102話 素質vs原石
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仮にこのまま伊周と箱根崎さんを放って置いて、ヒートアップしたまま争った場合、兼成さんのレフリーストップが入ったとして、本当に間に合うだろうか?
どう考えても碌なことに成らなそうにしか思えず、内心トホホと嘆きはしても離れる訳には行かないので、最低限近寄れる距離を保ち二人(?)を見守る事にした。
「あ~もう、勝手にしろ! 俺は止めたんだからな! 箱根崎さんもいい加減頭冷やせよ。あんたのそのダークだかブラックだかしらんけど、マジで十分凄いの分かったし、そろそろ余興は充分だろ?」
「お前! 俺の編み出した暗黒の技を……恭也さんが褒めてくれたこれを、余興だって言うんすね?」
《クカカカ、主よどうやら今の台詞で虎の尾を踏んだらしいぞ? 奴の力が視えるか? ……尻拭いも臣下の務め。これは儂も張り切らねば成らぬな》
箱根崎さんは低い声でそう答え、もう俺と伊周を見る事さえしない。
確かに黒い炎ってのは初めて見たし、さっきの放射には目を瞠ったし焦りもした。
恭也さんが褒めてくれたと言うその技術は、俺も純粋に凄いと感じたのも事実だ。
だからこそ、冷静になれって言ったつもりだったが、箱根崎さんとの間が余計に拗れちまった。
どうも俺は、上手い事人を宥めたりするのは下手くそらしい。
思い返してみれば、俺が相手だと迷子の幼女は泣き出すし、プール盗撮事件の時は黒川を始め皆がキレてたな。
他にも秋山を日常茶飯事の如く怒らせていたし、前から女性限定でダメかと思っていたが違ったようだ。
伊周の言うように、箱根崎さんからは静かな怒りが空気を伝って皮膚に感じられるほど高まっている。
……少し漏れだし、黒い靄が視えるくらいだ。
「ハッ!? 真逆箱根崎さんって、あんな態だが女性だったり……?」
俺は独り言を呟いたつもりだったが、割と声が大きかったようで縁側に居た皆にも聞こえていたらしく、女性陣から非難の声が上がる。
一瞬、箱根崎さんが転けそうになったが、どうにか持ちこたえたようだ。
伊周にまで「お前は何を言ってるんだ?」的な顔で、黒一色で塗りつぶされたハイライトの消えた瞳を向けられ(元々無いけど)、何とも居た堪れない。
いや、違うとは思ったけど、閃いた事がつい口から洩れただけなんだよ!
「「「「「はあー!?」」」」」
「……安永君、彼の女性の定義と言うモノを、一度男同士で話し合った方が良いと思うのは僕だけだろうか?」
「むう、もしやあの黒い炎は幻覚作用もあるのか? つい最近明人は、普通にKADOYAで『特集!大胆ポーズで水着から零れる果実に激しい果汁、私の全て見えちゃう』を買っていた筈だ。……謎だな」
「え゛っ!? あの店ってレジが基本若い女性ばかりで、うちの学校の子のアルバイトもいるのに……そのタイトルの本を持って、本当に並んだと言うのかい? なんて蛮勇なんだ。僕にはとても真似出来ないよ」
「……その本の事、詳しく教えて。ダメ?」
「ま、舞ちゃん!? 急に怖い顔してどうしたの? ダメよあんな本に関わっちゃいけません! もう、安永君も何で今この場でそんな事を言うのよ!」
「あら? 何故秋山さんがその本の事を知っているのかしら? もしかして貴女中身を見た事があるの? ……私も少し興味が湧いたわ。真琴もそうは思わなくて?」
「はあ、しかし奏さま、石田の趣味嗜好など別に今更気にする必要は無いのでは? 奴とて男ですし、その……あまりこの様な話はここでするべきではないかと」
恭也から受け取った“清めの水”の効果は間違いない。
後はこのまま効果の安定性と、持続時間の長さを見るとしようかな。
後ろから聞こえる声からして、随分と若い子達は盛り上がっている様で結構な事だ。
霊と言う目に見えない気配や音だけの、その辺にも居る弱い雑霊では無く、姿形を形成し、直接人に害意を撒く悪霊と呼べる程の怪異に襲われたのに、肉体的負傷や心的外傷もほぼ受けることなく退けられた事で、今は彼等の何処にも不安要素は見受けられ無い。
何とか治まって本当に良かった……最悪の場合も考え『式』を放ってはいたが、あの石田君の横に居る付喪神と実際に威を交えていたら、僕も怪我だけで済めば御の字だっただろう。
「うん、皆何事も無く効果は表れている様だね。彼、箱根崎君だっけ? 名前覚えたよ。それと恭也、これは審判としてでは無く純粋に興味なんだが、あれって彼は独学で使えるようになったの?」
「元々素質があった所に、ちょっと病気を拗らせ使えるようになったらしいです。ただ、普通の人には見えないので少々捻くれて育ったのと、被害妄想の気があるのが、余計にああいった技を生む経緯に繋がったのでしょうね」
あの黒い炎、確かに人の思いを形にして相手にぶつける技は在る。
気と呼ばれる物に似た力もあるが、あの黒い力の根源は全然違う筈だ。
彼の業は人寄りではなく、どちらかと言えばあちら側の住人が根本から持つ物で、本来なら混沌とした理解し難いそれを、独自に分かり易くイメージと感情だけで操る等、普通は出来ない。
「なるほど、彼の力の本質を見るに“混じってる”かも知れないね。他はどうなんだい? あの様子だとまだ何かあるんだろう?」
「父様も気が付いていたでしょうけど、僕の考えで今は符の作り方を教えているのですが、最近少し慢心しているので鼻を折る心算でした。けど、石田君、あの子が相手では勝っても負けても不味いでしょうね。勝てば自信過剰になりかねませんし、負けた場合は自暴自棄になりそうで、正直困りました」
恭也は試合を見る顔からメガネを一度外し、目元を揉みながらそう言葉を吐き出した。
やはりあの符の作りは似た様な仕上げだったが、中に込められた力に差があり違ったのはそう言う事か。
皆よりも先に屋敷へ訪れ珠麗さんに話を伺った際に、符を検め先に恭也の失敗が分かり、予想できる経緯を話し詫びておいたが、弟子の不始末はその師匠が責を取るべきだから仕方あるまい……。
ここは一つ、その心の重石を除けてやるのも僕の役目だ。
「あの様子だと、怒りが元とは言え全力を出しきる心算に見えるし、弟子を心配する気持ちも分かるけど、これからも手元で育てるのなら見守る事も大切だよ? 不安なのは分かるが、良い当て馬が出来たと思って応援してあげたらどうかな? 審判としては、応援する人の差を注意する事は出来ないからね」
厳しく育てた僕の愛しい小さかったあの子が、今は家を離れ大学に行く事を希望し、出来るだけの好条件を整え送り出したつもりだ。
近況を知らせる手紙などの挨拶状は最低限しか届かず、会いに行こうとすると「学校がある」と断られ、こっそり見に行けば勘付かれ、仕方なく興信所を使い調べていたけど、三年も直で顔を会う事が無かったら、いつの間にか知らない男の弟子まで居る始末……。
何が『変わった様子は見受けられず、海外旅行に言った』だ! あのヘボ探偵め! 何時か呪いで禿げにしてやる!
正直、石田君が彼を完膚なきまで叩きのめし、いっそ僕の代わりに葬ってくれないかと心の底で願ったが、どうやらこの子の成長に少しは役に立っているらしい。
ならばボロ雑巾の様になるまで使いつぶし、最期まで良い弟子のままで居て貰わなくてはな。
弟子以上の関係としては毛の先程より箸にも棒にも掛からぬ男だが、恭也にはもっっっっと相応しい相手が見つかるまで、近くに居る事を断腸の思いで許したくないが、仕方ないので万歩譲って黙ろう。
ただし、一メートル以上離れることが絶対条件だな。
不用意な接触は避けさせ、いっその事もう一人女性の弟子か秘書でも付けるか? 確か家の傘下に年頃の者が居た気がする。
これは事が済んだ後、要検討だな。
「それで、父様。本当にあの石田って子を養子に迎える気なのですか? 確かに溢れて漏れ出してる力は凄まじいですが、僕には普通の高校生と変わらない様に見えるのです。気で言うなら縁側に座る彼の方が凄いでしょう?」
「むむ、いや確かに彼は凄いよ……。だけど石田君は風術を既に修めている様子だし、教えを受けている師匠も居るような事を言っていた。この麓谷市には元財閥の六家と、それを支えていた分家が在るが、きっとその内のどれかに所属していると僕は睨んでいる」
あの時見た風術の発生とその完成度の高さから、この地で力を今に受け継ぐ六家の中の者か、分家の者に違いない筈だ。
ただ、あれ程の技を教える者の名を、全く聞いた例がないのが気になる。
……それとも、まさか無名の雄がこの地に居を構え、その技を磨き伝えている者が居るとでも言うのだろうか?
「父様……質問ですけど、そんな高位の術者がいて、あの子の様な原石を放って置く訳がないのは理解できますし、師匠が居るのも当然だと思います。けど、その弟子を勝手に菅原の養子にするだなんて、本気で出来ると考えていますか? それに三年もここに居て、そんな術者の噂聞いた事ないですよ」
「あっ!!」
つづく
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