114話 懐具合は心の鏡
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粗方重箱の中身を空にされたが、少しだけ俺の分を確保しそれだけは死守したけど、トホホだぜ。
どうやら静雄から電話を貰った後に、色々と珠麗さんとかが俺が向こうで何をしていたかの話の(肉体労働でバイト等)口裏を合わせてくれていたらしい。
そんな裏話で、両親と明恵は夕飯と言えるほどの量の食事はとらずに軽めに抑え、“お土産を持たせますので楽しみにしていてください”と先に聞き、俺の到着を今か今かと待っていたそうだ。
まあ、親父も母さんもまるで欠食童子みたいな食いっぷりだったし、道理で随分と沢山の量の残りを須美さんが重箱に詰めてくれると思った。
今は皆満足したのか、まったりとした雰囲気で温い麦茶を飲んでいる。
冷蔵庫が壊れているので、冷たい物はまだ全滅中だ。
夜も結構遅いので明恵は既に眠そうに、目をグシグシと擦りながら母さんに引っ付いている。
「いや~久々に美味い寿司を食べたな。それにしても、まさかお前があの瀬里沢さんのお屋敷にねぇ……。安永君から電話がかかってきて話を聞いた時は、父さんも母さんも半信半疑だったぞ」
「半信半疑って、もっと自分の息子を信用しろよ! それに静雄は人を陥れるような嘘は、絶対に吐かない漢だぜ」
「ああ、それは分かっているから落ち着け。更にその後電話口に瀬里沢の家の方が直接出て、最初からキチンと説明してくれたさ。お前、倉の中の整理と陰干しの手伝いの運搬を頼まれたんだって? どんなお宝を見て来たんだコイツめ……うっかり物を壊したりなんてしてないよな?」
「えっと、景徳鎮? の壺とか何か高そうな掛け軸や緑色の像とか、色々? 確かに数はかなりの量在ったわ」
親父は俺にヘッドロックをかけながら質問してくるが、瀬里沢の家で俺がやってきたバイトはそんな内容で伝わっていたのか。物を壊してないかの質問で少し体が反応しそうになったが、何とか抑え込む。
あれはノーカンだし俺は悪くない! 一応壊しても問題ないって言われたしね。
それに実のところ物をぶっ壊した数は俺なんかよりも、よっぽど伊周の仕業の方が数えちゃいないけど圧倒的に多かっただろうしな。
「さて、最後にだが。母さんと話し合ってお前は確り責任を果たそうと、急なバイトまでして新しい冷蔵庫の費用を稼ごうとしたのは、十分に分かった」
「うん、母さんごめん。折角買ったばかりの冷蔵庫おしゃかにしちゃって」
「それはもう聞いたし、壊れちゃったのは仕方ないわ。だからってがむしゃらに、倒れるくらい働くなんて無茶はもうしないでね。電話で明人の事を聞いた時、母さんとってもビックリしたんだから」
「そうだぞ、何事も程々にな。それと一応明日の昼間に冷蔵庫の修理に来て貰うように電話しておいたから、具合によってはそんなにお金は掛からないだろう。だからお前の稼いだバイト代は取っておきなさい」
「それは……。じゃあさ、あの冷蔵庫修理が終わったら俺にくれない?」
「「えっ?」どういう事なんだ明人?」
母さんは驚いたまま固まっていて、親父は怪訝な顔で片眉を上げ俺に訊ねる。
「つまり、あの冷蔵庫は俺が買い取るって事。代わりに稼いだお金でもっと新しい冷蔵庫を母さんにもう一台買う。俺からのお詫びと言うか、プレゼントだと思って欲しいな」
俺がそうお願いすると、今度こそ両親二人は目と口を大きく開けて驚き、今日一番の大声で「えー!?」と叫んで、眠そうだった明恵をビクつかせていた。
その後の話し合いでは、修理にかかる費用は親父が負担する事になり「なるべく安く済みますように」と、どの神様かは知らんけど両手を合わせて祈っていた。
半分寝かかった明恵を抱き上げ部屋まで運ぶと、母さんは新しい冷蔵庫を選ぶのに、父さんの城(書斎)に行ってネットで調べるのに余念がない。
もう遅いから明日にしなさいと、父さんに言われてたけど何時まで起きていたかは分からん。
そんなこんなで色々慌ただしい一日だったけど、寝る前に兼成さんから預かった手紙と、研修(?)に行く事になった経緯を話すべく冷蔵庫を開け、師匠と顔を会わせていた。
時間は日付を既に跨いで、深夜一時を過ぎた時分だ。
「……なるほどのう、ちぃとばかし厄介な御仁に見込まれたものよのう。その手紙じゃが、妙な気配をさせておる。果たしてどんな考えを持ってワシに託したのやら、アキートよお主はどう思う?」
「えっと、師匠。この手紙調べても良いか? 大丈夫中身を開いたりはしない。ちょろっと撫ぜるだけで済むしね」
「ふむ……。そうじゃのう、アキートに任せても良いか?」
「俺も気になってたんだけど、勝手に人の手紙を見るのはどうかと思ってたし、師匠の許しも得た事だから、そんじゃ遠慮なく~ポチッとな」
さっそく『窓』を開いて、手紙の中の情報を調べて行くと。
手紙自体が術式を組み込まれた符の役割を果たしているらしく、中身を開き読もうとした時点で、中に閉じ込めてある『式』が起動して開封された事と開いた相手を『認識』し、その周囲の情報を得て術者に戻る仕掛けが施されていた。
うん、こんな手紙一つで相手の位置とかを特定とか恐ろしいわ!!
あのおっさん、少し強引な所は在ったけど凪ぎの海みたいな人って印象だったが、とんでもない間違いだ。
手紙の文面は時季の挨拶から始まる丁寧な紹介文と、直接な書き方ではないが、意味合いでは俺を派遣ではなく、正式に菅原に譲らないかって言う内容だった。
「ほっほっほ、アキートは随分と気に入られたようじゃな。まあ優秀だと思える人材を引き抜こうとするのは、ワシの所でも良く在る事。今回は本当にただの挨拶と、ワシに対するちょっとした揺さぶりじゃろ」
「そっか、師匠は行商だけじゃ無く。街に店も持っているんだっけ? 雇っている従業員の引き抜きとか結構あるの?」
「うむ、そうじゃの。今は店自体は息子に任せておるが、ワシが切り盛りしていた頃も偶にそう言う事も在ったのう。引き抜きと言うよりは店の情報を、幾何かの手間賃を握らせて口の滑りを良くさせるとかかの。それでどう動くか、それとも動かないか色々と予想を立てる。この手紙の御仁も、ワシの人柄を少しは判断をしようと思い考えた策。と言うところかの?」
俺が『窓』を使って調べた手紙の内容を話すと、愉快そうに髭を揺らしながら師匠はそう言って笑う。
だあ~! 俺には手紙一つでこんな読み合いなんて出来る気がしねぇ。
何だかんだ言って、こんな人の良さそうな師匠にも色んな一面があると分かって、何だかとても疲れた気がする。
俺が冷蔵庫の前でグデ~っとふにゃふにゃしていると、師匠は「その内、近い将来慣れるじゃろ」と気軽に言ってくれるが、そんな日常慣れたくねぇ。
「そうそう、村の熱で倒れた者や子供らじゃが、もうすっかり元気を取り戻しつつある。これも全てアキート、お主のお蔭じゃよ。本当にありがとう」
「待ってくれよ、別に普通だろ? 流石に遠すぎて手の届かない他人を助けろって言われたら、無理だって思って出来やしないだろうけど、たった一枚の扉を隔てた先の人ならちょっとの手間だし、普通は良いよって答えるさ」
「毎年、毎年続いてじゃぞ? 世話になった村から受け取る手紙で、子供の数が減った事が分かると、やるせない気分になる。じゃが今回の旅ではそれをアキート、お主が居たお蔭で防げたんじゃ! この意味がお主は分かっておるのか?」
「それだって、師匠が俺に『物品交換士』の技を渡してくれたからだ。……けど、そう言われると何か照れくさいな」
「兎に角ワシは嬉しくての、それで今年は何とか命名式まで生き延びた子供たちが七人じゃ。絶対その子らと一緒に祝おうと思ってここまで来た。そこでアキート、お主には何度も悪いと思うが、その後の祭で出す食べ物にあの冷えて甘い『かっとぱいん』をワシは食べさてあげたいんじゃよ。頼めないかのう?」
おお! 何だ命名式ってお祭りも兼ねてるのか? そう言う事ならひと肌脱ごうって気になるよな! 小さい頃の思い出って奴は俺も忘れず覚えている。
こりゃ絶対に楽しい物にして、一生忘れない様な思い出にしてやりたいし何より、祭りの準備って奴は終わった後よりもその前の方が楽しいもんだ。
何かそう考えると、学際の模擬店準備を思い出してワクワクしてくる。
「よっしゃー! 俺に任せてくれよ。他にも何か出す事って出来るかな? ご希望の『かっとぱいん』だけじゃ寂しいだろ? 参加する人数が分かれば色々準備しやすいし、だいたいどれくらいの人が集まるんだ?」
「おお! 引き受けてくれるか!! そうさのう。村人はほぼ全員参加するし、もしかすると近隣の村からも少しは人が来るやもしれんな。明日にでもその辺りは調べておくから、時間を貰うぞ。それと代金の事じゃが……」
「あ~、代金か……人数にも寄るんだけど、その辺の予算は今ならそれなりに当てが出来たから、何とか成る。かな?」
俺は兼成さんから受け取る予定の五十万の事を思い浮かべ、大丈夫だろうとこの時はお祭りと聞いて、テンションの上がった事も在って気軽に考えていた。
後でこの事で、奔走する破目になるとも知らずに……。
つづく