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Love letters  作者: 虹色
<@> どんぐりへ
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第十四話 新情報


横谷と話したあと、イライラはおさまった。どんぐりのメールの理由が俺にも納得できるようになったからだ。


でも、今度は答えの出ない思考の渦に飲み込まれてしまった。


考えれば考えるほど、横谷がたどり着いた可能性は当たっている気がする。横谷がたどり着いた可能性――どんぐりが久野樹を好きだということ……と、俺を好きなのかも知れないということ。どんぐりのメールの理由は、このどちらかで間違いないと思う。


この二つの可能性を、俺は冷静に受け止めている。だって、誰かを好きになるという気持ちは自分ではコントロールできないと、身をもって知っているから。


ただ、それなら俺はどうしたらいいのか、というと話は別だ。まったく結論は出ない。


どんぐりが――栗木が久野樹を好きなら、俺があきらめる、というのも一つの選択肢だ。彼は俺の恩人で親友だし、親切で思いやりがある男だから。きっと、久野樹のことを大事にするだろう。


けれど。


それは久野樹次第だ、とも思う。あくまでも、<久野樹が栗木を選ぶなら>ということが前提だ。


もしかしたら、俺を好きになってくれるかも知れない。それでも俺があきらめる……というのは、たぶんできない。


それ以外にも、誰か横から現れたヤツに盗られてしまうという可能性もある。そんなことを思うと、簡単に棄権なんかする気にはなれない。


(もう一つの可能性だったら……。)


もし、俺を好きなのだとしたら。


(間違いなく驚くけど……。)


栗木の気持ちは有り難いと思いこそすれ、気持ちが悪いとは思わない。ただ、それを受け入れて、俺から同じものを返すことは無理だ。


(まあ、いくら考えてもなあ……。)


どれも、今はただの可能性の話だ。このままでは俺は動けない。


(やっぱり、はっきりさせた方がいいよなあ……。)


俺は久野樹に自分の気持ちを伝えたいと思っている。そして、できることならハッピーエンドがいい。


でも、今の状態は栗木に不公平な気がする。このまま進むのはずるいような。


(でもなあ……。)


栗木に気持ちを訊いたら教えてくれるだろうか。


たとえば、「久野樹を好きなのか?」と訊いたとする。向こうはどう答える?


(うーん……。)


たぶん「ノー」だ。俺の気持ちを知っているから。本当は「イエス」だとしても。


(だよなあ……。)


それに、もしも俺を好きだったら?


俺から「俺を好きなのか?」なんて訊けない。それに、「誰か好きな相手はいるのか?」と訊いても、それが俺か久野樹だったら本当のことを言わないだろう。ということは、栗木に訊くのは意味が無いということだ。


(だとすると……。)


関係者で話が聞けるのは……久野樹だ。


栗木が久野樹を好きで、これからの可能性を考えているとしたら、少しはふたりの間に何かがあるはずだ。単に遠くから憧れているだけの想いなら、俺を追い払おうとまではしないと思う。


そして、久野樹は俺と栗木の関係を知らない。つまり、話を誤魔化したり、ウソをついたりする必要が無い。


(うん。そうだな。)


とりあえず、無難なところから確認してみよう。どの程度まで聞けるかわからないけど。





放課後、部活で会った久野樹は、いつもと変わりない態度で接してくれた。朝のことはもう気にしていないらしくてほっとした。


帰り道は、椿ケ丘で電車に乗るときから俺と久野樹の二人。そろそろ梅雨入り間近の蒸し暑さの中、冷房の効いた電車がありがたかった。


いつもと同じようにしばらく開かない側のドアの前に落ち着いたところで、用意していた話題を持ち出す。


「なあ、久野樹。」


彼女が「ん?」と顔を上げる。ポニーテールの毛先が揺れる。視線がぶつかった瞬間に、気恥ずかしさで思わずそらしてしまった。


「中2のときの同級生でさあ」


尋ねる言葉をさんざん考えていたのに、ここにきて、話題がいきなり過ぎる気がしてきた。


「一人、どうしても名前が思い出せないヤツがいて。」


さり気なさを装っているつもりだけれど、緊張で声が震えそうになった。


「中2のとき? 誰かな? 男子?」


軽く首をかしげる彼女は無邪気そのもの。


「うん。細くて、なんとなくこう……やさしい感じの男で――」

「ああ! 栗ちゃんかな? 栗木怜志(さとし)くん?」


(はやっ! しかも「栗ちゃん」!?)


予想外の反応に動揺し、鼓動が速まる。


「あ、そう、そうだ、栗木だ。」


焦りを隠して勢いよくうなずく。それに応えて、にっこり微笑む久野樹。


「栗ちゃんねー。確かに印象薄かったもんねー。」


(どうして……?)


どうして久野樹はこんなに親しげに呼ぶんだろう? しかも、こんな笑顔で。


「よく覚えてたな。目立たないヤツだったのに。」


言葉に嫉妬がにじみ出ていないだろうか。


「だって。」


久野樹はくすくす笑っている。その笑いの意味はいったい……?


「出席番号があたしの次だもん。後ろの席にいたよ。」

「あ、ああ、……ああ、そうか!」


言われてみればそうだ! 「久野樹」に「栗木」なんだから!


「それに、3年でも同じクラスだったから。」

「え? そうなのか?」

「うん。」

「へえ……。」


(3年のときも同じクラスだった……。)


衝撃の新事実。


(向こうは「あんまり覚えてない」って言ってたけど……。)


「『栗ちゃん』なんて呼んでるんだ?」


おもしろがっているように見えるだろうか。笑顔が引きつっていないだろうか。


「うふふ。修学旅行の班が一緒だったんだよ。」

「あ、ああ、そう…なんだ……。」


なんだか力が抜けて行く。風船から空気が漏れるみたいに。


「栗ちゃんは鉄道おたくでね、修学旅行の自由行動の計画も当日の案内も、すっごく頼りになったの。そのときリーダーだった子が呼び始めたんだけど。」


そこで彼女がまたくすくす笑う。


「呼ばれて微妙な顔をするのが可笑しくてね、いつの間にか女子に広がったの。あ、意地悪じゃないんだよ。親近感を込めて呼んでたんだから。」

「ああ……、そうなんだろうな……。」


俺が抱いていたイメージとはかなり違う……。


「そのときのグループで遊びに行ったこともあるんだよ、受験シーズンが始まる前に。」

「え? あ、へ、へえ。」


(どんだけ接点があったんだよ!?)


さらなる新事実に心が乱れる。もしかすると、俺とよりも仲がいいのか……?


「も、もしかして、その中に栗木の彼女がいたりして?」


(いてほしい! 久野樹以外で!)


「いなかったよ。」

「そうなのか……。」


がっかりだ……。


「どうして急に?」

「え? いや、ただ名前が思い出せないなあって気になって。」

「ふうん。」


不思議そうな顔……するよな。突然、こんなこと訊いたら。


「卒業してからも会ったんだよ。2回、かな。」

「会ったの!?」

「え?」


失敗した。反応がするどすぎた。


(笑顔、笑顔。)


「どこで?」


心臓がバクバクする。それは「二人で会った」ということなのか?


「電車で。出かけたときに偶然。向こうは試合の帰りでね。」

「試合?」

「うん。テニス部の。」

「テニス部!?」


こんどこそ驚いた! イメージが違い過ぎる!


「テニス部なのか? 栗木が?」

「あ、知らなかった?」


無言でうなずいた俺に、久野樹がにこやかに説明してくれた。


「栗ちゃんはずっと硬式テニスをやってたんだよ。テニススクールで。」

「そう、なのか……。」

「中学には軟式しか無かったでしょう? だから部活には入らないで、そっちに通ってたの。で、高校はテニス部が強い学校を選んだんだよ。」

「ああ……。」

「この前、会ったときは、まだ試合には出られないけど、夏には補欠には入れるかも知れないって言ってたよ。とっても頑張ってるみたい。」

「はあ……、そうなのか……。」


自分の中で自信がしぼんでいくのがわかった。同時に、傲慢で愚かな自分に気付いた。


(俺って馬鹿だー……。)


つくづく嫌になる。


俺は、栗木のことを恩人だ、親友だと言いながら、心の片隅では優越感を抱いていたのだ。他人とのコミュニケーションやスポーツに関しては、栗木よりも自分の方が得意だと。それが今、わかった。


(なんてイヤなヤツなんだろう。)


見た目のイメージだけで勝手に決めつけていた自分が恥ずかしい。しかも、きのうのメールに『目立たない = つまらない、ではないはずだ』なんて、分かったようなことを書いたりして。そのうえ、そんなことを書いていながら、栗木が自分よりも優れていることを聞いたら、嫉妬心が湧いてくるとか。


(あーあ……。)


情けない俺。


「山根?」


呼びかけられて、ふと顔を上げた。白い半そでのセーラー服にポニーテールの久野樹が、問いかけるように俺を見つめている。ぼんやりしていた俺を心配してくれたらしい。


「意外だったから、ちょっとびっくりした。」


安心させるために微笑むと、久野樹もにっこりした。それから、その笑顔にどこかいたわるようなやさしさが加わって。


「山根もまたサッカーやりたくなった?」


(サッカー?)


思いがけない言葉だった。その言葉を頭の中で反芻しながら、久野樹のやさしい瞳を見返した。


(そうか。サッカーか。)


栗木がテニスに打ち込んでいる話を聞いてぼんやりしていた俺を、サッカーが懐かしくなったのではないかと思ってくれたのだ。


(久野樹。)


その思いやりが嬉しい。俺の気持ちに寄り添おうとしてくれた気持ちがとても。


「ううん、全然。」

「そうなの?」


少し驚く彼女も今は見慣れた。でも、何度見ても楽しい。


「うん。俺、今は合唱に燃えてるから。」


そして、久野樹と一緒に頑張れるから。


「そう。」


曖昧な表情でうなずく久野樹を見ながら思った。


俺はやっぱり久野樹をあきらめることなんかできない。







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