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Love letters  作者: 虹色
<@> どんぐりへ
20/33

第四話 微かな違和感


4月12日(火) From どんぐり



合唱部?

本気?




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4月13日(水)



どんぐりへ



合唱部のこと、本気だよ。

きのう、二度目の見学に行って決心した。

今日は入部届を出してきた。


理由の一部はおとといのメールのとおり。

でも、今はあれよりも大きな理由がある。


それは、合唱部の雰囲気。

すごく自由で気持ちがいいんだ。



「自由」って言っても、自分勝手とか、礼儀が不要とか、そういう意味じゃないよ。

何て言うか、みんなが歌うことが好きで、でも、違う好みや個性を持っていて、それを口に出して言うことができる雰囲気、かな。

で、それを聞いたみんながそれぞれいろんなことを言うんだけど、否定したり反対したりするときも、馬鹿にするとか、攻撃的だとか、そういう態度じゃないんだよ。

そこにいる全員でああだこうだと言い合って、最後には「じゃあ、そうしよう」ってなるんだ。

誰かが折れてまとまったときは、ほかの誰かがフォローしてあげたり。


要するに、すごく仲がいいのかな。


もちろん、今日もきのうも、そんなに重大な決定事項があったわけじゃないけどね。

「次は何を歌う?」とか、歌い方のこととかくらいで。



中学のサッカー部では上下関係もあったし、発言の重さもメンバーによって違ってた。

上手いヤツとか、声が大きいヤツとかは意見が通りやすかったり。

この違いは、やっぱり合唱がスポーツじゃないからなのかな。

それとも、コンクールが近付いたりすると、合唱部でも同じようなことになるんだろうか。


でも、俺は、ここは居心地が良くて好きだな、と思った。

先輩たちもいいひとだ。

俺の発声練習が変だって爆笑されても。



ただ、久野樹だけは笑わない。

きのうも今日も、俺の顔を見て、引きつった顔をした。


あれはびっくりした顔じゃない。

たぶん、俺のことがいやなんだと思う。


それも仕方ないんだよな。

俺、小学校のとき、あいつをいじめて、上履き投げつけられたことがあるんだ。


中学のときの久野樹しか知らないと、信じられないかも知れないな。

だけど、あいつは小学校のころは、すげえ元気な女子だったんだよ。

勉強もできたし、しっかり者でさ。

いつの間にか、あんな風に無口で目立たなくなっちゃったけど。



山根貴斗




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4月15日(金) From どんぐり



本当に入部したんだな。

意外だったけど、居心地がいいなら良かった。


クラスはどう?




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4月16日(土)


どんぐりへ



部活に入ってるのに土日が休みって、すごく嬉しくないか!?

運動部では考えられないよ!

それに、通学の荷物が少ないのもいい。

母さんは泥汚れのものがなくなったって喜んでる。



だけど、やっぱり俺は体を動かしたいな。

体育の授業だけじゃ足りない。

受験勉強中にときどきやっていたランニングを、土日は続けようかと思っている。


意外なことに、合唱部でも運動の日がある。

しっかり歌うためには、それなりに体力も必要らしい。

火曜と木曜は、各自で運動をしてから集合ってことになっている。

まあ、みんなはあんまり熱心じゃないみたいだけど。


外周を走る部員がほとんどなんだけど(って言っても、みんな一周で終わりらしい)、唐渡先輩は筋トレが好きなんだ。

体育館の地下にあるトレーニング室で筋トレに励んでいる。

トレーニング室って言っても、スポーツクラブみたいに筋トレマシンが充実してるわけじゃなけどね。


木曜日に俺も唐渡先輩と一緒に行ったけど、先輩は、思った通り、腕も肩も胸も腹もすごい筋肉なんだよ。

柔道部に混じってもまったく違和感が無い。

でも、中学ではバドミントン部で、そのころは痩せていたそうだ。


この話を聞いて、俺は筋トレはそこそこにしようと思った。



クラスはだんだんにぎやかになってきた。

やっぱり、最初はみんな、様子を見ていたみたいだ。


俺は窓際の真ん中あたりの席からクラスの様子を観察してる。

端の席だと気が楽だよ。

名字が「山根」でラッキーだったな。


今のところ、席が近い生徒としか話していない。

あの経験で、少し警戒心が強くなってるんだよな。

それでも少しずつ、話したり笑ったりする回数が増えてきた。

一回笑うたびに、緊張が解けて行くような気がする。


どんぐりはもう新しい環境に慣れた?

ちゃんと笑えてる?



そう言えば、きのうまでの5日間、久野樹は一度も俺には話しかけてこなかったし、笑顔も見せなかった。

やっぱり、小学校のときのことを怒っているのかも知れないな。



山根貴斗




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4月17日(日) From どんぐり



学校にはもう慣れたよ。

男ばっかりだから、気兼ねがいらなくて楽だ。

考えなくちゃいけないことが少なくて済んでいるような気がする。


久野樹のことは気にしなくていいんじゃないか?

中学のころから無口だったんだろう?

それなら同じじゃないか。


放っておけばいいよ。




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「え……?」


思わず声に出してつぶやいていた。


だって、あまりにも意外だという気がする。どんぐりがこんな言い方をするなんて。


『放っておけばいいよ』なんて、あまりにもあっさりし過ぎている。


(俺が淋しかったときは助けてくれたのに……。)


孤立した俺に、味方がいると示してくれた。しかも、疑いを抱いて返信しなかった俺に、何度も何度もメールをくれた。そんな温かい気持ちがあるのに、どうして久野樹のことは『放っておけばいい』なんて言うんだろう。


そりゃあ、久野樹は誰かにいじめられているわけじゃない。合唱部では、俺以外の部員とは普通に話している。仲の良い部員もいる。だから、放っておいても問題は無い。


俺の方も、久野樹としゃべらなくても特に問題は無い。


だけど。


納得しきれない何かが残る。


(何だろう? この言葉が……。)


そう。この『放っておけばいいよ』という言葉が気になる。どんぐりらしくない感じがする。


いつもの彼なら……、たとえば『そっとしておく方がいいよ』とか、もう少しやわらかい言葉を使うような気がする。『放っておけば』は、まるで一刀両断に切り捨てるみたいだ。


まあ、単に思い付いた言葉がそれだっただのかも知れないけど。


(うん。きっとそうなのかも。)


それにしても、女子がいないことを『考えることが少なくて済んでいる』なんて、ずいぶん余裕だな。誘惑がないから勉強に身が入るってことなのか? それとも、女子にちょっかい出されないから助かってるってことだろうか。


(栗木ってモテてたのかなあ……。)


中2のころはうつむきがちの、自信が無さそうな生徒だった。でも、卒業するころにはすらりと背が高くて、中学生にしては落ち着いた雰囲気になっていた。成績も良かったはずだから、注目されていたかも知れないな。


家はこっちの方じゃなかったから、最寄り駅が違うはずだ。学校の場所によっては、もう一つの路線に出る方法もある。偶然に会う可能性はほとんど無さそうだ。


(会ってもどうしたらいいのか分からないな。)


向こうは、俺がどんぐりの正体を知らないと思っているのだ。だとしたら、中学時代と同じように接するべきだろう。それはつまり、ほとんど無視、ということだ。


(なんか、それはなあ……。)


知っているのに無視だなんて、なんだか落ち着かない。


(うーん……。)


こんなことなら、知らない方が気楽だったな。


そうは言っても、そんなに会うことも無いだろうから、心配する必要はないのかな。







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