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Love letters  作者: 虹色
<C:> 恋は偶然と誤解と勘違いでできている?
4/33

02  保存された手紙 : 20XX / 06 / 04


この前ここに手紙を書いてから一週間たった。


あれから何度も読み返しているけれど、何度読んでもどうも変な気がする。

あれが……、何と言うか、理性的過ぎるから。

僕の心の中はもっとメチャクチャで、どうしたらいいのか分からない状態。

なのに、あの手紙は妙に落ち着いている。


あれを書くことで僕の気持ちを整理できたらという期待が少なからずあった。

心の中で大きくなっていくきみの存在を、「書く」という行動で僕の外に出したら落ち着くのではないかと思った。


確かに落ち着いたのだ。

あれを書いているあいだだけは。


けれどあの後も、僕の心はちっとも楽にならない。

苦しいか、ぼんやりしているか。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。


忘れなくちゃと思いながら、きみのことを思い出している。

電車の時間をずらそうかと考えながら、ずらせない言い訳を考えている。

僕に想われたりしたら迷惑だと思う一方で、きみは気付いていないんだからいいじゃないかと思う。

そして……。


会いたい。


気付いてほしい。


僕を見てほしい。


僕はなんて図々しいんだろう。

こんなことを思う自分が情けない。腹が立つ。

だけど。


だけど……。


きみへの気持ちは小さくなるどころか……。




……そうだな。

確かに少しは効果があったのかも知れない。

あの次の日、僕は乗る車両を変えてみたんだから。


そう。

あれを書いた翌日、僕は一つ前側の車両に乗った。

たったそれだけのことだけど、とても大きな決意が必要だった。

乗り込みながら心臓がドキドキして、脚からは力が抜けそうだった。

つり革を、関節が白くなるほど強く握りしめていた。


丸宮台のホーム側を向いて立ったのは、せめてホームに立つきみを見たいという気持ちに勝てなかったから。

心の中で、「今日で見納めにするんだから」と言い訳をして。


本当だよ。

その日で最後にするつもりだった。

成功すればきみを忘れることがもっと簡単になると思って、決行した計画だった。


丸宮台までは英単語集を顔の前にかざしながら、窓の外を過ぎて行く景色ばかり気にしていた。

一つの駅を過ぎるたび、胃のあたりが重くなるような気がした。

電車が丸宮台の駅に滑り込みながらスピードを落としたときは、胸が痛くて息が苦しいほどだった。


せめてきみを見逃さないようにと、僕は英単語集の上からホームを注意深く見ていた。

一両分の差なら、止まる直前までスピードを落とした電車の窓からゆっくりと確認できるはずだった。


けれど、見付けられなかった。


きみを見付けられなかったことで、僕の立場がはっきりしたように思えた。

それまでのことは何かのはずみ、ちょっとした夢のようなもの。

僕たちのような年頃にありがちな、甘いあこがれ。

そして、これが現実。

きみと僕には何の接点も無い。

そう宣告されたような気がした。

ひと目見てあきらめるつもりだったのに、それすらも許されないのだ…と思った。


ドアが開く音を聞きながらそんな考えがどっと押し寄せて、皮肉な笑いが浮かんだ。


そうだ、これが現実。

最初から何も無かったし、これからも何も無い。


そう認めたら、肩の力が抜けて緊張が途切れた。

胸の中が虚ろな感じはしたけれど、体が軽くなったような気がした。

そして、これならもう大丈夫、僕はきみを忘れられる。そう思った。

あきらめと、解放と、自嘲と……いろいろな気持ちが入り混じっていた。


半分つり革にぶら下がるような姿勢になって、僕は英単語集に視線を戻した。

明日は時間をずらして乗るのもそれほど辛くないだろうと思いながら。

そのとき ――― 。


目の前の階段から白い姿が現れて、僕に一番近いドアから飛び込んできた!

それを待っていたように、シューッと音がしてドアが閉まる。

そのドアに背を向けて息を切らしているのは……きみだった。


そのとき心に浮かんだのは、「なんでだよ!」という叫びだ。

なんで放っておいてくれないんだ?!

なんで僕の前に現れるんだ! …と。


けれど、僕はきみを見ずにはいられなかった。

きみは僕の心など知るわけもなく ―― そもそも、僕のことなど知るわけもなく ―― 夏用の白いブラウスの制服姿で、息を切らしながら手で顔をあおいでいた。


その姿が僕にはとても眩しかった。


白いブラウスのせいだけじゃない。

走って来たせいで上気した頬、ぱっちりと見開いた瞳、少し乱れた髪、荒い呼吸に合わせて動く肩。

いかにも電車に間に合ってほっとしたというように、深呼吸をしながら満足気に微笑む口元。

それまで見て来た穏やかなきみとは違う、生き生きとした表情。

きみが立つ場所を求めて周囲を見回すのと同時に、僕は視線を戻した。


見ていたのはほんの数秒だろう。

その短い時間に、僕の決意はガラガラと崩れてしまった。

僕はきみに捕まってしまったのだ。

そしてまた逆戻り。

どこにも行き着かない孤独で暗い道に……。


それから僕は抵抗を試みるのをやめた。

僕にはそんなことすら許されていないような気がして。

抵抗したら、ますますきみから逃れられなくなるような気がして。

何か大きな ―― 「運命」なんて言ったら大袈裟だけど、そいういうものが、僕にきみを想い続けろと命令しているような気がして。

きみを好きでいることが、僕の唯一の道のような気がして。


だから僕は、またあの車両に乗っている。


あまり混んでいないあの電車の中で、僕はつり革につかまって、たいてい参考書を開いている。

無表情を装いつつ、丸宮台で電車のスピードが落ちると、いつも僕はドキドキする。

きみが乗って来るとほっとして、それからあとは、なるべくきみを見ないように気を付ける。

それはあまり簡単なことではないけれど。


きみが乗って来なかった日は、その理由を想像して落ち込んだ。

なぜなら、寝坊や病気を押しのけて、「僕を避けるために時間か車両を変えた」というのがきみがいない理由の最有力候補だから。

そして次にきみを見るまで、僕の心は重く沈みこんでいた。

それが一日で済んでくれたのが有り難い。




だけど……やっぱり悲しいよ。


きみは僕を知らないから。

きみと僕が一緒に語り合える未来は無いと分かっているから。

ときどきそんな景色が頭に浮かぶけれど、それはあまりにも贅沢な願いだ。


それとも、そういう未来があるのか?


……あるわけないよね。


もし知り合ったとしても、僕なんかを相手にして会話が弾むとは思えない。

僕がきみを楽しませることができるとは思えない。

きっと、隣で自信のない微笑みを浮かべたまま落ち込んでいることしかできないと思う。

そんな自分が情けない。


なのにあきらめることができない。

心のどこかで期待している。

でも、無駄だと分かっている。

だから、つらい。

自分に腹が立つ。

誰かを好きになる気持ちなんて無ければいいのに……と思う。




……いや。

もしかしたら違うのかな。


確かに辛い。

でも、それだけじゃない。


うん、そうだ。

今、気付いた。

きみが僕にくれるのは苦しみだけじゃない。


朝、きみを見るとほっとする。

なんとなく、一日が上手く行きそうな気がする。

何かの拍子にきみが本を読んでいる姿を思い出すと、穏やかな気分になる。


そして、今までの生活には無かったドキドキする気持ち。

とてもくだらないけど……きみと目が合ったらどうしよう、とか、どこかで偶然会えたら、とか、あてもない想像をしてみたり。


そうだよ。

きみは僕に楽しい気分も与えてくれている。

だから止められないのかも知れない。

僕の気持ちを。




きみのせいでつらい気分を味わっているなんて言ってごめん。

出会ったことを恨むようなことばかり書いてしまってごめん。


一方的な想いは確かにつらい。

でも、何て言うか……ちょっと幸せな部分もあるよ。

いや。

ちょっとじゃなくて、けっこうたくさん、かな。


こんなふうに考えると、僕も何かきみの役に立てたらいいのにと思う。

けれど、僕がきみと知り合うなんてことは無いだろう。

だから無理だ。


それを思うと淋しくて悲しい。







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