第十五話 煩悶の末
(結局、自分の愚かさに気付いただけか……。)
ベッドにごろりと寝転がる。個性のない天井が心をすうっと静めてくれる。
(俺は……。)
ため息が出た。
心のどこかで栗木のことを見下していた。自分の方が上だと思っていた。久野樹の言葉で栗木の本当の姿を知ったときに、あんなにショックだったのはそれが原因だ。
そんな自分に腹が立つ。
どうしようもない、「自分大好き」な俺。自分を他人と比べることで安心感を得ていた。自分の中で順位を付けて、どこかで優越感にひたっていたのだ。
(ダメだなあ、俺は。)
そんなのは本当の自信じゃないと思う。それに、友達を見下すなんて、ものすごく嫌だ。
(こんな俺じゃ、久野樹も好きになってくれたりしないよな……。)
栗木と久野樹は予想をはるかに上回る親しい関係だった。しかも、中2のときから。
(あーあ。)
久野樹の口調では、今のところ、二人は単なる友人に過ぎないようだ。でも、栗木が彼女に想いを寄せているという可能性は、やっぱり否定しようがない。
(だから栗木は、久野樹のことを「あんまり覚えてない」なんて言ったのかなあ。)
俺が久野樹に興味を持たないように。久野樹に近付いてほしくなかったから。俺に、彼女はつまらない存在だと印象付けようとして。
(でも……。)
それは栗木っぽくないような気もする。
俺を遠ざけておいて、自分が久野樹と仲良くなるなんてことを、あの<どんぐり>がするだろうか。
(あいつはそういうことが好きじゃないような気がする。)
クラスのからかいのターゲットになっていた俺に、ただ一人で味方になってくれた。そういうやさしさがある彼が、自分の利益のために誰かを騙すなんて、そんな手段を選ぶとは思えない。
(……ということは。)
栗木は久野樹を好きなわけじゃないってこと?
あの二人はただの仲の良い元同級生。久野樹の話でも、中学を卒業したあとに、栗木からのアプローチはまったく無かったようだったし……。
(だとすると。)
不審なメールの意味は残る一つ。栗木が好きなのは……。
(うーん……。)
やっぱり俺なのか。
そう考えると、あいつがメールをやめようとした理由もわかる気がする。
別々の学校になって顔を合わせる機会が減ったのを機に、今後の可能性が見込めない俺との関係を断ち切って、忘れようとした……ってことなんじゃないか。
でも、俺が逆に心配したことで、やっぱりあきらめられなくなってしまった。それだけじゃなく、進展する可能性を感じてしまった。
なのに、今度は俺が急に久野樹のことを言い出した。それで慌てて混乱して、あんなことを言って来た……。
(辻褄は合ってるよな……。)
合っているし、<どんぐり>らしいという気もする。それに、久野樹よりも俺を贔屓にしているらしい理由も、それで通る。
「うあー……。」
呻きながら、両手で顔をこすってみる。そんなことをしても、何も解決はしないけれど。
(どうしたらいいんだろう?)
俺の取るべき態度を考えてみる。
もちろん、今のまま、黙って続けるのは簡単だ。そのうちに栗木が俺への気持ちを忘れてしまうかも知れないし。
でも、そうならない可能性もある。
もしも、栗木が俺を想いつづけるとしたら?
(つらいだろうなあ。)
俺が久野樹のことをあれこれ書いたのを見ることも、自分の気持ちを伝えられないことも。もしかしたら、横谷のことも気になるかも知れない。
そんなことを考えると、今までのように何でもメールに書くということができなくなりそうだ。そうなったら、俺たちの関係は違うものになってしまう気がする。だって、信頼して包み隠さず話せることで成り立っている関係なのだから。
(そうだったんだよな……。)
もちろん、知らん顔をして続けることはできる。でも、それではお互いに負担が生じる。そんな関係はたぶん、長続きしない。
(じゃあ、もしも、栗木が俺に気持ちを打ち明けたとしたら……?)
俺は同じ気持ちを返せない。となると、やっぱり俺たちの関係は消滅?
(結局、そうなのか……?)
断ってからも友だち同士でいられるのかも知れない。いや、でも、やっぱり栗木は俺には何も言わないかも……。
「あ〜〜〜〜〜。」
わからない。
友だちを失うのは嫌だ。でも、このままでもやっぱり……。
(こんなことなら、栗木と久野樹が付き合ってるって言われた方が良かったかも。)
それならそれで、あきらめがつく。栗木は思いやりがあるし、根性もありそうだ。久野樹だって結構――。
(あれ?)
もう一つの可能性が。
(付き合っているのだとしたら?)
俺は久野樹に彼氏がいるのかと尋ねたことはない。勝手にいないと思っていた。
そして、栗木にも彼女がいるのかと尋ねたことはない。こっちも、勝手にいないと思っていた。
でも、二人が付き合っていたとしたら。
俺が久野樹のことを打ち明け始めたとき、二人のあいだで話題にしていても不思議はない。そして、俺を傷付けない方法を考えた。その結果があのメールであり、今日の久野樹の反応だった……のかも。
(有りそう……。)
ぽっと思い付いただけだけど、妙に説得力がある。二人とも、「他人を傷つけないこと」を第一に考えているような雰囲気があるし。
(そういうところ、似てるなあ。)
ってことは、気が合うんだろうな。そして俺は、やっぱりあきらめなくちゃならないのかな。でも。
(だめだ、わからない!)
いくら考えても、やっぱり可能性の話に過ぎない。可能性の話だけであきらめるなんて嫌だ。だから。
(ちゃんと話をしよう。)
それしかない。
本当のことがわからなければ、俺は前に進めない。
(よし。)
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6月7日(火)
どんぐりへ
突然だけど、会って話がしたい。
どんぐりが自分を隠しておきたい気持ちはわかっている。
でも、今回は、顔を見て話したい。
メールでは伝えきれないこともあるから。
時間と場所はどんぐりに合わせるよ。
山根貴斗
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6月8日(水) From どんぐり
僕も、今までのような付き合い方はそろそろ限界かも知れないと思っていた。
終わりにするなら、最後にきちんと僕の気持ちを伝えたい。
待ち合わせは今度の土曜日、11日の午後4時に、中学校の裏にある二丁目公園で。
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(「僕の気持ち」……。)
その言葉を見た途端、ドキッとした。そのままドキドキが続いて行く。
(やっぱり、そうなのかも……。)
栗木は俺を、恋愛対象として好きなのかも知れない。真面目に。
だとしたら、俺は誠意を持って断らなくちゃならない。簡単に流したり、冗談にしようとしたりすることはしたくない。今まで俺のそばにいてくれた栗木の気持ちを軽く扱うことなんかできない。
(とは言っても……。)
栗木は簡単にあきらめてくれるんだろうか。
それはそれで申し訳ないような気がする。でも、だからと言って、恋人になるなんてできない。俺としてはこれからも親友として付き合っていきたいけど、断ったらお互いに遠慮が生まれる可能性もある。どんぐりのメールの「最後に」という言葉も気になるし……。
(恋人か、これっきりかの二択なのか?)
そう言われているような気もする。
(二丁目公園か……。)
住宅街にある小さな公園。小さい子用の遊具と少人数で遊ぶのにほど良いスペースがある。斜面地にあるため片側が道路から下がっていて土手に囲まれているので、植木が少なくて見通しが良いわりに落ち着く場所だ。遊んでいる子どもがいることも多いけど。
話の流れが未確定で不安ではある。修羅場を繰り広げる可能性もあるのかも知れない。
けれど、次の行動が決まったことでほっとした部分もあり、胸の中に覚悟が固まり始めた。