切れなくて、置いて貰っちゃったー。……エヘ」


「えっ?」


「もう、ちゃんと聞いてね。新しく注文した冷蔵庫は、もう家に届いているの。でね、明人があの冷蔵庫が欲しいって言っていたから、作業員のお兄さん達にお願いして、あなたの部屋に運んでおいたの。だからキチンと部屋を整理しておくのよ?」


「はあーっ!?」


 そんな母さんの話を聞いて、部屋の整理の前に頭の整理がつかない俺は、思わず玄関で靴も脱がずに叫んだ。


 えっと、先ずは落ち着こう。

 母さんが言うには、前の冷蔵庫が壊れたけど実はコードの断線が理由で、すぐに直ったけど新しい冷蔵庫は既に届いており、前の冷蔵庫が俺の部屋に押し込められている? ……マジで?


 もう一度確かめようと母さんを見ると、既にそこには居らず母さんの代わりに明恵が玄関に来て俺に纏わりつき、今度は手に持っていた筈の『天海屋』の抹茶プリンの重さがいつの間にか消え、その代わりに「お兄おかえり、プリンありがとー!」と言う声が遠ざかり、気が付くと俺だけが玄関に立ち尽くしていた。


「えっ?」



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ