第十二話 なぜ……?
6月6日(月)
どんぐりへ
きのうのメール、びっくりした。
でも、俺のことを心配してくれてるってことはわかった。
ありがとう。
だけど、どんぐりは久野樹のことを誤解してると思うんだ。
中学のころは、確かに目立たない生徒だったと思う。
でもそれは、あの学校の、あの時期の、あのメンバーの中だったからだと思う。
今になるとわかるけど、中学のころって、みんなやたらと「負けられない!」って思ってた気がする。
勉強やスポーツだけじゃなくて、ルックスとか、クラスの中での存在感とか。
みんな、どこかで目立ちたかったり、認められたかったりしてた気がする。
俺が仲間から無視されたのは、たぶん、それがやり過ぎだったんだろう。
目立ちたい生徒はいくらでもいるから、その中にいたら目立たない生徒も当然、いる。
発言するチャンスさえ無いかも知れない。
目立ったら、俺みたいに攻撃の対象になる可能性だってあるんだから、わざと目立たないようにしている生徒もいると思う。
でも、目立たない = つまらない、ではないはずだろ?
その場所が、その人にとって表現する場所ではない、というだけだと思う。
今の久野樹はよく笑う、明るい性格の女子だよ。
それと、何て言うか……信用できるとか、安心して話ができるとか、そんな感じ。
目立つかどうかって訊かれたら、今でも「目立たない」って答えるよ。
でも、俺は彼女と一緒にいるとき、ちっとも退屈なんかしない。
帰りの電車で無言になることもあるけど、そんなときも全然、気づまりじゃないんだ。
見た目は真面目っぽいのに、ときどきわざととぼけたことも言う。
本気でおかしな勘違いをしているときもあって、天然なところがおもしろい。
この前はいきなり「ヤマネって知ってる?」と言い出した。
ずっと前から、俺を見るたびに動物のヤマネを思い出して気になっていたんだって。
スマホで写真を見せてくれながら、嬉しそうに、「可愛いでしょ!」って何度も言ってた。
そういう久野樹が、俺にはかわいく見える。
本物を見に行きたいって言うからチャンスだと思って、「今度、一緒に行こうか」って言ってみた。
たった一言なのに、ものすごく勇気を振り絞らなくちゃならなくて、自分でびっくりした。
でも……、久野樹は驚いた顔をしただけで、返事はしてくれなかった。
俺は断られたのかな。どう思う?
ねえ、どんぐり。
久野樹は普通の女の子だよ。
そして、俺も普通の高校生だよ。
どんぐりは俺のことをずいぶん買ってくれているようだけど。
普通の高校生同士、「似合わない」なんてことは無いと思う。
「似合わない」って言われても、俺が久野樹を好きなことは変わらない。
そして、久野樹が俺を好きになってくれればそれでいい……っていうか、久野樹に好きになってもらえるように努力する。
だって、そうしないではいられないから。
山根貴斗
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6月6日(月) From どんぐり
どうして久野樹なんだ?
せっかく友情を取り戻したばっかりなんだろう?
うまくいかなかったら、それを失くすことになるんだよ。
僕は、これからも黙っているのがいいと思う。
久野樹くらいの女子ならいくらでもいるし、山根ならもっと似合う相手が見つかるはずだよ。
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(どんぐり……。)
どうしてこんなに反対するんだろう? まるで、久野樹と俺が絶対に上手くいかないってわかってるみたいに。
すごく悲しい。
「またねー、ことりちゃん。」
「うん、またね。山根、放課後にね。」
「ああ。」
(くそ! 「ことりちゃん」「ことりちゃん」って!)
6月7日の朝。校舎に入りながらむしゃくしゃする。せっかく久野樹と一緒に来たのに。
「こら、山根〜。今朝はことりちゃんに冷たいじゃないか。」
「そうか?」
横谷の顔を見る気になれない。足元だけを見て、一段抜かしで階段を上る。
「これから一日が始まるっていうのに、なんだよ、その顔は? ことりちゃんもお前に気を使ってる感じだったぞ。」
「だったら横谷がなぐさめてやればいいだろ?」
「なんで俺が?」
「だって、仲良くしてるじゃないか。『ことりちゃん』だろ?」
隣に並んだ横谷が笑顔を引っ込めて立ち止まった。それを無視して階段を上り続ける。
そのまま無言で、息が切れないふりをして上った。7階の廊下に出たときに、ぼそりと横谷の声が聞こえた。
「でも俺、山根と一緒のときにしか、ことりちゃんに話しかけてないよ。」
その真剣な声にハッとした。顔をあげると、横谷は真面目な顔をしていた。
「ごめん、山根。」
そう言って、申し訳なさそうに微笑む。それを見て、ふと気付いた。
(俺、こんなふうに素直に謝ったことあったっけ……。)
思い出そうとしてみても、浮かんでくるのは意固地になっているか、高飛車な態度の自分ばかり。仲間なら、何をやっても許してくれると思っていたのだろうか。
「山根をからかうつもりで、わざとやったんだ。山根がやきもち焼いて、ムキになるのが面白いから。」
(や、やきもちって!?)
胸にドスッと、内側から叩かれたような衝撃。その勢いで反省が吹き飛んだ。
「な、な、なん、え?」
「だって、山根、あの子のこと気に入ってるんだろ?」
続いた言葉に顔がカーッと熱くなる。
「ぷふっ……。」
俺を見ていた横谷がサッとこぶしを口元に当てて横を向いた。そのまま声を出さずに肩を震わせている。笑ってるんだ!
「あの……、ええと……、なん、で……。」
焦ってしまって、何を、どう尋ねたらいいのかわからない。自分の気持ちが知られていたのかと思うと恥ずかしすぎる!
「お前、顔、真っ赤。くっ、ふふっ。」
頬に伸ばされた手を慌てて払いのける。でも、その指摘でさらに首のあたりから頭のてっぺんまで熱くなった。
「ほら、行こうぜ。」
教室の方へと肩を押されて、もつれながらも足が動いた。
「本当に悪かったよ。そんなに怒るとは思わなかったんだ。」
「い、いや。」
今は怒る余裕が無い。頭がパンクしそうだ。
「あの、わ、わざと?」
聞き返した横谷をちらりと見る。目が合うのが恥ずかしくて、すぐに反対側を向いてしまった。
「当たり前だよ。」
呆れたような、面白がっているような声。
「そ、そうなんだ?」
半分ほっとしている俺の隣で、横谷はまたくすくす笑った。
「最初に紹介してくれたときから、お前、『こいつは俺のもんだ!』ってオーラ、全開だったじゃないか。」
「え、そ、そうだっけ?」
「そうだよ。仲がいいところを見せ付けて、俺をけん制しただろ?」
「うわ……。」
思わず顔を押さえてしまう。確かにそうだった気がする。あのときはまだ気持ちが確定していたわけではないけれど。
(恥ずかしい……。)
よろよろと教室に入り、窓の前の机にどさりとカバンを乗せる。そのままぐったりと椅子に座り込んだ。まだ朝なのに、なんだかもう疲れ果ててしまった。
「なあ、何かあったのか?」
「え?」
振り向くと、横谷が身を乗り出していた。
「今朝のお前、ちょっとイライラしてるみたいだったぞ。」
「……お前のせいじゃないのか?」
冗談っぽくはぐらかそうと思った。でも、乗ってくれないようだ。横谷は真面目に心配そうな顔をしている。
「違うだろ? あのくらいで怒るのもそうだけど、ことりちゃんにもとげとげしかったぞ。だいたい、俺と会ってあの子がほっとした顔をしたんだからな? そんなこと、今まで無かったのに。」
「久野樹が?」
普通にしていたつもりだったけど、態度に出ていたのだ。どんぐりとのメールの影響が。久野樹はそれに気付いても、なんでもないふりをしていてくれたんだ。
「ああ……。」
(久野樹、ごめん。)
自分のしたことに落ち込んでしまう。
「ちょっと……気になることがあって……。」
どんぐりのことや無視されたことは誰にも話したことはない。でも、そのはしっこを口に出してみたら、ふっと肩の力が抜けた。
(俺は意地を張り過ぎだったのかなあ……。)
自分がひどく未熟な存在に思える。鎧のように身にまとっていたプライドも、無意味なものだったのだろうか。
「何だよ? 俺でも良ければ、話くらい聞くけど?」
「うん……。」
横谷は……笑ってなんかいない。
横谷とは入学して2か月の付き合いだ。しょっちゅう俺をからかうけど、それは親しみの気持ちからだということはわかっている。それに、久野樹のことは、ちゃんと俺の気持ちを尊重してくれている……と、さっきわかった。
(横谷には話してもいいかも……。)
あのときから1年半以上経った。そのあいだ、現実世界の誰かを頼ったことは無かった。弱味を見せたことも。
(あ。俺……。)
今、とても大きな選択をしようとしている。
(うん、そうだ。)
生身の――目の前に存在して、直接話したり小突き合ったりできる相手。そういう相手に自分をさらけ出そうとしている。
(横谷なら信用できる気がする。)
きっと、真面目に話を聞いてくれる。俺の悪いところを知っても、簡単に見捨てたりしないでいてくれる。
(信用したい。)
俺が横谷を信用すれば、横谷もきっとそれに応えてくれる。
横谷とはそういう付き合いをしたい。横谷となら、できると思う。
「……ちょっと長くなりそうなんだ。昼休みにいいか?」
「もちろん。」
横谷がニヤリと笑う。
「横谷悩み相談室。秘密厳守。相談料は……」
「有料かよ!?」
「ふわふわの頭にさわらせてくれたらいいや。」
「ちょと考えさせてくれ。」
「いや、先払いで今もらう!」
言われたときには、もう頭の上に手があった。
「やっぱりふわふわだ〜♪」
「くすぐったい! やめろ!」
払いのけると手を引っ込めて、横谷は「あははは!」と笑った。その笑顔を見ただけで、胸の中が軽くなった気がした。