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Love letters  作者: 虹色
<C:> 恋は偶然と誤解と勘違いでできている?
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05  リアル!


6月16日午後四時二十分。

暢志は、横崎駅を東西に貫く中央通路にあるみどりの窓口の前に、気後れしながら到着した。


ここ横崎駅はこの地域の中心地で、JRと4つの私鉄が乗り入れている。

駅を中心に広がる街にはオフィスのほかにホテルやデパート、地下街などがあり、一日中たくさんの人が行き交っている。

中央通路は待ち合わせによく使われる場所で、目印がある場所には常に人待ち顔で立つ人々がいる。

指定されたみどりの窓口前には、先輩に似た女の子はまだいなかった。


右へ左へと足早に過ぎて行く人々の横に立つ数人の端に、暢志も体を縮めて加わった。

万が一、知り合いが通っても見咎められないように、少し下を向いて。

当たり前のような表情を装うことも、今の暢志には精一杯だった。


なにしろ待ち合わせの相手は女性なのだ。

地味で冴えない自分が女性と待ち合わせをしているところなんて、知り合いに見られたら何を言われるか分からない。

知り合いじゃなくても、誰もが心のなかで「あいつが?」と言っていそうで恐ろしい。

しかも、先輩の妹ということは、年上の可能性もある。

もしも垢抜けた女子大生で、ひらひらの短いスカートをはいていたりしたら……。


本当は太い柱の陰にいたかったけれど、相手に見付けてもらわなくてはならないことを考えると、それは悪いような気がしてできなかった。

先輩の妹が ―― さすがに頭の中ででも「瑞穂さん」などと呼ぶのは悪い気がした ―― どちら側から来るのかわからない。

だから暢志は身を縮めながらも人目に付く場所に踏みとどまり、ときどき怯えながら左右に視線を走らせた。

自分をめがけて近付いて来る姿に少しでも早く気付いて、心の準備ができるように。


(……ん?)


数分後、右手の奥の方にちらりと見えた白い色が意識に引っ掛かった。


梅雨入りして蒸し暑くなってきたこの季節に、白い服装は別に珍しいわけじゃない。

なのに特別に気になったのは、いつもの見慣れた姿のような気がしたからだ。


(まさかね。)


一応確認しようと、暢志は背筋を伸ばした。

人波の奥を覗くように、頭を揺らしながら先ほどの白い服を探す。

……と、細く人通りが分かれた奥に、こちら向きに立ち止まった白いブラウスにグレーのチェックのスカートの姿が見えた。


(え、ホントに?)


文庫本の少女が、立ち止まってゆっくりとこちらの方を透かして見ている。

急ぎ足で歩く人々が、立ち止まっている彼女を迂回して、その前後に空間ができていた。

まだだいぶ距離はあるけれど、あの立ち姿を見間違えるはずはない。


(まずい…。)


一瞬すうっと汗が引いた。

急いで首をすくめ、さり気なく半分背中を向ける。


頭の中に、きのうの朝の醜態がよみがえる。

みっともない姿で転び、傘を壊したかも知れないのに逃げ出した自分 ―― 。


今度はどっと汗が吹き出してきた。

すでに緊張して落ち着かない状態だった心臓が、ますます活動を速める。


少女は誰かを探しているようだった。

いったい誰を?

自分に気付いただろうか。


望まない場面が次々に頭をよぎる。


今にも先輩の妹があらわれるかも知れない。

それを見られたら誤解されるかも。

しかも、お礼に買ったお菓子は、やたらと可愛らしい袋に入っている。

今さら誤解も何も関係ないとは思うものの、やはり……。


どうか彼女が通り過ぎてくれますようにと、ギュッと目を閉じて祈った。

それからそっと目を開けて、彼女がいた方をこっそりと見ると。


(マジか?!)


思わずまっすぐ立ってしまった。

それでこちらに向かって歩いて来る少女と正面から向かい合う形になった。


教室一つ分くらい先から、少女はまっすぐにこちらに向かって歩いて来る。

思いつめたような視線が自分に向けられているような気がする。

暢志はそれを信じたくなくて、助けを求めるように左右を見た。

誰かが彼女に笑顔を向けたり、手を振ったりしていないかと。


(やっぱり俺?!)


何度確認しても、誰も彼女に合図をしていない。

引きつった顔で前を見ると、もう近くまで来ている彼女の視線は、やっぱり自分に向けられているみたいだ。

遠慮がちに。でもまっすぐに。


(どうしよう?!)


先輩の妹はいつ来るんだろう?

いや、それよりも、彼女の用事は?

もしも先輩の妹に笑顔で「辻浦くん」なんて呼びかけられたらどうしよう? 絶対に誤解されるよな?

ちゃんとした知り合いじゃない彼女に、誤解されないために言い訳するなんて変だし。


焦って視線を泳がせた暢志の目に、少女が持っている傘が映った。

その途端、暢志は彼女の意図を理解した。

きのうと違う傘。

ということは、やっぱりあの傘は自分のせいで壊れてしまったのだ。

それを一言言いたくて、彼女は偶然見付けた自分のところにやって来るのだ、と。


汗ばむ手を握り締め、覚悟を決める。

こうなったらなんとしてでも、先輩の妹が来る前に、少女との話を終わらせたい。


最後の数歩をおずおずと近付いてきた少女が、暢志の前でそっと立ち止まった。

見慣れた制服の肩にかかるつややかな髪。なめらかな頬。

遠慮がちに見上げる瞳は、緊張のためか少しうるんでいた。

いったん言葉を発しようと開きかけたピンク色の唇は、ためらうように止まった。


こんな場合なのに、初めて間近に向かい合う憧れの少女の可憐な姿に、暢志の胸が高鳴った。

一瞬の間に、自分が彼女に胸の内を告白し、承諾をもらう場面が駆け抜ける。

これが事実だったらどんなに素晴らしいか!

そんな薔薇色の景色を意志の力で振り払い、言うべきことを言うために息を吸う。


「すみませんでした! 弁償します!」


一息に言って、深く頭を下げた。


すぐに、少女が慌てている気配が伝わってきた。

頭の上で「え? あの? え?」という声が聞こえて、おろおろと足を踏み替えている。


とにかく急いで話に決着を付けなくちゃと覚悟を決めている暢志は、普段ならとても出ないほどの勇気が出た。

頭を上げて、まっすぐに少女を見る。

このひとに先輩の妹とのことを誤解されるのを何としてでも阻止しなくてはならない。


「僕が傘を壊したんですよね? すみませんでした。買ってお返ししますから、名前と連絡先を教えてください。」


少女が驚いたように暢志を見上げた。

あまりにも驚いている少女を見て、暢志は突然、自分が憧れの少女に連絡先を尋ねたのだと気付いた。


「あ、いや、あの。」


(なんてことを!!)


カーッと血が上る。

自分の顔と耳が真っ赤になったのがわかった。


そんな状態になったことで、これではますます下心があって連絡先を尋ねたのだと誤解されてしまうと思い、また焦る。

ナンパしたわけじゃないと弁解したいけれど、どう言えばいいのか言葉が浮かばない。

一方で、驚いた顔でまばたきを繰り返している少女はやっぱり可愛らしく、もしも首尾よく連絡先を教えてもらえたら、このまま友達になれるのではないかと都合の良い想像も走り出し、またそれをたしなめる自分もいて、暢志の頭の中ではさまざまな思いが嵐のように交錯した。

その瞬間。


「あの……、くまざきみずほ、です……。」


やわらかいけれどよく通る声が、ためらいがちに聞こえた。

ハッと我に返り、メモをしようと慌ててバッグに手を伸ばしながら、暢志はその名前が頭の中で勝手に漢字に変換されていくことに気付いた。


(熊咲瑞穂……?)


動きを止めた暢志の耳に、ふたたび少女の声が聞こえた。


「あの……、辻浦…くん……ですよね……?」


少女の唇から聞こえた声に自分の名前が混じっていたことに気付いたのは一瞬後。


「え?!」


思わず少女の顔を見ながら一歩下がってしまった。


「あ、あの、辻浦暢志くん、ですよね?」

「はっ、はいっ?!」


返事の声が裏返る。


(格好悪っ!)


そんなことを気にしてる場合かと、自分でツッコミを入れた。

格好悪い姿は、すでにきのうの朝に十分見られている。

それよりも今は、何故少女が自分の名前を知っているのかが重要なのに。


「あの…、ええと……。」


混乱した状態で汗だくになりながら言葉を探す。

そんな暢志の前で少女はスクールバッグを開けると、見覚えのあるものを取り出した。


「あのっ、これっ。」


捧げるように両手で差し出されたそれは暢志の生徒手帳で……。


(……え?)


何度見ても間違いない。

貼ってあるのは自分の顔写真だし、名前も自分だ。


「きのうはごめんなさい! あんなところで傘を倒しちゃって!」


(傘をって……つまり……ってことは……。)


混乱した情報が収束していく。

憧れの少女でありながら醜態を見られた相手、そのうえ傘を壊してしまったその相手は、つまり ―― 。


いつまでも手帳を受け取らない暢志を、少女が申し訳なさそうに見上げる。


「う」


思わず「ウソだろ?!」と叫びそうになった。


(似てるって言いましたよね?!)


口をしっかり閉じて、心の中で先輩に叫ぶ。


(先輩は自分がこんなに可愛らしい顔立ちだと思っているんですか?! それとも家族の間ではそういう認識なんですか?! それとも、男と女の差がこういうことになるんですか?!)


頭の中は先輩からのメールの文章とそれに対する反論でぐちゃぐちゃになりながら、彼女の顔から目が離せない。

ぼんやりした状態でやっと口に出せたのは、「ありがとう…ございます」というお礼の言葉だけ。


ようやく我に返って生徒手帳を受け取った暢志に、少女は「いいえ。わたしが悪いんです。」とうつむいた。

その伏せられた長いまつげと白い頬に、自分は間違いなくあの少女と間近に言葉を交わしているのだと自覚した暢志は、今度は彼女の目の前で気絶するのではないかと不安になった。








ちっともお手紙にならないですね…。

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