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11話 純粋狂気紙一重

ご覧頂ありがとうございます。

 結局皆の前で館川の手により、問題となった件の袋の中身を曝け出されたのだが、館川の話した黒川の行った犯罪の証拠は全く見つからず、その一幕に振り回された今ここに居る面々は、ドラマで例えるならば突然主要メンバーが帰ってしまい、撮影シーンが止まりそれまでの出演中だったエキストラや、通行人Aとでも言うべき人達だけが出番を終え、ロケ地に放置でもされているような状況だ。

 先ほどの館川の狂乱から復帰できず、全員がある意味空間ごとフリーズしていた。


「明人すまん。まんまと三人も逃がしてしまったようだ」


「ねえ、結局あんたの勝ちなんでしょ今のやり取りって? それと授業に出ても居ないあんたのジャージを、何故D組の黒川さんが持っていた訳?」


 皆と同じように少々思考停止していた俺は、フリーズから立ち直った静雄と秋山にそう言われて、思わず「ああっ!!」と声に出すところだった。

 俺は黒川に冗談ぬきに『怒り』で殺されかけた事を思い出し、今の状況を考えて愕然とする。

 黒川があの館川の錯乱ぶりにも動じずに追い駆けられたのは、ある意味逆恨みだが下着ドロの犯人として、館川のせいで皆の前で吊し上げられた同じ『怒り』なのではと考えたからだ。


「黒川ぁー! お前早まるんじゃねぇぞっ!」


「ちょっとー! 急に叫んで何なのよ! ちゃんと分かる様に答えなさいよバカー!」


「む、明人お前までいったいどうした?」


 俺は秋山と静雄の声を後に、必死になって館川達が向かった廊下の先にある、室内プールへと駈け出した。


 ――もう動く気にはならない、ただ私は考えていた。


 あの最悪の日から、何時犯人の気が変わり私の誰にも知られたくない秘密が、突如ばら撒かれるかも知れないという、恐怖と焦燥感に悩まされまともに睡眠もとれず、日に日に削られていく気力と私の心。

 そして、そんな苦しみを味あわせる犯人の言う事に逆らえず、従わざる負えない屈辱感。とても悔しかった。

 私の心には、そんな犯人に対する憎しみと怒りが渦巻き、どす黒い感情が共存してグラグラと煮えたぎる。


 合同プールの時間、体調の優れない私は途中抜け出し、犯人の指示通り更衣室のロッカーから、星ノ宮さんの下着を取り出し袋に詰めた。

 ロッカーには鍵は付いて無く、それほど物を入れるスペースも無いので貴重品を入れる人はまず居ない。

 本当にただ着替えを置くくらいしか利用できない空間、だからこそ私でも容易に盗めると犯人は考え、あのような指示を書いたのだろう。

 私は盗んだ下着をどこに隠そうかとフラフラと廊下に出たが、睡眠不足も祟って躓く。……考えが纏まらない。


「あんた、大丈夫か?」


 そんな時、誰かが私にそう呼びかける、最近は顔色が悪く幽鬼の様な私に話しかけるクラスメイトも殆ど居らず。

 只管時間が過ぎ去り、解放される時だけを渇望していた私は「邪魔」と呟いたつもりだったが、小さすぎたのか相手には伝わらなかったようだ。

 それからも私に鬱陶しく話しかけ、私の神経を逆なでする。

 今とても聞きたくない『プール』の単語を出す。嫌い。


「……なぜあんたが他人の下着なんぞ持っているんだ?」


 ああ、ああ、待っていた機会が訪れた。敵は私を笑いに来て驕り、自ら尻尾を出したのだから。

 今までの色の無くなった世界に、音と色彩が戻り歓喜で溢れたかのようだ。

 まるで今から私が執行する断罪を、世界が認めているのだと暗い愉悦を感じる。


 だが、その人は敵ではなかった。

 私の中に在った怒りと憎しみと恐怖を込めて、首を絞め殺そうとしたのに。


「……くろかわ……おまえ、あきらめて、ほんとのはん……にん……にがして、いいのか……よ」


 今にも死ぬかも知れないのに、一言だって恨み言を言わず、それどころか私を鼓舞していた。


 その人の目に映る私を見て、私の中に在った黒い霧が少しだけ晴れた気がした。

 間違えなくて『良かった』と思う。でも、もう私は疲れたの。


 そして直ぐに、私の番が来た。

 もう逃げることは出来ない。

 私の罪が暴かれる。

 諦める事しか出来ない私。

 私の味方はもう居ない。


 何故私の味方をするの? この人は。

 繰り返される話の応酬、答えは出ない。

 どうして私を助けるの? 分かっているのに。

 返ってきたのは額の痛みと暖かさ。それと変な顔。


 私と仲間だった彼女、どこで違えた?

 分からない、分かるのは罪。

 私の罪は盗まれた。盗んだのは夢?

 盗んだのは、あなたなの?

 

「きぃぃぃ、煩いぃいいぃぃ。夢じゃないわ。まだよ! まだ証拠がある、そうよアハハまだ私には証拠があるじゃないぃぃぃ!」


 証拠、私の罪の証。

 私以外に私を映す物。

 私の中で、何かがパチンと弾けた。


「そう、そうなんだ? オマエだったんだ」


 私の意識を覆っていた黒い霧が晴れ、思考が開けた気がした。

 私は走り去る館川の後を追うと、思った通りプールへ向かう廊下だ。

 私はポケットの中に入れていた、カッターの存在を確かめ強く握りしめる。

 私の後ろから同じように廊下を走る、キュッと床に擦れるゴム底が鳴る音が聞こえた。


「黒川さん、待って今あの子を捕まえて正気に戻されると、貴女は知らないだろうけど私達やD組、それに他の女子の盗撮の証拠を押さえられなくなる。今それを消されたりすれば、その被害を防げなくなるの!」


「星ノ宮様の言う通りだ、黒川お前の濡れ衣の怒りも分かるが暫し待たれよ! いや、待ってくれ頼む!」


 肩越しにチラッと後ろを見ると、追い着いてきたのは星ノ宮さんと宇隆さんだった。

 それに今、星ノ宮さんは何て言った? 他の盗撮の被害? あなた達も犯人を捜していたとでも言うの!?


「どうして待たないといけないの? 何故今更それをあなた達が言うの!? 分かっているならなおの事、私を止める権利はあなた達には無いわ!」


「待て黒川! 私達は先程の館川の狂乱した際の話を聞いて確信した! それまでは増えてきていた盗撮から、犯人がついに私達女生徒の下着の窃盗にまでエスカレートしたのだと、黒川とC組のお前を庇っていた男が主犯に違いないと疑って、私と星ノ宮様は動いていたんだ!」


 その言葉で私が盗撮犯だと思われていた事に唖然としたが、それまで館川への憎しみで頭がいっぱいだったのに、宇隆さんの話を聞いて彼女と星ノ宮さんに対しても怒りが湧いた。

 だけどそんな事はもう関係ない、私は私の考えた私のすべき事をやり遂げる。

 私はポケットの中で握っていたカッターを、もう一度握りしめて答えた。


「それ以上私を止めるなら、あなた達も敵よ! やっと辿り着いた答えの、私の館川への復讐は誰にも邪魔をさせない!」


「黒川さん落ち着いて、どうも貴女何か勘違いをしてないかしら? 貴女は自分で何を言っているのか、本当に分かっているの?」


 星ノ宮さんは困惑した様な表情で、私に向かってそう言う。

 私のいったい何処が勘違い? いや、私のこの復讐は間違ってない、それだけは分かる。

 それじゃあ星ノ宮さんは、私の何を勘違いと言っているの? 私には全然分からない。

 今ここであなた達に使う事になるとは思わなかったけど、立ち塞がる壁は切り崩すまで。

 私はそう結論し右手の握る感触により一層力を込める事で、私の中にあった怒りと込み上げてくる憎しみを再確認する。


「はぁはぁ、くろぉかわぁー! お前、はぁはぁ、また暴走してねーだろぉなぁー!」


 もう一つ近づく足音と共に、あの人の声が聞こえた。

 待って欲しい。

 私は暴走などしていない。

 証拠にこんなに冷静に館川の復讐を考えている。


 私は今とても冷静です、あなたが心配して来るまでもありません。

 もう本当に大丈夫だよと、そう伝えよう。


つづけ!

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