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116話 噂のお宅消えた住人

ご覧頂ありがとうございます。


2/22 誤字修正致しました。

 一見何の変哲もないビルだったのに、秋山に言われた曰くつきの建物だと知ると途端に怪しく感じてしまう。

 まるで知らない内に足の裏にガムを踏んだまま歩き回り、それを今更気づいて不快感を覚えるような、何とも表現し難い妙な気分だ。

 ……決して秋山の話のせいだけでは無いと思う。


「そう言えば、そんな事があったが……いつの間にか忘れていたな。だが飛び降りなど、毎年寒い時期には特に珍しい物では無いだろ?」


「宇隆さんにそうやって坦々と言われると、何か別に特別じゃない様に感じちゃうけど、飛び降りは別としてまだあの時の他殺事件の犯人って、確か捕まってないのよね……」


 おいおいおい! 折角此処まで来たのに、中に入る前からそんな不吉な事知りたくなかったぜ。

 それに寒い時期に多いって、何かで聞いた様な覚えもあるけど今は夏だぞ?

 こんな話を聞いた後じゃ、特に変な雰囲気は感じなくてもトイレを借り難いだろ……一層の事、向こうのコンビニで借りて来るか?


「ふむ、宇隆も秋山も、此処で話し込んでもキリがない。先入観もあって中へ入り難い気分は分かるが、あの御仁の身内が住むのだ。心配無用だろう」


「だ、だよな。それにさっきの事件云々は置いといて、横のマンションの話は噂だけで、証拠は無いんだろ?」


 制服の袖をクイッと軽く引っ張られて横の黒川を見ると、何か言いたそうにしていたので「どうした?」と聞くと「……私も噂を聞いて、三年前に見に行った事がある」と答えられ、軽い頭痛を覚えた。

 そんな黒川の話し声が聞こえたのか、秋山が若干得意げに俺を見るのでイラッとする。

 どうもそれなりに有名な話だったらしい。

 でも黒川よ、何故に中学の頃にそんな物を確かめに行ったんだ? 夏の風物詩とも言える肝試し的なもんか?

 ……俺も地元民なのにそんな噂全然知らんかったが、静雄も「初耳だ」とか言いながら顎を摩っていたので、一部の情報通だけの物だと思いたい。





 ――結局俺はあの後、手ぶらで行くのもどうだろう? とコンビニで何かおやつ的な物を買う事を提案し、さり気なくトイレを済ませてビルの中へと入る。

 昔一階は喫茶店だったらしいが、今は不動産会社の事務所になっていてその名残なのか、エレベーターホールからはガラス張りのせいで中の様子が窺えた。


 俺達学生の姿がここに居ること自体珍しいのか、偶然目の合ったおっさんが“おや?”と言いそうな仕草で首を傾げて、そのまま頭を向けて目で追ってくるが、チンッと音が聞こえエレベーターのドアが開いたので、無視して乗り込んだ。


「ん? 石田よ、どうかしたのか?」


「何か、じーっと一階の事務所に居たおっさんに見られた」


「ふむ、知り合いか?」


「いや、全然知らんおっさん」


 そんな会話をしていると、直ぐに三階でエレベータは止まり扉が開く。

 一階のエレベーターホールよりも当然ながら狭いのだが、空調が効いてるらしく外と違ってかなり涼しい。

 それでいてどこか清々しさを感じ、先入観から重苦しそうな雰囲気を想像していたのに、そんな事は微塵も無かった。

 どうやら皆も何かしらそう感じたのか、不思議そうに辺りを見回す。


「こう言うビルって外見が古臭かったから、もっとタバコの臭いとかが籠った空気の悪いイメージが在ったけど、そんな事は無いようね」


「定期的な掃除や、手入れが行き届いているのではないか? ビルのオーナーの方針か、恭也殿の考えかは分からぬがな」


「むっ、明人、あれが何かの効果を発しているか分かるか?」


「おっ? どれだ? ……よく気が付いたな、静雄は何か感じるのか?」


 静雄が示した先を見ると、割と新しいく感じる和紙で作られた様な札が貼ってあり、『窓』を開かずに近寄って見てみると『風』と『水』の要素を感じるが、瀬里沢の屋敷に合った物とは別物に思えるし、静雄的には単に目に入っただけらしい。

 仮に同じ物だったとしたら、普通の招かれざる客はエレベーターから出られないだろうなと、漠然と思った。


「確かに、この階の空気が澄んでるのも涼しいのもこの札が影響してるっぽいな。……夏にコレがあれば、夜はスッキリ快眠できそうだ」


「へ~、便利ねぇ。ねえ、石田はさ、恭也さんの所でこういうの作るの教わったら、私達にも一枚くらい分けてよ」


「ふむ、値段に折り合いがつけば俺からも頼もう」


「……私も欲しい。ダメ?」


「お、おう。教わるかどうかは別にして、それを売っても良いのか分かればな。俺にも同じ物が作れるか微妙だけど、勝手に売って怒られるのは勘弁だぜ」


 それにしても意外だったな。

 静雄なら夏の暑さにも『修行だ』の一言で、精神修養とかしそうなのに、この辺の感覚は鍛える事とは別なのかな?

 そんな会話をしながら先へ進むと、直ぐに行き止まりが見え廊下には左右に扉があり、その一つが開くと恭也さんが顔を覗かせ「よく来たね。中へどうぞ」と迎え入れてくれた。

 ……気になるのは、昨日と違いドアを開ける時に見えた両手が、ともに白い手袋をしていた事だ。




 中は事務所と言うよりは、六人は座れるソファーと大き目のテーブルの他に物をあまり置いてなく、広く寛げるような部屋だった。

 細々としたものは他の部屋にあるのだろうけど、随分と贅沢な使い方だ。

 人数分の紅茶が用意され、俺達もコンビニで買ってきた物だが、摘まむ物を入れる器を頼み出して貰う。


「なんだか悪いね。持て成すのは僕の方なのに、君達に気を使って貰ったみたいだ。ありがとう遠慮なく頂くよ」


「いえいえ、それより二階と三階も恭也さんが使ってるって、ここの御家賃そこそこしそうだけど、恭也さんのお仕事って結構儲かるんですか?」


「バカ! お前行き成り何聞いてるんだよ。……済みません、コイツの言う事は気にしないでください」


「フフ、構わないよ。家賃だけどここのオーナーさんには良くして貰っていてね、かなり格安で借りているんだ。偶に仕事の依頼も回って来るし、持ちつ持たれつって感じだね。儲けに関してはそこそこ、かな? どれくらいの収入があれば儲かっている範疇に入るのか分からないけど、辛うじて赤字は無いよ」


「昨今の御時勢で、無借金経営は十分なのではないか? 一般の業種では無く、頻繁に必要とされる仕事には思えんしな」


「宇隆さんだったね、君の言う通り必要とされない方が良い職業なのは確かだね。だけど細かな所であまり目立つことなく動いてる人が、菅原一門以外にも居るんだ。例えば、石田君の師匠も一つ所に定住しないでいるらしいのが証拠だよね?」


「ええっと、まあ人助けって言えばそうなのかな? あんまり詳しく聞いた事ないし、今も直接家に来ることは無いけどね」


 まさか突然俺に話が降られるとは思わなくて焦ったけど、師匠の事を引き合いに出されても、“こっち側”に居る訳じゃ無いから、適当に答えても問題ないのが唯一の救いだ。

 ってか、師匠のやってる人助けは別に菅原さん達が言う様な、物の怪や悪霊(オニ)退治じゃないんだけどね。


「それで、本題に入ろうと思うけど……君はどうかしたのかい? この部屋周りには特に何も無いよ?」


「……居ない。あの目つきの悪い人」


「ふむ、そう言えばあの箱根崎と言う男が見当たらんな。あまり明人の事を良く思ってなかった様だし、別室か?」


 そう言えば名前が挙がるまで忘れていたけど、あのチンピラ紛いの黒好き野郎がいない。

 昨日の試合の疲れで今日はお休みとか? ただ、静雄に問いただされた時、一瞬目を逸らした様に見えたのは気のせいかな?

 黒川も良く気が付いたと言うか、俺は一晩寝たら腹の痛みも消えていたし、師匠に頼まれた事で頭がいっぱいで、すっかり抜けていたわ。

 あの顔を思い出すとむかっ腹が立つが、それよりさっきの恭也さんの様子の方が気にかかる。


「……箱根崎君は、今日と言うか暫くはお休みなんだ。ちょっと怪我をして今は病院に居るんだよ」


「えっ!? もしかして昨日の試合の最後、石田に吹き飛ばされたせいで、どこか痛めてたんですか?」


「はっ? マジで? もしかして頭でも打ってバカになった?」


「明人、流石にそれは言い過ぎだ。それと、先程からその両手の動きが気付かれない様にしているのだろうが、妙にぎこちない。いつ怪我を?」


 箱根崎の事を話す恭也さんは少しばかり顔を歪め何か言いたそうだったが、静雄の指摘には苦笑いで応え、諦めたようにその手袋をそっと外し見せてくれたその手は、火傷した後の様に皮膚が赤く爛れていた。


つづく

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