107話 比較するのが間違い
ご覧頂ありがとうございます。
瀬里沢君達にこの後の都合を聞く前に、予め珠麗さんには先に説明し部屋を借りて食事会を開きたい旨を告げたのだが、帰って来た返事はこうだった。
「若い人同士多少の行き違いはあれど、ああやって切磋琢磨する事で少しは互いを認め合う切っ掛けにも成ったのでは? それに変わった趣向でしたが、私は随分楽しませて頂きました」
などと、とても楽しそうに言われてしまい、終いには「若い頃の夫(守弘)と義弟(伊周)の事を思い出しましたわ」とにこやかに言われて何とも返答に困ったものだが、概ね快諾を得たと言っても良いだろう。
話を終えた後に、丁度お茶の御代りを入れに来た須美さんに瀬里沢君の居る場所を訊ねると、居間で御友人達と寛いでいるとの事で珠麗さんと須美さんにはお茶のお礼を言って退出し、話をするべく居間へと向かった。
――そう言う訳で若い子達には居間に集まって貰い、今に至るのだが……。
《……ほう、随分と手の込んだ技よな。儂の覚えている範疇ではそのような洒落た菓子は見た事は無かったのぅ。なんせ甘味など暫く目にしてなかった故。味も分かれば尚良かったのだがな》
「へぇ~、味が分かるの? じゃあこっちの何てどうかな? って言っても、その姿じゃ食べられないのが残念だね。如何にか出来ないのかい?」
《ふむ、……そうさなぁ。貴様が儂に体を貸すと言うなら出来なくはない。が、主からは許しが得られておらぬ。勝手をすればどんな目に遭うやら、あやつ外見は軟弱な若造なのだが、これが中々侮れん。下手をすれば儂はあっさり黄泉送りぞ》
「あはは、何その読み贈りって……本の音読? 確かに石田君は僕達どころか、菅原さんにも気が付かせずにキミをあっさり封じ込めちゃっていたらしいからね。昨日苦労して倒した筈のキミが、試合中に突然見えた時は本当に心底吃驚したよ」
《クカカカ、そう、それよ。今では儂はその為にあやつに使役されている始末だが、あの若僧の符如きで儂を封じ込められるならば、貴様の祖父である守弘も苦労はしなかったに違いなかろう……。もっとも“それ”を出来たからこそ、死してなお儂の邪魔を出来た天晴な男だ。貴様の祖父を誇りに思うが良いぞ》
……瀬里沢君は、何故敵とも言える筈の今回の騒動の原因とあんな風に会話を出来るのか理解に苦しむ。
最近の若者は皆こんな感じなのだろうか? 仮にもその会話に上がっていた祖父を取り込み、あまつさえ屋敷まで乗っ取られ危なく魂まで取って行かれそうだったと言うのに、テーブルに乗っているお菓子を話題にその元凶と向かい合ってお喋りをするなど、あまりの危機感のなさに呆れてしまう。
ただその様子を見ながら、もしアレが危険な動きをしようものなら即座に取り押さえる、とでも言うような緊張感を漂わせる宇隆とかいう子に、不思議な生き物でも見るような視線を向けているのが、彼もまた十分以上に変わった存在である安永君……。
僕の向かいに腰を下ろす舞ちゃんは、試合以来表情を消したまま今は視線を下に向け俯いている。
その付き添いの様に舞ちゃんの隣に座りながら、頬を引き攣らせ会話を聞いているのが秋山君で、菓子談義を続ける二人(?)には興味がないのか、星ノ宮のお嬢さんは恭也と向かい合って何やら話をしている。
意識を取り戻した箱根崎君は、割れた額に包帯を巻き不機嫌な表情で会話をするアレを睨みつけながら座り、肝心の石田君はまだ眠ったままだが、さてどうしたものやら……。
「……おい! ちょっと待つっすよ! “あの符如き”ってどういう事っす!? と言うか何でお前が普通に紛れているっすか! こんなのどう考えてもおかしいっすよ! これもあの石田ってガキの入れ知恵って奴っすか?」
「箱根崎君少し五月蠅いよ? もう少し落ち着いたらどう? 待つも何も入れ知恵なんてする必要が無いのさ、“そこの彼”にはあの程度の符じゃたった一日も封じる事が出来なかったって事だね。冷静かどうかは微妙だけど、こうして話が通じるだけマシだと思うよ」
確かに、それでなくとも石田君には僕が予め制限をつけさせて貰っていたし、何より彼も故意に怪我をさせる気も無かっただろう。
それこそ試合でなければどうなったかは、言うまでもない。
瀬里沢君の向かいに居たアレは、恭也の話と憤る箱根崎君を見てニヤニヤと笑みを浮かべているが、あれは友好的な物じゃ無く獲物を見て楽しむ笑いだ。
流石に“今は”手出しをしてこないようだが、父親としては見過ごせないので少しばかり威を放つ、だが此方をチラとも見ずに余計にその笑みを深めさせただけで終わり、若干苦々しく思う。
結論から言うと、全部ではないだろうけど十分試合で二人の力は見せて貰った。
恭也には良い経験に成った筈だが、果たして箱根崎君はどうだろう?
問題はまだ眠ったままの石田君に、僕らはお礼として何が出来るだろうか?
「はあぁ~!? 何をさも“会話できて良かったです”みたいに済ませてんすか! こいつは敵っすよ? 俺達が封滅すべき彼岸へ送るオニじゃないんすっか!」
「そうは言うけどね、キミが試合中“勝手に使った”僕が持って来るように言ったあの符で封じたつもりが、実はただの“ふり”だったらしいから、本気で襲う気なら試合中にキミは二枚に下ろされているだろうね」
恭也のその台詞を聞いて、周りの皆はあの符で一日では無いにしろ、少しの時間は封じていたと思っていたのが“ふり”だったと聞いてギョッとした顔になっていた。
だがそれ以前に、石田君がアレを封じ使役するに至った事が、そもそも普通じゃない事に誰か気が付けただろうか?
冗談では無く、本気でやる気なら恭也の言う通りどころか、石田君だけで“それ”は現実になるだろう……そうならないのは、彼がそんな事を望んだりしないだけだ。
「マジっすか!?」
「どう考えてもあの少年、石田君はキミと父様のせいで試合をさせられただけだし、だからこそ最初っからやる気も無かったんだよ。頭に血が上っちゃっていた誰かさんは、全然聞く耳を持たなかった様だけどね。それに僕の言う事も耳に入らないようだし、……お蔭で“色々と”問題も見えた。今回の事は僕にとっては良い切っ掛けになったかな」
箱根崎君は符の効果を知っている分余計に驚いたようだけど、相手を侮って対峙していれば仕方が無い。
何度か能力に胡坐をかいた素人的な事を言っていたが、初めて相対する相手に尻込みするよりはマシだが、途中で感情に任せ畳みかけずに時間をかけたせいでほぼ負け。
これが実戦なら憤懣もので済めば良いほうで、悪ければそんな事も出来ず死んでいるだろう。
「へっ!? あっ、そのっすね。あの時は俺もついうっかりと言うっすか、すっかりと~恭也さん本当に申し訳ないっす!!」
「うん、まあ僕は自業自得の面もあるから仕方ないと思っているよ。けどね、それは僕に言うよりも前に、先ずはもっと最初に言うべき相手が居るんじゃないのかな? ただ、これはキミだけじゃ無く馬鹿な事を言いだした父様も、それを止めずに見物に回った僕にも問題があるから、彼が目を覚ましたら三人で頭を下げるのは勿論だけど、この子達にも謝らないとね」
丁度横に居た星ノ宮のお嬢さんは、恭也から急に水を向けられ困った顔で苦笑いをし、首を横に振って応えた。
それを見ていた周りも皆も同じ気持ちだったようで、顔を見合わせて頷く。
一人だけ顔を上げずに俯いていた舞ちゃんは、ここで初めて口を開いた。
「石田君を試合に出したのも、彼に謝るのも見ているだけで止めなかった私」
「あっ!」
「うむ、どんな事になるかなど考えずに送り出した俺達も同じだな」
「ルールのある試合と聞いて安心していた、真逆あんな内容だとは思わなかったが、知らなかっただけでは済まない。と言う訳だな黒川よ?」
「……舞ちゃん、ずっと部屋で石田の傍にいた時からそう考えていたの?」
秋山君の質問に対し、舞ちゃんはほんの僅かに顎を引いて答えを伝えた。
ずっと、と言う事は彼が倒れ眠ってからだろうか? それとももっと前? どちらにしろ箱根崎君への暴走は苛立ち半分八つ当たりで、あの態度からみて今はそれも含めて反省しているのだろう。
「あ~、おほん。各人色々と考える事はあると思うが、ここは一つ僕に任せてくれないかな? 勿論僕に対しても思う事はあるだろうけど、今は少し押さえて聞いて欲しい。先程恭也の言った様に石田君に謝るのは当然として、それだけじゃ今回の事件を解決に導いた立役者でもある彼には不十分だ。と言う訳で僕からも個人的に償いと言う訳じゃ無いけど、彼に何かしてあげたいと思う」
舞ちゃんの吐き出した胸の内で空気が重くなったが、だからこそここでそれを払拭させつつ、皆から彼の事を色々と聞き出す良い機会だ。
若い君達には悪いけど、少しだけ利用させてもらうよ。
「そこで聞きたいんだけど、石田君の欲しい物や為人、何でも良いから色々聞かせて貰えるかな? 良い案が出ればきっと彼もとても喜ぶと思うし、何より菅原の家の人間として、恭也は僕の弟子でもあるし、今回の仕事の補填でも在る訳なんだ。皆も彼の為を思うなら、この通り! 必要な物を知っていたら話して頂きたい」
そう言って頭を下げる。
さあ、どんな些細な事でも良い。
皆が知っている石田君の事を、どんどん洗いざらい話して貰うとしよう。
つづく