第八話 不安
5月6日(金)
どんぐりへ
元気か?
今日は球技大会の後半だった。
俺はバレーボールで3回戦で負けてしまった。
それでも結構楽しかった。
放課後にアイスを買ってきて、教室で簡単な打ち上げみたいなことをした。
俺はもちろん<その他大勢>の一人だけど、球技大会のおかげでだいぶ名前を覚えてもらえたみたいだ。
今まであまり話したことがないクラスメイトから笑顔で話しかけられると嬉しいし、ほっとする。
話しかけられるたびに、このクラスに俺が居てもいいんだなって思う。
もっと本格的な打ち上げをやるクラスも多いらしくて、合唱部は休みだった。
帰りに
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(これはやめようかな。)
ふと、文字を打つ指を止めた。
夜になって、落ち着ける時間ができてから打ち始めたメール。どんぐりからのメールはまだ来ないままだけど、今の気持ちは今じゃなくちゃつかまえられないような気がするから。けれど。
(なんだろう?)
帰りにあったことが、なんとなく書きづらい。いや、帰りのことだけじゃなく、朝のことも書いていない。
今まで、こんなことは一度も無かった。嬉しかったことや面白かったことをなんでもどんぐりには書き送って来た。
(べつに……特別なことじゃないのに。)
そう。特別なことなんかじゃない。ただ……書きにくいのだ。久野樹と一緒だったことが。
「は……。」
書きにくいけど、書かないことも後ろめたい。それに。
(本当は書きたいんだよな……。)
久野樹とのやりとりは楽しい。それをどんぐりに知らせたい。
(……知らせたっていいんだよな?)
向こうはあんまり覚えていないらしいけど、同級生だったのだから。
そう言えば、どんぐりは久野樹のことをただの無口な女子だと思っているんだった。その誤解を解くべきじゃないだろうか。
(うん、そうだよな。)
久野樹のためにも書かなくちゃ!
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帰りに久野樹と同じ電車になった。今日は朝と帰り、両方一緒だった。
この前、小学校のときのことを謝ったあと、俺は久野樹とよく話すようになった。
使っている駅が同じだし、部活も同じだから当然だよな。
どんぐりは、久野樹が遠慮なくものを言うところなんて想像できないだろう?
でも、俺と話しているときの久野樹は、遠慮なんてどこに忘れてきたのかと思うような話しっぷりなんだ。
表情も豊かで、驚いたときに、ぎょっとしたように目をまんまるにするのがおかしい。
でも、人見知りなのは間違いなさそうだ。
初対面の相手には礼儀正しい受け答えをするだけ。慣れない相手にも。
俺はこっそりそれを「優等生顔」と呼んでいる。
彼女の態度からすると、俺は「慣れない相手」ではないのは確かだ。
今日の朝も帰りも、さんざんからかったり、うわさ話をしたり、かと思うとふっと黙ったりした。
小学校のころをお互いに知っているから、かっこつけなくていいのがありがたい。
久野樹といるときはすごく気楽だ。
どんぐりの学校生活は順調?
楽しく過ごせているならいいけど。
山根貴斗
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ゴールデンウィークが明けて二日たった。今日は火曜日だ。
(やっぱりおかしいな。)
こんなに何も言ってこないなんて、今までには無かった。
前回の向こうからのメールは4月24日だ。今日は5月10日だから……16日目。4月24日のあとは、27日に久野樹と仲直りをしたメールを送って、それ以来、返信が無い。
日数だけで見れば、このくらい空くこともあったかも知れない。でも、俺からのメールにこれほど反応がないことが続いたことは無かったはずだ。
(何かあったのかな……。)
長期間、パソコンにさわれないようなこと。たとえば……入院?
(まさか。)
こんなこと、考えるだけでも縁起が悪い気がする。
それ以外には……すごく落ち込んでいるとか。
(それは、あるかも。)
栗木はおとなしいヤツだったから。表情があまり無くて、自分を表現するのが得意じゃないようだった。
(もしかしたら。)
いじめの標的になっているのかも知れない。
(嫌だ、そんなの。)
ゾッとする。あいつがいじめられているなんて。
ますます心配になってきた。
的外れかも知れないけど、連絡してみよう。ただ待っているあいだに酷いことになったりしたら、どれほど後悔してもし足りないことになる。
どんぐりは俺の恩人で親友なんだから。
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5月10日(火)
どんぐりへ
ゴールデンウィークなんて、終わるのはあっという間だな。
そして、学校もあっという間に普段どおりに動き始める。
ねえ、どんぐり。
そっちは大丈夫なのか?
何か困っていることとか、苦しいことがあるんじゃないのか?
返事が来ないから……っていうのは変だけど、俺にはメールしかどんぐりの様子を知りようがないから、心配なんだよ。
何か困っているなら相談してくれよ。
できることは何でもするから。
どんぐりが俺を助けてくれたように、俺もどんぐりの助けになりたいよ。
俺にできることなんか無いのかも知れない。
でも、話を聞くことはできるから。
考えることも。
俺がどんぐりとのメールでどれほど支えられたか分かるか?
だから、何かつらいことがあるなら、俺はどんぐりの役に立ちたいんだよ。
それとも、俺のことを怒っているのかな。
最近の俺のメールは調子に乗ってたかも。
自分が楽しいことばっかり書いてて。
だとしたら、ごめん。
もしかしたら、中学のときに仲間に無視されたのは、俺のそういうところが原因だったのかも知れないな。
そうなら、直すように努力するよ。
俺だってあのころよりは成長してるんだ。
自分が悪いならそれを認めることもできるし、良くなろうとすることもできるよ。
俺はどんぐりのことを親友だと思ってる。
だから、役に立てることがあるなら役に立ちたい。
厳しいことを言われたって怒ったりしないよ。
俺のことを信じてほしい。
山根貴斗