第十話 この気持ちは
5月24日(火)
どんぐりへ
久しぶり。
どんぐりから「元どおり」っていうメールをもらってから二週間も経ってしまった。
ほっとしたせいでもあるし、少し考えごとがあったってこともある。
でも、メールを出すのを終わりにしようと思ったわけじゃないよ。
いざ書こうと思うと、どう書こうか迷ってしまうな。
最初は、こんなこと誰にも言えない、と思った。
でも、一人で考えているうちに、誰かに聞いてほしくなってきた。
となると、話せる相手はどんぐりしかいない。
本当は、こういうことって、顔を見ている方が話しやすいのかも知れない。
でも、俺たちにはメールしか無いんだから、ぐずぐず言わずに書くことにする。
俺、最近、久野樹のことがすごく気になるんだ。
たとえば、朝なんだけど。
電車を待ってるときに、あとから久野樹が来ることがある。
久野樹が乗る女性専用車は一番後ろだから、俺が立っているところを通り過ぎてそこへ向かうことになる。
俺が謝る前は、ずっとそうしていた。
でも今は、歩いてくる久野樹に俺は声をかける。
すると、久野樹はそこで止まって、俺と一緒に電車に乗って行く。
そんなの普通のことだよな?
俺もそのつもりだった。
だけど、いつの間にか、そうならなかった日のがっかり感がハンパなくなってて。
久野樹が先に駅に着いてて、もう奥の方に並んでいるのが見えると、気分が萎える。
もう少し早く来れば良かった、とか、椿ケ丘で降りたら話せるかな、とか、俺のこと避けてるんじゃないか、とか、そんなことばっかり考えてしまう。
で、椿ケ丘に着いたら着いたで、声をかけるのをためらったりして。
俺だって、久野樹が俺と一緒に電車に乗るのに特別な意味なんか無いってわかってるよ。
でも、どうしても考えちゃうんだよ。
朝になると、今日はどうだろう、ってずーっと考えてる。
期待する気持ちと否定する気持ちがぐちゃぐちゃになって、自分でもなんだかよくわからない。
山根貴斗
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5月25日(水)
どんぐりへ
連日でごめん。
でも、誰かに聞いてほしくて。
今朝は駅で久野樹と会えたんだ。
しかも、ホームじゃなくて、駅の手前でだ。
あいつを見付けたら、思わず走って追いかけていた。
ここで逃げられたら残念過ぎると思ったし。
ちょっと驚かれたけど、いつもと同じように笑顔になってくれたからほっとした。
電車に乗って行くあいだ、自分がやたらとはしゃいでるのは感じてた。
それを隠そうとしてカッコつけてる自分が逆に恥ずかしいような気もした。
何を言っても、どんな態度をとっても、俺の小学校時代を知っている久野樹には全部を見透かされているような気がするし。
でも、俺のことを馬鹿にしながらでも、久野樹が俺の言葉や態度に反応して笑ってくれることが、どうしようもなく嬉しいんだ。
だけど、それは椿ケ丘で終わった。
椿ケ丘から学校までは、今までも、一緒にいても途中で誰かに会って、そこで別れることもあったし、誰かが加わることもあった。
それはいつもなら気にならない。
でも、今朝はどうしても落ち着かない気分になってしまった。
会ったのは、うちのクラスの横谷。
俺が一番仲良くしている男だ。
今朝はそいつと会った。
前に言ったっけ? かっこよくて女子に人気があるって。
でも、それだけじゃない。
そいつは久野樹のことを「ことりちゃん」って呼ぶんだ。
横谷はちっともナンパなタイプじゃないのに、久野樹のことは最初から「ことりちゃん」って呼んでた。
名前がめずらしくて覚えちゃったからって。
最初は久野樹もびっくりしてた。
でも、二回目の今日はもう慣れたらしい。
ただ笑って、普通に話してた。
“普通に” って言ったって、久野樹はけっこう人見知りするんだぜ?
なのに、横谷にはすごく愛想がいいんだ。
まだ二回目なのに。
俺は、それを見ながらなんとも言えない気分になってしまった。
横谷と俺の差を確認しながら落ち込んで。
でも、ただ落ち込んでるのは悔しいから、話題から外れないようにムキになったりした。
そうすると、今度は二人で協力するみたいに俺のことをからかってきたりするんだ。
こうやって一人になると、そんなことを思い出して、やたらと淋しくなってしまう。
長い知り合いの俺よりも、やっぱり見た目も性格もいい横谷の方がいいのかな、なんて考えて。
久野樹がいないところでなら、横谷はすごく楽しい相棒なんだ。
それに、部活の帰りに話すときの久野樹は、なぜだかわからないけどドキドキする。
こんな具合に、俺は久野樹がらみのことで一喜一憂している。
ここに書いたのは一部分で、何かに集中していないときは、たいていぼんやりと久野樹のことを考えている。
どうしたらいいんだろう、って思う。
こんな話ばっかり続けてでごめん。
でも、こうやって書いてみたら、少し落ち着いた気がする。
話せただけで十分だから、気にしないでくれ。
どんぐりにメールを打ち切られていなくて本当に良かったよ。
山根貴斗
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「ふう……。」
メールを送信したら、思わずため息が出た。
(やっぱりそうなのかなあ……。)
メールを打ちながら、言葉を何度も見直した。なるべく客観的に、事実だけを伝えたいと思って。自分の気持ちに名前を付けて決めつけてしまう前に、落ち着いて考えた方がいいと思ったし。
でも、きのうのと今日のと、読み返してみると、もうどうしようもないような気がする。ズバリと書きはしなかったけれど、俺の気持ちは決まったも同然じゃないだろうか。
(ん?)
スマホが震えてる。
(あれ? どんぐり?)
今までで最速の返信だ!
(なんだろう? 心配してくれたのか?)
どういうわけかドキドキする。
(『それは恋だ!』なんて指摘されたらどうしよう?)
そっとメールを開く……と。
「え?」
別な意味でドキッとしたんだけど……。
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5月25日(水) From どんぐり
落ち着いたのなら良かった。
山根の気持ちはちょっとした勘違いじゃないかって、僕は思うよ。
久野樹とは小学校から一緒だったんだろう?
そのせいで、親しい気持ちがほかのひとたちよりも強いっていうだけなんじゃないか?
それに、その友だちに対する気持ちだって、女子がその場にいれば、誰でも感じるものだと思う。
僕だって、どんなに仲がいい友人でも、そいつだけが女子にモテているのを見たら、穏やかな気持ちではいられないと思うよ。
うちは男子校だから、そんな場面に遭遇することは無いけど。
山根の劣等感は、その友だちの存在そのものが原因で、久野樹とは関係がないよ、きっと。
だって、ほかの誰かが一緒のときには気にならないんだろう?
だから、そんなに悩まなくてもいいと思うよ。
きっと、そのうちに慣れて、なんでもなくなるよ。
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「うーーーーん……。」
思わずうなってしまった。
(なんて……冷静なんだろう。)
こんなふうに論理的に分析されると、たしかに納得がいく。胸に渦巻いていた波が、すうっと静まるようだ。
(やっぱり、どんぐりに話してみて良かったかもなあ。)
自分で考えているうちに、同じ結論に至ったかも知れない。でも、自分以外の人に言われる方が納得がいく。
(それにしても、どうもどんぐりは、いつも久野樹に冷たくないか?)
冷たいっていうか、評価が低いっていうか……。
まあそれは、俺が久野樹をひいき目に見ているからなのかも知れない。それに、そもそもどんぐりは久野樹のことをよく覚えていないわけだし。
(まあ、いいや。)
こんなにすぐに返事をくれたんだから。
きっと、俺が突っ走らないように止めてくれたんだ。あとで久野樹と気まずくならないように。
(心配してくれてるんだなあ。)
お礼を送っておこう。
親友って、本当にありがたいものだ。
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5月25日(水)
どんぐりへ
サンキュー、どんぐり!
なんだか落ち着いた。
やっぱり、客観的に分析してもらうことって大事だな。
山根貴斗