第十一話 決意
6月1日(水)
どんぐりへ
もう6月だな! 元気か?
今日、俺は決心した。
今年の九重祭で、久野樹とデュエットをする。
って言っても、久野樹は何も知らないし、俺が選ばれるかどうかも全然頼りないけど。
合唱部は5月いっぱいで3年生が引退して、今日から1、2年生だけの活動になった。
それで、今年の九重祭の話が出た。
合唱部では毎年、普通の合唱のほかに、ソロを聞かせる曲もプログラムに組み込むことになっているそうなんだ。
簡単な振り付けもつけてやるらしい。
今年はそれにディズニー映画の曲のメドレーが候補にあがった。
歌を知っている部員がその場で何曲か歌ってくれたんだけど、その中の一つが胸にズドンと来た。
「アラジン」の『 A Whole New World 』っていう曲。知ってる?
アラジンとお姫様が歌う歌だ。
小さいときにテレビで見たことがあって、記憶に残っていた。
音楽室で聞いたとき、その場で、絶対にこれを久野樹と歌う! と決めた。
まさに衝撃的な出会いっていうくらいの勢いで。
まだプログラムは決まったわけじゃない。
これをやることになっても、俺が選ばれるかどうかわからない。
恋の歌なんて、本当は恥ずかしい。
久野樹はやりたくないかも知れない。
だけど。
俺は久野樹とあの歌を歌いたい。
歌を聞いた瞬間から、そのことが頭から離れない。
それに、久野樹がほかの誰かと恋人同士のデュエットをするなんて嫌だ。
だから頑張るよ。
応援してくれよな!
山根貴斗
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6月1日(水) From どんぐり
ちょっと待て。
落ち着けよ。
まだ、その歌をやるかどうかも決まってないんだろう?
それに、久野樹のことは勘違いだったんじゃないのか?
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「あ……。」
朝になってから、届いていたメールに気付いた。どんぐりからの返事はいつも遅いし、きのうはハイになっていたから、返事のことはあまり考えていなかったのだ。
(そういえば、それを書いてなかったなあ。)
先週、もらった助言に「落ち着いた」っていうメールを出したきりだった。あのときはあれで解決したような気分になっていたから。
でも、やっぱり久野樹と一緒にいるとどうしてもときめくっていうか、なんだか嬉しいという事実は変わらなかった。
きのうの帰りなんか、3年生が引退したから電車に乗るところからずっと久野樹と二人で、それが照れくさいのに、俺たちの仲の良さをまわりに見せつけたくなって困ってしまったし。
(やっぱり、そうなんだよな……。)
今夜、どんぐりにちゃんと説明しよう。
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6月2日(木)
どんぐりへ
驚かせてしまったみたいだね。
でも、書いたとおりなんだ。
俺、久野樹のこと、やっぱり気になるよ。
いや、「気になる」よりも、今ははっきりしてる。
好きなんだ。
ほぼ間違いなく。
姿を見るだけでも気分が上がるし、俺と話しながら笑ってくれれば嬉しい。
一緒にいるときは自分をかっこよく見せたい。
想像の中でも、ほかの男に取られたくない。
今は、そんな気持ちでいっぱいだ。
これは恋だと思う。
この思いをエネルギーにして、久野樹とのデュエットを勝ち取るつもりだ。
そして、どの時点かは決めてないけど、告白する。
そのときにOKをもらえるように努力する。
あの歌じゃなくても似たようなものが出てきそうだから、何に決まっても同じことだ。
今は家でも発声練習をしてるし(小声でだけど)、唐渡先輩が引退する前に「だいぶいい声になった」って褒めてくれた。
練習すれば俺でも上達するってわかったし、目標がある方が頑張れるのはサッカーと同じだ。
まあ、目標って言ったら、夏休みにあるコンクールが部の目標としてはメインなんだけどね。
山根貴斗
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6月5日(日) From どんぐり
山根の決意に驚いて、僕の方がなんだかおたおたしてしまった。
もらったメールを読んでいたら、中学時代の山根を思い出した。
こうやってメールをやり取りするようになったころの。
教室で苦しい立場にいても、山根は弱いところを見せなかったよね。
一人で心に何かを決めたように、強い目をしていた。
今の山根もそんな目をしているんだろうね。
だから……と言ったら変かもしれないけれど、山根には久野樹は似合わないと思う。
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「なっ、なんだよ!? マジか!?」
途中で思わず叫んでしまった。
木曜にメールを送ってから、もう三日目だ。てっきり、どんぐりは納得してくれたのかと思っていた。なのに、こんなことを言ってくるなんて。
そりゃあ、今までもどんぐりはいろいろな忠告をしてくれて、それはいつも俺のためだったけど……。
(今回のことは応援してくれると思ってたのに!)
混乱して頭がうまく働かない。とりあえず、続きを……。
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びっくりさせちゃったかな?
でも、僕はあきらめろって言ってるんじゃない。
冷静になれっていう意味だよ。
山根の気持ちを聞いてすぐに、僕は山根なら自分で言うように努力して、望むものを勝ち取るだろうと思った。
山根には目標に向かって頑張れる力があるって、僕は知っているから。
中学のサッカー部でもそうだったし、九重高校にだって、そうやって合格したんだからね。
でも、この場合はそのあとが問題なんだよ。
山根と久野樹では違い過ぎるよ。
もし、山根が久野樹に告白して「イエス」の返事をもらえたとしても、すぐに後悔することになると思う。
だって、得意なことや興味を持っていることも、人間関係も、性格も、違い過ぎる。
きっと山根は、久野樹に退屈してしまうよ。
そんなことになったら不幸じゃないか。
そのくらいのことは、冷静になって考えればわかるはずだよ。
僕は山根に嫌な思いをしてほしくない。
だからもう少し落ち着いて、じっくり考えてみてほしい。
意地悪なことを言っているようだけど、絶対にそんなつもりじゃないから。
べつに山根が久野樹以外の女子に相手にされないわけじゃないだろう?
そんなに急いで彼女をつくらなくたっていいじゃないか。
それとも、イケメンの友だちに対抗してるのか?
そんなふうに急ぐのはおかしいよ。
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(どんぐり……。)
こんなに反対するなんて。いったい、どういうことなんだろう?
しかも、俺が「後悔する」なんて……。
(そう言えば。)
どんぐりは最初から久野樹の話には冷たかった。「冷たい」って言うよりも、「興味が無い」って感じの方が近いかな?
でも、今回は、今までよりもはっきりと反対されている気がする。
(どうして……?)
久野樹のことはよく覚えていないって言ってたのに。
(あ、そうか。)
どんぐりは久野樹の印象が薄いから、俺とは似合わないって思っているんだ。中学生のときの久野樹はたしかに目立たない存在だったから。
でも、集団の中で目立たないからといって、つまらない人間だということにはならない。
(そうだよな。)
そんなことないってわかってほしい。そして、俺が彼女とうまくいったら「良かったな!」って言ってほしいよ。