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Love letters  作者: 虹色
<C:> 恋は偶然と誤解と勘違いでできている?
3/33

01  保存された手紙 : 20XX / 05 / 28


二つ目は、誰にも読まれないお手紙です。


こんなことをしても、何も解決しないって分かってる。


だけど、このままでは自分がどうにかなってしまいそうだ。


一人になると苦しくて……苦しくて。


何かしないではいられない。


彼女への想いで胸がいっぱいになって。




だから、こうやって吐き出してみることにした。


誰にも見られることのない僕のパソコンの中。


文字にしてみたら少しは楽になるかもしれない。


それに、これなら誰にも迷惑はかからない。




この苦しさを誰かに解ってほしいなんて思わない。


励ましも慰めも、同情もいらない。


そんなものはみんな無駄だから。


何の接点もない彼女に惹かれた僕が馬鹿なのだから。






* * * * * * * * * * * * * * * * *





文庫本のきみへ




初めまして。


…「初めまして」でいいのだろうか。それとも「こんにちは」?

僕はきみをほぼ毎日見かけているのだけれど。


たぶん、きみも僕の顔を見れば分かるかも知れない。

毎朝、同じ車両で通学しているから。

きみが乗る丸宮台駅7時25分発の電車。

その同じ車両に、僕は4つ手前の倉ノ口から乗っている。


……やっぱり僕のことなんか覚えていないかな。

うん。きっとそうだろう。

僕は平凡な男だから。


目が合ったこともあるけれど、別に、きみのことをずっと見つめているわけじゃない。

そんな勇気は僕には無い。

それができるくらいなら、僕はこんなふうにパソコンに手紙を書いたりはしていない。




手紙……。


そうだな。

手紙らしく、最初に自己紹介をします。


僕の名前は辻浦暢志(のぶゆき)といいます。

私立一葉高校の3年生です。

この4月からほぼ毎朝、横崎駅まできみと同じ車両に乗り合わせています。

そして……気付いたら、きみを忘れられなくなっていました。


話したこともないのに変だよね。

僕もそう思う。

けれど僕にも、何故こんなことが起きたのかわからない。


僕がきみのことで知っているのは、丸宮台から乗って来るということ。

濃いグレーのブレザーと細いチェックが入ったスカート、襟元に細い赤いリボンを結んだ制服の学校に通っていること。

肩下10cmくらいの髪で、涼しげな目をしていて、落ち着いた雰囲気があること。

……そう。

要するに、僕はきみの見た目しか知らない。


ああ、一つだけ。

きみが本好きだということを知っている。

いつも電車に乗るとすぐに文庫本を読み始めるから。

そして終点までほとんど顔をあげないから。



初めてきみに気付いたのは4月の2週目のことだった。

その日、きみは電車に乗ると、僕の隣のつり革にやって来た。

そしてすぐに文庫本を読み始め、そのことに僕はちょっと驚いた。

最近の学生が電車の中で手にしているものと言えばスマホがほとんどなのに、紙の本なんて ――― と。

ちなみに僕が手に持っていたのは英単語の暗記本だった。

ピンク色のカバーをかけた文庫本をきみは読み始め、ときどき窓の外を確認する以外、ずっと顔をあげなかった。


あんまり熱心に読んでいるので興味をそそられて、僕は気付かれないように、きみの手元の本に視線を走らせた。

目の前に座っている人から見えないように、自分の本を盾にして。

僕の方が背が高いから、きみの本を覗くのはちっとも難しいことではなかった。

そしてその結果、慌てて笑いをこらえる羽目に陥った。


だって……絵が。


挿し絵と言うにはあまりにも稚拙な、落書きのような絵。

人間だということは分かった。

丸い体に丸いはげ頭、丸い目。一応、服も着ている。

けれど、それはまるでコガネムシのようだった。


吹き出しそうなのを我慢しながら顔をそむけ、気を紛らすために、何故そんな絵が描いてあるのか考えてみた。

一瞬、きみが落書きしたのかと考えたけれど、文字の配置を思い出して、やっぱり挿し絵なのだと納得した。

そして、そんな下手な挿し絵が入っているなんてどんな話なのだろうと、とても気になってしまった。

だからもう一度、きみの手元の本を覗きこむ誘惑に勝てなかった。


けれど、それはできなかった。

本が見えなかったから。

そして気付いた。

きみが笑いをこらえていることに。


きみは開いたままの文庫本で顔の下半分を隠して、少し上目づかいで窓の外を見ていた。

まばたきを繰り返している目は真面目だったけれど、笑いをこらえているのだということは気配でわかってしまった。

だいたい、あんな絵の本を笑わずに読むことなんかできるわけがない。


そのとき ――― 。


自分の手元の本に視線を戻しながら、急に胸のあたりが温かくなって、いつの間にか口元がほころんでいた。

そして気付いた。

誰かと同じことで笑うということが、これほど嬉しく、心を和ませてくれるものだということに。


きみのことはその日に初めて知ったのに、何故か、絶対に楽しく話せると思えた。

気軽に「それ、何ていう本?」と尋ねたら、きみが笑顔で答えてくれるという確信めいたものも感じた。


けれど……僕にはそんなことはできなかった。

まるっきり論外だ。

何故なら……。


一葉高校の生徒だという僕の自己紹介を見て、きみはどう思った?

きっと、スポーツも勉強も良く出来る凛々しい男子高校生を思い浮かべたことと思う。

あの学校は文武両道がモットーで、実際にそういう生徒がほとんどだから。


でも、僕は違う。


勉強はそこそこできるけれど、運動はからっきしダメだ。

なるべく運動部にという学校の方針で、一応バレー部に所属しているけれど、最初から僕はほぼマネージャーという位置付けだった。

みんな、僕には選手として期待していなかったんだ。


背の高さは170cmにやっと届いたところ。

顔が自慢できるわけでもなく、面白いことを言って友達を笑わせることができるわけでもない。

消極的で、ただちょっと勉強ができるだけの役立たず。それが僕だ。

そんな僕が、電車で隣になっただけの女の子に気軽に話しかけるなんてこと、できるわけがない。

せめて僕がもっと……いや、無いものを仮定に入れても意味が無い。


僕なんかと知り合いになったって、きみには何もメリットは無い。

それどころか、迷惑なだけだろう。


だから、話しかけるなんていう考えは、浮かんだ途端に馬鹿馬鹿しくて笑い飛ばした。

同じ車両に乗り合わせていても、知り合いになれることなんて絶対にない、と。


終点の横崎で改札口を出て、僕とは違う方向へ歩いて行くきみの後ろ姿を見送って、淋しさと安堵の入り混じった気分を味わった。



そうやって諦めたはずだった。

けれど、できなかった。

僕の目がいつもきみを見付けてしまうから ―― 。



その翌朝、僕は同じ電車に乗った。


きみのことは忘れたわけではなかった。

けれど、その時点では微かに甘酸っぱい思い出程度のものだった。

前日と同じ車両に乗ったけれど、車内で僕が立った場所は違っていた。

英単語の本を見ている間に、いつの間にか丸宮台は過ぎていた。


終点の横崎駅に着いてドアに向かおうと向きを変えたとき、きみに気付いた。

僕のすぐ後ろ、背中合わせに立っていたから。


同時に振り向いて、お互いに先を譲り合おうとして視線がぶつかった。

すぐにきみだと分かった。


印象に残っているのはその瞬間よりも、きみが目を伏せたとき。

僕の「お先にどうぞ」の気持ちが勝って、きみは微かに会釈するようにうつむいた。

その一連の動きがとても優雅で、僕は突然、胸がドキドキしてしまった。

きみの後ろをドアに向かって歩きながら、スッと伏せた長いまつ毛と白い頬が頭から離れなかった。


それから毎朝、どうしてもきみのことを気にするようになってしまった。

無駄だと分かっているから見ないようにしようと、丸宮台まではなんとかこらえる。

でも、電車が丸宮台を出発すると、つい車内を探してしまう。

きみを見付けると、「今日はどんな本を読んでいるのだろう」「どんな声なのだろう」などと思ってしまう。

そんな自分を馬鹿だと思いながら。


きみはいつも静かに本を読んでいた。

僕のことなど一度も見ずに。



それでも、そのまま過ぎれば、いつかは僕の気持ちの整理がついたのではないかと思う。

そこで終われば、こんなに辛い気持ちを味わうことはなかったはずだ。

けれどある日、決定的なことが起きてしまった。


それは朝ではなく、帰りの電車のできごとだった。

部活が休みだったその日、僕は4時すぎに横崎駅を出発する電車に乗った。

すいている車両を選んで乗り、隅っこの席に座って、車体に寄り掛かって気持ち良く目を閉じた。


電車が動き出してから目を開けると、反対側のドアの横、斜め向かいにきみが座っていた。

通学カバンを膝に乗せて、ピンク色のカバーをかけた文庫本を読んで。

僕は驚きを隠してもう一度目を閉じたけれど、落ち着かなくて、すぐにそれはあきらめた。

きみを見ているわけにもいかないので、カバンから単語の本を出して集中しようとした。


車内には僕たちのほかに5、6人の乗客だけ。

途中の駅から乗って来る人もほとんどいない。

きみは静かに文庫本を読み、僕の視線は手元の本のページをなでていた。


しばらくたって、むなしいため息をつきながら、僕はふと顔を上げた。

そのとき見てしまった。


きみは泣いていた。

いや、泣くのを我慢していた。

しきりにまばたきをして、唇をきゅっと結んで。

手元の本は指をはさんで閉じられていた。


僕は何かしてあげなくちゃという気持ちでいっぱいになった。

けれど、できることは、気付かないふりをすることだけだった。


床から窓へ、窓から車内広告へと、きみの視線は落ちつかなげにさまよった。

それが手元へと向けられた瞬間、ポロリ…と一粒、涙が頬を伝わった。

僕は息をのんだ。


きみは自分で驚いて、手で涙を拭うと大慌てでカバンを開け、タオルを出した。

それから一瞬迷ってから、顔の下半分に当てた。目ではなく。

その状態でこっそりと周囲を見回した。

僕は息を潜めて、単語集に集中しているふりをした。


そこからきみが降りるまで、僕は一度も顔を上げなかった。

けれど僕の頭の中には、それまで見たきみの姿が何度も浮かんできて、夢うつつの気分だった。


本を読んでいるきみ。

静かで、凛としていて、大人びた表情。

僕には手が届かない存在だとため息をつくことしかできない。


笑いをこらえているきみ。

顔を隠していても、楽しい気持ちが伝わって来た。


泣くのをこらえているきみ。

落ちつかなげに困った様子で。

思わず、何か言葉をかけたくなる。


驚いて慌てているきみ。

とても可愛らしかった。

こっそり周りを見回しているところも。




一言も言葉を交わしたことがないけれど、僕はいろいろなきみを見た。


そして……。


諦めなくちゃと自分に言い聞かせている一方で、話をしたいと望んでいる。







片思いのせつない気持ちを書いたつもりだったのですが、ちょっと怖いでしょうか…?

これから何通か続く予定です。

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