113話 親しき中にも礼儀あり、なら他は?
ご覧頂ありがとうございます。
※残酷な表現があります。
――あの後、既に大分遅い時間になっていたので食事会から決意表明みたいな流れになったけど、瀬里沢が一時間近く箱根崎にも頼み込んで弟子入りしたいと粘り勝ちし、俺と同じように恭也さんの事務所に週一で事務仕事から始めて、見習いで通う事になった。
そう言えば、箱根崎の事を昼間の紹介の時に助手兼事務員とか言ってたっけ。
兼成さんは瀬里沢の心を折るかの様に、素質を感じないとキッパリ言ってたが、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。とばかりに、箱根崎と恭也さんに詰め寄ってしぶとく力説し頷かせたのだ。
その事に喜んだ瀬里沢は「例え『今は』素質が無いと言われようと、目指す目標の為には僕は努力を惜しまない。いつの日か箱根崎さんを見習って必ず何か得て見せる!」
とか誰に見せる心算なのか妙に決まったポーズでそう言いながら、ガッチリ箱根崎と握手してその勢いに負けたと言うか、された方もありゃうんざりして説得を諦めた感じだったな。
その時見ていた俺達は皆こう思っていたに違いない。
『実は、コイツが一番最強なんじゃないか?』と。
帰り際に「当分の間は出来る事から教えて行こう」とか、げんなりした恭也さんが箱根崎に肩を落としながら呟くのが聞こえてきたので、ある意味限界だったのは間違いないだろう。
外は暗く夜も遅いので女性陣は星ノ宮の車で帰り、兼成さん達はいつ呼んだのか昨日の白いロールスが門の傍に来ていてそのまま乗って帰って行った。
ただ何故か俺と静雄だけが徒歩で、駅前の通りで分かれもう直ぐ目の前に我家が見える。
俺の腕にはそれなりの量の食事会の残りを詰めた重箱に、ポケットの中には瀬里沢から貰った依頼の前金の五万と、恭也さんの事務所の住所と電話番号の書かれた名刺が一枚に、俺の師匠に渡して欲しいと言われて兼成さんから預かった手紙が入っていた。
静かに走り出した車の広い後部座席で向かい合って座る我が娘と、未だに符で口を塞がれたままの箱根崎君(悪い虫)から、疑問の視線とこの車に落ち着かないのか多少オドオドとした視線の二つが向けられるが、僕はそれには気付かないふりで石田君本人から聞いた情報を思い出し、頭の中で整理していた。
その沈黙に耐えかねたのか、ため息を吐きながら恭也が口を開く。
「父様、一応受け入れはしましたけど、あの少年に僕が物を教えるなんて烏滸がましい事をして大丈夫? 彼の途中語っていたあの話、僕には冗談には聞こえなかったし、優秀な師匠が他に居るのに後から横やりはどうなのですか?」
それを横の席で聞いていた箱根崎君が肩を軽く竦めた後、目を瞑り鼻息をフッと吐き出し左右に首を振る。
何となくだがそのジェスチャーを読み取れば「そんなバカな事在る訳がない」と、話は聞いてはいたが信じられないと言いたいのだろう。
どうもこの仕草と表現の方法を見ると、先程まで絡ん……諦めずに粘り恭也を頷かせた瀬里沢君を思い出し、妙にイラ立つが今は無視だ。
「そうだね、彼は慌てて口調を変えて軽い冗談とでも言うような態度に切り替えたけど、あの誤魔化し方はかなり無理がある。だが本当に五日や三日、それどころか実質ほんの数時間で、あれだけの術を覚えたなんて言われても信じられなかっただろうね」
「と言う事は、父様、彼はやはり……」
薄々そう感じていた訳だが、でもどこか“信じたくない”と言う思いがどうしてもあるのだろう。
僕だってそう思いたいよ、それと彼が帰り際に言っていた“冷蔵庫を買って早く直さないと”とは、どういう意味だったんだろう?
お金が欲しいような事を話していたと聞いていたが、あの報酬の残りで買うつもりの彼が欲しい物がただの冷蔵庫? 彼の事は未だ良くわからないが、だからこそ興味深い。
……そこの、僕らの話を聞いてお腹を押さえて笑う仕草と態度、いっそここから落とすか?
「ねえ、たかちん。車の座席のロックって助手席から開けれらるかな? 乗る時に“ちょっと目障りな虫”が偶然入り込んでいたようなんだけど、少しドアを開けても良いかな? 大丈夫“僕らは”落ちないよ」
気を使って後ろの席では無く、前の助手席に座り気軽に迎えに来てくれた学生時代からの親友にそう訊ねる。
「ふはははは、“かねちゃん”は随分物騒な事を聞くんだね? そんな事ならお安い御用さ、ボタン操作一つで難無く出来るよ。ただ流石に目障りだからと言って今ここで殺生はどうかな~? 一寸の虫にも五分の魂の意味を教えてくれたのは君だろ? それに車が汚れるかも知れない。出来ればどこか遠くでやってくれると僕としては助かるね」
僕ら二人の軽妙なやり取りを聞いて、やっと“誰の事”を指しているのか気が付いたのか、目の前に座る恭也と虫が驚いた顔をするが、今更何を焦るのか逆にこっちが可笑しくて驚くよ。
「父様! お願い止めて。僕からちゃんと彼に今までの態度を謝罪させますし、それを教える事の出来ていない僕も謝ります。ですから……」
ですから? 今更それが何だと言うのか? 誰の前でそんな不遜な態度をとっているのか、今一度教育が必要らしい。
僕は普段不必要な礼儀とか作法には全く拘らないけど、弟子の弟子たる者がその最上位に取る態度を弁えて無い者に、慈悲は無い。
だが、確かにたかちんの言うように、行き成り落とすのは体裁が悪いか……。
こうして謝る恭也の手前、直接手を下すのは宜しくないし……弁明でも語らせるのはどうだろう? うん、悪くは無いな。
そう思い付き案外良い考えかも知れないと、彼の口を塞ぐ符の術を無理矢理引き剥がす事に決めた。
バチバチと符に施された術式が、数瞬それを妨げようとするが一切関係ない。
ミチィと皮と肉が剥がれる響きと、ゾリッと言う音と共に一気にそれごと削げ落とす。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」
ブシュッと聞こえる吹き出す音と、鉄臭い香りが漂い絶叫が車内に反響し耳朶を打つ。ああ、座席を少し汚してしまったか、後でたかちんには謝らないとな。
やあ、それにしても少しは良い声を出すじゃないか、恭也ほどじゃないが次はどんな言葉で踊ってくれるのかな?
――家につき、玄関で待ち構えていた両親に(母さんは復活していた)怒られはしなかったが、どんな御馳走を食べて来たのか聞かれた。
……連絡はしておいたと聞いていたけど、あいつらはいったいどんな説明をしたんだ?
取りあえず、頂いて来た重箱開けて寿司やらピザやら肉とか他諸々の料理を居間のテーブルの上に広げ、おお~! っと三人の歓声があがる。
家って……そんなに貧乏だったか?
「母さんはこれ貰うわね! ほらあなた、明恵、早い者勝ちよ!」
「おっきいピザー! お兄食べていい? 食べていい?」
「ほら、はしゃぎ過ぎだぞ。明恵落ち着きなさい」
早速とばかりに母さんは赤味と車海老をパクつき、明恵は目の前に並んだ食べ物に興奮して、テーブルに両手を突いたまま足を踏み鳴らす。
親父はそんな明恵を見て笑いながら嗜め、俺に顔を向ける。
「ん? 明人、お前腹なんか押さえてどうした? はは~さては食べ過ぎたな? 仕様の無い奴だ。どれ俺も食べるのを手伝ってやろう」
親父は普段は母さんに任せてあまり動かないのに、いそいそとお茶を用意し母さんに負けじと寿司を平らげ始めた。
唖然とし残りの重箱を見ると、明恵は先程狙った獲物であるピザを既にハムハムと齧っている。
まて、待ってくれ! そうじゃないんだ! それは食事会で食べられなかった俺の為に、須美さんが集めてくれた御馳走があああああ!
今や俺の目の前で、重箱に入れて貰った食材がみるみる減って行く。
明恵や母さんが笑顔なのは嬉しいが、親父、あんたら先に晩ご飯食べてたんじゃないのかよー!?
どうやら俺は、このまま何の因果か折角の御馳走を全て一口も味わう事無く、今日が過ぎ去りそうな予感に打ちひしがれ、床に膝を突き崩れ落ちた。
結構前の話に、チラッと出ていた兼成さんの危険な片鱗が少し垣間見える回でした。
つづく
2/14 表現に足りない部分が在った為、加筆しました。