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100話 見世物

ご覧頂ありがとうございます。

 右手にリーチ不明な黒い炎(?)を纏わせ、打撃を放って来るが集中と言うか維持に手間が居るらしく、基本スペック的身体能力に任せた攻撃速度での攻撃は無理の様で、目で追うのは楽だが躱すのに気を使う。

 揺らぐ炎の形にどれほど『触れても』無事なのか分からないので、極力距離を取ろうと思うが、これ逃げ回って疲れた所を蹴る殴るじゃダメかね?

 一応それなりに逃げ足には自信があるが、きっと静雄は戦略を理解してくれても、他が認めないだろうな……何か面倒になって来た。


 ただ、さっき見た黒川や星ノ宮の楽しそうな笑顔と、縁側に居た皆の雰囲気を壊すのが忍びないので、精々頑張ってみるとしますか。





「『暗黒の力』と叫んだ割に、彼はあまりポーズがなってないね。最初の『溜め』は中々様になっていたけど、その後はどうだろう?」


 瀬里沢さんが得意そうに箱根崎って方の事を批評しているけど、一体誰の同意を求めているのかしら? 感心する箇所と駄目と言う部分の意味合いが分からないので、あの自信ありげな右手からは私も妙な気配も感じるけど、瀬里沢さんには笑顔で応えて返事は避ける。

 石田君の心配じゃなく、ポーズに拘る感性が私にはちょっと分からない。


「……ただの掌底にしては、動きが遅い。石田も慌ててはいるが十分余裕を持って避けた。だが箱根崎の言う『暗黒の力』とは何の事だ? 安永、お前には意味が分かったか?」


「うむ、明人は随分とあの右手警戒して距離を開けて避けた。言葉の意味は聞かれても、……俺には理解し難いな。気合を入れる若しくは明人への牽制、威嚇色々推測は出来るが、アレに何某かの意味が在り台詞と掌底に何かを感じ取り、脅威を覚えたとも考えられる」


 評価を聞くのなら、この二人の解説を聞くのが一番の様ね。

 瀬里沢さんはあっさり無視されて、少し不満そうだったけれど論点がちょっと違うみたいだし、これは仕方が無いわ。

 それに真琴の疑問は私も感じていたけど、安永君は二人の動きに関しての要点を上手く分かりやすく教えてくれるから、聞いていてすんなり頭に入る。

 今度安永君にも護衛依頼の提案をしたら、聞いて頂ける?


「あの、二人とも真面目に解説している所悪いけど、アレって……石田は割とノリが良い所あるから、箱根崎さんに付き合ってあげてるとか? ほら、私の冗談のパンチも避けずに当たってくれ……、あっ!」


「秋山さんが疑問に感じたと同じく、ノリが良いなら似た様な台詞で返すか態と拳に当たっていると思う。避けたのは本当に何かあると感じたからで、私も安永君と同じ考え、あれは危険」


 黒川さん緊張した面持ちで、秋山さんに答えている。

 つい最近仲良くなったとは言え、確りと自分の意見を相手に言えるのは信頼関係が築かれている? いったい何時の間にこんなに二人は近くなったの? 座った二人の距離を見ても、ほぼぺったりくっついているし、私ももっと二人と仲良くしたい……それなら思った事を隠さず言えば、少しは近寄れるかしら?


「……少なくとも、私も石田君は本気で驚いて避けたように見えたわ。それに箱根崎って方からも妙な気配を感じるし、菅原の小父様の“ただの殴り合い”はダメと言っていた宣言から、秋山さんの言う御遊びの冗談じゃなくて、本当に『何かしている』のかも知れないわよ?」


 私も考えた事をそのまま言ってみたのだけれど、今は二人の顔を見るのが少しだけ怖い。

 答え合わせをせずに相手の心の様子を計る事が、こんなに不安を感じるなんていつ以来かしら?

 私の考えをそのまま本音で言っても大丈夫な相手は、真琴くらいしか居なかったし、……中学生の頃を思い出すと相手を信じたくても、息苦しさを覚える。

 こんな事を考えるからいけないのだと分かっても、囚われてしまう。


 誰にも気付かれない様に溜息をそっと吐いて、二人の様子を確認したりはせず、気持ちを切り替えるべく視線を試合に戻すが、こんな楽しそうな雰囲気の中なのに、私は少しだけ孤独を感じた。





「おーい石田君! 防戦のみじゃ勝てないよ! ここは一つ君もあの時の技を出せば勝てるよ! 掛け声は微妙だったけど、あの時の指先を相手に向けるポーズは、僕は不覚にもちょっと良いと思ったんだ!」


 この叫びを聞いて動揺したのか石田君が拳を避けそこない、一瞬掠った様に見え途端に動きが鈍くなった様に感じる。

 息を荒げるほど動いてはいなかった筈なのに、やっぱりあの箱根崎さんの拳には秘密が在る?


「えっと、坊ちゃまはいったい何を言ってるんでしょう? 昨日何が起きていたか私はあまり良く分かって無いのですけど、大奥様は御存じですか?」


「そうそう、須美さんは知らないでしょうけど、あの石田君も結構やりますのよ。昔若い頃に見た、守弘さんと弟の伊周さんとの試合ほどでは無いけれど、二人もこうして庭で稽古をしていたわ」


「若いって良いわね」と、頬に手を当て恭也さんと試合を続ける二人を見て、瀬里沢さんのお婆さん……確か珠麗さんと言ったかしら、そこに過去のどんな場面を当て嵌めているのか分からないけど、うっとりした顔でそう呟く。

 この試合で仮に石田君が、お孫さんの言うような事をして相手に“技”を繰り出したら、稽古よりも危険だと自覚して無いのかしら?


「気が付いたか? 石田の動きが最初に比べると精彩に欠ける。瀬里沢の応援で集中を欠いた時に、拳は掠めたが当たっては無い。何かされたように見えなかったが、安永、お前の言う“何某か”が正解だったか?」


「必死に避けてはいるが、両方に疲労も見え始めている。“何某か”のせいもあるかもしれんが、やはり日頃鍛錬をしてないと持久力が足りん。しかし、明人が勝ち負けに拘り、アレを人に向けると思うか?」


 横で真琴と安永君の話を聞いていた様子の菅原の小父様が、持っていた扇子で額をペチリと叩くと困った顔をして、「うっかりしていた。今日は持ち合わせが無かったな……」と呟いた。

 横に居た私にはいったい何の事を指しているのか分からなく、試合も気になるけど興味が引かれ、視線を向ける。


「ん? ああ、そうか“視えない”とアレは分からないね。彼は人が誰でも持っている“ある力”をイメージで増幅させて、石田君にそれをぶつけようとしていたんだよ。あれは流石に当たらないとどんな効果があるか、ハッキリとは僕にも分からなかったけど。石田君、避けそこなったからね。動きが悪くなった原因はそれさ」


「菅原の小父様には、確りと見えて意味もお分かりになったのね?」


「ん? さっき言ったけど僕は審判だからね。分かってもどっちの味方もする心算はないよ。ただ、これじゃあ折角の見物人は視覚的特殊効果を態と消された、劇を見ている様なものか……。恭也、今日はあれ持ってきているかい?」


「……はあ、一応『視れない』事を笠に着て、依頼を無かった事にする方用の“清めの水”ならありますけど、効果時間は短いですよ?」


「それじゃ、今度水じゃなく香油で作った物を見せるよ。水と違って揮発し難いから、効果時間もそれなりにある。問題は調整が難しくて、使いすぎると普段から『視える』ように、症状が進んでしまう恐れが在る事くらいかな」


 ……少しだけ、この方の事を本当に信用して良いのか、秋山さんや黒川さんに抱いた不安と違うものを覚える。

 実の娘さんである恭也さんも、どうやら似た様な感覚の持ち主らしく、あからさまに整ったその顔を物凄く嫌そうに歪めていて、初対面でも『嫌われた』と感じそうな表情を出し、今にも舌打ちが聞こえてきそうな程だわ。

 恭也さんは納得して無いようで苦々しい顔をしながら、コートのポケットに手を入れ小瓶を取り出した。

 教会で扱っている聖水と言われても、思わず納得しそうな造型をした綺麗な入れ物で、これも目に見える『らしさ』を演出する為の小道具なのかしら?


「一応言っておきますけど、父様、使わないに越したことは無いと僕は思う。本当に良いの? 見えない事の方が普通だって、小さい頃から教わったのは僕だよ?」


「恭也、その考えを僕は生涯変わらないと思う。だけどね、ここに居る人達はそれに既に触れているのにも拘らず、危険に直面していたのに嫌悪する事も、畏れはしても厭わない人が集まった稀有な人達だ。そこに少しだけ協力して、楽しい思い出を作るのも良いだろう?」


 菅原の小父様は照れくさそうにそう言うと、目をぱちくりして驚いている恭也さんから小瓶を受け取ると、その小さな蓋を開けて数滴指の先に乗せ何かを確認する動作をした後に、試合を見ている皆を振り返る。

 どうやら私の考え過ぎの様で、少し恥ずかしい。

 この方には余計な思惑は無く、単純に思い出を作ってあげたいと言う気持ちでの行動だったのだから。


「はい注目! 今石田君と、彼……もう一人が何をしているか知りたくないかな? 見たくない人は手を上げて、それ以外の人は良いと言うまで一度目を瞑ってね」


 楽しそうに告げる菅原の小父様のその台詞に、縁側に居た皆は顔を見合わせたり目を輝かせたりしている。

 それを見て私は何を不安に思っていたのかと、胸のモヤモヤとした蟠りはあっさりと霧消し、横に座る秋山さんと黒川さんそして真琴と手を繋ぎ、一緒になって笑みを浮かべると、ギュッと目を瞑った。


つづく


1/18 誤字&加筆修正致しました。

縁側に八人も並んで座れるのって、瀬里沢家はやっぱり広い屋敷だわ……。

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