99話 一発芸のネタではない
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皆が見守る中、突然瀬里沢みたいに『ドォォォォォン!!』と言う視覚効果と集中線がバックに現れそうな決めポーズを決め、俺に指を突き付けた箱根崎さんはそう宣言したのだけど、行き成り力を示せと言われても……何をすれと? 普通はホイホイ人前で見せる様な物じゃないんじゃないの?
「なあ、箱根崎さんちょっと良いか? あんたが恭也さんに師事し、一番弟子としての矜持が在るのかも知れないが、ただの高校生の素人の俺に何を求めてるんだ?」
「何言ってんすか! どう見ても普通じゃないっす。お前みたいな高校生がその辺にゴロゴロしてたら世の中世紀末っすよ! 誰も一人の救世主に希望を託したりなんてしなくて済むっす」
今の台詞から察するに、箱根崎さんは割と漫画も読んでいる人らしい。
世紀末的覇者っぽい奴なら、俺の向かいのソファーに座って事の成り行きを不敵な面で見ていたりするんだが、視界に納まっている筈なのに箱根崎さんの視線は、静雄の方を絶対見ないようにしている。
……まあ、例えるなら御長寿アニメの某未来から来た猫型ロボットの世界に、劇画調の人物が一人だけ紛れ込んでいれば、只管視界に入れないか積極的に関わるかの二択になってもおかしくは無い。
周りの皆も箱根崎さんを止めようとはせずに、事の成り行きがどのようになるのか興味津々の様で頭痛がした。
そのせいか星ノ宮と黒川の視線が、少しだけ緩んだ様で圧迫感が薄れた気がする。
けど、きっと珠麗さんなら、さっきの菅原さん親子の話を上手く纏めた時の様に、執り成してくれるに違いないと思って期待の視線を向けてみると、須美さんと並んで座り楽しそうにこっちを見ている……誰か止めれ。
そこで俺の祈りが通じたのか、恭也さんが手を上げこの流れを止めてくれた。
「箱根崎君、彼に示せって言うけど既にキミの発言通り駄々漏れで、今も示しっぱなしじゃないか。これ以上何かさせるのなら、流石に事故や怪我はなるべく起こさないで欲しいかな。傷害保険だって一応審査があるんだから、書類に書けない様な事は止めてね」
「うっす! 了解っす! 恭也さんがそう言ってくれるなら、教わった力を奴に見せつけてやるっすよ! そして恭也さんの親御さんにも……俺の実力を見て貰うチャンスっす」
俺の祈りは天に届かなかった様だ、つか何気に恭也さん抜け目ないな。
今から傷害保険の話を持ち出すって、俺の心配じゃないのね。
それに答える箱根崎さんの後半の台詞は囁く様な呟きだったが、目の前に居る俺にはちゃんと聞こえたぞ。
この人、俺を踏み台にする気満々かよ……。
「石田君、悪いんだけど暴れるなら外に出て行ってね。いくらなんでも、僕らに近すぎるし、流石に部屋の中では遠慮願うよ? レディ達に傷がついては困るからね」
「そうね。石田君、屋敷の中ではちょっと困るわ。縁側に座って見られるように、中庭ではどうかしら? 御二人共にお伝えしますけど、庭が多少荒れても構いませんが、池には気を付けて下さいね。少し深いから、落ちるとずぶ濡れになりますよ」
……黙って聞いていたらいつの間にか家主から、庭の使用を提供され多少荒れても良いとの承諾をも得ていたナリィ。
珠麗さんも、皆も本気で俺達に何をさせる気ですか!!
俺は承諾した覚えがないのだけど、黒川と星ノ宮に片腕ずつ引っ張られて引きずり出されたので、仕方なく観念し静雄が持ってきてくれた靴を履き庭に出る。
結局押し切られる形で、俺と箱根崎さんは日当たりの良い屋敷の縁側前に立たされ、対峙する事になった。
縁側から送られてくる皆の声援の内容に……一言も俺の事の心配が無くて泣けてくる。これも一応は信頼の形なのかな?
「ふむ。……明人、無茶はするなよ?」
「石田、お前の隠している実力。今度はしかと見せて貰うぞ」
「撮影するから頑張って、応援している」
「石田君、貴方やり過ぎはダメよ? 宇隆はああ言っていたけど、私でも無茶かなって思うわ。警察沙汰にはしないでね?」
「皆こう言ってるし、仕方が無いから舞ちゃんと一緒に応援してあげるわ。感謝しなさいよ!」
「あの秋山君、僕もそこに座って良いよね? もう少しだけ横に……え? ダメ? いや、そこもう少し詰めれば……安永君、隣良いかな?」
こんな感じで、縁側に座る奴らで黒川の持ってきていたデジカメで撮ったり、撮られたりしてプチ祭り気分で楽しそうで混ざりたい。
俺もどうせならあの輪に入り、見物に回る方が性に合っているのだが、今回はなんせ箱根崎さんと俺は、ある意味主役であり見世物なのだ。
今は瀬里沢の奴も女子に囲まれ……ては居るが隣は珠麗さんだし、何とも言えんけど、普段学校では邪険に扱われていると秋山も言っていたので、普通に話の輪の中に居るだけでも、割と嬉しいのかもしれないな。
それよりも今俺の直面している問題が、これから対戦(?)する相手の箱根崎さんの事だ。
いくらなんでも昨日今日身に着けた付け焼刃の風の要素で、正式に弟子入りし技術の研鑽を積んでいる様子の人相手に、俺が抗うってのは態の良い見せしめと言うか、どう考えても生贄の羊なんじゃないだろうか?
その辺の感覚が戦闘民族的意識を持つ静雄や、トンファーなんかで武装していた宇隆さんと違い、一般人な感覚を持っていると自負する俺としては、この状況は普段であれば逃げる要素満載なのだ。
でも、暗がりで守弘さんの幽霊(?)や伊周の刀に遭った時に感じた危機感と比べ、目の前に立つ箱根崎さんに全然脅威を感じなく、今も獰猛な笑みを浮かべる彼に対して危険を察知する事が出来ず、己の感覚が麻痺している様で慣れが怖い。
「えっと、箱根崎さんは何がお得意で? 俺はなるべくなら手荒な事は止めて、もっと穏便に話し合う事も肝心だと思うんだけど、はっきり言うと俺らが怪我をしない内に、こんな事止めにしないか?」
「……その言い分、なんか気に食わないっすね。始める前からもう勝った心算っすか? 『良し』と声が掛かった後に、その余裕が何時まで続くか楽しみっすよ」
今の発言を聞くに既にかなり頭が暖まっている様子で、全然俺の話を真面に受け取らず斜め上な解釈を勝手にし、逆に戦意を高めているようだ。
こりゃ下手にこれ以上話しかけても、箱根崎さんを更に挑発する事にしか成らんかもと思い、説得を諦める……だいたい『良し』って犬かよ!
最初に会った時は普通の青年って感じだったのに、髪型に加え揉み上げと顎髭のせいで、よりガラの悪さが際立って悪人ぽくなってしまった。
普段大人しそうな人が怒ると怖いって、こういう事か?
「……父様、彼の言うように本当にただの高校生の素人なのですか? それにしてはこの雰囲気の中、あまりに泰然自若としていて、逆に箱根崎君の方が相手の力の漏れを見えるだけに、気負っているように見えてどっちが素人なのか分からない状況なのですが?」
「う~ん、そうだね。ちょっと釘を刺しておいた方が良いかな。おーい! 石田君、それに……彼なんて名前だっけ? まあいいや、言っておくけど相手を殺しちゃったら即負けだし、即御縄だよ!」
オイオイ、殺しちゃったらじゃないっての! どっからそんな軽い口調で出て来るんだよ!! 今の台詞には箱根崎さんも若干驚いた様子。
一応この人もそこまでする気は無い事が分かったけど、怪我に関しては恭也さんしか言及して無い。
この国には傷害罪って物が存在するんだけど……通じ無さそうで言葉に出すことは諦めた。
「勘違いして貰っては困るんだけど、あくまでもこれは僕らを審判とした試合であって、喧嘩や“ただの殴り合い”じゃないって事を肝に銘じてね。止めと言ったらすぐ止める事、あと危険と判断したら強制的に止めに入るからその心算で、じゃあ始め」
「「……」」
「「「「ええ~!?(あらあら)」」」」
「ねえ宇隆、試合ってこんな風な感じだったかしら? 私の記憶する物と少し違うような気がするのだけど」
「はっ、それでは僭越ながら言いますと奏様、これは公式な物ではありませんし、記録会や他校との交流戦でもありません。所謂野試合ですしこんなもので十分かと。おい! 石田、既に始まっているのだぞ! 貴様は何を呆けている!」
「明人は普段避けられる争いは、なるべく回避する。しかし、呆けて見せてはいるが、今は相手の出方を見ているのだろう。逃げる事を止めた明人は、覚悟を決めている。そうとなれば、敢えて隙を作っているとも見えるな」
あれっ? 『良し』じゃないの? 何かさらっと話のオマケみたいに「始め」って言われて、箱根崎さんも本当に動いていいのか微妙に噛合わなくて、俺と同じように途惑っていた。
どうでも良いけど、俺に対する静雄の解説が箱根崎さんの警戒心を引き揚げさせ、途端に顔が引き締まると俺を睨みつけながら、「危なかったっす」とか言って何か妙な構えをとる。
皆も唐突に始めと言われ兼成さんへ視線を移していたが、今の静雄の説明を受けて「なるほど」とか何が分かったのか瀬里沢が呟き、勝手に納得しているようだ。
俺は流石に今の開始の合図はどうかと思うし、皆が向けて来る期待感が重い。
静雄よ、応援も解説するのも構わんが俺のハードルをあまり引き上げないでくれ、お前と違って俺の精神はただの高校生なんだぞ! 腹がキリキリ痛むわ!
そんな風に心の中で静雄に文句を言っていたら、箱根崎さんに動きが在った。
何やら左手で右手首を押さえながら唸り、「俺の暗黒の力を見るっすよ!」と叫ぶと、やおら右手から燃える炎のような揺らめきをする、黒い何かを放出し俺に向かってそれを構えて襲ってきた。
「おわっ!?」
それの当たる範囲にまで近寄られてハッキリしたのは、箱根崎さんの右手から出ている物は、炎の様な動きをする黒い力の塊だった。
正直言って、ふざけた技だが当たったらどうなるか分からないし、奇妙な気配……最近感じた似た様な物で言えば、館川が黒川と星ノ宮達に向けていたあの瞳。
言うなれば暗い負の念みたいな物を感じただけに、危険と感じた俺はかなり全力で回避する事に集中した。
つづく