マグロ釣ります
マグロ釣りますと書かれた看板の下に五十代のおじさんが座っている。
この夏休みに入って毎日なのを、私とミナト、ナツ、ユカは知っている。
なぜならその看板のある河川敷に私たちも毎日来ているからだ。
おじさんはぴくりともせず泰然と座っている。
なんとはなしに興味を引く存在だった。
ある日、ミナトがおじさんに声をかけた。
「おじさん、マグロ釣れますか?」
おじさんは言う。
「釣れるよ」
「どこでですか」
「ここで」
おじさんは奥の林の方から服を来た女性を運んできた。
口の中に釣り針を放り込む。
ミナトが恐る恐る聞いた。
「あの、、、生きてますよね?」
「活きの良いやつしかつらねえ」
おじさんはポケットから粉の入った透明な袋を取り出してひらひらとさせた。
私はミナトの手を掴んだ。
「逃げよ」
ナツ、ユカも走り出していた。
しかしまだミナトはうろたえている。
「え、でも助けなきゃ」
「まずは逃げる!!」
私は無理矢理引っ張って河川敷を出た。
道路で息をついてからミナトがスマホを取り出す。
「やっぱ救急車、呼ばなきゃダメだよ」
ナツとユカが猛反対した。
「関わらない方がいいよ」
「あの人危ないよ」
「でも、、、」
ミナトがスマホを握りしめている。
私は腕を組んだ。
「好きにしなよ。守るから」
ミナトは頷いて、救急車を呼んだ。
翌日の新聞を見ても事件にはなっていないようだった。
と、スマホがけたたましく鳴った。
ミナトからだ。
「どうしたの?」
「おじさんがチャイムを押し続けてる。どうしよう」
涙声だ。
「家族は?」
「いない。夕方に帰って来る」
「なんとかするから耐えて」
ラインでナツとユカへミナトの状況を伝える。
ナツとユカも強力してくれる事になった。
おじさんを警察へ突き出すのだ。
ミナトの家へ急ぐ。
ナツとユカは既についていた。
おじさんは異様な目でドアを睨んでいた。
その間にもチャイムを鳴らし続ける。
「ま、まずはどうしよう」
ナツが震える声で言う。
私はスマホを出して動画モードにした。おじさんをしっかりと映す。
「撮る。証拠になるでしょう」
「でも狙われちゃうよ」
ユカがか細い声で言う。
「ミナトがこれ以上無闇に怯えるのは酷いでしょう」
動画をめいっぱい撮ると、ラインでミナトにそれを伝えた。
警察へ行くとも。
ミナトから一緒に行くと返事が来る。
「ええ!!」
「マジで」
「ミナト、どうやって出るの?」
と、玄関のドアが開いた。
ミナトが蹴りをおじさんにかます。
おじさんはたたらをふんで転がった。
「煩いんだよ!!」
おじさんは起き上がると釣り針を持って追いかけてきた。
「なんだとー!!」
「警察いくよ!!」
私の声で皆ダッシュする。
ナツのスマホで釣り針も撮った。
おじさんはなかなか追いつけない。
「現役高校生を舐めるな!!」
警察署へ流れ込んだ。
事情を話し、スマホの動画と画像を見せると婦警の顔色が変わった。
生活安全課へと連れて行かれ、おじさんの事を話し、マグロの看板の所にいると話した。
ミナトは疲れた様子で、私は肩を叩いた。
「お疲れ」
「金輪際会いたくない」
「そうだね」
夜中だったのでそこで解散となった。
マグロの看板はなくなり、おじさんは逮捕された。
なんでも一度人を殺しているらしい。
新聞にも載った。
夏の怪談としてはリアル過ぎて笑えない話である。
しかし私達は夏休みが終わった花火カスが残っている河川敷に行く。
まるで何事もなかったかのように。
そう、儀式のように。