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104話 重さと奥の手

ご覧頂ありがとうございます。

 盾に使える伊周も封じられ、今度こそ俺はあの黒い炎に焼かれるのか?

 そんなの絶対御免だ! どうして俺が燃やされなきゃならない? 俺はただ昨日の後片付けと、瀬里沢からの報酬を貰えれば良かった筈だ。

 何故日曜の昼間っから、こんな嗜虐が趣味っぽい奴に公開私刑をされなきゃならん!


 どう見ても箱根崎……もう奴にさん付けなんて止めだ! あいつ、このまま俺を嬲る気満々だし、目が生き生きとして俺を痛めつけられる事が楽しみだと、体全体で表していて本当に少し異常なんじゃないか?

 恭也さんは弟子にどんな教育をしてんだよ! 奴をもっと見張ってろよ。


 それに菅原さん一家に弟子入りするかどうかなんて、俺は返事をして無いのに何でこんな試合をさせられ…………そうだ、すっかり思考が奴に勝つ事に拘っていたが、俺にはこんな奴との勝敗や金なんかの報酬よりも、もっと大切な目的があった。


 俺の不注意で運悪く同じ体質(?)に成っちまった明恵の為にも、上手くこのソウルの器から洩れる力を隠し、どうにかして制御する(すべ)を教わりこれからも明恵を守らなくちゃならないんだ。

 頬を叩いて気合を入れ直し、深く息を吸い込んで意識を切り替えた。

 切り札とも呼べる伊周を封じられ、すっかり奴の放つ雰囲気に呑まれちまっていたが、次の攻撃に備える為に風の要素を練り上げる。

 こうなったら俺の風が勝るか奴の炎が上か、意地の張り合いにとことん付き合ってやろうじゃねーか!

 ゆっくりと近寄って来る箱根崎は、そんな俺を見て楽しそうに唇を歪めた。


「気力が萎えて捨て鉢になった奴をぶちのめすよりも、その反抗的な態度を何発殴れば泣いて謝るか、楽しみっすよ。精々気張って避けてみなっす、暗黒の(ダークブレイズ)!」


 舌なめずりしながらその言葉を言い切ったと同時に、前に踏み込んできた奴の黒い炎を纏った拳が俺に迫る。

 俺を昏倒させるあの秋山のパンチよりは遅く、まだ目で追えるのに体には疲労が蓄積しているせいで、拳を避けても直前で膨れ上がった炎が左腕を焦がす。

 ジワリと熱さは無いのにひりつく痛みと怠さが襲う。

 左腕が犠牲になったが、隙を逃さず俺は練った風の要素を黒い炎に向け放つ。 


「炎を吹き飛ばせ! 《アフ=カ・アーフ》!」


 威力は抑え気味に放ったが、バシュッ! と空気が破裂する音が響く。

 残念だが狙った右拳では無く、奴の左脇腹に当たり着ていた黒い髑髏柄のプリントされたTシャツの端を弾き飛ばし、肌を露出させた。


「あああっ! テメェ。どこが炎っすか! 俺のお気に入りのTシャツをよくも破いたっすね!!」


 別にそこを狙った訳じゃないけど、奴が悔しがっているのでざまみろっ!

 縁側の方からも俺の攻撃の初ヒットを見て歓声が上がるが、やはり動きながらの抜き打ちで放つと、かなり至近距離だったとはいえ命中率は散々だ。

 やっぱり、練習が全然足りない。


「おーい、石田君! 当てるのは良いとして、加減はしている様だが本当に大丈夫かい? ここで人死には困るからね!」


「箱根崎君! 試合が終わったら話がありますっ! 覚悟していなさいねっ!!」


 両手をメガホン代わりに口元に当てた菅原審判親子から、そう声がかかる。

 それを聞いた箱根崎が「うげ~っす」と顔を顰めて呻いたが、その声には余裕が感じ取られた。

 でも、恭也さんはかなりご立腹の様子。

 どうせならこの流れで試合を止めてくれたらいいのに、姿勢を戻し見物に戻ったのでそれは期待薄か。


「……お前手加減をしているって言うっすか? お前のせいで、恭也さんに怒られるし、その余裕を持った態度は俺を完全に馬鹿にしてるっすね……絶対許さねえっすよ!」


「こっちだって手加減したくてやってんじゃねえよ! そっちはもう自業自得だろうが! 俺のせいにするんじゃねぇ! 今度こそ覚悟しやがれ! このサド野郎!」


 アーフだと“点”の攻撃になってしまい、命中率を上げるのにはやはり“面”のマアーフで攻めるしかない。

 次は当たる直前に範囲で補えば、拳でなくとも奴に少しはダメージを与えられる筈だ。

 イメージするのは、風で出来た壁で押し返し姿勢を崩す! 更に追撃が入れられそうなら、奴の手を潰し炎が出せない様にする。

 そうでもしないと、先程の避けきれなかった左腕には今も黒い炎がこびりつき、痛みを与えて来るので何とかして封じたい。


「その左腕、もう直ぐ萎えて少しの間使え無くなるっすよ。次は炎だけじゃなく、拳も直撃させて動きを封じてやるから覚悟するっす」


「お前の拳なんて秋山のパンチと比べりゃ屁でもねえ! 出来るもんならやってみろよ!」


 怠さが更に蓄積して、避けるのも出来るかどうかの限界だと感じる。

 秋山を引き合いにだしてまで大口を叩いたが、今度こそ何某かのダメージを与えないとこっちはジリ貧に違いない。

 右手で風を操る事は辛うじて出来ているが、俺が今からやろうとしている事は初めての試みで、上手く行くかは賭けだ。

 だが、ここでやり遂げないと俺に勝ち目はない。





「ちょっとー! 何でそこで私が出て来るのよ。そんな危険な拳と一緒にしないでよ! いつもあんたは態と当たってるんでしょーが!」


「うむ、明人は打撃には慣れが在る筈だ。ここは耐えきり決め手となる一手が欲しい所だな」


「安永、石田の奴は普段から秋山の拳で体を鍛えているのか? 随分と珍妙な修行法をしているのだな?」


「皆、石田君も含めて何か勘違いして無いかしら? 試合とは言ったけど菅原の小父様は、一言だって勝敗の事を言及した? してないわよね? これは勝ち負けより、如何にしてあの箱根崎さんを『納得』させるかが肝じゃなくて?」


「あ~、そう言えばあの人、力を見せろ~とかポーズを決めて言ってたね。僕から見るとまだ甘いけど、あれは中々決まっていたよ。それと、本人が納得するまでって今考えると条件が曖昧だし、試合に勝っても箱根崎さんの同意を得るのは難しそうだね……って、あの、黒川君、その……大丈夫かい?」


「…………男……ない。……石田君にダーツを当てようとした。許さない。あの男、同じ目にあわす。石田君を燃やそうとし……」


「ま、舞ちゃん!? お願いだから正気に戻って、そっちは行っちゃいけないわ!」


「須美さん、最近の若い方って色々大変ね」


「大奥様、私にはちょっと……」





「そんなにお望みなら食らうが良いっす。暗黒の(ダークブレイズ)!」


「そのパターンは聞き飽きたぜ! 《アフ=カ・マアーフ》、《アフ=カ・アーフ》!」


「同時発動!? なんすかそのズル!」


 今回は避ける余裕も無く、俺はカウンターを決める為に右手の“面”で防ぎ、左手の“点”で攻撃を重ねて当てる二段構えの呪を唱え、賭けに勝ち何とか発動を成功させた。


 これには箱根崎も驚いたようで、微妙に振り抜こうとした腕に迷いが窺えたが、動き始めた物を急に止める事は難しい。

 俺の右手の風の面攻撃が奴に当た……るどころか、拳は一瞬停滞したがそのまま俺の腹を捉えた。

 左手に維持していた風の塊は何とか当てたが、俺は派手に地面へ転がされる。

 激しい痛みに目を瞑りそうになるが、箱根崎もダメージを食らい額が少し割れたのか血が流れていたのが目に映る。


「ぐほっ、なぜだ……確かに防いだはず。があああっ!」


「その驚く顔と苦痛で歪む表情漸くみれたっすよ、こっちも食らったっすけどね。説明してやる義理は無いっすが、今俺はとても気分が良いっすから、優しい俺は教えてやるっす。理由は簡単でお前の風は重さが無いっす、要は軽すぎるんすよ」


「ぐううっ、俺の、……風の要素が……軽い、だと?」


「腹は大丈夫っすか? 今日はもう何食っても戻すんじゃないっすかね。分かり易く言えば一瞬抵抗は在ったっすが、お前は面で、俺は点、仮に同じ力でも作用が集中すれば、点の方が強くて当然っす。それに今回は暗黒の(ダークブレイズ)には硬さと鋭さを持たせたっすからね……さっきのTシャツの御返しっすよ」


 うぐおぉおおっ! 服が破け腹にまるでぶっとい杭を打ち込まれ、常に上からその杭を叩かれている様な圧迫感と痛みが半端ねぇ。

 今もう一度口を開くと中身が出そうな感覚を覚え、必死に歯を食いしばる。

 ダメだ、俺の風じゃもう奴の技を防ぐ亊は出来ない。

 打撃を与える事は出来ても、これじゃあ動けなくなったところをボコられてジリ貧どころかドカ貧だ。

 俺の知っている呪は、後はアフ=ラ系しかないがそれに望みを託すには、分が悪すぎて賭けにもならない。

 他には……他、俺の最大の特技……? そう、俺にはまだ出来る事が在った。


「さ~て、理解は済んだっすか? じゃあこの額の礼もしなくちゃっすね。これまで粘った敬意を表して、俺の最高の技を見せてやるっす。あ、死ぬことは無いっすから、安心して食らうが良いっす。暗黒の火砲(ダークブレイズカノン)!」


「箱根崎君! 止めるんだ、それはやり過ぎだぞ!」


「避けろーーー明人!」


 静雄の叫び声を聞きながら、俺は何気無く開いていた『窓』で箱根崎から放たれる筈だった黒い砲弾を選択し、決定を押し込んだ。

 そう、あの砲弾を箱根崎は俺に“くらえ”と宣言していた。

 つまり、奴は俺があれを“貰っても”良いと本心から思い、言いかえれば“渡した”のだ。

 所有権は砲弾が発生し発射する前は箱根崎の物になっていたが、俺に食らわせようとした時点で所有権がギリギリで切り替わり、箱根崎から俺に移り変わったので、トレードを成立する事が出来た。

 これは等価(ロハ)な取引で、だからこそ交換が成立したのだから恨むなよ?




 俺は構えを変えて、最初にあの黒い炎を見せた時の様に得意のポーズで右腕を左手で押さえ、出し惜しみせず大きく広げた黒い炎を収束させ出来た砲弾を拳の先から奴に向け放ち勝利を確信したっす。

 どんなに潜在的な力があっても、所詮使いこなせなきゃ意味などないっす。

 これで、ぽっと出のガキなんかじゃ無く、恭也さんの傍には俺が居れば十分だと実力を見せる事が出来たっすね。


 人間一人を衰弱させはしても、殺しきる威力は全然無いっすけど、悪霊未満に雑霊ならばこれで確実に祓える威力っす。

 実戦じゃまだ当てるのが無理っすが、あのガキは先に動きを封じたから避けれはしないっす。

 こいつは二度と俺に逆らわないだろうし、仮にお情けで弟子入りする事になったとして、兄弟子としての俺に様をつけ畏れ敬うに決まったっす。

 恭也さんも、少しは俺の実力って物をこれで分かってくれて、もっと仕事を任せてくれると良いんすけどね。


 行く行くは、俺も事務所のフロアに部屋を貰い共同経営者になんて……。

 俺の将来のプランを夢想していると、それをぶち壊す無遠慮な声が耳に届く。


「うぐっ、あんたがくれたこれ……悪いけど、流石に俺には“食えない”から、確り……返す、ぜ?」


 何だあのガキ、まだ意識が残っていたっすか? 仕様がない止めをさ「ぶるぁぁぁぁぁ!」






「これで、おぇっ……」


 ダメだ、今はもうこれ以上真面に喋れねぇ、腹から喉の奥に色々な物が込み上げて決壊しそうだ。

 俺に攻撃を仕掛けた後、箱根崎の奴も固まったままだったが、力でも使い果たしていたのか?

 兎に角奴は、俺から送り返された砲弾が直撃して吹き飛び、珠麗さんが注意していた池に体を半分沈め、黒くウネウネとした炎が纏わり憑き(誤字じゃない)偶にビクっと痙攣して、とても触れる状況じゃないので放置だ。

 気を失ってはいるが、命には別状ないみたいだし俺も動く気力がもう無い。

 一方的にやられた感は在るが、何とか引き分けくらいに決着……ついたか?

 そう考えつつ俺は地面に寝ころびながら、痛む腹を摩った。



つづく


1/24 言い回し&誤字修正致しました。

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