表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/213

9話 踊る俺、見る他人、嗤うのは

ご覧頂ありがとうございます。

「カホッ、ケホッ、オェッ」


 俺は廊下に倒れこむと、喉に絡んでいた粘りの強い唾のせいで噎せてしまい、軽くえずき唇の端から垂れてしまった唾液を右手の袖で拭う。

 何とか絞まるネクタイと喉の間に左手の指全部を挟んで、完全に首が絞まるのを凌いでいたが、冗談ではなく本当に死んじまうかと思った。


 解放はされたが俺の心臓は依然バクバクと悲鳴を上げて、勢いよく暴れている。

 まだ軽く首が圧迫されており、ネクタイを緩めたいが思ったように指に力が入らず解けない。

 酸素を求め魚の様に口をパクパクさせながら、ズリズリと移動し壁にもたれ掛かり、足を投げ出すと少しの間目を瞑って、楽な姿勢で息を整える。


 ペタリと廊下の床に座り込んだ、隣の黒川を片目だけ薄っすらと開けて見て、俺はその顔を窺うが一応もう泣いてはいない。

 最後の最後まで、俺が見つめていた黒川の瞳に宿る力強さが、徐々に失われて行ったので、きっと俺が犯人じゃないと、何となく理解してくれたのだろう。

 今は激情が収まり、放心しているように見える。


 ただ俺が疑われた黒川の言う犯人って、いったい何の犯人なんだ? それも未だ分からん。


 改めて考えると具合が悪いのに、何故か激情にかられて俺を黒川の言う犯人と思い込み、捕まえたと思った矢先逆にその人物に犯罪者呼ばわりされ、揚句に犯人では無いと否定され、それを理解したコイツは、今どんな気分なんだろうか?


 今までの黒川の気持ちを分かってやる事は出来ないけれど、想像し考える事ならできる……が、その前に鐘が鳴り授業が終わったって事は、プールから上がった皆は必然的に着替える。

 そうなってくると、今黒川が星ノ宮の下着を持ち歩いているのは、どう考えても都合が悪い。

 直に下着が無い事に気が付かれ、下手をすれば結構な騒ぎになるだろう。

 そう言えば何で星ノ宮の下着なんて盗んだのかも、分からん儘だ。

 億劫だが知ってしまった以上、理由さえ話して貰えれば何とかしてやりたいし、こうなったらもう一度聞いてみるしかないか。


「黒川もう、時間が無い。お前、何で他人の下着、持ってるんだ? それに、犯人って何だ? ここまでされた、俺には聞く権利くらい、くれ。話せる、だけでいい」


 まだ少し喋るのに、口が重怠い。

 黒川は俺にそう言われピクッと反応しこちらを見るが、迷っているのか俯いた儘だった。

 でも、断り切れないと観念したらしく、黒川はボソボソと呟き始めた。


「下着を盗ったのは私、だけどこれは私の意志じゃない。犯人にやれって」


「つまり、その犯人とやらに、無理矢理やらされた。そう言う事だな?」


 ペタンと座り廊下に広がったスカートを、ギュッと手が白くなるくらい握りしめたまま、黒川はコクリと頷く。

 

 俺は黒川の話を聞いて「ふーっ」と深いため息を吐いた。

 つまり黒川もその犯人が誰なのか分からず終い、それなのに盗ってきた下着の入った袋の中身を、俺が捻りも無くまんま聞いてしまい、黒川と犯人しか知らない筈の秘密を俺が言い当てた。

 うん、どう考えても黒川が俺を犯人と疑うのも無理ないわ。

 よくもまあ最後に俺の話を聞いて、手を緩めたもんだ~めっちゃ御人好しだぜこの子。


 そう思った時、室内プールに繋がる廊下の先からガヤガヤと音が聞こえ、結構な数の集団がこちらに向かって歩いてくるのが分かった。

 あ~あ、もう来やがったか、先ずはあの下着をどうにかしないとな。


 ゾロソロと後ろにC組とD組の集団を連れ歩き、先頭を歩くのは……ゴメン誰か知らん。

 だがその先頭を歩く女生徒は、俺と俺の隣の黒川を見つけると目つきが少し鋭くなりこちらに近づいてくる。

 この人もバックに何やら炎めいた怒りを湛えて(背負って)いるようで……俺の周り何でかこんな女しか寄ってこねー。


 その後ろに、集団とは別にグループらしき星ノ宮と数人のD組連中、それに頭一つ抜けて静雄ついでに秋山が付いてきているのが見えた。

 静雄はデカいからすぐに分かったが、お前らまで何で居る?


「黒川さん、少し良いかしら? 黙ってそのまま貴女の持っている袋。こちらに渡しなさい」


 先頭の女の横を一歩下がらせ口を出してきた奴は、件の下着の持ち主で在る星ノ宮だ。

 口調は丁寧だが感情を込められた言葉は、黒川に有無を言わせぬそれは『要請』等ではなく、静かな『命令』にしか聞こえない。

 その時見えた黒川の顔は全て諦めたような表情をし、周りに居る奴らが「やっぱり」「ほらね」「そうだと思った」等口々に好き勝手に言い始めると、嫌でも聞こえ震えていた。

 こうもピンポイントで来ると、分かっていて態とコイツ等が、やっているようで気に食わない。

 命令してきた星ノ宮は言外に黒川が犯人だと決めつけた。

 どう聞いても俺にはそんな風にしか受け取れなかった。

 黒川を弁護してやろうって奴は、クラスに誰も居なかったのだろうか? スゲー嫌な雰囲気だし見ていて胸糞悪い。

 

 確かに今回の下着の件に関しては、黒川が間違いなく犯人だが何故こんな集団の前でやるのか、まるで誰かにお膳立てされ吊し上げ、周囲のクラスメイトに見せつけるかのように……?


「貴女に悪いようにはしないわ。唯それを返しなさいと言っているの、分かるでしょ?」


「いや、全然あんたが何を言っているのか意味がわかんねー」


 突然、予期しても居なかったのだろう俺の返事に、目の前の女と星ノ宮が邪魔をするなとばかりの、先ほどよりも更に険しい目つきで俺を睨む。

 その眼は俺こそ犯人とでも言いそうなくらいの鋭さだった。


 黒川も俺の台詞に驚いたのか、顔を上げて俺を見るので肩をポンと叩いてやる。

 後ろに居た連中も急に会話に割り込んだ俺に、嫌悪感を露わにし「何だアイツ?」だの「C組のバカでしょ」とか「安永の腰巾着」だの、おいちょっと待て! 俺が静雄の腰巾着!? 今言った奴顔覚えたからな!

 さて、それじゃあちょっとばかし俺も口調を変えて行こうかね。


「知らない顔ですけど、貴方C組の部外者でしたら引っ込んでなさい。邪魔よ」


「それがそうでもねーんだわ、先約があんだよ。だから態々黒川と廊下で会っていたんだからな」


 そう俺がバカにしたように星ノ宮を口元で笑い、皆に聞こえるような声で言うと、静雄がチラッとこっちを見て『大丈夫なのか?』と目で伝えてきた様に思ったので頷く、……違うかもしれんが。

 秋山は「石田あんたはバカなんだから、黙ってなさい!」と叫ぶが相変わらず失礼な奴だ。今は無視だ無視。

 より一層、迫力の増した顔で黒川から俺に視線を固定し、勝ち誇った顔で腕を組むと星ノ宮はこう答えた。


「そう、貴方が……良いわ。どうやら貴方は無関係じゃなさそうね。それじゃさっさとその『先約』とやらをしなさい。一分だけ待ってあげるわ」


「うっわ、今時アニメの悪役だって三分は時間くれてたぜ。案外けちくせー女だなあんた」


 態と怒らせるように挑発しながら、俺の台詞に困惑している隣の黒川に小声の早口で、「頼む。その袋の中身を俺に渡したいと思ってくれ、思うだけで良い」と目を見つめて告げる。

 そうして開きっぱなしだった『トレード窓』に目をやり、俺も『交換』する物を選んでセットすると決定ボタンが点滅しだす、俺は黒川に心の中で感謝しながら決定ボタンを押した。

 十分相手は挑発に乗ったようで表情は変わってないが、僅かに顔が上気している……勿論羞恥などでは無く、圧倒的な怒りでだ。

 俺の準備はこれで終了、さてと本当に一分もかからなかったが、反撃と参りますか。


ずっと俺のターン!


11/4 加筆修正致しました。

2/22 口調の見直し&修正致しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ