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Love letters  作者: 虹色
<〒> お返事
2/33

届いた手紙 (2)


 あれからいろいろなところに出かけたよね。名物を食べに行ったり、二人ともやったことのない釣りをしに行ったり、スノーボードとか、紅葉ドライブとか、近所のお蕎麦屋さんとか。

 最初はね、楽しめないと思ってた。誘ってくれたのが健ちゃんだったから出掛けてただけ。健ちゃんが淋しがり屋さんだから、昔の仲間のよしみで。

 だけど、行くといつの間にか笑ってて、健ちゃんと言い合いをするときは本気だったりして、彼のことを忘れてた。そして夜になってから、そのことで罪悪感が襲ってくるの。「彼はもう楽しむことができないのに」って。「あんなに好きだった人を亡くしたのに」って。そう思うと自分が情けなくて、出掛けたあとは、何日も落ち込んでた。


 4回目か5回目くらいのときだったかな、それが変わったのは。

 どういう話題だったのか忘れちゃったけれど、健ちゃんが「 “今だからできること” をやりたい」みたいなことを言ったの。その言葉が胸に突き刺さったような気がしました。

 だって、私はずっと後悔していたから。彼を亡くしてから、伝えたかったことや一緒にやりたかったことが次々と浮かんできて、何もかももう遅いと思うと、ただひたすら悲しかった。「どうしてあのときにやらなかったんだろう」って思って、自分を責めていた。

 それはみんな、 “今” を大切にしなかった結果なのだと、健ちゃんの言葉で気付きました。

 健ちゃんは今を大切にしているから、いろいろなことを楽しんでいる。そういう生き方をしていれば、将来、やらなかったことを後悔することはないはず。そして、素敵な思い出もたくさんできるはず。そんなふうに思ったの。

 私はそれまで過去だけを見ていた。でも、健ちゃんのその言葉が、今とこれからに目を向けさせてくれたの。

 彼はいなくなってしまったけれど、私はここで生きていて、これからも生きて行くんだ、って気付いた。彼を失った悲しみに埋没していても、私はここにいるのだから仕方ないんだ、って思い切ることができた。私には心配してくれる家族がいる。友達もいる。今のままではその人たちを悲しませることになってしまう、って思った。

 そんなふうに思えるようになってからは、健ちゃんと出掛けたあとに落ち込むことはなくなりました。そして、彼のことを想うとき、それまでよりも穏やかな優しい気持ちでいられるようになって。


 この2年間、ずっと、健ちゃんは彼のことを知らないのだと思っていました。何年も会っていなかったし、同窓会もなかったし、祖父母はご近所には「自分たちが年をとったから、孫が手伝いに来てくれた」って説明していたし。それに、もし知っていたら、健ちゃんは再会した日にあんなことは言うはずがないと思った。そのあとも、健ちゃんはいつも変わらずに元気で楽しそうだったから、知らないままだと思ってた。

 なのに、おばあちゃんが話していたなんて…。


 一年も前から知っていたのに、何も言わずにいてくれた健ちゃん、本当にありがとう。

 知っていると分かっていたら、誘ってくれるのは同情か励ましのためだと思って、断っていたと思う。そして、またもとの生活に戻っていたことでしょう。

 おしゃべりな健ちゃんが、知らないふりをしているのは難しかったんじゃない? でも、昔と変わらない健ちゃんの笑顔とおしゃべりが、私にとって一番の癒しでした。健ちゃんが自分で言ったとおり、私のことをよく分かっているのね。そして、本当は優しいってことを上手に隠していたのね!


 でもね、いきなりプロポーズされたことには本当に驚いたのよ。何度も二人で出かけていたのに、健ちゃんはそんな素ぶりはまったく見せなかったじゃない? 会話だって高校生のころと変わりなかったし…。まあ、最近は憧れの人の話が出ないなあ、とは思っていたけど。

 それとも、私のせい? 私がやたらと話を混ぜっ返すから、そんな雰囲気にならなかったのかな?

 だって、考えてもみなかったんだもの。ずっと、高校生のときの続きのつもりでいたから。

 でも、言われた途端に気が付きました。わたしには健ちゃんしかいないって。


 ここで会ったのが健ちゃんだったから、あの日に笑うことができたの。

 一緒にいてくれたのが健ちゃんだったから、ここまでたどり着けたの。

 本当に、本当に、ありがとう。大好きよ!


 次に会える日を楽しみにしています。



心からの愛を込めて。

奈々




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




白い便せんの端正な文字を読み終えたとき、健太郎の視界は少しぼやけていた。

指先で目尻を拭い、もう一度…、そして最後の方をもう一度読み返して、少し考える。

それから呆れたように小さく笑った。


「何だよ、もう……。」


もう一度手紙をざっと見て座卓に置くと、おもむろに電話をかける。

短いコール音のあと、『もしもし? 健ちゃん?』と奈々の声が聞こえた。

いつもよりもやわらかく聞こえる声に、健太郎の胸があたたかくなった。


「馬鹿、セブン。」


けれど、健太郎は声に軽く責める調子を込めた。


『え、なによそれ?』


意味がわからずに、奈々の声が腹立たしげなものに変わる。その気配に、健太郎は微笑みながら、今度はやさしく言う。


「返事が書いてなかったぞ。」


電話の向こうから、『あ、手紙届いたんだ?』とのんきな声が返って来た。

手紙の醸し出す素直で可愛らしい女性の雰囲気とは相容れない声の調子に、こっそりと笑ってしまう。


「プロポーズなんだから、イエスかノーか、はっきり言ってもらわないと。」


本当は答は分かっている。だけど、あくまでも “たぶん” だ。


『イエスだよ。話の流れで分からない?』


(なんだろう? このおざなりな会話…。)


そんなことを思って、また笑ってしまった。

手紙の中にあんなに優しい言葉を連ねておきながら、奈々が口に出す言葉は淡白だ。けれど、これこそ彼女。呆れてしまうけれど、やっぱり愛しい女性なのだ。


「なあ、窪田。」


本当はもっと優しく呼びかけたいと思う。でもそれは、顔を見たときのために取っておくことにする。


「一つ頼みがあるんだけど。」

『なあに?』


強気に振る舞う彼女も好きだけど。


「ときどきでいいから、これからも手紙を書いてくれないかな?」

『手紙? まあ、ときどきでいいなら、いいよ。』


気軽に了承してくれたことに、健太郎の心が躍る。

奈々が耳元で甘い言葉を囁いてくれるとは思っていない。けれど、手紙なら…。


「期待してるよ。」

『ふふ、どうかな?』


奈々の声がいつもよりも優しく聞こえた。

未来の手紙にどんな言葉が書かれるのかと思うと、健太郎の胸にくすぐったい想いがいっぱいに広がる。


「明日、そっちに行くから。」

『そう? じゃあ、うちで夕飯食べれば?』


奈々の声を聞きながら、健太郎は、座卓に乗せてあった手紙を空いた手で取りあげた。それからそっと微笑みを浮かべて、この宝物をどうやって保管しようかと、考えをめぐらせた。








お読みいただき、ありがとうございます。

前作終了のころから仕事で忙しくなり、おはなしを考えたり書いたりする時間がなくなったため、こちらでの活動は無理だな、と思っていました。

けれど、頭の中にあったものが出口を求めて落ち着かないので、新年のお休みの間にこのような形にしてみました。短いお手紙ですが、読んでくださった方に幸せな気分になっていただけたら嬉しいです。


お気付きの方もいらっしゃると思いますが、このお手紙は『吉野先輩を守る会』に登場した二人が大人になってからの姿です。あちらを読んでいなくても問題ないように書いたつもりですが、どうだったでしょうか?

この二人のおはなしはずいぶん前に思い付いたものの、ストーリーが広がらなくてボツにしていました。けれど、健ちゃんのキャラクターがかなり出来上がっていていつまでも消えなかったため、こういう形で送り出すことにしました。まさに頭の中のお掃除ですが、自分では気に入っています。


次はいつ書けるか、まったくわかりません。

でも、そのときもやっぱり、読んでくださった方が幸せな気持ちになるお手紙にしたいと思っています。そのときはまた、よろしくお願いします。


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